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永い間ありがとうございました。

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2011年12月18日(日)22時18分50秒
  >皆さんへ
私のHPをお尋ね頂き、貴重なご意見を沢山頂き、まことにありがとうございました。
プロバイダーのN、KANSAIに登録したこのHPに、光ファイバーに交信手段をかえたところ
ページを観ることはできるのですが、肝心の私の見解を送信することができなくなりました。
一定の役割を終えたとも判断して、来る2012年1月20日をもってこのHPを閉鎖することに致しました。永い間有難うございました。
講を新たに、ブログとして再出発しようと思っています。
                            かっちゃん
 
 

権力者の真意

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2011年 6月14日(火)02時44分13秒
  タナやんが指摘するとおり、今後日本国で増え続けるであろう外国人出稼ぎ、日本底辺層に対する恐怖感が、日の丸、国旗崇敬強要「教育政策」の根本的理由なのでしょうね。「第3国人」という舌禍によって本音を暴露している石原某は、銀座を舞台とする自衛隊治安演習に明らかなように、君が代・日の丸による日本人の「一致団結」を至上命題としている。批判者は「非国民」である。また、在日が多い大阪の橋下も然り、彼は文化的価値観への強制それも「公務員だけ」としたり顔で強制し、しつけや学校生活ー校則、校時、考査を受験する強制などなど、-に必要な強制力、それを教育の根本原則と言い、しれっと法にも根拠のない国旗・国歌への強制も教育の一環だとみごとな詭弁を弄している。そのことを、過日の最高裁都教委通達合憲判決はしっかり述べているのである。無論橋下がそれを「理解」しないはずはない。しかし、一般府民の素朴な受け止め「君が代強制は合憲だそうな」をフルに活用し、自らの条例が教育現場で「正しいと認められた」と広報しているのである。度し難いファシストだ。ヒットラーの言う「女は自由を与えられても戸惑うだけだ。」という府民蔑視の魂胆が見えて、実に腹立たしい。また、乙武さんが表明している教育観は、まっとうであります。橋下の「つぶやき」は多弁なだけ見苦しい性根が見えていると思います。  

教育のアポリアと東西のアンポンタン

 投稿者:タナやん  投稿日:2011年 6月13日(月)23時01分49秒
   教育は、基本的には上の世代から下の世代に何をどう伝えるかを一方的に決める強制の範疇に入る営みであることは否定できない。ただし、それも「価値あるものと認定されたもの」「どこそこの国で生きるために不可欠な文化的教養、制度的知識」への誘導であり、強制でしょう。ですがそれは法的な強制ではなく、文化的で情緒的な揺らぎや嗜好、社会への違和感を抱く自由を認めた上での強制、つまりプロテストの権利とセットのものでしょう。
 というのも、学校現場で行われる教育という強制は「より住みやすい・幸福が増す社会なり国家」の「未来の有為な公民を育成」するためのものであり、「知的世界に参入するにはこれくらいの知識と知能が必要であることを強制的にわからせる」ための強制として正当化される強制だからである。別の方面から見れば、先行世代がおかしなことを言い出したり、やり出した時に、「それはおかしいのではないか?」と疑問を抱ける政治的良識を持ち、意見の異なる人々とも「国民」「仲間」「われわれ」として一緒に生きていける大人=公民を育成してこそ正当化されうる強制であろう。つまりは、先に生まれた世代が「自分に都合のいい」「自分らの既得権を破壊しない」後継世代を量産するための強制であってはならない。
 ヒトは社会においてしか文化的存在=人間にはなれない。そしてその文化とは世界各地でバラバラな(千差万別である)ように、個人にとっては偶然であり、恣意的なものである。それを受け入れるなり、反発するなりして、自分なりの価値観、それも他者と共有できる価値観を作るのが人間でもある。つまり文化とは拘束でありとともに、アイデンティティのよりどころでもある両義的なものなのだ。
 橋下知事は、子どもたちの前に「処分を怖れて意に反して起立・斉唱する大人たち」を見せることで、「大人には理想も信念もない」ということを示し、大阪の公教育への信頼を根底から破壊したいのだろうか? 「信念のある大人」なんて社会的なゴミだと教育したいのだろうか?
 実は、敬意を示すべき対象を汚す・破壊することで、その国家の理想の堕落した現状を告発する「愛国心」表現もある。これを典型的に示す事例がアメリカ連邦最高裁判所が認めた「星条旗=国旗を焼く自由」であろう。
 建国の由来を示す国旗は、植民地人をイギリス社会の公民と認めなかった本国への抗議からデザインされたものである。独立の理念である自由・平等・幸福追求権をシンボライズした旗である。その理念が危機に瀕していることを示す行為として、けったいな国アメリカでさえ、政治的プロテストの手段として国旗を焼く権利を認めている。
 敬意を抱くことを強制する対象として日の丸・君が代の役割を限定することは、それを踏み絵にすることであり、それはそれらに違和感を感じる人間を非国民/移民として排除するソリッドではあるが柔軟性も予想外の変化・発展もなく、金銭や地位に固執する人間が非人間的な強要を平気で行う近隣の強権的国家(過去・現在を含めて)と同じだろう。
 東京や大阪の真の標的は、増え続けるであろう世界各地からの移民労働者、あるいは彼らと同じ待遇しか受けることのできない社会的弱者たちなのかもしれない。
 

続き

 投稿者:ブシェーミ  投稿日:2011年 6月12日(日)19時52分2秒
  乙武洋匡さんが、府知事のツィッターに対して実に真摯に答えています。文章を見るだけでいろんなことがわかりますね。

http://togetter.com/li/147955

 

ナチスも最初は民衆の絶大な支持があった

 投稿者:ブシェーミ  投稿日:2011年 6月12日(日)01時33分16秒
  まったくもって橋下府知事の「都知事コピーキャット」ぶりにはあきれてしまいます。彼が言ってることをどんどん実行すればするほど府民は自分の首を絞めることに気づいてないのでしょうか。
日本人なら国旗国歌に敬意を持て、式典で歌え、できないなら日本から出て行け、という飛躍した論理を展開する「一般市民」は自分が何かしら公権力から強制されたら真っ先に文句言いそうですけどね。例えば「国旗国歌の強制を禁止する法律」が施行されたりしたら。先日の朝日新聞に卒業式で起立しなかった教諭を不快扱いした保護者の投書が載ってましたが、そもそも公立校の式典で国旗国歌が必要なのか、という素朴な疑問に答えることができる人がいるのか疑問です。日本人なら、という理屈でいけば、学校に限らず全世帯、全事業所に年中国旗を揚げさせ、節目の行事では全員に国歌を歌わせないといけなくなりますが。
橋下知事と維新の会メンバーは、毎朝府庁前で日の丸を掲揚しながら君が代斉唱を欠かさずするならまだわかりますが、どうせしないでしょうね。
こんなばかげた条例に腐心する前に、低レベルと言われてる学力を良くするために学校を支援するのが「府民の信託」を得た知事や議員のする仕事だと思うのですが。
 

ポピュリズムの横行

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2011年 6月 9日(木)23時04分44秒
  大阪府知事橋下は絶大な人気があるという。彼が率いる「大阪維新の会」は統一地方選で府議会の半数を制した。飛ぶ鳥を落とす勢いである。その「人気」を利用して、維新の会は2つのことを真っ先に実施した。一つは府議会定数の大幅削減である。維新の会メンバーが不利にならない、公明とか共産党が議席を激減させる「改正」で、本当に大阪府民の民意を正しく反映させるか怪しい、一票の格差がむしろ拡大するというでたらめな暴挙である。議院数削減=経費削減=府民大歓迎という図式で、典型的ポピュリズミ迎合政策である。これを一方的総会で採決するファッショ的政治手法を、大阪府民は許すのか?
もうひとつは、選挙戦では全く触れず、当選後突然条例案提出というペテンをぬけぬけと実行した、「公務員は、君が代斉唱時起立し斉唱する義務を負う」条例の制定である。弁護士でもある知事は、これは「思想信条の問題」ではなく、公務員に対する服務規程確認の条例であると言って、本質をそらし、形式論理で国民の基本的人権を堂々と踏みにじるこれまた暴挙を強行した。国の「国歌・国旗法」には一切の強制や罰則規定はない。右翼は「当然の条例だ」といって大歓迎しているが、例えば彼が中国国民で中国国歌を「強制」されたなら猛反発を示すであろう三宅某など、君が代大好きだから、斉唱を拒否する在日や同じ考えの日本国民を「非常識」「アタマの程度を疑う」と最大限罵倒する。民主主義は多様な思想、故人のアイデンティテイを広く認める制度である。こと君が代問題となると、右翼はファシストの本音を暴露するのだ。橋下は、卑劣な手段と権力主義で、一般大衆が喜ぶ政策を真っ先に実施した。これからいかなるファシズムが出てくるか、怖ろしい。
君が代を歌わないというだけで免職措置を準備したり、排除を教皇したり、己が主張する「自由な社会」とかけ離れた意図で、多くの府民を抑圧していくのである。こういう政治を許せば、どっかの国のように「将軍様に敬礼」させられるトンデモ国家が作られるのだ。そうなってからでは、もう手遅れである。大阪と東京という人口最多地域の知事が、揃って権力主義で右翼思想強制社会を目指しているこの国の「民度」って、何なのだろう。
 

天の声

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2011年 5月 7日(土)10時57分21秒
  >プシェーミさん
有難うございます。地震に津波、ここまでは天災です。しかし統御技術が未だ未熟な段階で一挙に商業発電に走った「原子力発電」の「災害」は、明白に「人災」です。電源法など国策として推進してきた自民党政権は、コメ議員、建設族など多くの利権独占議員として「原発」族も育ててきたのです。税金から膨大な電力支援支出を行い、電力会社は独占事業ですから何とでも理由をつけて電気料金値上げを重ね、その収益のなかから広告費を出し、原発立地町村に公共施設を建て、東大丸ごと研究費提供の形で学者を「御用化」して、いずれの分野でもくちきき手段によって自民党原発族議員は、莫大な政治資金を入手しました。こんな甘い蜜はそうそうありません。こんな人災が明白になってもまだ、原発事業の継続を画策しています。彼等は福島県民の苦しみも、国民の不安も眼中にないのです。なぜなら、直接事故処理にも関わらず、(東電社長のように)批判の前面に立つこともない連中は、三宅久之や勝谷某と同じく「原発を止めたら日本の産業も国民生活も崩壊する」と国民を恫喝して恥じないのです。浜岡原発が全面停止したときも、何ら「緊急停電」は起こらなかったのです。今、朝日の調査によると、何らかの形で家庭の節電を実行している人が87%いるそうですが、国民はまじめに節電に既に取組んでいます。福井県敦賀市長選挙も市議会議員選挙も、市民は「原発維持派」を選択していますが、それも苦渋の選択であって、これをもって国民は原発を承認したと(推進派が)公言するのは、ご都合主義でしょう。福島の事故は「天の声」です。天の警鐘です。原発に頼らない社会への移行が、これからの日本の進むべき道でしょう。幼稚な技術の段階で原子力をコントロールできるという思い上がりは、壊滅的しっぺ返しを受けるだけです。そうなったとき「想定外だ」とうそぶいて何の責任もとれない推進派勢力を、国民は国政の場から排除していかねば国土も子供も守れません。福井の原発から20km圏内にすっぽり入る町に暮らす私は、強く訴え続けます。

 

チェンジ

 投稿者:ブシェーミ  投稿日:2011年 5月 6日(金)21時44分44秒
  菅首相が浜岡原発を全部止めろと言いました。国の政策を大きく変えるきっかけだと思います。
昨日の朝日新聞に、自民党の原発推進派が「延命工作」を企てていると記事にしていました。
東電天下り議員と数少ない反原発派である河野太郎氏の両論を載せていますが、どちらが
理にかなっているかはすぐ判ります。
何重にも固めていたのは原子炉施設ではなくて、国民に対する事実隠蔽だったのです。
ほとんどの国民は原発を今までのとおり認めようとは思ってないでしょう。自然エネルギーや
省エネの技術向上などで、後ろ向きにならずに生活が出来るはずです。そういったことを
利権保護のために潰してきた連中が「エラい」地位に居座っていることが腹立たしい。
人から言われないと頭を下げない、ましてやマスコミの前で土下座して「誠意」を見せる
フリをするのは電力会社の社長も食中毒焼肉チェーンの社長も同類なのでしょうね。
あれを見たところで土下座した連中からは何の謝意も伝わってきません。どうせ頭の中で
ベロ出して笑ってるんだろうとしか思えません。会社と個人資産を全部賠償に回した上で、
一生かけて原発の後始末の最前線で働いてもらわないと誰も納得しないでしょう。
 

ウルトラマンよりは長いんだろうけど・・・

 投稿者:タナやん  投稿日:2011年 4月18日(月)19時29分43秒
   枝野官房長官がようやく福島県入りしましたね。「ただちに健康に影響はない」を繰り返したあの方は、車外に出る時は完全防御服フル装備で5分間。福島県滞在時間は20分だったそうです。
 立場上、言いたいことを言えない彼は、自らの装備と滞在時間で、福島県の放射線被害の大きさと危険度を示してくれたのでしょう。意訳すると、
「ただちに」=「5分以内」
「慎重に」=「20分が限度」
ということですか。それを東電首脳陣にも証明してほしいものです。
 

再び日本の真価を問われる

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2011年 4月10日(日)23時48分58秒
  >タナやん
確かにお互い今般の大震災には言葉もありません。原発事故はいくらでも批判しますよ。遂に記者会見に高給取り3役が現れなくなりましたね。こんな卑劣な連中が電気を独占して威張っている現実は、変えなければダメです。しかしこいつらはかっての「大本営」参謀と一緒だね。いざとなったら逃亡して何の責任もとらんよ。
石原都知事が「当選」会見で、「日本人は我欲を反省して、一丸となって世界にその真価を示そう」などと、またぞろ「一億総懺悔」論を述べています。あたかも日本人の堕落を戒める「天」の采配をかみしめて、再出発しようというような、本当に責任を真っ先にとらなければならない「指導者層」を免罪にする発言に、やはり呆れかつ腹立ちます。無責任な原発政策を推進してきた自民党は、民主党政権の揚げ足取りは熱心でも、何の反省も公表していない。800兆円の借金を「積み上げて」きた歴代自民党も現民主党政府も、あたかも国民が欲求してきたこと応答してきた結果で、自分らは悪くないという態度だ。
原発の情報隠し、一定しない外交、・・・諸外国が日本に向ける視線は厳しい。義捐金3000億は、日本人の純粋な気持ちであろう。それに胡坐をかいて実は自己責任から逃れる態度をとっている連中を「視界から外して」みんなで“がんばろうニッポン”と大合唱するさまは、見苦しいし、腹が立つ。まだ日本人は「大本営」に振り回されているのだ。
 

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