teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成


桜樹転地

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年10月16日(月)22時46分2秒
  聞いてはいたけれど、路地の突き当たりを右手に曲がり、用水の滸に出ると、本当に小さな梅林が消えていた。ちょっとした苑地には紅白梅に桜。白梅は鶸萌黄の萼が花弁に透けて美しかった。

今は隅に桜の木が傾いだまま放置されている。これも根扱ぎにされ、枝も適当に払われて、無残な姿という他はない。切り揃えて積み上げてあると聞かされていた梅の幹は既になく、敷地は掘り返した土の生々しい色ばかりが目立ち、水色のシートで覆った小型重機が酷い。また来年、この小園地でこの花々を──といつまで心待ちに出来るのだろうかと思った今年の晩春、この秋の日のあるを予期だにしていなかった。曇天の用水に久方ぶりの通水を見ても、心は萎れる一方である。

あの桜、主人と一緒に転居するらしい──後でそんな話を人づてに聞く。それならばまだしもと胸を撫で下ろす。通りがかりに重機と桜に目をやり、来春会えなくっても花は咲くと喜んでいると、狭い用水の対岸で、庭の小さな祠の前を重機で掘り返した邸がある。ハテ、もしや。翌日通りかかると、案の定、件の桜は用水のこちらからあちらへと、目と鼻の先の転居を終えて佇立している。

来春、花を付けるだろうか。どんな花を付けるのだろうか。いまからどうにも気に懸かる。
 
 

あやまる

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年10月16日(月)02時21分45秒
  選挙戦も折り返しを迎え、マスコミの病勢は募る。恒例とはいえ、困ったものである。

見られている自覚はないのか。いつもの手口がとうの昔に見透かされていることに気付いていないのか。自覚し、気付いてなおこれだとすれば「困ったものである」で済む話ではない。

今回の衆議院選挙では従前を遥かに凌ぐスケールで愚かしさが目につく。ちゃちな調査で一方的な勝利を予測してみたり、文脈を無視して失言を捏造しようとしてみたり、おかしな人々のおかしな現状分析に同じて社会正義の実現を説いてみたり──最早害である。

それも劣化著しい筆が書き立てるのだから、目も当てられない。無論目を逸らすことなく蒐集し、観察しはするのだけれども、その魂胆を憐れみ、その無節操に戸惑う他はない。吁嗟愚哉。
 

寸胴型怒鳴り流

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年10月 9日(月)04時20分31秒
  この夏に故あって翻訳書を繙いた。高名なイタリア人の仕事を高名な訳者が邦語に移したものである。

やはり読めなかった。性とはいえ、歯痒い。

原著の行論の緩み、論証の甘さ、また誤解や飛躍も頭痛の種であった。しかし、訳語という障壁に較べれば、それも些事と言うべきである。

あまりに不可解な文章に業を煮やし、繙読する旅先で網上グーグルブックに接続し、原著見本頁を呼び出す。宥め、賺し、説き、補い、譲り、押す。原文には措辞結構の基本が当然の如く踏まえられ、心地よく文章が流れている。それがどうであろう。訳文では全てが平たく、のっぺりとした、抑揚も強弱もないインクの染みと成り果てている。延々と、ひたすら怒鳴り続けている。

一文の範囲で言えば、取り敢えず大過なく訳してあるものも、次の文との兼ね合い、段落における役割、連なる段落の機能を充分に見極めて邦語に移さねば、文意を追える道理がない。全てが均しく主張すれば、全ての主張を聴き入れるか、全ての主張を聞き漏らす他はない。耳聡い仁が全ての主張を心に留めても、原語に通う軽重を悟らねば著者の趣意を掬う術もなく、趣意を掬えねば一篇の論旨を見誤るだけである。

翻訳の名手と聞こえた人々の仕事にもこの病が巣食っている。何故だろう。翻訳大国として歩む本朝がこれで歩んで来られたのも不思議である。めりはりをつけるだけで事足りるのに。そのための仕掛けは邦語に豊かであるのに。
 

手で考え、手で綴る

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 9月 7日(木)00時25分29秒
  撰文には電算機が欠かせない。想を凝らすにも、文を構えるにも、辞を整えるにも。

抑も文献を繙読するにも電子媒体が増えてきたし、紙があっても持ち歩きを考えれば電子媒体に手が伸びる。

物を調べるにもインタネットの活用が必須の時世である。邦語のウィキペディアや個人研究、調査を発表する網站はさほど見ないにせよ(言説の在り方を観察する素材にすることはある)、各般の論文や研究機関の網站、資料集成や雑誌、新聞の外語記事などに張り巡らされた網の目を辿らずして調べ物をすることはもはや叶わず、調べ物の手がかりを得ることもまた難しい。

それにも拘わらず──あるいは、それ故にこそ──紙と手が撰文に持つ意義は愈々重い。箚記を作るに簡便、書式、形式を離れて線を引く自由、掌を中心に展開する神経が複雑、精妙な手指の動きと聯動して脳を刺激する緩急が、凝り固まった視野と発想を解きほぐし、思考に柔軟な飛躍を生む。措辞に照りを添える。

草枕の空の下、久し振りにダイヤメモを繰る日々を過ごして、つくづくそう思う。手書きのメモはタイプしてそのまま何かに使うこともなるだろうし、旋律のある運筆を眺めながら、或いはタイプする過程で、更なる飛躍を誘う回路としても機能することになるだろう。
 

熟す

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 9月 1日(金)10時02分44秒
  遅れて蒼空に飛び込み、定刻に成田空港の鉛白の空に降りてきた。成田空港のどこにいるのか判らない。汽車に乗ろうと改札まで行き、第一ビルであることを知る。車内放送を聞くに、何だ第三ビルとは。

十時間に垂んとする機中、シベリア上空に差し掛かる頃、久し振りに映画を見た。『大手牽小手』という香港映画であった。毛布にくるまりながら泪ぐむ。齢のせいか。ならば老いるのも悪くない。

ただ齢のせいで、このところ目が疲れやすくなってきた。開けようと目の前の網に挟んだ読みさしの書物を広げるのは諦めた。殆ど誤訳というべき悪文も厭わしかった。ただ、必要に迫られ敢えて原書を斥ぞけ、悪訳を繙く日常よりも、今は静かに瞑目して反芻すべきことが他に沢山ある。そう思い至ったからでもある。老いて頭の回転が落ちてきたけれども、老いて頭の使い方がましになってきたということであろう。

窓外には熟し始めた田圃が広がる。鉛白の天が熟れ始めた稲穂の妙なる黄味を引き立てる。豊葦原瑞穂の国に帰ってきた。
 

晴れた空に

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 8月31日(木)20時29分53秒
  蒼空が広がってきた。もう半時間もすれば搭乗が始まる。一時何ほどで離陸だ。北方を去るに当たっても、晴天であることを願いたい。  

独活の大木

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 8月31日(木)18時31分4秒
  横並びに歩いて道を塞ぐだけでは飽き足らず、道幅いっぱいに広がって漫歩する人々や文化圏があるのは知っているが、自分の性分には合わず、ただ土地の習いに黙って従うことにしている。

ここ、オランダ王国のスキポール空港がどうにも気になるというか、気に入らないのも、どこか無秩序を原則として組み立てられているからではないか。広すぎる。矢鱈と広すぎる。僅かなことに長々と歩くのが気に触るといえば話は早いが、無駄に長々と歩かされるのが気に触るのだから、だらしない広さの醸す混沌が嫌なのだ。好きな人なら好きな場所なのであろう。興味のない人が好きになる場所ではなないようだ。

今朝方後にしてきたアシーナはどうであろう。エラザはどうであろう。古典から入った身には贔屓目、僻目なく見ているつもりながら、関心のない者が訪ねてどのような感慨を抱くのか判りかねるのだから、先ず絆されているのであろう。

耳慣れないオランダ語の案内放送が頻りと流れる。続く英語、フランス語あたりはインとネイションも宜しく、聴きやすい。そこはアシーナや羽田、成田とは違って好もしい。身勝手なことを並べている自分に苦笑いする搭乗口前のけ喫茶店。窓の外は鉛白の曇天である。そして寒い。
 

無用の混雑ではないか

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 8月31日(木)10時52分53秒
  慌しくアシーナ・エレフセリオス・ヴェニゼーロス空港に移動し、長々と待って搭乗手続きを済ます。前には二十人もいなかったはずだが、一人一人が特別らしく、判で押したように引っ掛かる。その度に係員は電話を掛けたり、別カウンタの同僚と相談したりで、全く埒があかない。予約に問題がなくとも、山のような荷物が悶着の種になる。保安検査場を抜け、免税品店で土産物の補充を終えて出発ゲイトに来る頃にはグッタリである。不眠もある。昼から洟も垂れている。しかしそればかりではないのは間違いない。  

閑かな夜に

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 8月31日(木)07時44分54秒
  全ての日程を終え、望外に膨らんだ収穫を胸とダイヤメモに納めて、長い帰朝の途を踏み出す仕度に取りかかる。半月に三度出入りしたアシーナの宿の三十七号室は半分だけ使っていた。広すぎる。いま、早い朝食を認めているところである。六時に離港する予定の飛行機は既に遅延して六時四十五分の出発に改まったと通知があっても、タクシーは三時に迎えに来ることになっている。  

十数年ぶりのシャルルドゴール空港で

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 8月16日(水)14時06分19秒
  驟雨の弊廬を出て、タクシー、バスを乗り継ぎ、宵の羽田空港国際線ターミナルに滑り込む。宵が真夜中の闇に溶ける頃に飛び立ち、払暁にも遠い闇のパリに来た。乗継便搭乗口に移動して腰を下ろすと、硝子張りの鳥籠みたようなターミナルの外側が珊瑚色に明け染め、徐々に淡黄が勝っていく。早朝飛び立つトゥールーズ行きの便を見送っているところである。  

床しい日

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 8月14日(月)23時34分57秒
  迎え火を焚いた夜、仏壇で一番新しい祖霊が夢枕に立ち、現況に就き色々と話をしたと聞く。これまで夢枕に立つことはあっても、口を効くことはなかっただけに、当人も驚いたという話も床しい盆の中日、時にぱらつく細雨の中を購物などの用を足して帰館したり、また出たり。  

符合と齟齬

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 8月13日(日)08時45分2秒
  昨十二日土曜、偶然にも羽田発伊丹行きの飛行機が故障で羽田に引き返し、緊急着陸をしたと聞く。机上の片付けをしつつ、今回は無事であったことに喜ぶ。

昨年八月十一日に亡くなった人の訃報通知が出て来た。平成十六年と刷ってある。平成二十八年西紀二〇一六年が入り乱れている。符合と齟齬の間から何かが語りかけてきている──俄に広くなった机にふとそのようなことを感じた。

今日は盆の入り。迎え火。空は曇っている。
 

事態に立ち後れるのを憂慮する

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 8月13日(日)08時33分14秒
  物の流れが変わる、止まる。九条があろうがなかろうが、身の回りが大きく変わる。小さな地域の動揺が地球の裏側を破滅させ、世界の脆い均衡を覆す──要路にある者たちはともかく、巷で論じる者、叫ぶ者がどれだけそれを見据えているのか。いや、見据えてきたのか。見据えてきたのなら、ここ数年の痴態、狂態はなかった筈である。要路にある者たちは物流の衝に当たる者たちに今後の見通しを尋ねたか。指示したか。これもまた心許ない。  

憂慮すべき事態に先立ち

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 8月12日(土)12時54分40秒
  事態が緊迫すると遅れてきた英雄たちが安い能弁を振るうだろう。事態が膠着化すると飽きてきて、暑苦しい庶民として声高に被害を叫び、甘んじて逸民に堕すだろう。それを見越して仕度をし、対応策を練っておかねばならない。

言辞が詭激にわたるのを見聞きしたら、その構えを崩す。悲壮な言動に接したら、その流れを逸らす。暖簾に腕押し、風に柳と受け流しつつ、事態が厳しい時にこそ、物腰と頭の中を柔らかく軟らかくするように、事を進めていかねばならない。

世にまだその兆しは見えないけれども、世の方々に達識の士が隠れ、働いていることを信じている。
 

心残り

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 8月11日(金)14時36分0秒
  美鈴珈琲と活源を忘れていた。コアップガラナは一本飲み、一本持ち帰るのだけれども、非炭酸系にぬかりがあった。空港の保安検査を受けた後では如何ともし難い。改札、搭乗が始まった。  

名残を惜しむ

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 8月11日(金)10時07分31秒
  今日も臥牛山が烟る中、退函用意。  

谷地頭温泉

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 8月 9日(水)20時31分53秒
  懐かしい温泉に帰って来た。願い続けて数年、漸くのことである。

目と鼻の先にいながら来そびれたこともある。間が悪かったといえばそれまでだが、気に入っている湯であるだけに、入るにも潮時、時機があるのではないかとすら思う。全てがこの湯をいよいよ懐かしいものにした。

酷暑の武州を離れた翌日、冷たい雨がそぼ降る函館の山懐、積翠の鮮やかな香を浸す鉄の湯煙、微かに混じる潮の匂いに身を委ね、颱風が武州に置いていった今日の灼身焼土の溽熱を思い、今日この日にこの湯に浸かる我が身の上を想う宵は冴え冴えと更けていく。
 

想到

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 8月 3日(木)23時33分59秒
  夏学期も跳ね、教学、教務、候所まわりの仕度も全て終え、後は明日、業者が別棟僑居に候所を移す作業を見守るだけだ、綱渡りの肩の荷がようやく降りた──そう喜んで、久振りに早目の帰館をして坐ること暫し。二つ連結した机の一方の抽斗深く秘め置きたる書類や道具を梱包していないことに思い至り、慌てて処置、対策をする学期末。体勢を立て直さねば──そう思い、また楽しみでもある一方、例年になくその余裕がない日程の暑暇に、さらなる綱渡りを見る武州の宵。木曜陰辱、時に風。如何にも。  

氷解

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 7月12日(水)11時22分56秒
  深大寺用水に咲くあの花は何だろう、ジギタリスとよく似ているけれども、ジギタリスのように満開でも茎は撓らず、シャンとしている。通りかかる度に不思議に思い、通り過ぎる度に忘れていた疑問が、ふと氷解した。アカンサスである。意匠としてはよく目にするし、口にも上す植物がこれか。身近な水辺に往昔の泰西を偲ぶ縁を見つけて喜び、驚く。  

虚々実々もまた虚仮

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 7月 9日(日)10時12分24秒
  「眠れる獅子」は百年経っても、所詮「死んだ豚」──司令官たちは事あるごとに痛感しているのではないか。それを前提に振る舞って国威を保っていかねばならないし、それが露見せぬよう振る舞って面子を維持していかねばならない。彼方の言動を観望していると、その苦慮が痛(々し)いほど伝わってくる。虚仮を繞る進退周旋──司令官たちが「死んだ豚」ならぬ「眠れる獅子」だとしても、溜息の出る事態ではなかろうか。虚仮を実体だと見る方が憂うべきであるのは勿論のこととして。  

禍福は糾える、というけれど

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 7月 2日(日)23時12分18秒
  昨今の騒動で当事者能力の喪失、もしくは欠落を露呈した組織がいくつかある。省庁にもあり、地方政界にもある。

今後、その補正を睨んだ力学が作用し始める。今日喜んだものが、明日悲嘆に暮れることにもなりかねないというのに、この理はなぜか世人の目に触れにくいようである。

今般は尋常の修正、補正とは質も量も違い、人為的に、また強力な勢いを伴うことになるだろう。余計に気懸りだ。
 

暑苦しい上にも暑苦しい

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 7月 2日(日)21時15分57秒
  ラジオで土岐麻子という人が自作のダンスミュージックなるものを流す。メロウとかなんとか、色々なダンスミュージックがどうこうと説明をして、いざ─

貼り混ぜというのか……松任谷由実と何かを足して水増ししたような、この感じ……。

バンドブームとか、「すかんち」がお気に入りだったとか……別のラジオ番組のパーソナリティにも見られる、この少し「不思議ちゃん」系とか、流れてくる音とか、ああ、現代なのかな、これが。
 

モンキアゲハ

 投稿者:愚妻  投稿日:2017年 6月28日(水)18時04分17秒
  たぶん今日家の庭に飛んでいたのはモンキアゲハ!巨大!あんな大きな蝶は生まれて初めて見ました。
記念に書き込み。

https://ja.wikipedia.org/wiki/モンキアゲハ

 

打鍵禍

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 6月28日(水)03時39分21秒
  ×平成二十三年
○平成十三年
 

靴禍

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 6月28日(水)03時37分47秒
  遐く遙かな昔──といっても、十六年前の平成二十三年──友人が華燭の典を挙げる豊国へ出かけ、式に侍り、宴に連なった折に、弟から借りて履いて出た黒い靴の底がボロボロ崩れ、べろりと取れてしまった時に次ぐ惨事と言うべきであろうか。当時僑寓していた海外僻陬から俄に帰朝して、用意も行き届かずに西下して、斯くなる仕儀である。

あの時は底抜けの靴にレジ袋を詰め、国東半島のゴツゴツした山道を少しだけ散策したのだった。眩く暑い晴天に、足許が濡れる気遣いはなかったけれども、足の裏に露わな地表の凹凸がとにかく痛かった。それに較べれば、ずぶ濡れの靴下裸足で候所に座り、靴の中には丸めた裏紙で、のんびり乾くのを待ち得た今回の禍は、格別「惨事」と形容すべき出来事でもなかったか。
 

靴を下ろす

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 6月27日(火)04時20分51秒
  先週水曜の驟雨で靴底に穴が空いていることが判明した。通常は穴が空いていても、中敷きが浸水を防ぐ役割を果たすのだろうが、生憎と中敷きもボロボロで、水は自由自在に靴の中を浸した。直ちに同じ靴を一足発注し、昨月曜に届け先のコンビニで受領した。全く同じ靴とは言え、個体差があり、また左右で足の大きさも微妙に違うから、下ろしたてだとしっくり来ない。アキレス腱に当たる革も堅くて痛い。登営、降営の僅かな道のりを歩いただけで、水ぶくれができ、潰れ、風呂に浸かるとひりひりした。

穴の空いた靴は今日か明日水曜に、修理へと出すつもり。
 

みそにこNOW!

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 6月26日(月)09時14分16秒
  やる気もねえ! おらこんな日わやんだ~ 麦さいてパヘかうだ~  

みそこNow!

 投稿者:針鼠  投稿日:2017年 6月25日(日)16時14分33秒
  はぁぁぁ、やる気でねぇぇぇ~  

見損なう

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 6月11日(日)21時40分14秒
  再調査といい、蜥蜴の尻尾斬りという。尻尾とされる部分が、その組織の首であり頭であるとすれば、どうだろう。再調査で前回調査と違うことを言う──言わされる──羽目になり、轟々たる非難に晒されるのを勿怪の幸と見ているとしたら、どうだろう。事態の推移を奇貨として事に当たっているとしたら。いや、抑も最初から狙った上での手筋だったら。──いずれにせよ、もはや火遊びでは済まなくなっている。毎度のことではあるけれども、今回は「毎度のこと」で済ますことは出来そうにない。  

ヒョエエエエ

 投稿者:元夏迪  投稿日:2017年 6月 6日(火)07時19分44秒
  おそろしや。。。  

レンタル掲示板
/82