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白山三業地(Pt.2)

 投稿者:ぷち。  投稿日:2016年 4月 6日(水)02時50分8秒
  で、ようやく本題です。
元に戻って本郷台地から白山の谷へ落ち込むその福山坂を下りると、
白山通りの手前にある商店街(?)に下ります。
先ほどの国土地理院の地図の東端、縦書ゴシックの「文京区」の文字の東側、
白山通りに平行して縦書で「白山一丁目」という文字がありますが、その左側に黒い丸があります。
その黒丸のあるところに白山通りと平行して南北に細い道が走っているのがおわかりでしょうか。
実はここ、両側に実に見事なほど寂れた(元?)商店街があるのです。

ランニングの時に、ここにすごい違和感を感じました。
だって白山通りを挟んだ反対側には小石川の大きな商店街があるんですよ。
どうしてそのすぐそばにまた商店街らしきものがあるのかと。
そしてこの小道、意外に広くて立派なんです。
車は余裕で行き違いできますし、舗装も立派。
でもいま残っているお店は酒屋さんが2軒と銭湯1軒
(この銭湯だけは毎晩なかなか繁盛しています)と書道教室くらい。

どう見てもぁゃιぃ。

そこで同僚の日本史の専門家に聞いてみました。
すると即答で「ああ、あそこさんぎょうちだったから」。ん?

「さんぎょうち」と聞いて、私のno細胞は「産業地」と漢字変換したわけですが、
そうではなく「三業地」。
「三業」とは料亭と待合茶屋と置屋のことなので、「三業地」とは花街のことだったのですね。
実は私の父方の親戚は日本橋芳町で三味線を教えていて、小さい頃は芸者さんがお稽古に来てました。
小さい頃であんまりよく憶えていないし、
私はあんまりそこの家が好きではなかった(下町も大嫌い)から
寄りつくことも少なかったんですけどね。

この白山一丁目の一角は、国土地理院の地図を御覧になってもおわかりのように、
本郷台地が白山通りの谷に落ち込むところで、垂直な崖で上に直接のぼることはできません。
ここは西の広い白山通りと東の崖とに挟まれて、周囲の土地から隔てられているわけです。

昔の地図を見ると(http://dl.lib.city.bunkyo.tokyo.jp/det.html?data_id=85)、
この謎の道こそが本郷台地の本郷区と崖下の小石川区の境界です(本郷区+小石川区≒文京区)。
この一角の旧町名は指ヶ谷(さしがや)町。小石川区が白山通り東側に出っ張ったところにあたります。
現在も文京区立指ヶ谷(さすがや)小学校にその名を留めますが、
指ヶ谷小学校があるのは白山通りの西側、旧町名では小石川町になります。
この旧指ヶ谷町は1912(明治45)年に三業地として指定され、戦後まで栄えました。
その名残がこの一角に残っているわけです。
 
 

白山三業地(Pt.1)

 投稿者:ぷち。  投稿日:2016年 4月 6日(水)02時45分23秒
  昨年秋から拙宅@本郷~茗荷谷駅を毎晩往復するようにしています。
ルートはほぼ東から西へ、本郷通り、白山通り、千川通り、春日通りの4本の通りを横切る形になります。
距離は片道2.4km、所要時間は歩くとちょうど1時間、軽く走ると45分くらいです。

このコース、地図上で見るとわかりにくいのですが、実に起伏に富んだコースです。
国土地理院のHPにこの文京区のデコボコについて詳述しているページがあります。http://www.gsi.go.jp/common/000061697.pdf
別図に判例がありますが、黄色が海抜20mくらい、緑色が海抜10mくらいです。
国土地理院の図の右端にある縦書ゴシックの「文京区」の文字があるところが「本郷台地」、
その「区」の字の右下の「東京メトロ南北線」の字に沿っている道路が言問通りです。
図の右下にあるの東京ドームからほぼ真北に走っている白山通りと
西北方に向かう千川通りは谷筋だというのがよくわかります。
それに対して東京ドームのすぐ北からいきなり台地の尾根筋を上がる春日通りは、
確かに中央大学のところで急に標高が上がっていきますよね。
千川通りの東側の台地を本郷台地、千川通りの西側の台地を豊島台地と学術的には呼ぶのだそうです。
神田川河谷から春日通り西側に平行して
「東京メトロ丸ノ内線」とあるところが谷になっていますが、これがいわゆる茗荷谷です。
茗荷谷駅のところでは丸ノ内線は地上に出て両側が崖になっていますが、
あの谷がまさに茗荷谷なわけですね。

私のランニングコースの話に戻りましょう。
本郷台地の一番高いところは図の東端の本郷通りのところで、海抜20mくらいです。
そこから春日通りに出ると10mほど、つまり建物3階分くらい下がります。
言問通りは徐々に下りていくのでそれほど斜度はありませんが、
私のランニングコースは言問通りを下りるのではなく、ショートカットして新坂(福山坂)という坂を下ります。
これは白山通りギリギリのところまで本郷台地が続いているところから一気に白山通りに落ち込みますので、
あの近辺では別の新坂(フォーレストの先から言問通りに一気に落ちる坂)と並ぶ急坂です。
私はこの坂は上りも下りも歩きます。走れません。
白山通りから千川通りまではさらに微妙に下がり、
そこからは播磨坂という桜で有名な坂を上がって春日通りに出るのですが、
登り切ったところの海抜は22mくらいだそうです。本郷台地よりも高いのですね。
 

為人を表す

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 4月 4日(月)00時58分8秒
  廉価な輸入車に乗っている人々に通有の傾向。車を当てないようには注意するけれども、人を轢かないように注意しているかと言えば、かなりお寒い。交通法規を少し知っているが、その意義を知らないという点では、困ったドライバと同類である。  

この国の、この時代の、いや業界の宿痾というか

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 3月20日(日)14時01分14秒
  時節柄よく見聞きする「主役は卒業生」。「主役」がよくない。譬喩が一人歩きをして、譬喩ではなくなっている。芝居の「主役」に転んでいる。卒業生は主たる当事者である。国家の定めた称号を受けたり、資格を認定される儀式は、思い出作りのためのものではない。思い出に残るものだからといって、それが目的だというならば、その資格、その称号を返上した方がいい。  

間歇的に顔を出すだけでも

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 3月20日(日)03時40分16秒
  小人数の会読は、途中で遠方の一名が高速バスの時間の都合で早退し、二十時半まで実に六時間半に及んだ。例会の中では屈指の長さとなった。註釈書の混乱で要らざる手間もかかりはしたが、やはり気心の知れた仲間との精読と考覈は何物にも代え難い悦びである。  

幽霊会員

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 3月19日(土)11時02分32秒
  夜来の雨を冒して今日も登営する。僅かに都合の付く仲間と、珍しく都合の付いた不佞とで、読弁論会を小さく開くのだ。  

一別二十五年

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 3月19日(土)11時01分14秒
  旧友と再会した昨夜。退勤途上の歩程に不佞の候所がかかっているというから、候所大廈の前で手筈通り連絡を貰い、退営して馴染みの麦酒屋まで歩くこと一分。二十五年会おうと言いながら会えずにいたのに、一度ことが動くと、実に呆気ない。四半世紀の重みと歩みに隔てられ、またその御蔭でこうして身近に奉職してもいる不思議。来し方を見据えて行く末を思う年頃に、青春の日の光が再び射したことも相俟って、互いに意を強くした宵となった。  

倫敦! ──倫敦?

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 3月18日(金)12時44分9秒
  いつぞや人と話している時に「ロンドンでさえまだまだ○○」というもの言いを聞いて驚いた。東京の如き牢固たる旧習の巣窟ならばともかく、と言う含みである。ロンドンを多少とも知る、非英国贔屓の身で言うべき事は言ったけれども、どうしてこのような価値観があり得るのであろう。ビートルズ以降の動静の故にであろうか。だとしたら、ビートルズ(を取り巻く諸々)が奏でる帝国主義の変奏曲に耳を澄ませてみたらどうだろう。  

春雨か

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 3月 7日(月)08時56分50秒
  非常呼集で登営の月曜は雨。生暖かいのはやはり春。  

移動の日々

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 2月26日(金)08時19分56秒
  昨二十五日木曜雪後微陰上駒。第二キャンパスで用を足し、第一キャンパスに移動したら、入試。予定を変えて登営、候所で査読の続き。再び駒場に戻り帰館。終日寒く、昧爽布団に入って震える為体。

二十六日金曜青天快晴。登営銓衡。その前に候所で少し仕度を。
 

玉那覇黒

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 2月22日(月)10時13分55秒
  マルタマのタンナファクルーなるものを食すに、卵ボーロのような舌触りと、予想を裏切る黒糖の香に喜ぶ。那覇のリュウボウ勘定台まえの平台に置かれていたものだという。「庶民の健康食」という口上書きに嘘いつわりはなさそうだ。  

木曜は暖かく

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 2月18日(木)17時22分23秒
  木曜快晴、青天の大気は揺らぎ、霞み、かなたの鉄塔、電線、また山巒が消しゴムでもかけたかのように擦れて。昼に家を出て登営。校閲作業に勤しむ。そろそろ翻訳に切り替える。かつては同じ研究室で学んだ知人が、いまは同僚として、俄に候所へ訪ねてきて、小さな業務を置いていく。それも和やかで楽しい雰囲気なのが、何よりも嬉しい。  

十七日水曜快後晴微陰些寒

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 2月18日(木)17時17分52秒
  実は長年待っていた快報にようやく接した昨日(一昨日深更)。俄に留守宅となって孤影悄然たる筈が、青天の快晴も相まって足取りも軽く登営、大廈雲上に陟る。全体に閑散とする館内で、届いたまま放置してあった梱包を開け、教育研究資料を側台代わりの右机の上いっぱいに積み上げる。それから正面机に向き直り、夜更けまで翻訳に従事する。帰館は零時に近かった。作業はさほど捗らなかったが、それでも前には進み、充実した気持ちで午前六時の床に就いた。  

投票忌避

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 2月11日(木)02時49分7秒
  意に染まない政界、政治に白けて、したり顔で背を向けて「どうせどこがやっても変わらないし、だったら投票しても意味がない」と嘯く未熟者は、鏡の前に立つがいい。その容姿だからと言って、生きるのを止めるのか。みなそれでも生きていくのではないか。それと同じことである。  

公器の慎み

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 2月10日(水)11時40分28秒
  快晴登営。会議。

正しいから報道するのではなく、報道するから正しいのでもない。操觚界はこのあたりを誤解している。報道すべきだと思うから報道しているだけであり、その成否、正誤の判断は他に待つべきものである。報道は「社会の木鐸」(どんな意味で使っているのかは知らないが)ではない。自惚れてはならない。そこにすべての蹉跌が胚胎していることに、そろそろ気がついてしかるべきである。
 

夜鍋

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 2月 3日(水)03時37分52秒
  候所まで来て願い出た学生のラテン語作文をようやく添削して返す。月曜式日最後の授業(四限希語)直前に頼まれて、時間がなかったから、帳面をデジタルカメラで撮影して持ち帰り。話せば直ぐながら、字にすると手間取るのは、いつものことである。もっとも、最近は作文の添削をメイルで提出させることもなくなった。だから余計に手間取るのだろうか。  

長短様々なノウドで車輪の再発明を防ぐ

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 2月 1日(月)02時42分0秒
  古代に親しむと、長いスパンでものを見られるようになる。もう少し精確に言うと、長いノウドで物事を束ねる、そうしたノウドが沢山身体に染み込む、だからふとしたところから、その後の展開が割と直ぐに予測できる、となろうか。将棋に通じればその分、何十手も先まで手を読むではないか。それとよく似ている。

ただし、いいことばかりではない。他分野、別の時代の専門家と話をしていると、どうもこう、「自分は車輪を発明したぞ」というようなことを言われて戸惑うことが多い。いやあ自分は今日、ここまで自動車で来たんだけど、と言わずもがなのことは言わないが、これが案外苦痛の種である。
 

徐々に学期も跳ねてゆく

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 1月28日(木)00時50分42秒
  いや、égalitéが入ることで、とした方がスッキリするか。何やかやと慌ただしく過ごす上天快晴の水曜に気がついた。

水曜の式日登営はこれで終わり。試験も終えた。残る式日は月曜。登営事務、臨時日程登営はもちろん続くが。
 

博愛とは言うけれど

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 1月27日(水)08時54分6秒
  fraternitéが入ることで、他の二つと語義矛盾を起こしかねないような気がするのは、語源をなす文化圏に引きずられすぎているのか、それとも近代の衝撃的な発明のなせるわざなのか。

上天快晴、放射冷却、峭寒。登営、レクチャラ、会議、会議。
 

でも駄目だから

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 1月27日(水)00時12分10秒
  「で町起こし」は失敗するというのが持論である(何度かここで披露したのではなかろうか)。真田も炎弁当に消えた『炎立つ』同様の事態に逢着するだろうし、オリンピックで地方創生なる国策もまたしくじるだろう。

もう少し切り詰めて言えば、「で町起こし」どころか、「町起こし」ですら駄目なのだ。
 

社会の究明から糾弾へ、癒しへ

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 1月27日(水)00時04分46秒
  いつから社会学が社会問題学となったのかは知らねども、それが癒しと救いを事とする語りともなり、語り口ともなっているのは間違いなかろう。プロセスとして「傾聴」を践むことからも、テラペイアとして機能し、それを目的とすらしていることからも、社会学を標榜するディシプリンが現代人の宗教となるのは必然と言ってよく、故に臨床を目指し、寧ろそれを本分とするようになったのも当然である。しかし、社会の姿、社会という原理を解明する営みの方は、どこへ行ってしまったのだろう。再び歴史学が担うことになるのだろうか。歴史社会学ということを口にする社会学者が現れてきたのも偶然ではないのかも知れない。この動きが頓挫して歴史学の出番となるか、遡求的、あるいは時間的なアプローチそのものの全否定を招来するのかは、今の不佞には見通せない。社会学者の頓挫の仕方にもよるだろうし、歴史学の漂流の塩梅も関わってくる。  

カッコ悪いのは誰だ

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 1月25日(月)01時45分35秒
  日曜討論を聴く。

民主党の福山代議士が自民党を非難して「なんでもかんでも民主党時代と比べて、じゃカッコ悪いですよ。大体民主党政権下でもこんなふうに経済指標が持ち直しているんですから」。

彼に限らず、マスコミ全般に「政局より政策」と弾を撃ち続けて、甘んじて選挙に負けた麻生宰相のことには口を噤んでいる。何故なのか。経済指標が上向いたのは、宇宙人やらなにやらの功績ではなく、下野を覚悟しても国難に当たった人々の御蔭ではないのか。

カッコ悪い。
 

補足事項

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 1月23日(土)15時11分41秒
  補足しておくと、「がにょーく」=「ガニョーク」の項目は削除せずに保存してある。いつでも一発変換が決まるようになっている。  

掃除の寒空

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 1月23日(土)15時10分11秒
  陰鬱な寒天の下、事務を執る手を休め、誤って変換辞書に自動登録されてしまった「がつ」=「がt得」を削除する。前後には他にも誤変換の麗しい産物がぞろぞろ並んでいる。この際、削除しておく。ものの一秒である。その中に「ガニョーク」があった。御判りだろうか。いや、覚えておいでであろうか。そう、あの「ガニョーク」である。旧「一筆箋」の平成十七年十一月七日月曜一時七分五十五秒投稿の記事「閃いた」に登場する、謎のキーワードである。  

参議院予算委員会

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 1月19日(火)11時03分32秒
  参議院予算委員会の中継をラジオで聴取。児童関係に関する野党の質問がなかなか宜しい。その合間に共産党の仁比聡平議員が安保法制についてイデオローギッシュに、しかし全く精彩を欠く質問をする。彼の党の人々は皆不破哲三氏の話し方を語彙、イントネイション、措辞(そしてザ・思想)まで真似ようとする不思議な性向を持っている。この議員においてもまた然りである。ただ、それが如何にも借り物であり、如何にも努力しているという風情が滲んでしまっている。付和雷同の憾みをなしとしない。  

雪の武州、輝く

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 1月19日(火)10時51分3秒
  JR東日本最寄り駅は入場規制、控えの私鉄を最寄り駅から辿ろうにも、こちらがまた、架線の故障、車輛のトラブルなどで間引き運転で六割運行、振替輸送希望者の殺到で混雑。昨日の雪には参った。

どのみち困るならば、控えの路線を使わずに、入場規制の行列にならぶことを選び、二限に遅れること、実に半時間。遅れるのは教員のみならず、教わる方もまた相前後して上学である。その後の空模様を知らぬまま、四限、西向きの室で授業をすると、ブライドを挙げた向こうの太虚には輝く日輪がやがて橙に染まろうとし、四限が跳ねる頃には黒い富嶽の稜線をいよいよ黒くしながら、やや左手の山巒から恰も火炎を上げるかの如く、雲を焦がして沈んでいった。

火曜放射冷却、路面凍結。四限にメントール改め、ドキマステース、つづいて撮影。足許を気遣いながら、登営である。
 

大雪の朝

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 1月18日(月)07時15分58秒
  上天の寒い日曜にセンタ試験が終わると、やがて小雨が降り出して、月曜昧爽には雪が積もり、今はすっかり大雪である。登営、マギステル、演習、ディダスカロス。電車が遅れている通知がずらり。  

放射冷却

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 1月13日(水)06時44分28秒
  茶畑の百入茶[ももしおちゃ]の空に黄朽葉色[きくちばいろ]が滲み出す。見る見るうちに青みを増して舛花色[ますはないろ]の空になり、放射冷却の朝が明けてきた。聞けば今日は冷え込む由。登営、レクチャラ、会議など。
 

質問の質

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 1月12日(火)11時33分43秒
  民主党の西村智奈美代議士の質問は時間切れの観を呈した。冒頭、ネット情報に基づく揚げ足取りを狙った下品な質問、溜息と軽蔑の感嘆詞で論理に代える不埒を突破し、軽減税率をめぐる質問に入ると、多少なりとも実のある討論(への緒)に差し掛かった。今後は国事を第一に質問をして貰いたい。誰にとっても不幸な戦略は避けることだ。  

月旦入門

 投稿者:元夏迪  投稿日:2016年 1月12日(火)11時28分24秒
  穿った見方と言いながら、僻目を披露する者にも注意が必要である。知識人や運動家に多く見られる人種である(「穿った見方」の意味を正しく理解している者も、「邪推」と誤解している者もいるから始末に負えない)。

そうした人物を避ける方法はひとつ。言わせ続けることである。片手で逆立ちをして眺めた景色を真実として喧伝するから、そのうちに腕が草臥れて転んで終わる。

そうした人物を見抜くのはもっと手軽だ。それまでは全く興味も示さないか、知らないか、知らない振りをしている出来事、人物が、一度自分に都合がよいと聞きつけると、俄に掌を返して、そうしたものを引いたり、褒めたりし始める。

往生際が悪い、責任を取らない、しかし責任の追及には異様なまでに執着する人物もまた、そうした手合いだと見てまず間違いない。
 

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