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ただ事ではない

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年10月 3日(土)12時00分5秒
  我が事ながら申すけれども、最近の閃きようと来たら、ただ事ではない。鋭さ、広さ、深さ、そのいずれもただ事ではなく、美しい。素質の開花した観がある。

ただ、それを記す前に忘れてしまうのである。もう少し踏み込んで言えば、記すことを忘れてしまう。ただ事ではないのは、こちらの方か。素質の観がある。
 
 

携帯電話の御使用は

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年10月 2日(金)04時03分11秒
  微陰、晴、雨の木曜、上駒。ディダスカロス、ディダスカロス。往復の車中、携帯電話の使用方法と制限について、新規の方針に切り替えた旨を放送で案内する車掌。  

上天を迎えて

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 9月30日(水)23時13分45秒
  九月の晦日は澄み切った快晴。肌にひやりとする輝く大気に、黝い山肌を見せる富嶽が張り付いている。一夜にして空気が入れかわり、目が醒めると、旻天が上天に変じていた。驚くべき変わり身である。登営、レクチャラ、寄合、会議。会議は例になく長びいた。  

満月の夜

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 9月29日(火)09時09分10秒
  旻天も快晴まであと一歩なのに。所用先から最寄り駅へ歩きながら喞つ。登営の道中、珍しく邦語で西洋史本を読むうちに乗り過ごして一駅戻り、意を得ぬ教学を三か限。

いつの間にか府内中心は快晴に。ふり返ってみれば、読書も、教学も、用務も、全てはそれなりに事もなく終えることが出来、こうして澄み切った夕方を迎えることができた。昨夜の仲秋の名月は雲がかかって床しかったが、今宵の満月はさぞかし。千代田城から白山通りには竊かに名物に擬す強風が吹き込む。それがまた心地よい。

揺られ揺られて最寄り駅に戻り、昔の街道の起点、また茶畑に佇めば、世に「スーパームーン」と称する巨大な月が隈無く輝きわたっている。土曜の曇天、所用先から帰館する道すがらにすれ違った夫婦を思い出す。

夫はやたらと肩肘が張っており、何ごとかと見れば、真新しい装具で胸に新生児を抱いていた。薄氷を踏む思いで歩いているから、肩肘が張っているのかと気がつく頃には、もう弊廬の軒先であった。
 

耄碌の日々

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 9月27日(日)11時23分22秒
  眠素で回らぬ頭で考えた。ギラネイザとはなんだ。頻りと脳裏を掠める音──というよりも、ラテン文字の綴りである。薬だろうか。「トランキライザ」という音を見聞きしたことがある。googleの検索窓に片仮名をタイプしてみる。結果は皆無。そんな検索語も珍しかろう。はて、盛り場か、飲み屋の名前であったか。もとより無縁の世界である。記憶に残っているとしたら、いつかどこかで(何度か/何度も)目にした風景の隅にあったものであろう。そんなものは努力をしても想起できないものである。と、思ったところで気がついた。観察しているゴリラ愛護団体の観察している牡ゴリラの固有名であった。蜿蜒と続く性欲闘争と主導権争いに、確かそのような名前があった筈だ。  

著者を知る

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 9月22日(火)03時57分37秒
  そろそろ『プリニウス』を開けて見なくてはいけないか。手許にないから、手に入れるところから。このところ慌ただしく、それも億劫である。いや、それ自体は億劫ではない。どうせ忘れるということが判っていて、もう滅入っているから、億劫に思うのだ。『テルマエ・ロマエ』(ママ)は随分前に読んだ。  

竹内文献の馬脚はすぐに

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 9月19日(土)10時04分9秒
  トライポッドじゃなくて、トライポスだったか……  

天啓

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 9月19日(土)10時03分8秒
  トレイス・スタセイスじゃなくて、トライポッドじゃないの?  

たすけちくり~

 投稿者:針鼠  投稿日:2015年 9月18日(金)23時07分44秒
  明日の朝カルの準備が全然進まない・・・眠い・・・だめだ、こんなことじゃ。えいっ!(グサッ!)・・・はあ、はあ、こいつはきくぜ、五寸釘をふとももにうちこめば、目も覚めるぜ・・・いててて・・・だめだ・・・眠い・・・口でだけ適当なことを言っていてもだめだぜ・・・ククク、このまま今日は寝て、明日その場で白紙のレジュメを前にしながら、宇宙のブラザーから降りてくる言霊を2時間語るのよ・・・講師様のふかふかの椅子が、明日のオレにとっては、まるで大昔のヨーロッパのどこかの国のケンブリッジ大学で、できのわるい学生を晒し者の刑にしたトレイス・スタテイスの椅子に早がわりってことさ・・・そいつがオレ様におあつらえ向きのデスティニーさ・・・  

攻防とやらを見聞きしながら

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 9月18日(金)10時20分54秒
  法案が法になれば、修正も廃止も出来るようになる。曖昧であった輿論の向背も論理的ならざるを得ぬようになる。選挙公約通りに動いた与党が提出した法案を、いまさらのように反対し、厭うのはなぜであろうか。

仮に政権与党が交代するようなことになっても、成立した法制は変更できない状況にあることを知っているからではないか。そうした必要悪ならば、ヒールの仕業にしておきたい。万が一にも反対運動が上首尾に終わるなら、棚からぼた餅の利得もある。

操觚界も先回の総選挙で専ら経済政策に絞って争点を紹介し、煽った己の過失(あるいは、戦略)を糊塗(あるいは、隠蔽)できる。

主権者の身の処し方、料簡は如何にあるべきだろうか。操觚界に踊らされ(てき)た事実くらいは見つめてしかるべきではないか。民主主義の恐ろしさと主権者たるの重さを噛み締めることが出来れば、さらによい。
 

民主主義品詞分解

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 9月16日(水)18時41分24秒
  世論[せいろん]に占める形容詞の比率が上がるに連れ、政論が行われている可能性が高く、輿論が腐っていく途上にある公算の高い社会と言えよう。  

「つもり」が同じつもり

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 9月13日(日)01時02分25秒
  「殺されるつもりはない」と「殺されないつもりである」という、劃然と異なる命題を混同しているのではないか。

判断基準を記す。二つの命題の差が判るか、判らないかである。簡単な点検だから、是非、暇を見て。

右、追って何か書こうと思う。
 

例外聴取

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 9月10日(木)23時48分25秒
  スポーツ(「気晴らし」)見物の趣味はない。テレビやラジオを使ってまでする訳もない。「インハイ高め」などという解説者や、それを真似る少年少女にウンザリした遠い日。

しかし、今日は夕方に帰館して、つけっぱなしのインタネットラジオから野球の実況中継が始まっても、そのまま切らずに流しておいた。言うまでもない、合間合間に水害の情報が入るからだ。

帰還時には梯団を組んだヘリコプタも飛んでいた。上空から検分、捜索をする消防や自衛隊であろう。被災地の人々が気遣われてならない。
 

有為転変

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 9月 7日(月)08時14分38秒
  新幹線も通る。行旅の増加に備え、あるいはこれを当て込んで、無料の電波を市中至るところで飛ばすよう努力をしている。代わりに、駅前のアーケードは撤去され、広大な道路、広大な空が嫌に空疎で寒々しい。シャッターも目立つようになった通りで、冬の積雪と雪かきも心配である。十字街には僅かに桁高い、古びたアーケードが残っているけれども、これは商舗、仕舞た屋ごと撤去されるのを待っているかに見えて、愛好者としては胸が痛む。

夜来の驟雨も去り、路面も乾き始めている。船渠のタンカ、護衛艦、掃海艇も見え、横津岳は黝く鎮座している。そろそろ帰京の頃合いらしい。
 

繋がる

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 9月 5日(土)12時37分18秒
  棒二のANNEXで。  

第二ターミナル

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 9月 3日(木)13時21分27秒
  久し振りの空港。とは言っても、半年ぶり。そんな時代になったらしい。そんな身分になったのではないからには。

イスタンブルで何故か置いて行かれてタシケントの故事が念頭を過る。
ゲイト近くで耳を澄ませて待つばかり。
 

本名で

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 8月30日(日)12時50分45秒
  細雨些か寒。NHK第一「歌の日曜散歩」はおかしな番組である。聴取者からの投稿を呼び掛けるのだけれども、番組の骨格を為す曲のリクエストは、なぜか端書に限るのだそうである。番組冒頭で「リクエストをお寄せください」といいながら、このような但し書きを添えて、郵送先を読み上げるのはなぜなのか。そして最後に必ず「リクエストはね、是非、ホンミョーでお願いします」と婦人アナウンサが言う例である。「ホンミョー」のところに一際力が籠もっている。ならば、はじめから「リクエストは端書にあなたの本名、住所、電話番号、リクエストする曲名をお書きの上、郵便番号なんとかかんとか、渋谷区神南エヌエチケー放送センターなんとかかんとか歌の日曜散歩係までお寄せください」と言えばいいのに、いつもリクエストの募集の最後に、取りなすかのように、取り繕うかのように、愛想笑いでも浮かべていそうな口調で、いそいそと「リクエストはね云々」と続けるのである。何故本名に拘るのだろうか。只でビッグデイタを蒐集し、只で世界に蒐集させるのが狙いなのだろうか。あるいは個人の身上/信条調査をするつもりなのだろうか。もっとも、仮名で寄せる投稿者が多いのかも知れない。そして本名を強制する根拠が極めて薄弱であるのかも知れない。だからこそ、あの不思議な付[つけたり]をやるのかも知れない。  

贅沢

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 8月19日(水)18時14分19秒
  微陰の穂高山中で会読考覈、しゃくなげ荘でメイトー信州安曇野牛乳に寛ぐ。

昨日はほりでーゆ~露天風呂から真正面に雲のわいた天と、そこだけ晴れ間が残り、顔を覗かせる蝶ヶ岳と日暮れを拝んだ。
 

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 8月12日(水)08時24分27秒
  時節柄だろうか、茶畑の付近は一軒、また一軒と雨戸を閉めて旅立って行く。辺りは静かだ。昨日所用で旧居のそばにいたら、蝉時雨が凄まじかったが。  

書籍と本能二題

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 7月30日(木)22時21分42秒
  書店に行くと大いなる便意を催すものだと人は言う。だとすれば、図書館に行くと大いなる眠気に襲われる不便な人生があっても、さほど不思議ではないのだろうか。  

脅威の熱波にもめげず

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 7月15日(水)04時05分33秒
  月曜、火曜と暑熱続き。しかし上水の彼方の空が橙に染まる頃は流石に涼しく、凌ぎやすい。洗面台の窓からは、下草と生け垣、周囲の農地や木立に冷やされた空気が流れ込み、山家に起居する心持ちを引き出される。嬉しい限りだ。  

これだけ暑ければ

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 7月13日(月)10時49分38秒
  愛用する日本特化型携帯電話の通信会社のサーバが火事だとか。静かな猛暑日に登営。  

晴れた

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 7月10日(金)15時12分12秒
  やっと晴れた。溽い。ただし、上水の喬木等の蔭に入ると、耳朶を打って涼風が渡っている。さきはふくにである。  

金曜の朝……

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 7月 3日(金)09時08分26秒
  暗む朝が明るくなると、雨が小止みになったかと思う訳だ。しかし却って雨脚は繁くなり、所用でハンドルを握り、渋滞に翻弄されて大きく一回りをして帰館するまでの道中、凄まじい驟雨。参った。濡れるつもりでサンダル履きだったけれども、傘を使った上半身まで濡れるとは。  

金曜の朝

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 7月 3日(金)07時51分36秒
  弊盧はほぼ土砂降り。  

そんな雨も降る

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 7月 1日(水)13時58分55秒
  疎らな雨、斑な雨、しかし長傘を持って出たくなるような雨。登営の路次も、候所も教室も臭い雨。  

意に適う

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 7月 1日(水)00時15分29秒
  朝、所用で近所を歩き、出先から旧居西最寄り駅へと辿り始めたら、目の前にバス停、そしてバス。慌てて停留所へととって返し、バスで旧居南最寄り駅へ、そして登営。常よりも早めに動けたために、昼仕度もきちんと、また演習前には候所で大切な当番事務も執り、肝心の演習でも充実の遣り取りが行われ、満足であった。刻一刻と増す湿度だけが不満であったが、帰館するまで雨に降られることもなかった。

宵の口から降り始めた。網戸の向こうの闇から、弊廬の居間に雨の香が忍び込んでくる。胸一杯に吸い込んで、嬉しい気持ちに満たされている。
 

混乱というべきか

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 6月30日(火)15時09分32秒
  波多黎各なる麗しの港、豊かな湊が財政破綻をしてみたり、希臘[くれることまれなり]と称する国が黄昏れてみたり、かと思えば、新幹線先頭車両先端デッキで焼身自殺を遂げる者が出るような日の武州は曇っている。  

驚きのヌケ

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 6月29日(月)00時05分26秒
  読み返すに、相当の脱漏を認めたので、追記しておく。

△近年発達した網上の媒体を通じて、動画を見たり、文章を眺めたりするうちに、彼らが
◎近年発達した網上の媒体を通じて、動画を見たり、文章を眺めたりするうちに、類人猿の挙動や性癖までもが否応なく目に入り、気になるようになる。愉快なことばかりではない。理由は様々であるにせよ、寧ろ不快なことの方が多い。同時に、活動家や研究者が

×永遠の概念を理解して(苦しんでいるのか
◎永遠の概念を理解して(苦しんでいるのか
 

humatinas(とdivinitas)とprimatitas

 投稿者:元夏迪  投稿日:2015年 6月27日(土)13時05分52秒
  humanitasdivinitasと対になる概念として機能するものであろうし、機能してきたものであろう。しかしこの対を仔細に眺めてみると、後者が前者の一部であり、厳密な対を為さないことが判ろう。それを対に仕立て上げ、物事に対して身を処(さしむるよう、機能)してきたところにhumanitasの真面目がある。

斯様な視点を齎し、斯様な視点で人間社会を見る作法と方法を(も)humanitasの名で呼ぶべきである──このような著想に形を与えてくれたのが、primatologyである。

グロウバリズムを論じる(のを論じる)上で参考とするべく、霊長類に関わる人々の言説を解析し、観察しているのだけれども、学者や活動家の所説と発想とは別に、研究対象たる霊長類が当然そこにいる。元々はさほど関心もなかったのに、近年発達した網上の媒体を通じて、動画を見たり、文章を眺めたりするうちに、彼らが霊長類を見る視線が自分にとって馴染み深いものであることに気がついた。

そう、不佞は人がチンパンジーを見る目ように人類を眺め、人がゴリラの群を観察するように人間の社会を考覈している。史学の作法に思いを潜める時にも、史学を生み、史学の生む社会の在り方と、史学に携わる人を、このような目で見ているらしい。歴史人類学という言葉や本は見かけたことがあるけれども、それとは似て非なる「歴史学者人類学」「史家民俗学」のような姿勢である。

ゴリラに神がいるのかどうかは定かではない。永遠の概念を理解して(苦しんでいるのかどうかも判らない。しかし、人類がそれを発明し、それを必要としていることは疑いない。画面の向こうにいる「親戚」の姿を見るうちに、我がhumanitasが新たな相貌を帯びている──否、その本源的な力を呼び覚ますのを感じた次第である。
 

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