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350. WDRルトスワフスキーの管弦楽のための協奏曲、9月21日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 9月23日(日)04時59分6秒
  何時ものように1時間前のゲシュプレッヒ。今回も1回だけの定期だと思ってたが昨日ドルトムントでやってしまったらしい。

まず「真夏の夜の夢」から解説。5楽章の組曲版。今日演劇で演奏されることは無い。委嘱者などを話して次に行く。

ブリテンの『イルミナシオン』は英語読みではなくてフランス語読み。前年に亡命先のアメリカで書いて1940年の初演はソプラノだったが、後でホモの友人にも歌わせたくてテノール用でも許可している。アルトゥール・ランボーの詩だがそのまま乱暴な人生を紹介する。ここで第一の詩をヘンニガンとアムステルダム・シンフォニエッタの音例。何時もの繰り返しでちっと気になってしまうがそんなにひどくはない。第二の詩の朗読。アクセント付きに和音の変化が面白い。間奏曲、「フランク・ブリッジの主題による変奏曲」を思わすハーモ二ーの運び第二の詩の朗読の録音を流す。地味だが狭いテクニックに最大の工夫を凝らす。ハープのようなピチカート。ここでペーター・シュライヤーがTVで歌詞の無い歌はただのバカな曲だと言うのが良くわかる。

ガードナーとBBCは最近ルトスワフスキーの管弦楽曲を全曲CDに録音したらしい。まず最初に我々のTVのZDFの音楽番組に使われているモティーフについて音を流して解説する。この曲はショスタコーヴィッチと同じように第一交響曲が演奏を拒否されてから射殺や党の宣伝などが巧みに入り込んだ政治的な影響があるらしい。1954年はスターリンの死後でショスタコーヴィッチに10番と兼ね合っている一方バルトークのオケコンの影響も強く受けている名作。冒頭はブラームスの1番と深刻な類似性がありチェロのテーマは民謡から来ているらしいが、少しもスラヴ民族のそれとは感じないからっと乾いた印象である。第二主題は抒情的。クラスターや鐘の音。第二楽章のカプリチオでヴァイオリンのトレモロがメンデルスゾーンの作品21に類似しているので奏者は多大な尊敬を持って弾くらしい。途中のトリオはハリウッドの映画音楽を思わせる。終楽章のパッサカリアはショスタコーヴィッチの8番の4楽章に接近する。相変わらず民族的旋律は出現しトッカータになる。最初の楽章の第二主題の活躍。金管のコラールとソロヴァイオリンの掛け合い。最後のカオス。ショスタコーヴィッチの交響曲レベルの価値がある曲と見た。

実演では序曲が大振りで合いにくい。12,10、8、6、4.オフックレイドの代わりにコントラファゴットを使用。スタッカートを変なテヌート、トレモロは一定ではないし、ホルンは安全圏で何時もクレシェンドで吹いてしまう。1回だけのコンサートはTVカメラでも撮り直して修正は難しい。ホルンの強奏はここでは珍しいが悪くない。金管は心理的に緊張を強いらなければならない。11分43秒。スケルツォ4分33秒。ノットウルノのホルンが見ないように5分42秒。間奏曲3分44秒。結婚行進曲のファンファーレは何時も楽屋にトランペット持ってきてるネルソンスのように金管奏者出身で無いと細く弱い4分35秒。

イルミナシオンは寒く暗く水っぽい音楽。ピチカートの安定性やハーモニックスはOP.10そのもの。和音の扱いは印象派に準ずるかそのものである。いろんな伴奏形の多様さ。ソロから増えてきてユニゾンのヴァイオリン群になる面白い増減法。構造系もOp. 10と「ピーター・グライムス」の「7つの海の間奏曲」を思わせる。10、8、6、4、3.波のように返す弓、いろんな伴奏形による短い曲の集まり。歌のヴィブラートが少し付きすぎ、頭の中で声が少しバカなり。23分42秒。

オケコンはトランペットとトロンボーンが4つずつなのがスコアを昔から所有していてもあまり気が付かなかった、バルトークよりも少し大きい16型。ZDFの音楽は始まって間もなく出て来る。6分50秒。第二楽章の軽さは本当にメンデルスゾーンのスケルツォに近い。スネア4個で音色を変化させるのが趣味が気持ち良い。5分50秒。終楽章は第一と第二楽章それぞれの3倍近い長さ。パッサカリアはどっちかと言うとショスタコよりもブリッテンの工夫をもっと凝らした『ピーター・グライムス』に似ている。15分07秒。


21.09.2018 Freitag 20:00 Uhr
Große Sinfonik ? Ein Sommernachtstraum.
C. Landshamer, WDR Sinfonieorchester, E. Gardner: Britten, Lutosławski, Mendelssohn Bartholdy
Kölner Philharmonie

Christina Landshamer Sopran

WDR Sinfonieorchester
Edward Gardner Dirigent

Große Sinfonik ? Ein Sommernachtstraum

Felix Mendelssohn Bartholdy
Musik zu "Ein Sommernachtstraum" op. 61 (1842?43)
für Solostimmen, Frauenchor und Orchester. Text von William Shakespeare in der Übersetzung von August Wilhelm von Schlegel

Orchestersuite

Benjamin Britten
Les Illuminations op. 18 (1939)
für hohe Stimme und Streichorchester. Text von Arthur Rimbaud

Pause

Witold Lutosławski
Konzert für Orchester (1950?54)

Das Konzert im Radio: Freitag, 5.10.2018, 20.04 Uhr
Live im Videostream auf wdr-sinfonieorchester.de
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung in das Konzert


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 
 

349. WDR シェーンベルクの「ペレアス」9月7日ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 9月 9日(日)04時37分25秒
  出かける前にSWRのFMでヴァレンティーナ・リシッツァと言うピアニストのライヴをちょっと聴いた。昔チェリビダッケの指揮の講習会をしたマインツのフランクフルター・ホッフのピアノの定期に呼ばれた演奏会で、その人選理由が新しい領域に入って面白い。必ずしもコンクール出身ではなくて、多くのヴィデオのユーチューブのクリック数が軒並み300万回超えていると言う話題であった。それで興味を持って音を聞いてみたが特にでも無く、ユーチューブで見ると凄い美人な事だけは確かだった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%84%E3%82%A1

https://www.youtube.com/results?search_query=valentina+lisitsa

ケルンでは時間が無いので図書館でフリッカーやルッブラの珍しい交響曲のスコアを数曲買ってくる。自宅でユーチューブで調べてみると多くの曲がアップされている。無数の曲がなかなか表に出ないまま隠れているらしい。

今日のプログラムは2曲だけだがそれぞれ45分ぐらいかかるのでピアノはもう前に出されている状態で解説。今回は休み明けで1回だけの本番だが、一回だけでTVの映像に撮ってしまうらしい。

まず放送予定を言う。それからこの2曲を組み合わせた理由。ブラームスとシェーンベルクの若い時の作品。27歳と28歳。モデルとしては前者がベートーヴェン、後者がリヒャルト・シュトラウス。両作品ともニ短調なのはモーツァルトのレクイエムや第九と厳粛に繋がっている。ブラームスの当時の批評は全部めちゃくちゃで酷評。

更にこの2曲は結婚相手ともう一人の男が関係するのでワーグナーのトリスタンやマイスタージンガーに近い関係。まずロベルトとクララ、そしてブラームスの関係。シェーンベルクはゴローとメリザンデ、そしてペレアスとの関係。それらに絡む嫉妬。

対比は抽象的な絶対音楽と具体的な標題音楽。シューベルト・シューマンの流れのブラームスとワーグナー・R・シュトラウスの流れを汲むシェーンベルク。しかしブラームスとシェーンベルクはウィーンで知ってはいたが出会ったことはない。

ブラームスの原曲はピアノ2台。デットモルトのシーボルトとの愛の物語。音例は冒頭トフィナーレ。シェーンベルクはベルリンでの初の仕事。同じ題材でドビッシー、シベリウス、ラヴェル、フォレーなどが書いている。音例は冒頭、次にワーグナーから来る指導動機の解説、メリザンデ、ゴロー、ペレアス、焼もちのテーマ。ドビッシーの5幕のオペラと同じ順で話を追い楽劇のようにかつベルクのピアノソナタのように40分枠に凝縮して作曲されている。ホルンの跳躍はR・シュトラウスから。そしてペレアスの死。

TVカメラ8台。ブラームスは14型でヴァイオリン出身だとどうしても弦だけを豊かにしたがる。この前シェーンベルク弾いてたレヴィットは今回はタブレット見ないで普通に暗譜して弾いてた。ヴィオラとクラリネットのユニゾンはヴィオラは10なんだものだからクラリネットがほとんど聴こえない。21分50秒。第二楽章は伴奏よりもピアノの方が遥かにゆっくり弾いているが2度の音のぶつかりが聴くものを非常に納得させる。13分27秒。第三楽章も弦が多いもんだからピチカートが非常な威力になる。11分40秒。アンコールで楽譜を持ってきてパウル・デッサウの人種差別反対のピアノ曲は海上の支持を非常に受けて長い拍手。かなり深そうな無調作品。

シェーンベルクの作品5は4管編成でもトロンボーンが5だがベルクやウエーベルンでもトロンボーンがやたらと多い新ウィーン楽派の特徴。16型だがチェロだけが9で一人欠席?室内交響曲にも見られるシェーンベルクの諧謔。「パルシファル」から抜け出せないドビッシーのオペラよりもはるかに深刻な内容は同じ「パルシファル」を完全に消化し超越しているので調性をも越えられる準備ができた水準に達する傑作。38分50秒。

07.09.2018 Freitag 20:00 Uhr
Igor Levit spielt Brahms.
I. Levit, WDR Sinfonieorchester, J. Saraste: Brahms, Schönberg
Kölner Philharmonie

Igor Levit Klavier

WDR Sinfonieorchester
Jukka-Pekka Saraste Dirigent

Igor Levit spielt Brahms

Johannes Brahms
Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 d-Moll op. 15 (1854?57)

Pause

Arnold Schönberg
Pelléas und Melisande op. 5 (1902?03)
Sinfonische Dichtung nach dem Drama von Maurice Maeterlinck

Pause gegen 20:55 | Ende gegen 22:00

Das Konzert im Radio: Freitag 14.09.2018, WDR 3, 20:04
TV-Aufzeichnung
Live im Videostream auf wdr-sinfonieorchester.de
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung in das Konzert


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

348. 今年のボンの無声映画音楽祭 8月23日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 8月24日(金)23時13分17秒
  Donnerstag, 23. August 2018, Arkadenhof der Universität Bonn

16日にも行ったが客が多すぎて入場制限で入れなかった。一週間後またトライしたが今度は全部埋まらなかった。出し物は特に自分は選んでないが邦画のせいかもしれない。しかし入場の荷物検査が厳しくなった。爆弾を持ち込むテロリストはいないと思うが、飲み物は一切ダメ。とにかく戦前の酷い映像でもライブで音楽家が即興してくれるので頼もしい。それを録音、録画した場合には電子音楽となるのか?今回ユーチューブで短編無声映像を録画して7通りの即興を与えるアイディアが醸造して来た。

大きな前線が来て雨の予報だったが今回も降らない。とにかくみんな飲んで酒臭い。まず最初に十数分間の解説があり、1本目のチェコの実験作品は実験作品と言われるが、当時音楽家がいなくて制作だけで一回の映画館で上映されたことのない作品で、今回も音楽は取りやめるらしい。日本からも松竹フィルムセンターのスタジオ女性が英語で文を読んでいた。読まないで物事を断片的に語った方が遥かに印象は良い。川端康成の『伊豆の踊子』であるがこれまで通算6回映画化されているらしい。今回はその戦前の一番最初の戦前の映像。

とにかく1本目は音楽が無いのでせめてピアノだけでファンファーレを弾いて見せる。それかな何も聴こえて来ない8分間の映像だけ。路面電車、汚いドブなどを素朴な風景を写しただけ。野原、寝る人、タバコ吹かす人、馬の餌、また路面電車。鳩、思索。今はすべてでデジタル化されているのでフィルムの故障はない。

Spaziergang ins Blaue
Spaziergang ins Blaue_Foto: Foerderverein Filmkultur Bonn e.V.
Tschechoslowakei/ CSR 1930
Regie / Directed by: Alexander Hackenschmied
Länge / Running time: 8 min
Das Erstlingswerk des tschechischen Fotografen, Filmkritikers, Kameramanns und ?Regisseurs Alexander Hackenschmied, der später als Alexander Hammid in Amerika bedeutende Avantgardefilme drehte sowie an der Entwicklung von Mehrfachprojektionen mitwirkte. Ein junger Mann fährt mit der Straßenbahn durch Prag, flaniert an der Moldau, streift durch die Vororte der Stadt und genießt die Natur. Eine impressionistische Studie, gefilmt mit subjektiver Kamera. / The debut film by Czech photographer, film critic, cinematographer and director Alexander Hackenschmied, who, after emigrating to the US and changing his name to Hammid, produced several major avant-garde films and helped develop multiscreen projection. A young man takes a tram ride through Prague, strolls along the Vltava River, roams the city suburbs and enjoys the nature. An impressionist study filmed from a subjective point of view.
?
Ein noch heute verblüffendes, formal vollendetes und in jeglicher Hinsicht ?einzelgängerisches“ Werk: Gedreht auf Wegwerfmaterial und mit einer von einem Freund geborgten 35mm-Handkamera, beschreibt der Film den vormittäglichen Spaziergang eines namenlosen Mannes durch jenen depravierten Arbeiterbezirk am Rande der Stadt, in dem Hackenschmied seinerzeit lebte. ?Mein Film SPAZIERGANG INS BLAUE war nicht geplant“, erinnert sich Hammid später. ?Ich hatte kein Skript. Es war mehr eine Improvisation. Ich beschloss zu versuchen, meine Gefühle zu diesem Stadtteil auszudrücken. Anstatt eines Belichtungsmessers verwendete ich nur meine Augen und beurteilte nach Erfahrung, was die Belichtung sein könnte.“ Bis der Film als das erkannt wird, was er ist, nämlich als erster tschechischer Avantgardefilm von bleibendem internationalem Rang, vergehen Jahre, ja sogar Jahrzehnte.
Michael Omasta: Tribute to Sasha. Wien 2002
AIMLESS WALK was Alexander Hammid’s debut ? however, it is a mature work in terms of its message, and a highly professional piece of filmmaking. From the point of view of visual language, it is especially worth noting the structure and rhythm of the film. Hammid, who had no technical equipment for editing, achieved a dynamic, purely cinematic tension by rhythmically altering static and dynamic shots, employing close-ups and extreme close-ups. AIMLESS WALK is not simply a documentary about Prague, nor is it a Modernist vision of urban civilization. The author constructs instead a world in its own right, an idea of living space, rather than reproducing any concrete social plan. AIMLESS WALK invites several comparisons ? with the notion of urbanity in the ?contemporary “city symphony” films of ?Walter Ruttmann (BERLIN. DIE SINFONIE DER GROSSSTADT, 1927) and Dziga Vertov (THE MAN WITH THE MOVIE CAMERA, 1929).
Michel Bregant: Alexander Hammid’s Czech Years. Vienna 2002


「伊豆の踊子」の伴奏はとりとめのない印象主義的テクニックで始まる。全音階はもちろんあるが無調は巧みに避ける。最初はミスが多いが、今回9人の即興演奏家の中でも常連でベテランらしい。ピアノからヴァイオリンへの持ち替えや一緒に違うリズムを弾く手法は巧みである。三味線やもちろんヴァイオリンのシーンもヴァイオリンで弾いて見せる。それをすべて人口的な西洋風の5音階で弾いて見せる手法はどっかみたされない違和感が出て来る。

何しろ日本的な日常の細かい問題の積み重ねなのでハリウッドの派手な映画に慣れている一般聴衆にとっては地味で映像も携帯電話に収まらないほど暗ので退出者が相次ぐ。最後に自分も最終電車に乗り遅れるので退出して今回も終わった。
Die Tänzerin von Izu
Japan 1933
Regie / Directed by: Heinosuke Gosho
Länge / Running time: 124 min
Musik / Music by: Günter A. Buchwald (piano & violin)
Einführung / Introduction by: Mika Tomita (National Film Archive of Japan)
Deutsche Erstaufführung einer neuen Restaurierung

Ein Meisterwerk des japanischen Stummfilms nach dem Erfolgsroman von Yasunari Kawabata, der 1968 als erster japanischer Autor mit dem Literatur-Nobelpreis ausgezeichnet wurde. Die melodramatische Geschichte eines Studenten aus Tokio, der sich auf der Halbinsel Izu in eine Tänzerin einer ärmlichen Wandertheatertruppe verliebt, beschreibt Heinosuke Gosho in poetischen Bildern und einer Stimmung, die der den später entstandenen großen Filmen von Yasujiro Ozu ähnelt. / A masterpiece of Japanese silent cinema based on the popular novel by Yasunari Kawabata, who, in 1968, became the first Japanese author to receive the Nobel Prize for Literature. The melodramatic tale of a student from Tokyo, who falls in love with a dancer in a poor traveling theater company on the Izu peninsula, is told by director Gosho with poetic imagery and a tone reminiscent of Yasujiro Ozu’s later major works.
?
Der Roman schildert die Romanze zwischen einem Studenten und einer Wanderschauspielerin vor dem Hintergrund der schönen Landschaft von Izu. Es heißt, Kawabata habe den jungen Helden nach sich selbst gestaltet. Während populäre Fortsetzungsromane gängige Vorlagen für Verfilmungen waren, war es selten, dass wie hier reine Literatur verfilmt wurde. Der Erfolg des Films öffnete dem ?literarischen Film“ die Tore. Als er diesen Film drehte, hatte Heinosuke Gosho seine Position als führender Regisseur bei Shochiku mit über 50 Stummfilmen und dem bei Kritik und Publikum gleichermaßen erfolg?reichen ersten Tonfilm gefestigt. Dennoch drehte er weiterhin Stummfilme, nur hin und wieder erhielt Gosho die Gele?gen?heit, Tonfilme zu realisieren. Goshos Stummfilm-Könnerschaft wird deutlich in diesem Film, der wirkungsvoll die frische Lyrik der Romanvorlage in Bilder umsetzt.
Fumiko Tshuneishi, Le Giornate del Cinema Muto, 2005
One of Goshos greatest successes was his adaptation of Kawabata Yasunari’s novel, “Izu no Odoriko”, a bittersweet tale of doomed love. It was this film that established Gosho as a master of lyrical love stories. It also demonstrated his ability to depict the plight of the poor and the oppressed of society, especially women. As for Gosho’s visual style, it remained remarkably consistent throughout his career. Known as “the director who uses three shots where others use one,” he favored a form of piecemeal montage, which he said owed much to Ernst Lubitsch (i. e., cutting together numerous shots to reveal the texture of his characters’ lives and convey their innermost feelings). As he once said, “All films, as all works of art, must touch the emotions of the audience and touch them deeply. Only if we love our fellow human beings can we ?create. From this love of humanity streams all creativity.”
Arthur Nolletti: Word and Image in Japanese Cinema. Cambridge 2001

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リトアニアの現代音楽祭

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 8月12日(日)04時18分12秒
  リトアニアの現代音楽祭で知らぬ間に3曲も演奏してくれたのなら行けばよかったな?
http://druskomanija.lt/

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(無題)

 投稿者:StephenNes  投稿日:2018年 8月 5日(日)01時20分31秒
  Help Jack please: http://www.globaltraveltrends.evoler.net/goto/https://vk.cc/8l7kvh  

(無題)

 投稿者:Thomasmus  投稿日:2018年 7月26日(木)01時14分1秒
  Hеllо! I'll tell уou my method with all thе dеtаils, аs I startеd еarning in thе Internеt frоm $ 3,500 per dаy with thе help of sоciаl networks reddit and twittеr. In this vidео уоu will find more dеtаilеd information аnd аlso see hоw many milliоns have еarnеd thosе whо hаvе bееn wоrking fоr а yeаr using my mеthоd. I spесifically made a videо in this сapacitу. Аftеr buуing mу mеthоd, уоu will undеrstand whу: http://ldselection.com/mogplusx/writelog.php?title=29&path=2&dl=https://vk.cc/8jfmUx  

347. シャベール伯爵OBERST CHABERT

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 7月15日(日)05時46分53秒
  HERMANN WOLFGANG VON WALTERSHAUSEN

意外と入っている。オケはピットまでカーテンで隠されているが3管編成で更にバスクラリネットが加わる。まずはスコアに無いはずの電子音が鳴り響く。スコアの音楽が鳴り始めたらまた中断して電子音が出る。R・シュトラウスのような調性音楽の印象だがシュレッカーと同じ世代でも少し古いと感じる。30分。

休みなしに第二幕でまた電子音。舞台は目つぶしされている。同時代のコルンゴールドよりは深刻でまじめな内容。この指揮者は既にベルリン・ドイツ・オペラでこの曲を取り上げている。多分その時の歌手を連れて来たように歌の演技が板に付いている。実際は重複してない。プッチーニ的な劇的構成法。30分。

また電子音で目つぶし照明。木の映像が凄くきれいだ。更に花火の映像が加わり凄く近く見せてくれるのは初めて。R・シュトラウスの甘さは出て来ない。そのうちに廃墟の映画になってしまう。フランス国家『ラ・マルセイユ』の断片が指導動機のように出る。経歴を見るとこの複雑な作曲家がキルマイヤーの先生だったとは全く想像がつかない。最後にシャベールは自分を撃って死ぬ。ロジーネを毒を飲んだかに見えるが死ぬところまでは演出されていない。35分。

最後にロビーでゲシュプレッヒがあった。シュトットガルトのギーレンの「死者の家から」やケルンの「セラン」までこう言ったちょっと無名なオペラは聴衆の反応を聞くために時々質問させる。

まず、来年度にまた掛けることは可能かの質問。本当はやりたいがもう予定が出ており、完全に抜け落ちている。他のオペラハウスがこの舞台を持って行ってくれることに期待している。とにかく長い時間がかかる。

何のための電子音かは、歌手の着替えの時間に当てたらしい。5つのオペラと2曲の交響曲があり全部で27曲の作品番号があるが、指揮者も他のワルタースハウゼンの曲は全く知らない。今ストラースブールのオペラと上演の交渉しているらしい。このオペラには6週間の準備期間が必要。ワーグナーの面影もあるがもっと近代的である。

なぜこの作品が当時は大成功にもかかわらずツェムリンスキーのように残らなかったのか誰も知らない。少なくともシュレッカー並みの水準があることは確かであるが、3管編成で目立たないこと。3時間近くかかる「刻印された者たち」と比べて90分ちょっとでは印象が弱いことは確かである。上演記録はベルリン・ドイツ・オペラの他に1961年にバーゼルで上演記録があるだけ。

所謂ミュンヘン楽派でワーグナーの源流がある。主役のバリトンが着替えが終わって出て来るが、今までに『ラインの黄金』や『ジークフリート』のヴォータンを歌ったように、いわゆるヘルデン・バリトンの役割らしい。

その他の話題はオーケストラ・マネージメント。WDRがこのオペラ全曲を放送するために来ていた。

Premiere
17 Jun
18:00 H

21 Jun
19:30 H

27 Jun
19:30 H

05 Jul
19:30 H
Letzte Aufführung
13 Jul
19:30 H
Opernhaus
HERMANN WOLFGANG VON WALTERSHAUSEN
Musiktragödie in drei Aufzügen
Text frei nach Honoré de Balzacs Comtesse à deux maris und Musik von Hermann Wolfgang von Waltershausen
? mit deutschen Übertiteln ?
Von Waltershausens Oper OBERST CHABERT wurde heute Abend erstmals in England am Covent Garden gespielt. Alles verlief reibungslos und wurde begeistert, wo nicht enthusiastisch vom sehr zahlreichen Publikum aufgenommen. - Die Kritiken bewillkommnen das Stück als aufrichtig und gekonnt mit Augenblicken starker Gefühle ... Diese Meldung war am 25. April 1913 in der New York Times zu lesen, bereits einen Tag nach der so erfolgreichen Premiere von Hermann Wolfgang von Waltershausens Oper OBERST CHABERT am Royal Opera House Covent Garden. Nach der Uraufführung am 18. Januar 1912 trat die Musiktragödie einen für einen deutschen Komponisten dieser Jahre jenseits von Richard Strauss selten dagewesenen Siegeszug an. Innerhalb kürzester Zeit war die Oper in Berlin, München, Laibach, Straßburg, Stockholm, Wien, Basel, Brünn, Budapest, London, Prag und Riga zu sehen. La Transaction, Le Comte Chabert, La Comtesse à deux maris, Le Colonel Chabert: Unter vier verschiedenen Titeln erschien Honoré de Balzacs hochemotionaler und zutiefst erschütternder Roman um den vermeintlich von den Toten auferstandenen napoleonischen Oberst Chabert, der nach vielen Jahren der Verschollenheit wieder Zutritt zu seinem wirklichen Leben begehrt. Waltershausen, als Komponist gleichermaßen versiert wie als Schriftsteller, erkannte die dramatischen Qualitäten dieses Stoffes und schrieb auf ein eigenes Libretto einen der wichtigsten Beiträge zum musikalischen Realismus in Deutschland. Seine Musik erreichte sofort ihr Publikum, Waltershausen war über Nacht ein gefeierter Komponist ? bis 1933, als die Nazis ihn als Direktor der Münchner Musikakademie in den Ruhestand zwangen, erlebte seine erfolgreichste Oper weltweit 100 Inszenierungen.
?
Einführungsmatinee
OPERNFOYER | SO, 3. JUNI 2018, 11 UHR
Moderation: Markus Schwering, Musikredakteur Kölner Stadtanzeiger
mit Brunch
…und außerdem…
DER KOMPONIST HERMANN WOLFGANG VON WALTERSHAUSEN
EIN KLINGENDES PORTRAIT
OPERNFOYER | MO, 25. JUNI 2018, 19.30 UHR
?
HINWEIS | Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Besetzung
Graf Chabert
Mark Morouse
Graf Ferraud
Peter Tantsits
Rosine
Yannick-Muriel Noah
Derville
Giorgos Kanaris
Godeschal
Martin Tzonev [P] [17.6.|21.6.|27.6.|13.7.]
Stephen Bronk [5.7.]
Boucard
David Fischer
Beethoven Orchester Bonn

Musikalische Leitung
Jacques Lacombe
Regie
Roland Schwab
Bühne
David Hohmann
Video
Janica Aufmwasser, Niclas Siebert, David Sridharan
Kostüme
Renée Listerdal
Licht
Boris Kahnert
Dramaturgie
Andreas K. W. Meyer
Regieassistenz und Abendspielleitung
Barbara Schröder
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Tilla Foljanty
Soufflage und Sprachcoach
Stefanie Wüst
Bühnenbildhospitantin
Ida Oline Kuhlmann

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346. マヌリのフルート協奏曲10.07.2018 Dienstag 20:00 Uhr

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 7月11日(水)23時27分51秒
  1時間前の解説はパユとマヌリが出て来た。テーマは『革命』。ベートーヴェンの5番が3番と共にフランス革命と関係するからとかである。パユはフランス人でもベルリン・フィルで働いているだけあってドイツ語が完璧に上手い。ここで5番の音源を少し流す。当時にウィーンの反応を聞くがパユは音楽学者ではないので無茶な質問。マヌリは5番の最初のホルンの3度のクレッシェンドが好きだと言うが実際には譜面にクレッシェンドは書いて無いのもあるが、書いてあるものもある。次の木管がクレッシェンドするのでホルンもするのが普通の常識である。ここでロートの学生時代の過去がフルーティストだったという話題になるがこれがこの時点ではコンサートにどう関係するのかわからなかった。フルート協奏曲を振ることは確かである。

新しいアイディア、新しい道、新しいパルスを目指してパユは既に15曲の委嘱をしたらしい。今日のはモーツァルトよりも最も長い25分かかると言っている。他にイベールの協奏曲があるが20分ぐらいらしい。音源として今夜の協奏曲の『劇的な構成』と称する部分を聴かせる。フィルムのシナリオの演出法のように作ってあると強調。ユ二ヴァーサルの時間、トライ、注目、ゲーム感覚のジョーク、ディスコ、印象的などのいろんな語句を並べる。最初の部分は増大の美学と言い切って自立の哲学。ブーレーズのドローンをまた聴かせられる。ピーター・セラーズの会話を聞かせて引用する。直接関係なくともパユがそう終わらせると言う。とにかく終わりにいろんな状況が生まれ、迷路に嵌ってしまうと言う。本当は革命は考えていないと本音も吐く。

ロビーは各国の国家の展示会。イスラエル、トルコ、韓国、アメリカ、フランス、ソヴエトユニオン、もちろん「君が代」もありできたいきさつを解説。アイスラーによるDDRの国歌。ハイドンのドイツ国家は吹奏楽伴奏のパート譜を全部展示して見せる。ラッヘンマンの「ドイツ・リート」の弦楽四重奏曲協奏曲のスコアの展示、もちろんシュトックハウゼンの『ヒムネン』の展示も出て来る。エッゲルトのピアノ曲はいろんな国家のメドレーらしい。ウッドストックもある。それ以外にはザールランドの「州歌」がある。

ドイツが予選で負けたのにフランスとベルギー戦のサッカーの途中経過と結果をロビーに張り出している。後でわかったがチケットが当日売りの立ち見しかない。座りの席売り切れでもがら空きなのはチケットを持っている客がコンサートに来るようにの配慮なのであろう。それでも自宅でTV見てる人が多すぎる。負けずにコンサートもネット生中継でTVカメラが3台入っている。

『フィンガルの洞窟』は自分は初めて高1で生のプロオケに行った時以来聴く曲目。当時は山田和夫指揮の読売日響だった。その後有名なヴァイオリン協奏曲、最後が『新世界』だった。実際に見るとベートーヴェンの一般交響曲と同じ2222-2200PK‐12、10、8、6、4であることがわかる。チェロの旋律に凄く艶があるが意外とフレーズが霞んで切れてしまう。トゥッティがトランペットに弦が覆われ弦の刻みが良くわからない。十分に硬くて重くていいが、必ずしもトゥッティが一緒に出れるわけでもない。コーダはサワリッシュ・N響の様な幸せなロマンティシズムは二度と出て来ない別な物。最終稿で10分14秒。

これでオーソドックスなコンポーザー・イン・レジデンスが終わるマヌリの最後の曲。アンティックシンバルが加われると鍵盤打楽器が7になり4人でやれるようになっているらしい。マリンバは高音の木琴まで繋いだように長大な物。弦はそのまま12型。

スペクトルのような音の広がり方。ルトスラフスキーのように各パートを繰り返してテンピを自由にする。普通の長いカデンツァ。メシアンのような和音の房。駒の上では全弦のトゥッティにすると良く聴こえるようだ。もうマリンバのトレモロだけはもう二度と聴きたくないが、ここにもすぐ出て来て非常に残念だ。フルートがオーソドックスに良く動く。『イタリアのハロルド』の様にひねくれたらもっと面白かったろうに。リムスキー・コルサコフ風のピチカートの繰り返し。和音の塊の早いパッセージ。最後のクライマックスで指揮者が素早くピッコロに持ち替え一緒に吹く。この部分はフルート全員が休みだから吹けない指揮者でも「指揮」はできるようだ!23分9秒。

休みはロビーでサッカー情報。0対0.

ベト5はこれまでアマでは4年前に福島大学の学生オケで、プロが晩年のチェリで本番は売り切れているのでミュンヘン・フィルのGPで聴いた。フルトヴェングラーを除いてこの曲は豪快にならしまくると成功する。ベーム、バーンスタイン、チェリビダッケ、みんなそうだ。普通は木管だけ倍管で16型だが今回は12型そのまま。

ヴィブラートの無い弦、穴空きトランペット、トロンボーンはアルトも含むバロックポザウネンらしい。拍手が終わらないうちにすぐ始まる。ファゴットがあんなに強いアクセント吹いてもひっくり返らないのが驚異的。6分53秒。変なチェロの旋律の切り方。コンバスはオクターブ低いCも弾いている。9分17秒。トランペットの音の出し方はサロネンを思わせ良く弦に混ざる。5分12秒。管楽器が皆綺麗にハーモニー化している。テインパニのトレモロは最高に速い。全体的に速くテンポを動かしまわるので全部合い切れない。10分22秒。最後のアップラウスで指揮者がフランスチームのユニホーム着て出て来てフランスが勝ったことを告げて解散。

帰りは木が倒れて架線が切れて単線通行で24分遅れで着く。


E. Pahud, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Beethoven, Manoury, Mendelssohn Bartholdy
Kölner Philharmonie

Emmanuel Pahud Flöte

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Felix Mendelssohn Bartholdy
Ouvertüre h-Moll "Die Hebriden oder Die Fingals-Höhle" op. 26 (1829?30/1832)
für Orchester

Philippe Manoury
Konzert für Flöte und Orchester (2017?18)
Auftragswerk des Gürzenich-Orchesters Köln

Pause

Ludwig van Beethoven
Sinfonie Nr. 5 c-Moll op. 67 (1804?08)

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 21:45

GO PLUS ? dieses Konzert wird live im Internet übertragen
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

345. ケルンの「秘密の結婚」、7月5日Domenico Cimarosa

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 7月 6日(金)23時26分7秒
  12時半からの公開プローベは今年でやっと2回目。日曜日のギュルツニッヒの今シーズン最後の定期のための練習で、何時もの「フィンガルの洞窟」や「運命交響曲」の傍らに委嘱されたマヌリのフルート協奏曲が含まれる。まだ初演してないで練習中なので間に合わないのでその練習を公開してる。フルートはこれまたベルリン・フィルのパユで作曲者も同席している。

フルートのソロから始まるらしい。旋律のところどころにフラッターツンゲが入っているのはブーレーズの「メモリアル」を徹底的に勉強した跡が見られる。スコアだけではなくパート譜もきれいにPCで浄書されているのが今日では主流らしい。さすがパユのフルートのアタックは凄い迫力。ロートがアナリーゼして解説。フランス語で作曲者にも質問して練習風景のすべてをドイツ語にも直して公開する。「そんなにppではなく」という答えが返ってくる。9小節目のトレモロがはっきりしないという注文。ヴァイオリンのリズムは完全に記譜されていなくて自由だという事を解説。ブーレーズのようにすぐフェルマーターでテンポを止めるところは完全に「メモリアル」の手法。3管編成であるがフランス流らしくティンパニは無く鍵盤打楽器がメシアン流に結構多く3人で少なくとも6台を受け持つ。34小節目は「静かに」。2・3Undと言う始め方は2拍目と3拍目ガ2:3になっている変拍子であることを悟る。

弦楽器の分割に付いて説明。15小節はもっと分離してキャラクター化するように注文。47小節目の木管楽器のパッセージではなくて和音の方を整理するのはフランス流らしい。67小節目はMeno mp と注文。ポザウネンが出て来ないので曲を客のために飛ばして特別練習。原画12、10、8、5、4らしい。168小せつぃめの弦のトレモロの練習。更に駒の後ろで弾く奏法をコンマスで解説。作曲者がもっとプレスと注文。トゥッティでデモンストレーション。全体的に何時ものフランス・アカデミズムでそんなに面白くない。

ギュルツニッヒはこのようにしてブラームスやマーラー、R・シュトラウスの作品を初演してきたから今もやっているとこの意義を強調。3回のコンサート全部来るように(笑)または最終日の火曜日はインターネットでライブもあると聴衆に宣伝。一応火曜日だけのチケットは確保したがそんなに行けない!

夜の「秘密の結婚」は結局解説はなかったようなので遅く定刻までに行く。行く前で図書館が楽譜見たが、1792年2月7日の初演稿はウイーン版の序曲があったらしい。ビデオを見る限り最も長いのは3時間越しているが、この日も定刻の7時半に始まるのでカットしているだろうと思っていたのが甘かった。

チマローザはボッケリーニ、ペルゴレージ、ケルビーニらと並ぶイタリア古典派の代表格。ピットはコンバスを両端に一人ずつ並べる第一第二ヴァイオリンに次ぐ対象配置。

まず始まり方が1年前にウィーンで初演された「魔笛」と全く同じ始まり型。これはニ長調であるが、絶対に当時作曲者も聴いていたと確信できる。指揮者は立ってチェンバロ弾けるようにセットされている。ティンパニの短い撥は隣の穴空きトランペットより暴走してしまう。指揮者は聴くよりも煽るタイプなのか?オーボエとファゴットとホルンが正面だが、フルートとクラリネットが左横なのは出番が少なくしょっちゅう出入りができるためらしい。

にぎやかな台本通りの舞台、衣装も当時のもの。テノールが生々しくすべてが聴こえる音程ではない。女声は安定しているが少し声が小さいのは舞台が前方ほど下がっているためか?指揮者の装飾のふんだんなチェンバロが始まるが、もう一人第二チェンバロもいてカラヤン方式に見えるがユニゾンではなくて互いに受け渡して即興しているらしい。従ってオケのアリアの最中でもチェンバロが響く。ウィーンで30年前やっていたラインスドルフやマッケラス、フランクフルトのカンブルランのソロの弾き振りともちょっと違う。

バレエ団と思われる3人組がしょっちゅう入ってきて曲芸を披露してくれる。途中でちょっと聴衆にも単純な繰り返しを歌わせる。鶏のようなスカートと鶏冠のような被り物、それに大きな本の階段は子供オペラみたいなお笑い演で羽目まで出ている!アリアの終わりは当時のモーツァルトと同じカデンツだがオーケストレーションがシューマンみたいに重ねっぱなして色彩感がない。100分。

この第二チェンバロ奏者は変な奴で明かりを最小限に落としっぱなしでほとんど暗闇で弾いている。歌手たちが鶏の鳴き声の真似をして面白い。ロッシーニのような低音の早口アリア。守護霊のようなオーケストラの伴奏はしょっちゅう歌手を守るプロンプターと共に次ノ道を案内している。「愛の妙薬」のドゥルカメラを思わせるバスのインチキ臭い歌唱。それにしても2台のチェンバロの反応する即興が素晴らしい。各幕の長いフィナーレがモーツァルトと同じ作り方。ティンパニのDの調律が高すぎてすぐに直さない。全曲カットなし。後半は90分で合計3時間10分。

Il matrimonio segreto
Dramma giocoso per musica in zwei Akten
Libretto von Giovanni Bertati nach der Komödie "The Clandestine Marriage" von George Colman und David Garrick
Musik von Domenico Cimarosa (1749 - 1801)
Übernahme einer Produktion der Festwochen der Alten Musik Innsbruck, aus dem Sommer 2016
Do /
Jul 18
StaatenHaus Saal 2 / 19:30 ? 22:55 / Vorstellung / 12 ? - 69 ?
Inhalt
Der?reiche Kaufmann Geronimo will seine jüngere Tochter Carolina unbedingt mit einem Adeligen verheiraten, um selbst in die feine Gesellschaft aufzusteigen. Diese hat jedoch Paolino geheiratet ? um dem Zorn ihres Vaters zu entgehen ? heimlich. Das Ehepaar hofft, dass Elisetta die ehrgeizigen Vorstellungen des … Vaters erfüllen wird. Deshalb hat Paolino den verarmten Grafen Robinson als Heiratskandidaten ins Haus des Kaufmanns eingeführt. Doch der schöne Plan geht schief: Robinson verliebt sich in Carolina, die Witwe Fidalma in Paolino. Die verschmähte Elisetta überzeugt ihren Vater Geronimo, ihre Schwester Carolina in ein Kloster zu schicken. Daraufhin unternehmen Carolina und Paolino einen Fluchtversuch, werden jedoch von Elisetta entdeckt und vor allen Hausbewohnern gestellt. Die heimlich vollzogene Ehe fliegt auf, die Pläne des Vaters werden kurzerhand umstruktuiert ...
Der früh verwaiste Domenico Cimarosa erhielt seine umfangreiche Ausbildung als Organist, Geiger, Cembalist und Sänger in Neapel. Kompositionsunterricht erhielt er bei Piccinni, der, wie Paisiello, bald zu seinem schärfsten Konkurrenten wurde. Erst als Piccinni nach Paris und Paisiello nach St. Petersburg berufen wurden, festigte Cimarosa sein Ansehen. 1777 schrieb er erstmals eine Oper für Rom, 1781 eine für Venedig ? und Mitte der 1780er Jahre gehörte er zu den meistgespielten italienischen Komponisten. 1791 ernannte ihn Kaiser Leopold II. als Nachfolger Salieris zum Hofkapellmeister in Wien, wo er am 7. Februar 1792 an der dortigen Hofoper ? heute Burgtheater ? mit ?Il matrimonio segreto? seinen größten Dauererfolg erzielen konnte.
Cimarosas Librettist Giovanni Bertati griff auf die englische Komödie ?The Clandestine Marriage? zurück, die wiederum von William Hogarths Stichen inspiriert wurde. Bertati milderte die beißende Satire der englischen Vorlage und näherte das Stück der italienischen Komödie an. ?Il matrimonio segreto? ist ein liebenswert empfindsames Stück, das bis heute nichts von seinem Reiz eingebüßt hat. Cimarosas Typen stammen zwar aus dem Arsenal der Commedia dell’arte, doch sind seine Figuren nicht nur einseitig komisch, sondern um die Fähigkeit zu wahren Gefühlen erweitert.
Bei der zweiten Vorstellung von ?Il matrimonio segreto? am Burgtheater geschah in der Geschichte der Oper etwas noch nie Dagewesenes: Kaiser Leopold II. bat um die Wiederholung nicht nur einzelner Arien, sondern der ganzen Oper!
?Ihr glaubt, dass Bräutigame sich wie Liebhaber benehmen?? (Geronimo, I. AKT)
Besetzung
Musikalische Leitung Gianluca Capuano / Inszenierung Renaud Doucet / Bühne & Kostüme André Barbe / Licht Andreas Grüter /
Geronimo, ein reicher Kaufherr
Donato di Stefano
Elisetta, seine Tochter
Emily Hindrichs
Carolina, seine Tochter
Anna Palimina
Fidalma, seine Schwester
Jennifer Larmore
Graf Robinson
Renato Girolami
Paolino, Buchhalter bei Geronimo
Norman Reinhardt
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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S-2. 書評:芸術・メディアの視座―

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 7月 2日(月)05時13分4秒
  映像と音楽を学ぶ人へのアート・スタディーズ 単行本 ? 2008/3 芸術メディア研究会編

これは読んでからもう4年が経とうとしている。いわゆる現代の総合芸術と言われる問題の整理と新たな発展を展望している論文集の集まりである。

自分は本来パフォーマンス・アーティストではないが、最近この手法はオペラや演劇までに広まり、音楽や筋以外に毎回主に視覚的な方法で見せられているので無視できない時代に入ったことを悟らせられる。

項目は大きく「写真」、「映画」、「音楽」、そしてインターネットなどが入り込むマルチメディアまで入って来るが、この本が出版された時期はまだ2005年であるから今年2018年の預言の書のような役割を果たしている。

その結果、どう具体的に実現したかと言うと余りパフォーマンスなどではなくて直接毎晩日替わりで上演されている通常の演劇やオペラに取り入れられるのが多くなってここで重い腰を上げて見た結果次第である。筋や音楽はそのままでも台本の読み替えによって設定か180度変わる演出が現代では主流であり流行である。もちろん機械的や電気的な手段を通さなくとも素手で嬰を掻いたり文字を書くことは既に頻繁に行われている。

写真は主に舞台背景として良く使われている昔で言う幻灯機みたいなもので設定を安易に素早く変えることができる。ただ舞台の進行に従って動かないので舞台美術段階止まりで、それをしょっちゅう替えるかいっそのことフィルムの一場面として取り込まれるかの運命にある。

映像は映画としてベルクの「ルル」でオペラの中に取り入れられたのが最初ではなかろうか?特に第三幕は未完成で本来のフリードリッヒ・ツェルハの完成版を著作権の理由から使いたがらない上演が多く、休憩と共にそこにオペラ映画としてボンでまとめて「上映」してしまった記憶が思い出される。それも当時の白黒映画ではなくてその演出のためにわざわざ撮った映像を使うことが多くなったが、長い再演が多くなると歌手そのものが交代して映像と噛み合うことが無くなってしまう。

最近は無声映画のライブ演奏が多くて、有声の映画でもわざわざ高い生オケを出してきて上映するパターンが多くなってきている。今年のボン大学でも例年のようにソロかソリの恒例の生演奏での無声映画大会が開催されるであろう。ほとんどすべては即興なので上演の毎に音楽は変わるがそういう専門の即興音楽家がドイツにたくさん生息していることにも注目すべきである。主にピアノであるが一番多いのがヴァイオリンの持ち替えで、次に多いのがフルートとか打楽器であろうが二重同時演奏も自由は少なくなるが可能ではある。

その音楽部門であるが、河合明がケージの偶然性や不確定性から始まって集団即興へと向かう筋道を立てているが、実際に毎晩の常打ちに使われるのは無声映画の上演であろう。次の環境音楽の環境音は音楽の無い演劇の効果音と同じ種類で昔から既に使われているが、ジャズなどの即興音楽そのものは毎回変わるのでここでは書評の対象とはできない。そう書いても、普通は映像が無いし、次の上演は違うので誰も確認できないためである。もちろんこれは生を原則としている。CDで固めてもTakeで違うし音楽を掴みようがない。昔からあるライブの音楽映画もここでは言及できない。

最後にマルチメディアであろうが、結局行き着いたのはインターネットであることになってしまったらしい。ユーチューブでいろんな音楽の素材を呼び出しそれを組み合わせることによって新しい音楽を構成することが可能だからである。まとめてマルチ録音もできるが、映像の場合はすべての画像を一緒にするのが難しく、それぞれの画像の数だけスクリーンに出してバイロイトのシュリンゲンズィーフの「パルシファル」のようにオペラの中で同時上映するしかない。

いずれにせよこの本は当時の芸術・メディアの展望途中論と言う領域を出ないと思われる。

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344. ボンの「2人のフォスカリ」I DUE FOSCARI 29 Jun 19:30 H GIUSEPPE VE

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 7月 1日(日)05時03分25秒
  シューマンハウスで世界の国ごとのピアノ現代曲集を漁る。ドイツは言うまでもないが、色々譜面を見比べて一番前衛そうなブラジルとルーマニアの現代ピアノ音楽も買ってくる。それぞれ2巻に分かれているが、第一巻はほとんどドビッシーかバルトークのような近代音楽と言うべき作品の羅列、第二巻からラジカルが記譜法が並んでいる。計6冊を買い出ようとしたら「現代音楽の展望」に関する論文集に目が留まる。ウォルフガング・ブルデが監修しハンス・ハインツ・シュテユッケンシュミットの65歳の誕生日に捧げられた1968年代のそうそうたるメンバーが揃っている。テオドール・w・アドルノやヨーゼフ・ルーファーらに交じって吉田秀和の論文に目が留まる。この人は自分を音楽評論家と称しているので日本国内ではその評論しか読んだことがないが、ドイツなどの国外で音楽学の仕事を特に難解な現代音楽において本気でまじめにしてたのは知らなかった。今の偽評論家と比べると雲泥の差である。テーマは「日本の最近の100年間の音楽の発展」と言う題名であるが、難解なドイツ語でびっしりと書いてある。重宝なのでピアノの楽譜と一緒に買って来た。全7冊3ユーロ也。

その後オペラの前に鈴木昭夫の音響アートを地図で探して行って見たが現地には何もなく未だに謎で結局探しきれなかった。

肝心のオペラの方であるがこのオペラはスカラ座だったか一度通してヴィデオで見たことがある。筋が地味だが、「フィガロの結婚」と同じ長さの2時間50分かかったと記憶している。今回はそれよりも早く終わりそうなので繰り返しはかなりカットしていると思われる。

ボン・オペラはここ数年ヴェルディの初期の珍しいオペラを片っ端から上演して、これらはすべてイタリアオペラ専門のフンブルクの指揮である。彼もさすがに歳を取って白髪だらけで凄く円熟して未だに大振りではあるが既に巨匠の地位にまで進化している。木管が正面に座る。弦が10型ぐらいでコンバスは3だがさすがにバランスが良く、前回まで聴こえなかった弦の霞までも聴こえる、かと言って歌が聴こえないわけでもない。

しかし短い前奏の後の狭い舞台だが綿密に作られている中での歌手の立ち上がりが良くなくて、男性陣:フランチェスコとヤコポ声が生煮えでちぐはぐに聴こえる。本番の前の発声を十分にやってないような感じである。現代的な服装であるが、回り舞台で合唱もその前でしか歌わないのでピアニッシモでも何時ものヴェルディ節の音響のバランスが文句なしに出て来る。「リゴレット」や「椿姫」のような単純書法のアリアが頻繁に出てくる。TVカメラを持った合唱団は映さないで演技だけ。父が息子を解放する。イタリア系の歌手たちであるがエンジンがかからなくて生々しく聴こえる。すべての音域が一様でなく斑があるのだ。フランチェスコが特に大きくかぶって無理に出そうとするから声が一様にならないし息が続かない。マシンガンを持った警備兵。ドニゼッティが良く使う伴奏形。舞台の大きなテープ・レコーダーが回る。
ルクレツィアの声はロシア系だが最初から申し分なしノドラマティコ。40分でカットしないと60分と思われる。

2幕はヴァイオリンとチェロのソリで始まる。回り舞台を使っていちいちすべての舞台を転換する。元気で激しく劇的な伴奏。鋭いピッコロなどは作曲技法の欠陥を良く補っている。舞台裏のバンダは録音らしい。ここでやっとフォスカリ親子の声のエンジンがかかって満足のいくような声になる。26分。2幕途中で大きく舞台転換。ドージェの講演。子をまた監獄に送る親子の葛藤。法律がすべてだとするどっかの国ようなテーマを強調する。10分。

3幕の頭はエクストラ・コアが入っているので音量が豊富に出て来る。イタリア賛歌の豪華な舞台。ヤコポがまず最初にピストル自殺をする。ドージェのモノローグト血だらけの妻のモノローグ。血を総督にも塗る。更にフランチェスコの長いアリアは合唱の支えを伴う。妻はドージェにも自殺させようとピストルを持たせたところで終わる。32分。



Opernhaus
GIUSEPPE VERDI
Lyrische Tragödie in drei Akten
Libretto von Francesco Maria Piave nach George Byrons
Drama THE TWO FOSCARI
? in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln ?
I DUE FOSCARI ist erst die sechste Oper des jungen Giuseppe Verdi, und doch zeigt das Werk schon viel von späterer Meisterschaft: große theaterwirksame Szenen, aber auch intime, lyrische Momente, und eine Tendenz, vor allem in den Finali des zweiten und dritten Aktes, einzelne musikalische Nummern zu größeren Einheiten zusammenzufügen und so die dramatische Spannung zu steigern. Auch faszinierten den Komponisten der Stoff und vor allem die handelnden Personen: Ein tragischer alter Mann ? der Doge Francesco Foscari, dessen Familie durch Hass und Intrigen zerstört wird ?, sein unschuldig verurteilter Sohn, ein bösartiger Gegenspieler und schließlich eine aufopfernd liebende Frau. Vor dem Ambiente des Venedig des 15. Jahrhunderts entfaltet sich ein Renaissance-Drama voller glühender Intensität und Spannung. Vorlage für Giuseppe Verdi und seinen Librettisten Francesco Maria Piave war die 1821 erschienene Tragödie THE TWO FOSCARI des englischen Dramatikers Lord Byron. Dreizehn Jahre vor SIMON BOCCANEGRA bearbeitete Verdi hier erstmals einen Dogen-Stoff, und vieles, was in späteren Werken wie RIGOLETTO oder IL TROVATORE zur Meisterschaft entwickelt ist, lässt sich in I DUE FOSCARI schon erahnen. Mit dieser Oper schließt die Oper Bonn ihren Zyklus mit frühen Verdi- Opern ab; in dieser Reihe waren zuvor GIOVANNA D’ARCO, JÉRUSALEM und ATTILA zu erleben gewesen.

HINWEIS | Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere
ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich
auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Besetzung
Francesco Foscari???????????????????????????????????????????????????????
Lucio Gallo [P] [6.5.|11.5.|19.5.|26.5.|3.6.|24.6.|29.6.]
Jacopo Foscari????????????????????????????? ????????????????????????????????
Felipe Rojas Velozo
Lucrezia Contarini???????????????????????????????????????????????????????
Anna Princeva
Pisana
Ava Gesell *
Jacopo Loredano????????????????????????????????????????????
Leonard Bernad
Barbarigo
Christian Georg
Chor / Extrachor des THEATER BONN
?
Beethoven Orchester Bonn
?
Musikalische Leitung
Will Humburg
Regie
Philipp Kochheim
Bühne
Piero Vinciguerra
Kostüme
Mathilde Grebot
Licht
Max Karbe
Choreinstudierung
Marco Medved
Regieassistenz und Abendspielleitung
Barbara Schröder
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Karsten Sandleben
* Studentin der Hochschule für Musik und Tanz Köln

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343.ボンの「トゥーランドット」6月22日TURANDOT

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 6月24日(日)05時20分48秒
  まずジークブルクの図書館に行ってカフカの「城」などの小説の本を貰ってくる。全813ページにその文芸の価値を感じる。

次にサンクト・アウグスティンに降りてタンツ・グロッケンシュピールを自分が踏んだのをヴィデオに撮ってみる。1個壊れているらしく市役所前は新しくとも作ったのは古くてかなり年季が入っているようだ。子供が広場や公園で体を動かしながら遊べる音楽の玩具である。

その後に何時ものようにシューマンハウスに行く。楽譜や本ががいっぱいあったがハイドンのピアノトリオだけでそれ以上は重くなるのでやめとく。次回は世界の現代ピアノ曲集に関心がある。一応シューマンの博物館の晩年の遺品などのヴィデオを出しとく。

その後にSuzuki・Akioの博物館に住所がめちゃくちゃでやっと行ったが他の人の作品ばかりで肝心の本人のは見当たらなかった。どうも歴代の街のアーティストの展示をしているらしくて。多くは一人に一部屋与えられて好きな物を音付きで展示しているようだ。学校の廃校の後で黒板などが残るボロボロの校舎だか肝心のトイレなどはちゃんと機能している。音響作曲家と言うよりも視覚的なクンストが多い。絵画、ヴィデオ、音響、オブジェなどが何時もの特徴である。

最後にオペラに行く。最後の公演にも関わらずチケットは売り切れで満席の状況。右のバルコニーにファンファーレ隊の譜面台が陣取っていた。

肝心の舞台そのものはこじんまりとしているが装置は巧妙に作られ飽きにくい設定になってた。ケルンと違って歌手が近いので音響上の問題が非常に少ない。「トゥーランドット」そのものはウィーンからシュトットガルトまで長くお供しているが何時ものようにプッチーニはマーラーと同じくらいの数の作品しかないのに豪華な音を響かせる。

小さな目つぶしの光が来るが舞台転換ではないらしい。ファンファーレ舞台はかっこいいが舞台上に合唱とは合わないでずれている。コーラスを無理やり指揮して合わせようとするので余計に合わなくなる。アバドはこういう状況の時は指揮を止めて彼らに任せたものだ。6本のトランペットは3パートしかないので3本に縮小されている。サクソホーンはそこにはいなくて舞台に直接1本出てくる。2本とスコアに書かれているがユニゾンらしく1本に節約できるのか?ほかの打楽器も同様で多分ピットにまとめて全部入れられているのだと思う。しかしこんなにコアとオケが合わない演奏って他には知らない。ファンファーレは飛び出さないのでちっとも豪華でなく面白くない。指揮者がイタリア系で馬鹿の一つ覚えで歌を常に出さなければいけないからか?トゥーランドット、カラフ、リューの主要3役は十分に声が出ていてヴェローナでも使えるレベルの声だ。クビが切られて血が流れるがその前に下に過去に切られて首が1ダースは転がっている。ピン・ポン・パンも合いにくい。31分45秒。

金管がとにかく鳴らないので不満。12型で4つのコンバスもそんなに鳴らないが、金管を抑えて響かすこともありそれほど面白いもんではない。我々の普段使っている生ごみ専用のゴミ箱が出て来て首を片付けて笑いを誘う。水パイプが出て来て吸う。最後に女たちが出て来て生首を全部ゴミ箱に入れて持って行ってしまう。次に出てくるのは諸氏百家か?裁判官又は審査員の働きをする。45分22秒。

また目つぶしの照明。裸の女や金銀財宝でカラフを誘惑するが拒否する。ピン・ポン・パンがリューを拷問する。子供のコーラスも大量に使って祝典は終わる。アルファーノ版、どっかで何時か原典のピアノ譜に沿ったべリオ版を聴いてみたい。40分14秒。


Letzte Aufführung
22 Jun
19:30 H
Opernhaus
Giacomo Puccini
Lyrisches Drama in drei Akten [fünf Bildern]
Dichtung von Giuseppe Adami und Renato Simoni
In italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Ein lebensgefährliches Quiz: Prinzessin Turandot wird nur denjenigen Bewerber königlicher Herkunft heiraten, der ihre drei Rätsel zu lösen vermag. Wer die Probe nicht besteht, ist des Todes. Schon viele Große haben ihr Glück versucht und ihr Leben verloren. Auch Prinz Kalaf, im Mondschein dem Zauber Turandots erlegen, fordert die Prinzessin zum (selbst)mörderischen Spiel. Und siegt. Hat er erkannt, was niemand zuvor bemerkte: Dass es nicht gilt, Turandots Stolz zu brechen, sondern die Liebe und das Vertrauen der schwer Traumatisierten [einst hatte ein fremder König ihre Ahnin Lou-ling geraubt und getötet] zu erringen?

Das Team Silviu Purcarete/Helmut Stürmer hat am THEATER BONN wiederholt mit großem Erfolg Inszenierungen auf die Bühne gebracht, darunter SATYAGRAHA und LUCIA DI LAMMERMOOR. Bisherige Stationen ihrer internationalen Arbeit für Oper und Schauspiel waren unter anderem die Wiener Staatsoper, die Scottish Opera und das Glyndebourne Festival.
Besetzung
Turandot
Zoya? Tsererina
Altoum?
Johannes Mertes
Timur
Leonard Bernad
Kalaf
George Oniani
Liù
Yannick-Muriel Noah
Sumi Hwang
Ping
Yang Di *
Pang
David Fischer
Pong
Christian Georg
Ein Mandarin
Sven Bakin
2 Fanciuelle
Brigitte Jung
Christina Kallergis
2 Fanciuelle
Jeannette Katzer
Martina Kellermann
Chor und Extrachor des Theater Bonn
Kinder- und Jugendchor des Theater Bonn
Statisterie des Theater Bonn
Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung
Marco Medved
Inszenierung
Silviu Purcarete
Austattung
Helmut Stürmer
Regiemitarbeit
Nikolaus Wolcz
Licht
Max Karbe
Choreinstudierung
Marco Medved
Einstudierung Kinderchor
Ekaterina Klewitz
Szenische Leitung der Wiederaufnahme
Mark Daniel Hirsch
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Inspizienz
Tilla Foljanty

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342. 「アトランティスの王」と「ロメオとジュリエット」15.06.18

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 6月17日(日)04時52分48秒
  始めケルンの音大で学会があったが、汽車は運休するし皇族の電車は遅れるで出席どころではなかった。そもそもやる気が無いらしく誰も来てなかった。来ゼメの音大オケの予定表を見ると2回の演奏会が組まれ、ベートーヴェンの5番と6番は普通だが、ブルックナーの9番の完成版には斬新さで打たれた。サマーレ・フィリップス・コールズ・マズッカの共同完成版である。楽器編成の原画16、16、12、12、8と言うワーグナーの「リング」から来る編成なのも光った。
Musik in Innenräumen - Workshop Freitag, 09:15 Uhr, Raum 14 (Köln)
そこで音楽図書館で楽譜を眺めていたら最近出版されたべーレンライターのメンデルスゾーンの協奏曲や序曲は交響曲だけは無くてそれぞて初稿があるという事に気が付いた。まず「へブリデン」はローマ版とロンドン版がありそれぞれ2稿ずつに分かれているのはワーグナーの「タンホイザー」の計5稿もあるドレスデン版を思い起こさせる。「静かな海と楽しい航海」も1828年版と1834年版があり、「美しきメルジーネ」も1834年版と1835年版に分かれる。普通の現行版は最終稿版である。更に第5交響曲も2稿に分かれ、ヴィオリン協奏曲も1844年版と1845年版がある。
とにかく楽譜を買いながら夜まで待って、今生きているドイツ人のヤコブ・ウールマンではなくて戦前に殺されたヴィクトル・ウールマンの「アトランティスの王」に急遽演劇を変更していくことにした。このオペラは30年まえにシュトットガルトの音大の公演で舞台上演を見たことがあるが、結局は残らなかった作品として二度と出会わないであろうと思って大した興味も無く過ぎて行った。作曲者は人智学作曲家で後にナチスに捕まりアウシュヴィッツの収容所で殺された一人である。ピアノ・ソナタが良く取り上げられるが、他にオペラは「壊された知性」などがある。
この会場のプロテスタントの三位一体教会は一度来たことがある。ケルン・オペラの公演で「ねじの回転」だったが、当時は大掛かりな舞台装置に隠されてどんな教会かよくわからなかった。昨日は外国の大学による学生オケもコンサートしてて礼拝よりも人が入るので頻繁に演奏会に貸すらしい。運よく脇にトイレもあり聴衆が入り安くなっている。ブリテンのオペラは教会オペラが多いのでそれもあるようだが、今回は指揮科の卒業試験に使っている。お金が十分に無いので演奏会形式だがちょっとした装置なしの演技は付いている。昨シーズンはケルン・オペラでもかかっていたが見逃したので来てみた。弦5部一人ずつでコンバスが4弦、7人のソリスト、フルート、オーボエ、クラリネット、サックス、トランペット、打楽器2名、バンジョー、ギター、ハーモ二ウム、ピアノの編成はくルシェネックや、クルト・ヴァイルを思わせる。
ここの。教会は凄く良く声が響き、ケルン・オペラが使いたがったのも良くわかるが、当時は巨大な舞台装置でその利点の大半が失われてしまった。今回は学生の演奏とは言え音響が良くないスターテンハウスの不満を思う存分に解消することができた。とにかくこの曲は30年ぶりに聴くが、ツェムリンスキーやシュレッカー聴いた後の耳には作曲上の未熟さは全く感じなくなってしまった。結局当時の自分の耳は間違っていたことになる。
小太鼓が行進曲のように常になっているが、繰り返しは少なく定常リズムはない。当時下り来る戦争を予期したかのようだ。53分。
暑くて500mlで28セントの安缶ビールを飲み干してしまったので頭が痛い。
Masterprüfung Dirigieren Musiktheater
Freitag, 19:30 Uhr, Trinitatiskirche (Köln)
?
Masterprojekt Yoorina Bae, Klasse Prof. Alexander Rumpf - Dirigieren Musiktheater
Der Kaiser von Atlantis oder die Tod-Verweigerung
Kammeroper in einem Akt von Peter Kein, Musik von Viktor Ullmann
konzertante Aufführung in deutscher Sprache?
mit Gesangssolist*innen der Hochschule für Musik und Tanz Köln und der Oper Köln
Boyan Di, Kaiser Overall
Maximilian Haschemi, Der Lautsprecher
Lucas Singer a.G., der Tod
Martin Koch a.G., Harlekin
Maximilian Fieth, ein Soldat
Svenja Lehmann, Bubikopf, ein Soldat
Rina Hirayama, der Trommler
Ein Instrumentalensemble der Hochschule für Musik und Tanz Köln?
Yoorina Bae, Dirigentin
Eintritt:
frei
Adresse:
Filzengraben 6, 50676 Köln
Termine:
Mi, 27. Juni 2018, 20:00 Uhr, Aula Uni Köln

と言うわけで「ロメオとジュリエット」は90分は遅れて途中から入る。オペラと同じ現代的舞台とコスチューム。Hでいやらしい演技は当時にはなかった。セリフは現代的にかなり書き換えられたらしい。理想と現実の愛のシーン。みんな不自然にならないくらいにマイクを通している。2人のベット・シーンの映画が現実の芝居と並行して流れる。心の中で思っていることが録音で流れる。ジュリエットの立ったままの死亡が象徴的、ナイフもベットも何も出て来ない。ロメオも死ぬ、スリルの無い舞台。役者は素晴らしく演出が大した面白く無い上演だった。休みなしの2時間20分。
342. Romeo und Julia
von William Shakespeare
In der Übersetzung von Gesine Danckwart

Eigentlich war Romeo nur in der Hoffnung zum Maskenball des verfeindeten Capulet-Clans gegangen, seine Angebetete Rosalinde dort zu sehen. Stattdessen begegnet er Julia ? Nachname: Capulet ?, verliebt sich haltlos, heiratet sie heimlich, ermordet ihren Cousin, geht in die Verbannung, kehrt zurück in seine Heimatstadt Verona, um sich in der Gruft der vermeintlich toten (in Wahrheit jedoch nur betäubten) Geliebten umzubringen. Und Julia folgt ihm in die Unterwelt wie Orpheus der Euridike. ?Two star-crossed lovers? … in unausweichlichem Schicksal oder frei und mutvoll handelnd? Zwei jedenfalls, die inmitten einer identitätswütenden Umgebung begreifen, dass man die Welt auch ?vom Unterschied aus erfahren kann? (Alain Badiou). Zwei Liebende.

Die junge Regisseurin Pınar Karabulut eröffnete zuletzt die Außenspielstätte am Offenbachplatz mit ihrer Uraufführung von Dirk Lauckes Stück KARNICKEL. Mit dynamischen Inszenierungen, in denen sie klassische wie zeitgenössische Stoffe aus überraschenden Blickwinkeln betrachtet und mit großem szenischen Einfallsreichtum auf die Bühne bringt, hat sie sich innerhalb kurzer Zeit einen Namen in der deutschen Theaterlandschaft gemacht. Mit Shakespeares großer Liebestragödie ROMEO UND JULIA ist erstmals eine Arbeit von Pınar Karabulut im Depot 1 des Schauspiel Köln zu sehen.

Besetzung
Romeo
Thomas Brandt
Julia
Kristin Steffen
Mercutio
Simon Kirsch
Benvolio
Nicolas Lehni
Tybalt
Nikolaus Benda
Paris / Apotheker
Mohamed Achour
Lady Capulet
Yvon Jansen
Escalus / Bruder Lorenzo
Benjamin Höppner
Amme
Sabine Waibel
?
Regie
Pınar Karabulut
Bühne
Bettina Pommer
Kostüme
Teresa Vergho
Musik
Daniel Murena
Licht
Michael Frank
Video
Leon Landsberg
Dramaturgie
Nina Rühmeier

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341. 演劇「ドン・キホーテ」Don Quijote、ケルン、6月1日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 6月 3日(日)04時45分24秒
  早朝の豪雨で電車が6時から止まり、10時になっても復旧はせず、車でヘンネッフまで行く羽目になり非常に多くの時間が失われた。電車が動いてもまともにスピード出せないのでボンはカットすることになり直接ケルンに直行した。楽譜をコピーして送り、音楽図書館に回り払い下げの現代ピアノ曲12冊分を買って来た。

「ドン・キホーテ」と言うと知ってるだけで2曲のオペラ作品があるが、マスネのは未だに当たったことが無い。ハンス・ツェンダーのはGPから本番まで付き合ったが、特徴的なのは音楽無しの場面で絵だけ見せて「音楽」としたことだが、「4分33秒」その部分は録音物にならないのでCDの商業向けではない。

この演劇版は小学生の子供たちが学校ぐるみで来ているらしく出入りがかなり騒がしい。オペラで働いている片腕のおっさんも客を席に着かせるために整理してる。まず初めにオペラの言い訳男みたいのが出て来て3時間かかる事や90分後の休みを入れることをホラとしていい。カットが多いことを断って、そのまま260ページの台本の弁士の中に入る。4人分の弁士の譜面台が用意されているが3人だけ出て来て、後の一人は遅刻して、テキストを忘れたとか言い訳をし、そのまま下がってまたすぐ出て来てギャグが始まる張本人がドン・キホーテの役であった。若い役者でサンチョパンサの髭面の男がドン・キホーテの役に相応しいほど配役が逆になっていた。

舞台は大きなテレビがあって家にキャンピングカーが付いている。この演劇はそれらしく当初から話の筋が荒れている。テキストさえもめちゃくちゃになっているが暗記しており、演出が台本通りではなくてオペラと同じく読み替えて非常に現代的にアレンジしてある。時々マイクを入れてしゃべり、客席に入って聴衆に質問する。その人から食べ物を貰い食べながら更にその余った分の食いかけをまた別の聴衆にやって食べさせる。

一昨日プレミエしたばかりの舞台と演技は新鮮である。ドン・キホーテは一旦村に帰る。村では女が手と洗濯機で選択している。また聴衆の中に入って行って質問。舞台では犬同士の様な腹の探り合い。噴霧器が出て来てパーティーの紙屑が撒かれる。ヴィデオで南の島の海岸の風景。マイクを通された声がライブ・エレクトロニクス変調される。また客席に入り、通路の有無に関係なく動き回る。

自家用車とトラクターのタイヤを馬代わりに移動する。ぬいぐるみを忘れる。 TVカメラが出て来て今演技中の映像をスクリーンに流す。扇風機で吹雪を作る。ドン・キホーテは空中を回る。家の脇にオルガンの演奏台があるが弾いて見せるわけではない。

4体のマネキンが出てくるがライトの目つぶしに合う。ドン・キホーテはマネキンを切りつけ首を取ってみせる。上から大量の箱が落ちて来る。上の屋根だけが持ち上がる大きな仕掛けの上で演技。代わって水の中のシーンは音響が上手く噛み合っている。霧と光の調和が素晴らしい。

血の赤い色を塗る。キャンピングカーの中でのダイアローグはスクリーンに大きく映し出される。今度は映画の「スター・ウォーズ」のロボットや動物や王女様の服装と音楽。映像にはドン・キホーテのことを「スター・ウォーズ」と同じ映像に作り変えで出てくる。宇宙の星々の映像。安っぽい下手な真似事は聴衆を笑わせる古典的ギャグの始まり。光るサーベルで戦う。またキャンピングカーの対話が丸写し。それとは別にチンパンジーの喧嘩と交尾の映像。

裸の女装のドン・キホーテ。ヴィデオカセットのテープでぐりぐり巻きにされ倒れる主人公。サンチョパンサが馬を引き連れる映画の映像。

帰りのガルデローベではあの片腕も係員が自分の重い2個の荷物を片手で取ってくれた。

nach Miguel de Cervantes

Alonso Quijano ist ein Müßiggänger von einfachem Adel. Abseits allen Trubels frönt er in der ödenspanischen Provinz Mancha einer einzigen Leidenschaft: dem Lesen von Ritterromanen. Bis er eines Tages beschließt, selbst ein fahrender Ritter zu werden. Fortan nennt er sich Don Quijote de la Mancha und macht sich daran, die Wirklichkeit, die er sich erlesen hat, in die Welt zu überführen. In dem Bauern Sancho Pansa findet er einen treuen Knappen, der Frau und Kinder zurücklässt, um Don Quijote auf seinen Abenteuern zu folgen. Und da ein Ritter ohne Herzensdame wie ein ?Baum ohne Blatt? ist, erwählt er ein Bauernmädchen, in das er als Junge heimlich verliebt war, seine mythisch ferne Dulcinea von Toboso zu werden, der seine ganze Minne und alle seine Taten gelten.?

Nach seiner Inszenierung des CYRANO DE BERGERAC setzt sich der Regisseur Simon Solberg erneut mit einem der großen Stoffe der Weltliteratur auseinander, mit der Macht der Worte und des Willens und mit der Frage, was geschieht, wenn die Fantasien des Einzelnen auf die ihn umgebende Gesellschaft prallen.
Besetzung
?
Nikolaus BendaStefko HanushevskyBenjamin HöppnerJustus MaierAnnika Schilling
Regie
Simon Solberg
Dramaturgie
Nina Rühmeier
Bühne
Simon Solberg | Franziska Harm
Kostüme
Franziska Harm

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クラウス・K.ヒューブラー

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 5月24日(木)16時36分38秒
  Eine Begegnung von Aussen ? zum Tode Klaus K. Hüblers https://blogs.nmz.de/badblog/2018/03/06/eine-begegnung-von-aussen-zum-tode-klaus-k-hueblers/ @musikzeitungさんから

クラウス・K.ヒューブラーが死んでいた。今更確認。

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Dieter Schnebel

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 5月22日(火)03時11分24秒
  さっそく追悼番組です。

23.03

SWR2 JetztMusik

Dieter Schnebel zum Gedenken: Das Unbekannte in der Kunst oder Vom Dienst am Menschen
..

Ein Porträt von Armin Köhler aus der Sendereihe "Erlebte Geschichte".

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ディッター・シュネーベル

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 5月21日(月)19時07分7秒
  昨日作曲家のディッター・シュネーベルがベルリンで死去、88歳!

http://www.maz-online.de/Nachrichten/Kultur/Komponist-Dieter-Schnebel-gestorben

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340. ケルンの「フィガロの結婚」5月16日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 5月18日(金)04時12分58秒
  今年はボンで見たばかりでその比較は免れない。とにかく超有名で何処でも学生も含めてやる作品なので事前の解説は一切なし、なのにそれを小学生の子供たちに聴かせようと学校ぐるみで生徒たちが入って来た。黒人の生徒が増えた。難民の子供であろう。この10時25分終了の賞味2時間50分の複雑で刺激の少ない作品を子供たちにいきなり全部を生で見せようとするケルンの小学校の音楽鑑賞教育の熱心さにも驚く!

今日の舞台は少し高めでこじんまりしている。コンバスは3だと思ったが一人はプロンプターであったので2しか入ってない。序曲からフォルテピアノも一部を弾いているが、我々はいろんな劇場の演出を通してこの曲を少しずつ長い時間をかけて理解して学んでいく。ボンの時とは違って何時もの筋がわかりにくい演出であると思ったが予想通りであった。フィガロは悪くはないがギラギラ声の若者。1幕から外の雷が煩い。演出ではない本物の夕立である。近くの北の方で大竜巻が出てかなりの被害が出た。メッセの建物と違って最初からオペラハウスとして建築されていないので外部の音を完全に遮断はできないらしい。弦はヴィブラート無しでティンパニとトランペットが古楽器で演奏してる簡易方式。

舞台の奥付近に巨大な鏡。何度も見てる筋が演出を変えて再現される。この複雑で長い曲の構成が徐々にはっきりわかってくる。通奏低音はボンよりは器用ではないらしい。自分も初見で弾いたらこうなるって感じの装飾音。結構早めに曲は進んで行き最後の軍隊行進曲も速めで歌手が付いて行くのがやっと。指揮者が若すぎるのか今日のホルンはかなり弛んでいる。46分47秒。

伯爵夫人のモノローグは風呂の中。伯爵はボンではピストルを持って出て来たがここではハンマーで大して驚かない。それで隠れていると思われるケルビーノのドアを打ち付けて閉じ込める。スザンナはいける声だがちっと馬鹿鳴りもする。ファゴットの吹き流しが大きすぎるのでヴァイオリンの細かなパッセージが良く聴こえない。ここでは全曲に渡って第一と第二ヴァイオリンが小さすぎる音響上の問題が残っている。得意の霞み奏法も災いしているらしい。フィナーレでコンバスのCはオクターブ下を弾く何時もの奏法。歌は浮き出るが高音弦の伴奏が余りにも小さすぎる。47分50秒。

88442で多めにヴァイオリンが入っているがすぐ霞んでしまうのであんまり聴こえないし木管とのバランスが悪い。今後この音響問題を解決する必要があろう。隣に座って1幕から2幕までぐっすり寝てたとてもタバコ臭いカップルは休憩になるとすぐ帰ってしまったらしい。この曲に対する知識が全くないと必ずこうなる。

あるアリアは大振りで分割して振るもんだからテンポがどんどん遅くなる。別のアリアは分割しないもんだから、リズムが曖昧になって速くなり喋り切れない歌手が追いかける格好になる。1幕と対の対になってる合唱。結婚式らしい広い舞台構成。43分34秒。

4幕の頭に管弦楽の前にフォルテピアノで分散和音を入れる。何時もの2つのアリアのカット。やっぱりあるアリアは早すぎたり別のアリアは遅すぎたり。バランスも曲の性格をよくつかんでないようで良くない。ドイツ式のプロンプターはほとんど動かず口パクだけ、昔プロンプターの穴から2・3人総出で大ゼスチャーで指揮者みたいに大げさにやってたヴェローナのプロンプターが懐かしい。鏡に付いた手を立てまくって庭園の情景を光で投射する。33分17秒。

子供にとっては最後まで残ってもさすがに疲れたらしく前列が束になってさっさと帰る。

Wolfgang Amadeus Mozart
Le nozze di Figaro
Commedia per musica in vier Akten
Libretto von Lorenzo da Ponte
nach Beaumarchais’ Komödie
?La folle journée ou Le mariage de Figaro?
in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Musik von Wolfgang Amadeus Mozart (1756 ? 1791)
18 Zum Kalender hinzufügen
Fr /Mai 18
StaatenHaus Saal 2 / 19:00 ? 22:25 / Vorstellung / 12 ? - 81 ?
Ticket kaufen
Inhalt
Mit einem Fußtritt ? angeblich in den Allerwertesten ? entließ Graf Arco den Komponisten?Mozart aus dem Salzburger erzbischöflichen Dienst. Mozart war entsetzt?über das ungebührliche Verhalten eines Adeligen, wie ein Brief an seinen Vater?verdeutlicht: ?Wegen dem arco darf ich nur meine vernunft und mein Herz … zu rathe?ziehen, und brauche also keine damme oder Personn vom stande dazu, um das zu?thun was recht und billig ist, was nicht zu viel und zu wenig ist; ? das Herz adelt den?Menschen; und wenn ich schon kein graf bin, so habe ich vielleicht mehr Ehre im?leib als mancher graf; und hausknecht oder graf, sobald er mich beschimpft, so ist er?ein hundsfut.? (20. Juni 1781)
Vielleicht hat sich Mozart, als er die deutschsprachige Ausgabe von ?Le mariage?de Figaro? in die Hände bekam, dieses demütigenden und unwürdigen Ereignisses?wieder erinnert: Im Vorwort zu ?Der tolle Tag oder Figaros Hochzeit? schreibt?Beaumarchais: ?Ein spanischer großer Herr (Conte Almaviva) liebt ein verlobtes?junges Mädchen (Susanna), das er zu verführen sucht. Die Verlobte, der Mann, den?sie heiraten soll (Figaro), und die Frau des Edelmanns (Contessa Almaviva) finden?sich zusammen, um den Plan eines absoluten Heuchlers zum Scheitern zu bringen,?dem Rang, Vermögen und Freigiebigkeit alle Macht verleihen, sein Vorhaben zu?verwirklichen. Das ist alles, nichts weiter.?
Mozart und sein Librettist Lorenzo da Ponte schufen mit ?Le nozze di Figaro?,?am 1. Mai 1786 im Hoftheater in Wien uraufgeführt, etwas gänzlich Neues: ein?modernes, realistisches, französisches Intrigenlustspiel in italienischer Sprache.?Individuelle, lebendige Menschen werden auf die Bühne gestellt, und Mozart?gelingt es, in seelische Bereiche seiner Figuren vorzudringen, die sich hinter dem?(adeligen oder nicht-adeligen) Stand verbergen und die Machenschaften eines Mächtigen aufdecken.?
Inszenierung
Eine Inszenierung der französischen Regisseurin Emmanuelle Bastet, die im StaatenHaus gemeinsam mit Ausstatter Tim Northam bereits für Mozarts ?Don Giovanni? verantwortlich zeichnete.?Am Pult der Wiederaufnahme steht der Dirigent Rubén Dubrovsky.
?Fühl ein Begehren voller Verlangen, bald Freude, bald Schmerz.?
(Cherubino, II. Akt)
Besetzung
Musikalische Leitung Rubén Dubrovsky / Inszenierung Emmanuelle Bastet / Bühne & Kostüme Tim Northam / Licht Nicol Hungsberg / Chorleitung Andrew Ollivant / Dramaturgie Tanja Fasching, Georg Kehren /
Conte Almaviva
Michael Nagy?/ Bo Skovhus
Contessa Almaviva
Ana Maria Labin
Susanna
Claudia Rohrbach
Figaro
Adam Palka?/ Matthias Hoffmann
Cherubino
Catriona Morison
Marcellina
Kismara Pessatti
Basilio
Michael Laurenz
Don Curzio
Alexander Fedin
Bartolo
Donato di Stefano
Antonio
Reinhard Dorn
Barbarina
María Isabel Segarra
zwei Mädchen
Sara Jo Benoot
Maria Kublashvili
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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339. ケルンの「兵士たち」Soldaten、5月11日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 5月13日(日)05時00分48秒
  何時もの昼の30分のムジーク・ファブリックによる無料コンサートは完全に忘れていて結局は行けなかった。かなり悔やまれる。

このオペラは32年前自分が一番初めてシュトットガルトに住んだ時に頭からGP入場に成功してそのまま本番まで付き合った音楽だがその極端さにショックを受けた最初のオペラ。

何時ものように40分前に解説があって、さすがに難解なのでチーフ・ドラマトゥローグが出て来て全部原稿なしでしゃべりまくった。1965年2月15日が初演の月日。やはり話題は作曲者がキャンセルしようとしている指揮者を近くの公園に呼び出し散々怒って説教したこの極端な演奏技術の問題が大半を占める。当時の音楽総監督のサワリッシュの上手い棒でもこの曲は歯が立たず当時若かったストックホルム・オペラのGMDミャエル・ギーレンに全指揮を任せる。

まず1960年に歌なしの交響曲の形ができる。その後で1963年に歌付きのヴォカール交響曲が出来上がりWDRの放送局で初演されている。

ツィンマーマンは高校卒業後シェーンベルクのように軍隊に取られる。ロシアまで遠征したが幸運にも生き延びて帰ってくる。その後のケルンの音大に入り、ダルムシュタットに通う。この「兵士たち」の作曲後も「レクイエム」の壮大な作品がある。最後に疲れまくり全く作曲できなくなって絶望し自殺して死ぬ。リブレットは18世紀のヤコブ・レンツに戯曲から自分で作った戦争の音響をちりばめた音楽にする。リームにも「ヤコブ・レンツ」のオペラがある。それを現代的な音響でアレンジしているのだが、単なる時代錯誤ではなくて台本と無調音楽の時代の違った時間的な昨日・今日・明日の同時進行になる。シュトットガルトの公演では最後にレイプに伴って原爆のキノコ雲や戦車が出て来たのが印象的だった。今回の公演はさらに補助指揮者2人が付く17人のソリストたちの演奏。更に「ルル」に習って始終フィルムが入る。最後にツィンマーマンの言葉の長い引用だけ原稿を見る。

今もDLRで放送しているが、先週はWDRで放送していた。その間ウィーンフィルのザルツブルクでの講演をヴィデオとスコア見て確認していた。さすがに上手いが、ドイツではA級劇場では首都だけではなくどこでもできる強みがある。

シュトットガルトでは6だったがコンバスが指定の7ではなくて8入っている。弦全体も指定の14型ではなくて16型であろうと思われる。オケの中だけで打楽器は少なくとも十数人はいると思う。完全に満席に関心が凄く高い事を示している。席が全部回転椅子に取り替えられ360度歌手たちが見れるようになっている。最初の前奏曲からそこら中でレイプが始まる。

補助指揮者はモニターだけでは十分でないので3グループに分かれた打楽器軍と歌手のアインザッツを担当し、時間的に正確な位置に歌手の声を乗っける仕事で、「グルッペン」のように主指揮者と全く違うテンポを指揮するのではない。更にそれにプロンプターも付き一緒に口パクで喋るだけみたいだが、それでも歌手の正確なアインザッツに心理的に伝わるらしい。

細長い高い舞台が客席とピットを囲むようになっているので伴奏と声の分離が確実であるが、歌手は小さなマイクを付けていて少し増幅しているらしい。地声でも十分大きいので聴こえるが、たまに小さい声が出たときのアインザッツを確実にするためと思われる。この難解なオペラはドイツ語でも字幕を出す、歌手も後ろで歌うと見えるから更にアインザッツが確実になる。

ノーノのように原則繰り返しの無い無調で書かれているので本当は凄くきついはずだが、どころどころに引用がふんだんにあるので、しょっちゅう横断歩道の安全地帯に踏み込んだようで安心して聴きやすい。兵士たちが女たちを釣りまくる。36分40秒。

樽みたいな打楽器を叩く音が変に印象的。男のバレエ。ジャズ・コンボは別舞台で立体的に聴こえる。壮大な「怒りの日」のコラージュが始まリバッハの受難曲のコラールのツィタート。近くのティンパニが強打するとずしんと来る。奥の舞台でまたセックスシーンが始まる。内容が物凄くあり過ぎる音楽。27分50秒。

娼婦たちの誘惑で始まリ兵士たちとの情事。日本のような平和な慰安婦制度ではなくてここの戦争はISに見られるように勝った兵士が相手の家族を襲い、まず旦那をすぐに銃で射殺し母親を子供たちの見ている前でレイプする深刻な内容しかない。その厳しさ・深刻さはキリスト教により慰安婦制度が禁じられている戦勝兵士の欲求不満のはけ口になり、日本軍が作ったような甘ったらしい制度では全然ない!「バラの騎士」の最後のような3人のソプラノだけの長い三重唱。戦争で死んで行く兵士たちの最後の交尾の願望。34分15秒。

ビューネン・ムジークのティンパニがここで炸裂。前奏曲の再現部。また強姦が始まる。多数のスピーカーから声が出て来て音響的に立体的に壮大になる。本火の松明の比が出て来過ぎて会場の温度が異常に上がる。ジャズ・コンボは今度は右側の特設ボックス舞台になり立体的音響になる。大砲の音。最後の中太鼓。兵士たちはみんなマスを掻きながら全員首を釣って死ぬ演出は全曲一番異常で面白かった。18分07秒。

これに先立ちWDRは放送響でヴォカール・シンフォニーを演奏したが歌手の配役が全部別人なのが、このレパートリーの置ける歌手の層がふんだんに広がったことを示唆している。帰りはメッセの竹やぶでタケノコを採って来たので今食べてる。

Bernd Alois Zimmermann Die Soldaten
Oper in vier Akten
Libretto vom Komponisten nach dem gleichnamigen Schauspiel von Jakob Michael Reinhold Lenz
Musik von Bernd Alois Zimmermann (1918 - 1970)
11 Fr /Mai 18
Zu dieser Veranstaltung findet eine Begleitveranstaltung statt.
StaatenHaus Saal 1 / 19:30 ? 22:00 / Vorstellung / 12 ? - 81 ?
Begleitveranstaltung
Mit Kurzeinführung in Saal 3 ab 40 Minuten vor Vorstellungsbeginn.
Inhalt
Eine Oper, deren Uraufführung zu einem epochalen Ereignis wurde: Anlässlich des 100. Geburtstags von Bernd Alois Zimmermann zeigt die Oper Köln ?Die Sol?daten?, jenes Werk, dessen Uraufführung in der Domstadt 1965 in der öffentlichen Wahrnehmung bis heute nachwirkend als das wohl bedeutendste Ereignis in der Nachkriegsgeschichte … dieses Hauses gilt. Der Realisierung des über mehrere Jahre hin entstandenen, kompositorisch hochkomplexen und in seiner musiktheatrali?schen Konstruktion bahnbrechenden Meisterwerks hatten im Vorfeld viele Hinder?nisse und Bedenken entgegengestanden ? bis hin zur zeitweiligen Ablehnung als ?unaufführbar?. Umso schwerer wogen der weithin beachtete Premierenerfolg und die mittlerweile zahlreichen Inszenierungen und Deutungen in aller Welt.
Im Zentrum der Handlung ? angesiedelt im französischen Flandern, ?gestern, heute und morgen? ? steht Marie, die Tochter eines angesehenen Galanteriehändlers in der Regimentsstadt Lille. Ursprünglich dem Tuchhändler Stolzius zugeneigt, gerät sie an den Verführer Desportes, wird von diesem verlassen, lässt sich mit einem Haupt?mann ein, wird wieder verlassen, büßt ihren guten Ruf ein, wird Opfer einer Intrige und schließlich von einem Soldaten vergewaltigt, landet als Hure auf der Straße ? am Ende, auf der Gasse bettelnd, wird sie selbst von ihrem eigenen Vater nicht mehr erkannt. Das Schlussbild des Werks ist apokalyptisch: Die Gestalten gefallener Soldaten ziehen in einer endlosen Kette vorüber, man hört Marschtritte, Exerzier? befehle, Bombenabwürfe. Langsam senkt sich ? so die szenische Anweisung ? die Atomwolke herab.
Die Besonderheit dieses überwältigenden Musiktheaterwerks ergibt sich aus seiner Form und der sie bestimmenden musikdramatischen Konzeption. In dieser offenbart sich Zimmermanns Idee einer ?Kugelgestalt der Zeit?, bei der Vergangenheit, Gegen?wart und Zukunft als gleichzeitig stattfindend und untrennbar miteinander verknüpft zu verstehen sind. Nicht nur in der Simultaneität verschiedener szenischer Abläufe schlägt sich dieses gedankliche Konzept nieder, sondern auch in der Allgegenwart der Musikgeschichte, der Einbindung von musikalischen Stilen unterschiedlicher Epochen (Bach-?Choräle, Jazz?-Zitate, Tanz-?Rhythmen) ? und in der kunstvollen Ver?mischung von Orchesterklang, Schlagwerkgruppen, elektronisch?-experimentellen Klang-?Zuspielungen sowie Film? und Originalton-?Einblendungen. Bernd Alois Zimmermann war kein Künstler im Elfenbeinturm, sondern immer auch wacher Zeitzeuge und kritischer Denker: Mit ?Die Soldaten? traf er auch eine wesentliche inhaltliche Aussage, abgeleitet aus seiner sehr persönlichen Erfahrung von Weltkrieg und Propaganda, angesichts der ständigen atomaren Bedrohung und vor dem Hintergrund der von gesellschaftlichen Umbrüchen gekennzeichneten 1960-er Jahre. Dabei zeugt sein Werk von einer hellsichtigen, illusionslosen, geradezu schmerzhaft empathischen Wahrnehmung der Zeitläufte.?
Inszenierung
Generalmusikdirektor François-?Xavier Roth steht am Pult, Regisseur Carlus Padrissa (La Fura dels Baus), Bühnenbildner Roland Olbeter und Kostümbildner Chu Uroz sind ? nach ?Parsifal? und ?Benvenuto Cellini? ? für die szenische Um?setzung verantwortlich.
?Ach, ihr Wünsche junger Jahre seid zu gut für diese Welt!? (Marie, III. Akt)
Besetzung
Musikalische Leitung François-Xavier Roth / Inszenierung Carlus Padrissa (La Fura dels Baus) / Bühne Roland Olbeter / Kostüme Chu Uroz / Licht Andreas Grüter / Choreografie Mireia Romero Miralles / Video Alberto de Gobbi, Marc Molinos / Klangregie Paul Jeukendrup / Dramaturgie Georg Kehren /
Wesener, ein Galanteriehändler in Lille
Frank van Hove
Marie, seine Tochter
Emily Hindrichs
Charlotte, seine Tochter
Judith Thielsen
Weseners alte Mutter
Kismara Pessatti
Stolzius, Tuchhändler in Armentières
Nikolay Borchev
Stolzius' Mutter
Dalia Schaechter
Obrist, Graf von Spannheim
Miroslav Stricevic
Desportes, ein Edelmann
Martin Koch
Pirzel, ein Hauptmann
John Heuzenroeder
Eisenhardt, ein Feldprediger
Oliver Zwarg
Haudy
Miljenko Turk
Mary
Wolfgang Stefan Schwaiger
Drei junge Offiziere
Young Woo Kim
Dino Lüthy
Peter Tantsits
Die Gräfin de la Roche
Sharon Kempton
Der junge Graf, ihr Sohn
Alexander Kaimbacher
Andalusierin
Katerina Giannakopoulou
Drei Fähnriche
Alexeider Abad Gonzalez
Adrián Castelló
Charles de Moura
Madame Roux, Inhaberin des Kaffeehauses
Silke Natho
Der Bediente der Gräfin de la Roche
Alexander Fedin
Der junge Fähnrich
Ján Rusko
Der betrunkene Offizier
Hoeup Choi
Drei Hauptleute
Heiko Köpke
Carsten Mainz
Anthony Sandle
Offiziere und Fähnriche
Mitglieder des Herren- & Extrachores der Oper Köln und Gäste
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln
Musik der Zeit - Sinfonien.
E. Hindrichs, A. Radziejewska, B. Ranch, P. Tantsits, H. Begemann, O. Katzameier, WDR Sinfonieorchester, E. Pomarico, , M. Struck-Schloen: Bauckholt, Zimmermann
Kölner Philharmonie

Emily Hindrichs Sopran
Anna Radziejewska Mezzosopran
Bettina Ranch Alt
Peter Tantsits Tenor
Hans Christoph Begemann Bariton
Otto Katzameier Bass

WDR Sinfonieorchester
Emilio Pomarico Dirigent

Michael Struck-Schloen Moderation

ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln
Musik der Zeit - Sinfonien

Bernd Alois Zimmermann
Sinfonie in einem Satz (1951)
für großes Orchester. 1. Fassung

Carola Bauckholt
Im Auge des Klangs (2018)
für Orchester
Kompositionsauftrag des WDR
Uraufführung

Pause

Bernd Alois Zimmermann
Die Soldaten (1957?63)
Vokalsinfonie für sechs Gesangs-Solisten und Orchester. Text von Bernd Alois Zimmermann und Erich Bormann nach dem gleichnamigen Schauspiel von Jakob Michael Reinhold Lenz

Raum, Resonanz, Echo, Ferne und Nähe. Das sind die Tiefenstrukturen, aus denen Carola Bauckholt ihr neues Werk für das WDR Sinfonieorchester aufbauen will. Den Rahmen dazu schaffen zwei Werke von Bernd Alois Zimmermann.
Die frühe ?Sinfonie? ist 1951 als das erste Auftragswerk des WDR in die Geschichte eingegangen. Die Vokalsinfonie aus ?Die Soldaten? erlebte 1963 im viel zu engen Kölner Funkhaus ihre Uraufführung. Dieses Ereignis setzte dem Mythos der Unspielbarkeit der gesamten Oper ein Ende. ?Die Soldaten? nach dem gleichnamigen Drama von Jakob Michael Reinhold Lenz verlangen zwar auch heute noch Außergewöhnliches von Sängern und Instrumentalisten, sind aber längst zu einem Klassiker der Avantgarde aufgestiegen.

Allison Bell ist leider erkrankt.
Wir danken Emily Hindrichs für die kurzfristige Übernahme der Sopran-Partie.

Das Konzert im Radio: Live, WDR 3 Konzert
Pause gegen 20:50 | Ende gegen 22:00
19:00 Uhr, Konzertsaal : ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln Einführung in das Konzert durch Carola Bauckholt

Websites der Künstler:
Anna Radziejewska
Bettina Ranch
Hans Christoph Begemann
Otto Katzameier
Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

Contemporary music festival ?Druskomanija 2018“|

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 5月 9日(水)23時43分34秒
  program ,  Lithuania

May 19th  (Saturday)

DRUSKININKAI
Druskininkai town museum (M. K. Čiurlionio st. 59)

18:00 KONDRASCHEWA/CHICA piano duo (Germany)
Performers: Marina Kondraschewa, Sebastian Chica Villa.
Composers: Vilius Lakštutis, Antonio Correa, Viltė Žakevičiūtė, Andres Posada Saldarriaga, Shigeru Kan-no, Nicolas Ospina.

May 21st  (Monday)

VILNIUS

Lithuanian composers house (A. Mickevičiaus st. 29)

19:00 |Lithuanian Theatre, Cinema and Music museum (Vilniaus st. 41)
KONDRASCHEWA/CHICA piano duo (Germany)
Performers: Marina Kondraschewa, Sebastian Chica Villa.
Composers: Vilius Lakštutis, Antonio Correa, Viltė Žakevičiūtė, Andres Posada Saldarriaga, Shigeru Kan-no, Nicolas Ospina.


Dominykas Digimas
DRUSKOMANIJA‘18
co-ordinator
info@druskomanija.lt

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

338. GO「ロワ・ウブ」5月8日ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 5月 9日(水)19時12分0秒
  まず12時半からの音大でB・A・ツィンマーマンのピアノ曲をエマールとミレのクラスの学生がピアノを弾き、教育音楽のクラスが振り付けをし、5年生と10年生のバレエの生徒が踊るという催しもの。これによってピアノだけの視覚的に変化のない音響から体も動かして現代音楽の音響への慣れが子供のころから音が身体に染み付くと教育学習。曲はピアノのための「ハンドブック」と2台のピアノのための「モノローグ」。

一部プロコフィエフの「トッカータ」やバルトークの「民族舞曲」みたいな曲があった。ほとんど引用はないが、最後から2番目の曲だけバッハのカンタータ140番の引用があった。

図書館でミュンヘンでラッヘンマンの新作の初演の広告を見る。8つのホルンとオーケストラのための「私のメロディー」(2018)。あのファタール行進曲も同時に演奏するらしい。バイエルン放送響で6月の7日と8日の2回演奏するらしい。スターになって聴衆が1回では入りきれないようだ。

さて、1時間前のヨーク・ヘラーの一昨日初演されたヴィオラ協奏曲の解説。この人も始めてORFの放送局化で聴いた時から良くラッヘンマンの曲と組み合わされるが両者の音楽は全然関係ない。ヘラーはブーレーズの指揮で上げて貰ったらしく力のない曲ばかり作るが、ラッヘンマンはブーレーズを好きでも存命中一回も上げて貰ったことが無いので最新作までも力強い。退官してから足元がおぼつかなくて目も見えないらしくどう作曲するのかわからない。B・A・ツィンマーマンの弟子だが、すぐシュトックハウゼンによりWDRの電子音楽スタジオの後継者に任命される恵まれた人生を送った人。

なぜタベア・ツィンマーマンに独奏を依頼したか聞かれるが何時ものいいわけなので面白いことはない。3楽章ある。急遅急の伝統的な物。井戸端会議ではなくてまじめな音楽、イヴェント協奏曲。B・Aは凄く深刻にレッスンしたらしいが弟子に距離も置いていたらしい。凄く批判的だったが自宅に自分の弟子数人全部集めてビールを飲みながら新作のブラックユーモア・バレエ音楽の「ロワ・ウブ」を聴いたりしていたとのこと。現代の作曲家の引用はすべてベルリン芸術アカデミー所属の作曲家のみになっている。

この協奏曲は30個の音を使って5種類の和声を醸し出して作って合ってそれで旋律も賄う代物らしい。アドルノの機械的ではなく生物学的なと言う引用がなされる。秋の歌にすでに音楽になってるフランス語の詩を引用してしゃべってみせる。第二楽章は自分をあげてもらったブーレーズへの追悼。名人芸ではイタリアのハロルドを引用。

ここでシュトックハウゼンのピアノ曲IXの144回の反復のオリジナルを聴かせる、次に「ロワ・ウブ」の631回の同じ和音の反復をワーグナーとベルリオーズの引用と共に聴かせる有名な場所。同時に演奏されるマンスタージンガー、ワルキューレ、パルシファルの前奏曲などは引用がこの曲に入っている。

マイスタージンガー前奏曲は現代音楽専門の指揮者に見られるように速め。ツィンマーマンのように長い音がクレシェンド気味。2管編成に弦が16型のままなので煩い。クリュイタンスやブーレーズが指揮するとリズムが溶けすぎてこうなるフランス人の泣き所。全曲版のまま最後の音にシンバルはない。9分07秒。

ヴィオラ協奏曲はツィンマーマンを思わせるクラスターのような和音。2管編成。しかし金管は3本。クラスターが「兵士たち」のように動く。ピアノと打楽器6名。曲の開始3分で独奏ヴィオラの弦が切れて止まって退場。3分の張替の中断。鮮やかな音響でも何時ものようにフランスの作曲家よりもおとなしいくらい。聴きごこちが良いが、何にも問題が無いので一回聴いたらすぐ忘れてしまうような音楽。24分。

ワルキューレの騎行は3管編成?クラリネットだけ4、ホルン6.5分。ここで休憩。

パルシファル前奏曲。フルートとクラリネット3はスコアだけでは気が付かない。同じく16型で弦が強すぎる。分割して振ってもすぐ音楽が流れ安く速くなる。11分30秒。

チケットが立ち見以外全部売り切れているのに空席が目立つ。セッティングでハーンとロートが「現代音楽とこのロワ・ウブ」の話し合い。この演劇版は昔シュトットガルトのカンマーテアターで見たことがあるブラック演劇。生で最後で聴いたのはシュトットガルトでツェンダー指揮のバンベルク響。エレキ、ギター、ギター、サックス、マンドリン、チェレスタ、ピアノ、オルガン、打楽器6名、ジャズコンボ。指揮者が金髪の桂をかぶり犬を連れて来る。途中ヴァイオリンを引き摺って別な人が出て来てナレーション。トロンボーンも出て来て何かしゃべるめちゃくちゃ演出。どちらかと言うとカーニヴァル向けの音楽。まだヴァイオリンが出て来て非番の楽員がサーカスの1輪車で真ん中まで飛び出す。シュトットガルトノオペラで「ヘンゼルとグレーテル」を演出できなかったモスクワのセルベルニコフの話。極右が受賞したベルリンのエコー音楽賞のスキャンダルの話。楽員が一斉に新聞を広げ指揮者と対話する。「クソ」も出てくる。ナレーション付きで29分18秒。

08.05.2018 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln.
T. Zimmermann, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Höller, Wagner, Zimmermann
Kölner Philharmonie

Tabea Zimmermann Viola

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln

Richard Wagner
Vorspiel
aus: Die Meistersinger von Nürnberg WWV 96 (1861?66)

York Höller
Konzert für Viola und Orchester (2018)
Kompositionsauftrag von ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln und des Seoul Philharmonic Orchestra, unterstützt von der Ernst von Siemens Musikstiftung

Richard Wagner
Walkürenritt
aus: Die Walküre WWV 86B (1851?56)

Pause

Richard Wagner
Vorspiel
aus: Parsifal WWV 111 (1865?82)

Bernd Alois Zimmermann
Musique pour les soupers du Roi Ubu (1962?67)
Ballet noir en sept parties et une entrée. Nach Alfred Jarry

Renaissancetanz und Radetzky-Marsch, Bach, Beethoven, Berlioz, Stockhausen ? man hört all dies und noch viel mehr, nur kaum originale Klänge Bernd Alois Zimmermanns, der in der ?Musique pour les soupers du Roi Ubu? seine Technik des Collagierens und Zitierens auf die Spitze trieb. Er nannte das Stück ?eine Farce, die bieder und scheinbar fröhlich daherkommt, dick und gefräßig wie Ubu selbst?. Also wie der spießig-brutale Antiheld aus Alfred Jarrys absurden Dramen. Das Gürzenich-Orchester Köln umrahmt Zimmermanns geniale Parodie mit Musik des ebenfalls darin zitierten Richard Wagner sowie einer Uraufführung des Zimmermann-Schülers York Höller.

Pause gegen 20:40 | Ende gegen 21:45

Das Konzert im Radio: Live, WDR 3 Konzert
19:00 Uhr, Empore : ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte

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337.ACHT BRÜCKEN Freihafen01DI | MAI Dienstag, 01. Mai 2018 

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 5月 3日(木)04時35分2秒
  V.  17:00
Funkhaus Wallrafplatz
Workshop-Abschlusspräsentation
またさっきの小スタジオ。またすぐ満杯で追い出されるので早めに行ってセーフ。ケルンの「子供大学」の発表会。いろんな大学だけではなくてマックス・プランク研究所やムジーク・ファブリックまで解放して子供たちに実験させててる。音大は特にコンセルヴァトワール形式で天才少年少女のソリストたちにレッスンを施しているが、今回はアンサンブル・ムジーク・ファブリックのアカデミー指導。
ここの子供達への現代音楽の教育は尋常ではない。その結果が今回のように収容しきれないほど詰めかけた年配の聴衆たち。彼らはシュトックハウゼンと共におなじ現代音楽を思う存分に享受してそろそろ老年の世代に入ってきた。
メタモルフォーゼンのテーマ。何をやるのかと言えば映画音楽。無声映画のスクリーンに10人ぐらいの子供達が打楽器で即興する。まず解説があって第一グループ10分、また解説があって第二グループ10分。最後の解説ではこういうことをやる意味を説き聴衆に自由に楽器に触ってもらう。
VI.  18:00
ACHT BRÜCKEN Freihafen
Funkhaus Wallrafplatz
Werke von Bernd Alois Zimmermann
Ensemble Musikfabrik
まだ放送局の大スタジオのザールがいっぱいで2階席も開放。隣がまた上着を預けないとかで放送局の役員と喧嘩。こういう「公務員」とは警察と同じで一度悪いと判断したら梃子でも動かない。他の人も上着を着ているのを沢山指摘するが聞く耳貸さず強引に預けさせる。

またコレオグラフィー付きの新しいコンマスによるヴァイオリン・ソロソナタ。今度は指揮台の上だけで踊る。無伴奏ソロ・ピースが始まったのはべリオよりもこの人が先か?3楽章ある。11分。

「黄色と緑色」の組曲。ファゴット持ち替えのサリュッソホーンがボンだけではなくここにもある。日本人のコンマスはいなくなって、代わりに打楽器と4弦コンバスに日本人が入ってきた。インド系の黒いお姉ちゃんがホルン。引用は見当たらない。9分32秒。

「メタモルフォーゼン/変容」またスクリーン付きのライブ映画音楽。しかしさっき子供たちが即興で曲付けた映像と全く同じもの。ここであのプロジェクトがツィマーマンと関係してたのかと悟る。すぐにジャズになる。サックスやエレキ・ギター、ハモンドオルガンも出てくる。闘牛の殺されるシーンの中でまた小牛が生まれるシーン。これも引用はないが珍しい音楽である。聴衆の中にイスラム教徒のお姉ちゃんも入っていたのが珍しい。22分02秒。

これが終わって駅の効果の下を通ったら「スター・ウォーズ」の生の映画ライブ演奏のポスターを見た。入場が非常に高くともやはり入りが非常に良くてでかいスタジアムでしかやらないようだ。またノイエ・フィルハーモニー・ゲルゼンキルヒェンが演奏しに来る。
VII.  20:00
ACHT BRÜCKEN Freihafen
Kölner Philharmonie
Ein Brückenschlag von lateinamerikanischer Folklore zu deutschem Traditionsliedgut
フォークソングだからポップスである。歌手一人と9人の伴奏者。コンバスはチューバやエレキギターまで持ち替えて歌う。フルートやバスクラリネットまで増幅してる。バスクラでさえもフルート持ち替え。打楽器はほぼラテン打楽器。ちょっと無茶だがピアニストがオルガン持ち替えで讃美歌の「夜の歌」。途中で打楽器のセッティングが倒れる。トランペットはフリューゲルホルンに持ち帰るが、アンコールでやっとアルプホルンに持ち替えてバリトンと一緒に同時に吹く曲芸。コンバスが「倍音唱法」まで使って弾きながら歌う。
VIII.  22:00
ACHT BRÜCKEN Lounge
klub domhof とかどこにあるのかちっともわからないので、もういいから電車に乗って帰ってきてしまった。どっち道何時ものジャズに決まっている。

菅野茂

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336.ACHT BRÜCKEN Freihafen01DI | MAI Dienstag, 01. Mai 2018 

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 5月 3日(木)04時34分1秒
  III.  14:00
Kölner Philharmonie
Bernd Alois Zimmermann
Gespräche mit Zeitzeugen, Fotos, Briefe, Dokumente
ロビーで最近出たツィンマーマンの本の朗読だが聴衆が倍以上押しかけてマイクで通しても何言ってるか特に聴こえない。完全にオルガニゼーションミスである。良く聴こえないので壁に貼ってあるツィンマーマンの言葉を読んで眺めていた。音楽の難しさと苦しさを肯定しているのはクセナキスと同じことを言っている。その後の指揮者のインタビューは聴衆が少なくなったのでかなり聴こえてきた。今日では演奏技術がが発達してどの作品でも演奏がすべて可能らしい。「春の祭典」やファニホーの作品も昔は同じような問題があったが今はない。
2階のロビーにはツィンマーマンのいろんな資料が豊富に展示してあった。特にレクイエムの楽譜は見るのが初めてで、生の楽器と電子音の組み合わせは既にこの時代からあった。面白いのは音大でシュトックハウゼンと会うのをよく避け合っていた。
IV.  15:00
Kölner Philharmonie
Werke von Bernd Alois Zimmermann
Orchester der Hochschule für Musik und Tanz Köln
Alexander Rumpf | Dirigent
最初のヴィオラ・ソナタは踊りが付く。ヴィオラの楽器が凄く良いもので音程も正確なので心地よく聴ける。指揮台も利用した余ったスペースで振り付け。10分。

次の管弦楽のために即興曲が凄くて3管編成であるにもかかわらずティンパニは3人10個で更にホルツ・ブロックのような付加打楽器もそれぞれ叩かせる。ノーノを思わせる編成だが、のちの2人の奏者を要する1楽章の交響曲はあるし、オペラ「兵士たち」も舞台裏でそれだけ叩かせる。サックス、打楽器奏者6名、6分52秒。

オーボエ協奏曲は良く演奏されラジオでも放送され最近ピアノ譜が手に入るぐらいポピュラーになってきた。1管編成、86543.ティンパニ5個。トムトムにバルトークのような音楽に誘導する役割。15分20秒。

「静寂と反転」は初めて聴いたのが32年前のシュトットガルトの現代音楽祭でここも当時にテーマ作曲家がB・A・ツィンマーマンであった。ハウシルト指揮のシュトットガルトフィルで、音大のオケも参加して「ロワ・ウブ」などを演奏した。当時知らなかったシュパーリンガーのプログラムも1夜組まれ無知で行かなかったのでレッスンで怒られこともあった。こうやってスコア以外でオケを見て聴くと見落とした現象が良く見つかる。ソリスト的な弦楽器、サックス、小太鼓を常時こする奏法。コンバスが何時ものように多い。同じ音の音速変化付きのドローン。9分20秒。

「フィトプトシス」。ここで指揮者の解説が入る。日本時代すでにラジオで聴いたが、始めて生聴いたのが32年前のウィーンでツェグロセック指揮のORFの放送局の中。作曲からちょうど50年経っている。4分音符は60なので12分8秒かかる計算とかコラージュの説明とその部分の音出しが始まる。中世のオルガヌム、バッハ、チャイコ、ベートーヴェン、ストラヴィンスキー、スクリヤービン、ブルックナー。中心音Dは「静寂と反転」と同じ。フルートの絡みのパッセージも似ている。4分の1音。コラージュをトランザクションクラングで繋いだもの。今までのスコアで余り見えなかったものはユーホニウム、オルガン、ピアノ、ティンパニは6個使っている。少し早く11分30秒。

そういえば最近のラジオでツィンマーマンのコラージュはドイツ周辺の作曲家ばかりでロシアやアメリカの引用が入ってないことを指摘していた.

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335.ACHT BRÜCKEN Freihafen01DI | MAI Dienstag, 01. Mai 2018

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 5月 3日(木)04時32分44秒
  I. 11:00
Funkhaus Wallrafplatz
Ein Film von Klaus Lindemann
und Manfred Niehaus
(D, 1971)
まずB・A・ツィンマーマンの映画から。定刻までに行ったのだか150人しか入れないことで放送局の規則だ・法律だのの傲慢さで追い返される。ここはドナウエッシンゲンみたいに現代音楽の聴衆を非常に大切にしてチケットが全部売り切れてもタダで立ち見に入れてくれない。ツィンマーマン・シュトックハウゼン・リゲティ・カーゲル・グロボカール・エトヴェシュなどの素晴らしい伝統が反ってそこの放送局を天狗の公務員にさせ受信料と言う税金を強制的に取り立て貴重な聴衆をこけにするオルガニゼーション・ミスである。

II. 12:30
ACHT BRÜCKEN Lunch
Kölner Philharmonie
Werke von Bernd Alois Zimmermann, Helena Cánovas i Parés und Dariya Maminova
Studierende der Hochschule für Musik und Tanz Köln
次は2000人入るフィルハーモニーなのでそういう問題はなく、1曲目の「ラインのキルメス舞曲」は実は多分初めて聴くと思うがシュトットガルト時代に聴いたかどうかか定かではない。当時すでに楽譜は持っていてアマの吹奏楽に編曲してやらせようとして失敗した経験がある復調で始まり無調的な音楽。学生の棒がエトヴェシュの影響を受けている。ファゴットじゃなくてバスーンの様で音がベルリーオーズ時代のように小さすぎる。この曲にも特にツィタートは見られない。6分49秒。

カノヴィス・イ・ぺレスの学生作品。楽譜を破く効果的な魅力があんまりない作品。ショスタコのような音の重ね方で調性を醸し出し4分音も加える。更にポルタメントと足踏みを追加。ツィンマーマンのこの曲と同じ編成で書かれ楽器の持ち替えだけ許されたらしい。10分14秒。

マミトヴァの声は本人が天井で歌って増幅しているが録音のように聴こえる。キーや金管を叩くが学生なので効果に乏しい。10分24秒。

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334. ケルンの「エジプトのモーゼ」4月26日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 4月27日(金)23時46分37秒
  ロッシーニのオペラと言うと「セビリア」のように不真面目なブッファばかり連想し何時も上演されているが、非常に有名な「ウィリアム・テル」を始め「オテロ」やこの「エジプトのモーゼ」のようなまじめな台本に書かれたオペラはめったに上演されない。ブレゲンツ音楽祭と共同制作らしくそこに連れて行く歌手のレベルがみんな非常に高いが、毎年TVになるのはこの上演ではなくてブレゲンツの方である。

上演40分前に解説があると書いてあったがいくら待ってても解説者が出て来ない。代わって中学1年生たちのパフォーマンスが出て来た。この「モーゼ」の中からアリアなど5曲を引き出しその間に台詞と対話と演技を入れたもの。鍵盤打楽器8にシンバルとピアノを加えた編曲は指導者である音楽の先生がやったらしい。一応「出エジプト記」の筋を追っているが説明の足りないものは幻灯機の人形劇で補助している劇中劇みたいな性格を持つ。編曲そのものはガムランの音楽みたいになって黒人の生徒も入っていてカラフル。こうやって小さい頃から一般生徒にもこの珍しいオペラの親しみを沸かせるが、来シーズンもやるらしい。約15分。

実際のプロの本番の舞台はハイドンの「月の世界」みたいな球体が出てくる。オケは全部舞台の横で歌が聴こえるように音響上の配慮。これからはずっとこの路線で行くらしい。音楽が始まる前から裏方も舞台に出て準備している。これは初稿らしく「エジプトのモーゼ」と言うが、5軍の遅れで開始、操り人形の幻燈を生の合唱と同時に写す。

回り舞台で、シェーンベルクの「モーゼとアロン」の前の話だが十戒はすでにエジプト時代に出てくる。本火も良く使い常に操り人形の幻燈と組み合わせる。エリゼオ役の黒人の声も美しく舞台がアフリカなのでドラマトゥロギーも合っている。脇の方でしょっちゅう動いているのは演出指導も見せる役でべヴェーグンクスコアではない。

オケが遠いからかなり曖昧に聴こえるが、有名なロシアの非常に響きの良い音楽ホールと言う感じである。とにかくアリアや重症でも演技指導が忙しいが小道具から大道具までしょっちゅう運んで用意する。それ以外は操り人形で球に投影。第一幕で切って60分。

プロンプターは完全に一つだけ前売り券を売らないで客席に第一列の真ん中に座っている。場外は幻燈のために模手作りの型の人形だらけで埋め尽くされているが、舞台の上にも模型とランプだらけを並べている。また演技指導もすでに舞台に出て打ち合わせている。

テノールのハイCがやたらと出て来る重唱が大変らしい。何度も急に幻燈を写し間奏曲はそれだけになる。出てくるだけで何もしない役はシュトットガルトの昔の「後宮からの誘拐」の演劇からの無言役者役を思い出す。合唱になって出演者が多くなると演技指導も忙しくなる。

稲妻も球で再現。コル・レーニョ・バトゥートではなくバルトーク・ピチカートもコンバスに出てくるのを確認。最後にエジプト軍が溺れる場面もすべて幻燈のフィルムと模型人形で急に表現しておしまい。後ろの歌はほとんど見えなくて事実上のコンツェルタントのようになっているが、水を象徴するためにバケツで水槽に水を入れているおかしな演出。2幕から4幕まで続けて90分。


Gioacchino RossiniMosè in Egitto
Azione tragico-sacra in drei Akten
Libretto von Andrea Leone Tottola
Musik von Gioacchino Rossini (1792 - 1868)
Koproduktion mit den Bregenzer Festspielen
Do /
Apr 18 Zu dieser Veranstaltung findet eine Begleitveranstaltung statt.
StaatenHaus Saal 2 / 19:30 ? 22:30 / Vorstellung / 12 ? - 69 ?
Begleitveranstaltung
Mit Kurzeinführung in Saal 3 ab 40 Minuten vor Vorstellungsbeginn.
Inhalt
Rossinis azione tragico?sacra ?Mosè in Egitto?, die den biblischen Stoff von der Befreiung der Hebräer aus der ägyptischen Gefangenschaft auf die Bühne bringt, wird nicht nur handlungsmäßig, sondern auch in der musikalischen Struktur vom Gegensatz ?gottgefällige Hebräer ? heidnische Ägypter? bestimmt.
Die Hebräer … unter ihrem Anführer Mosè sehnen die Rückkehr ins Gelobte Land herbei, sehen sich diesbezüglich aber vom ägyptischen Pharao, der ihnen bereits die Freilassung in Aussicht gestellt hatte, immer wieder hingehalten. Ursächlich für die schwankende Haltung des Herrschers sind Clan-?Intrigen. Der entschiedenste Gegner der Befreiung ist der Pharaonensohn Osiride. Dieser wird von rein privaten Motiven geleitet, ist er doch heimlich mit der Hebräerin Elcia vermählt und will sie nicht verlieren. Die Pharaonengattin Amaltea hingegen entpuppt sich als Anhängerin Mosès. Die Natur als Indikator einer höheren Gerechtigkeit zeigt sich den Heb?räern zugeneigt: Mosè vermag durch Anrufung Gottes und das Schwingen seines Stabes Naturkatastrophen zu beenden oder herbeizuführen. Prinz Osiride wird schließlich, als er sich gegen Mosè stellt, vom Blitz erschlagen. Das große Finale zeigt, wie sich das Rote Meer vor den Hebräern auftut und ihnen so die Heimkehr ins Gelobte Land ermöglicht. Die Ägypter hingegen ertrinken in den Fluten.
?Mosè in Egitto?, uraufgeführt im März 1818 im Teatro San Carlo in Neapel, war Rossinis zweite Oper nach einem biblischen Sujet. Zu diesem Zeitpunkt war der 26-?Jährige bereits mit Opern wie ?Tancredi?, ?L’italiana in Algeri?, ?Il turco in Italia?, ?Il barbiere di Siviglia? und ?La Cenerentola? hervorgetreten. Mit der Uraufführung des ?Mosè? am San Carlo-?Opernhaus nahm man eine während der Napoleonischen Herrschaft kurzzeitig zum Erliegen gekommene Tradition wieder auf, die Aufführungen nach biblischen Motiven vorsah. Einer der ergreifendsten musikalischen Momente der Oper ist das Gebet der Hebräer ?Dal tuo stellato soglio? am Ufer des Roten Meers, unmittelbar bevor sich das Meer vor ihnen teilt.
Inszenierung
Der britische Dirigent David Parry ist ein ausgewiesener Spezialist auf dem Felde der Opern Rossinis und Donizettis. Die niederländische Regisseurin Lotte de Beer entwickelt gemeinsam mit Ausstatter Christof Hetzer und dem Theaterkollektiv Hotel Modern eine szenische Version, die auch das Figurentheater zum Bestandteil des Spiels werden lässt.
?Befreie Israel, sonst bist du ohne Rettung!? (Mosè, II. AKT)
Besetzung
Musikalische Leitung David Parry / Inszenierung Lotte de Beer / Bühne & Kostüme Christof Hetzer / Figurentheater Theaterkollektiv Hotel Modern / Licht Alex Brok / Chorleitung Andrew Ollivant / Dramaturgie Georg Kehren, Olaf A. Schmitt (Bregenzer Festspiele), Peter te Nuyl (Bregenzer Festspiele) /
Faraone
Joshua Bloom
Amaltea, seine Frau
Adriana Bastidas-Gamboa
Osiride, sein Sohn
Anton Rositskiy
Elcia, Hebräerin
Mariangela Sicilia
Mambre, Vertrauter des Pharao
Young Woo Kim
Mosè
Ante Jerkunica
Aronne
Sunnyboy Dladla
Amenofi
Sara Jo Benoot
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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333. GO 定期,シェーンベルクのピアノ協奏曲、4月17日。

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 4月18日(水)23時38分58秒
  コンサートの前に音楽図書館で桜が満開で美しかったので出しておく。チャイコフスキーのヴァイオリンとピアノのための楽譜だけ買ってきた。

何時ものように1時間前に解説。まずプログラミングの理由から。両端にメンデルスゾーンを挟んで、中間にブゾーニとシェーンベルクと言う同時代の作曲家と作品を挟んだ形。

弦楽のための交響曲第一番はまだ20歳にならないときの作品。音源をかける。ハンブルクで生まれたがユダヤ人の人種差別によりベルリンに移住。彼を世に出した先生はツェルターで、ベルリン・ジングアカデミーの指揮者。同時によく学んだ作曲家はエマヌエル・バッハのベルリン交響曲、グルックの「オルフェオ」オペラなどの音源もかける。なるほど良く似ている。

次にイタリア交響曲。当時ローマにいたのはベルリオーズが奨学金で滞在。ゲーテ?第一楽章、第二楽章の音源をかける。この曲がイタリアを志向にした「タンホイザー」にも影響したことの言及、第二楽章の旋律のもとになったイタリア民謡をかける。

ブゾーニの父親はそもそもイタリア人、母親がオーストリア人。小ピアノ協奏曲みたいな「ロマンツァとスケルツォ」はあの80分かかるピアノ協奏曲の前哨戦みたいなものか?その後、オペラの「ファウスト博士」にも同じ曲想が使われていることを音源で確認。シェーンベルクよりも保守的に聴こえるがそれでも比較的現代的には、いや近代的と言うべきであろうが聴こえる。

次にシェーンベルクは超保守的なウィーンにとって12音音楽は警察も毎回出動するくらいのスキャンダルの連続。ほどなくしてブゾーニのいるベルリンに移る。それでも頭のところにウィンナー・ワルツが後映として残っていることを音源で確認。

休みに入りロビーの展示物が代わった。今回はトイ・ピアノ、玩具缶詰、パンチされた円盤楽器・機器、オルゴール、機械仕掛けの楽器群などを良く集めたものだ。

本番のメンデルスゾーンの弦楽のための交響曲はコンバスとチェロ以外全員立つ。12型でチェロ4、コンバス3.かなりの音が出る。2楽章の走句とピチカートの対称が涼しい。3楽章のオクテットのような楽句はこのころから用意されて意味の薄い速い音の連続。10分。

ブゾーニは大きめの2管編成だが弦の規模はそのまま。ピアニストは紙のではなくタブレットに映し出された楽譜を見て演奏。良くわからないのはどうやってめくるのか不明。自動的にめくれるのなら曲の進行によって違うはず。9分。

すぐシェーンベルクで弦楽がそのままでチューバだけが加わる。打楽器4名。ピアニストは相変わらずタブレットを見て演奏している。21分05秒。アンコールに凄く速いワルツを演奏。ショパンの影響を受けたスクリャービンのものか?

メンデルスゾーンは提示部を繰り返す。ヴァイオリンは固いままだがヴィオラが今日は特に美しい。10分12秒。第二楽章は初稿で無いのが残念。6分03秒。3楽章の出はどうしてもドルチェにならないか?チェロは立派に音楽全体を支えている。信号音がやたらと大きい。6分12秒。終楽章もティンパニとトランペットが古楽器らしく何時もやたらに飛び出してくる。5分30秒。

17.04.2018 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
K. Gerstein, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Busoni, Mendelssohn Bartholdy, Schönberg
Kölner Philharmonie

Kirill Gerstein Klavier

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Felix Mendelssohn Bartholdy
Sinfonia Nr. 1 C-Dur (1821)
für Streichorchester

Ferruccio Busoni
Romanza e Scherzoso op. 54 (1921)
für Klavier und Orchester

Arnold Schönberg
Konzert für Klavier und Orchester op. 42 (1942)

Pause

Felix Mendelssohn Bartholdy
Sinfonie Nr. 4 A-Dur op. 90 (1833?34)
"Italienische"

Pause gegen 20:50 | Ende gegen 21:45
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte

Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

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紙屋信義: Adagio

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 4月17日(火)17時46分43秒
  カラヤンと同じ趣向でアダージョだけを集めたもの。カラヤンの場合当時ドイツグラモフォンのスタッフはバカにして嘲笑したが、いざ出してみると売れ行きが非常にバカ売れで当時の大ヒット商品になった。それをオルガンで試したアルバムで、今回はここでオリジナルではなくて編曲物ばかりを扱うが、いずれも知られた曲ばかりで作曲者の範囲がオルガン曲の領域に閉じ込められることがなく知らないオリジナルのオルガン曲ばかりを聴くよりは疲れないので気軽に楽しめる。
収録曲
01. アダージョ 所謂アルビノーニのアダージョは管弦楽曲で有名である。これがマンネリ化するとピアノで弾くことが試みられるが、無数のレパートリーの多さに押されてピアノ編曲でコンサートに出されるのは非常に珍しい。それをオルガンに置き換えているのだが、この地味な管弦楽曲の色彩を補うのはかなりの工夫を要すると感じる。

02. デンマーク王子の行進 有名なクラークの曲。筆者はこれをポザウネンコアだけや合唱も入れて何度も指揮したことがあるが、しかしオルガン曲はほとんど未経験でこの曲だけは手を手を付けたことがないがピアノで伴奏して振ったことは良くある。自分としては少し速めにテンポでやったものだがこの曲の指定がアダージョだったかはもう覚えていないが生き生きとした曲である。

03. 主よ、人の望みの喜びよ この。有名すぎるバッハの作品は何と言ってもピアノ編曲で有名であるため、ほとんど編曲でさえも弾いたことがないが、自分でカンタータとして合唱で参加して原典を体験したことがある。

04. アリオーソ BWV 1056 バッハのチェンバロ協奏曲の第5番のアダージョは筆者も今スコアで調べたばっかりでそんなに名が通っているものではないが、原典の協奏曲を弾く人は良く弾く音楽。それも最近はピアノが多い。

05. オンブラ・マイ・フ ヘンデルの原典のオペラ「セルセ」の上演にはいまだに当たったたことはないが、このアリアだけは非常に有名な旋律でバッハとは違ったふ不変的不滅な存在である。

06. パヴァーヌ フォーレの作。何時ものように平易に書かれているがそんなに名が通った曲ではなくとも鑑賞にも非常に容易で適している。

07. 亡き王女のためのパヴァーヌ 有名なこのラヴェルの作は様々な楽器に編曲されている王者的な存在である。ここでドイツ風の渋い音は厳禁でありレガートがもう少し余分に欲しくなる。

08. ジムノペディ 第1番 有名なサティのピアノ曲。強弱が落ちないのはちっと辛かった。そもそもオルガンではほとんどクレッシェンドもできない。

09. ジムノペディ 第3番 ここでサティを入れたのは正解だったが2曲も同じ傾向の曲を入れるべきだったかは判断が分かれる。なるほど2曲分の時間的なスペースの確保は必要だったが、似た曲であるべきかは疑問。

10. プロムナード 「展覧会の絵」より このムソルグスキーの編曲は上手く行っている。教会音楽調の金管のように響けば問題が無いのだ。誰が編曲したか最後の長い音は要らないものだ。普通教会の石の壁が響かせてくれるから。

11. ラルゴ 「新世界」より ドヴォルザークはもっとイングリュッシュホルンの旋律が浮き出ていればもっと良い。それだけみんなの頭にこの管弦楽曲が入っている。コラールの色彩は文句なし。中間部がカットされてない。あったとしてもオルガには適さないが、最後の和音はもっと静かに追われる。

12. ラデツキー行進曲 ヨハン・シュトラウス・ファーターのこの曲はアダージョではないが、アコーディオン編曲にあるようにオルガンでも上手く編曲ができている。

13. 巡礼の合唱 「タンホイザー」より ブルックナーと同じくオルガン編曲には最適。スタッカートも重くなるべきなのでそんなにはっきり出ることはできない。

14. パラフレーズ (ヘンデルの「マカベウスのユダ」による)  クリスマスの音楽、自分も良く教会で毎年弾いた。ストップがたくさんあるのが羨ましい。弱い変奏曲形式。モデラートぐらいか?

15. ツァラトゥストラはかく語りき リヒャルト・シュトラウスを象徴する代表作はもちろん頭の部分。当然打楽器的な効果になると弱くなる。オルゲルプンクトのハの最低音が羨ましい。

16. ジュピター 組曲「惑星」より 中間部だけ取り出しているがこれも編曲としてはほぼ成功してる。

17. 弦楽のためのアダージョ この曲はフィルム・アカデミー時代ドイツ語でアナリーゼの論文書かせられたので良く知っている。弦楽だけなのでオルガンで表現するだけでも十分でお釣りか来る演奏。

総じて日本の音楽ホールは音響が長くないのでレガートが厳しく付けにくい。奏者が自分の著書でそのことを気にしていた気持ちが良くわかる。
http://www.hmv.co.jp/artist_Organ-Classical_000000000042373/item_%E7%B4%99%E5%B1%8B%E4%BF%A1%E7%BE%A9-Adagio_8293459
内容詳細
ドイツでオルガンと教会音楽を学んだ紙屋の3枚目のアルバムは、クラシックの名曲の数々をアレンジし、オルガンの魅力をより身近に感じてもらう趣向。安土文芸セミナリヨのオルガン(イギリス製でネオ・バロック様式)から、多彩な表情を引き出しつつ、名曲に新しい息吹を吹き込んだ。(堀)(CDジャーナル データベースより) :マイスター・ミュージック

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イルヴィン・ゲージ

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 4月16日(月)22時41分51秒
  スイスの伴奏ピアニスト:イルヴィン・ゲージが68歳でチューリッヒで死去。

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332. ベルント・アロイス・ツィマーマンのシンポジウム、4月7日MHS

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 4月13日(金)18時20分49秒
  生誕100年を記念して音楽祭を始めケルン音大でも連日いろんなアシンポジウムが開かれているが、土曜日の音楽学者たちを集めた最初の講演はヘアシュピール、日本語でラジオドラマと言うのか、その類だが余り筋らしい筋は無い。「すべては可能」、「すべては許されている」、「開かれた形式」のモットーの元、戦後放送局のスタジオで無数に作られたが、ツィマーマンはそのことに非常に多くかかわっていて、多数の作品を残したことはそんなに知られてはいない。コンサートで何度も再演されるのではなくて放送局のテープだけに保管されていてFM放送でたまに流される電子音楽の類であるからである。

その他の作曲家たちとの違いを示し、その後続にマウリッシオ・カーゲルを置きケルンの作曲科の教育方針の傾向の伝統が引き継がれていることを暗示している。

例えばあるヘアシュピールとバレエ音楽「ロア・ウブ」との関係。引用作曲家の大家で王者らしく、自己の作品の引用も頻繁にありほとんどパロディの領域まで達しているが、後に作られた管弦楽曲の方が洗練されていて優れている。

最後にこのようなツィマーマンの数十曲のヘアシュピールと後の管弦楽曲の引用関係の壮大な相関図を示す。

ヒルガ‐、1996年。

次にB・A・ツィマーマンのフンク・オペラ(放送オペラ)について解説と分析。講演者は事前に彼の超有名な「兵士たち」の講演や論文は無数にあるので控えるように言われたらしい。そういえば知り合いの論文のテーマも「兵士たち」であってこの題材だけは世界中にうんざりするほど無数に出回っているらしい。

このオペラの放送は1か月前にFM放送でやって聴いたが、非常にしゃべったり語る部分が多いように感じたが今回の講義はその音楽部分に焦点を当てたものらしい。

まずいろいろな版を紹介。初演の版は作曲者が自らカットした90分ぐらいの決定稿であったが、最近でもない後で再録音されたのは2時間を超す原典版らしい。オケのパート譜は63部にもなって売れないので出版社ではなくてWDRに保管されており、歌のメロディーはシュプレッヒゲザングになっているなどの違いがあるらしい。

この曲は舞台ではなくて放送を前提として委嘱されたので、後世の作品である「ある若い詩人のレクイエム」と関連して放送オラトリオとして把握すべきかは異論の余地があるようだ。その他にアウト・サクレメンタルと言うジャンルがあるらしくその分類がかなり曖昧である。

アーノルド・ヤコブスハーゲン。

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書評:「風の音に惹かれて」東日本大震災とドイツ放浪 

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 4月10日(火)19時55分16秒
  紙屋信義著、自分流文庫 ISBN 978-4-938835-63-7 ¥1500+税

ある理想主義に燃え、原発事故を過敏に反応しすぎてしまったオルガニストの失敗談。生い立ちから留学、日本へ戻っての就職、震災後の再度のドイツへの移住、更なる日本への帰国と再就職にかけて書かれているが、その順序は必ずしも年代順ではなく若干把握しにくい。それでも最後にそこで学んだことは明確で普遍的な人生哲学でもあることが良く整理されている。そこで払った代償は必ずしも安くはなかったが、土壇場のところでいろんな運もあり、本人にとっては非常に価値のあるものであろう。

一般論で言えば福島の放射能はもちろん体への影響は0ではないが、かと言って東京の住民まで逃げ出すほど深刻でなものではないと思われても、仕事への関わりからかなりの重大な影響を受けてしまったらしい。今でも福島の住民が飛行機で受ける数分の1の放射線を受けながら特に病気が多くなったわけでもなく、大半が逃げ出さず普通に平和に暮らしている場面から見るといかにも極端な行動ではあるが、そのことへの背中を押したのは最初の留学時のとても幸せなドイツの学生生活の思い出があるのは確かである。

しかしながら現在の日本よりも極端に厳しいドイツの就職活動は無視できなく2年間もの長い滞在ヴィザがありながら4か月で帰ってしまったのもうなづける話ではあるが、せっかく挑戦したのだから2年間は頑張ってほしい思いと、年齢を考えるとたった4か月で帰った行動も賢いと言わざるを得ない相矛盾した選択肢が常に交差する現実が見えてくる。

生い立ちの部分は状況は違っても誰にでも良くある話ではあるが、日本人は普通隠してしまうのであまり出てこない貴重な話の一部である。こういう話は今自分はどういう環境で育ち今立っているのかなかなかわからないものが、第三者からの目で見るとそんなに珍しい問題家庭でもなくかなり普通に見えるのは自分だけか?

ただ著者が最初は作曲家や指揮者志望だったのにオルガンに行ってしまったのはあまりよくわからないが、最近作曲したと聴きネットに乗せてはいるものの、批判したくない立場ではあって聴くのがちょっと怖いのは自分だけかとは思ってしまう。と言うことでまだ聴いてはいないが、譜面だけの方なら一目瞭然なのですぐ見ていたと思う。

奥さんの彼女に関しても万能とはゆかなくとも、著者の欠けてるとこを良く補ってくれることで最適の存在であるには変わりないと思われるので今後の復縁を願いたい。

しかしデュッセルドルフの弁護士料の5000ユーロは高すぎると思われた。非常に腕が良くてもそれで4か月の滞在は割に合わない。やる人は3か月の合法滞在に加え1か月の旅行滞在か不法滞在で済ましてしまうだろう。家族を置いてきて現地での適応は早くとも大学まで行かせるようだが、日本の就職にはまだまだ不利なものと思われる。親の一存で娘たちの人生を決めていいものかここで少し疑問が湧いてしまう。

ある優秀なオルガニストの人生失敗談として後進の留学希望者には読んでおいて相当参考になる書物ではあるが、人生・金銭運にも相当助けられていることは書き添えなければいけない。あとがきは少し長すぎるきらいはあるかもしれない。そこで得た教訓は繰り返すにしても、もっと上手く洒落て言い換えられたらこの本はもっと価値を増すのではないかと思われる。

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ホセ・アントニオ

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 3月26日(月)22時39分59秒
  ヴェネズエラのエル・システマの創設者ホセ・アントニオが死去。

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331. フンクハウス・オケとエクソドュス「出国」3月22日、ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 3月24日(土)06時08分8秒
  まず久しぶりにフィルハーモニー・ランチに行く。今年になってやっと初めてである。WDRの3管の第二オケであるフンクハウス・オケは2回目だが実力が上がっている。放送響より合っているのではないかと思う。メンバーがどんどん変わり東洋人がどんどん多くなり、3人のコンバスは2人までが女性が占めるようになった。メジャーに入りきれずマイナーに若手がどんどん入ってくるので実力の逆転現象みたいになっているようだ。

エルンスト・フォン・ドホナーニは指揮者クリストフの祖父。この一族は現在ハンブルクに住んでいて代々市長などの重要な要職を務める。司会はこのオケの女のマネージャーがでてアナウンサー並みに手際よくしゃべる。こういう養成も最近は音楽学の一学科としてやっているところが多く知識も十分にある人間が多い。

「交響的分単位の曲」はかなりストラヴィンスキーに近く絵画的で色彩的な音楽。作品3の「幻想的なスケルツォ」を思い出される音楽。音がよく合い夜行きたいが今夜は映画に行くので来れない。指揮者の解説の後速い第一曲5分。第二曲はコダーイかバルトークを思い起こさせ、ハンガリー音楽の彼らの様式はこの時代にすでに準備されていたものと確信した。ゆっくりとした第三曲はリゾルートで速い。2分。第四曲は遅くハンガリー原野を思い起こさせる。チェレスタが色彩的。4分。第五曲。「熊蜂が飛ぶ」ような速い音楽。
すでにバルトークを準備している。演奏もも十分に速く良く合っている。3分。

グラスはティンパニとトロンボーンが無くなりオーケストレーションがコープランドに近くなる。サクソホーン四重奏協奏曲から終楽章だけ。先週見た「エヒナートン」からは明らかに音楽が少し飽きないように変化してる。それでもやっぱり飽きるのであんまり音楽の価値は感じないが。調性があるので簡単なのでゾリスデンたちは皆暗譜でやっている。4分。客席から出るときに何時も渋滞になるが脇にイタリアおばさんが大きな声でイタリア語でしゃべっていた。

その後の音大に行ってみるが、バレエ科のGPやっていた。もうケルンのオペラには予算難でバレエ団はないが教育だけは依然として続けられている。音楽が是非必要なので音大の学科の中に組み入れられているのである。演劇科はオペラとの演出法の関係でアナウンサー科はそのレトーリックと話法で音大の中に組み入れられている。そのうち日本には指揮かや作曲科などオケに金のかからる学科は少ない。東洋人もいるがスペイン語をしゃべる学生もいる。

22.03.2018 Donnerstag 12:30 Uhr
Vergangene Veranstaltung
WDR Funkhausorchester Köln, B. Videnoff
Kölner Philharmonie

SIGNUM saxophone quartet
??? Blaž Kemperle Sopransaxophon
??? Erik Nestler Altsaxophon
??? Alan Lužar Tenorsaxophon
??? Guerino Bellarosa Baritonsaxophon


WDR Funkhausorchester Köln
Boian Videnoff Dirigent

Auszüge aus

Ernst von Dohnányi
Szimfonikus percek (Symphonische Minuten) op. 36 (1933)
für Orchester

Philip Glass
Konzert für Saxophonquartett und Orchester (1995)

30 Minuten einer Probe erleben: eine halbe Stunde vom Alltag abschalten, die Mittagspause oder den Stadtbummel unterbrechen und das tägliche Einerlei vergessen.

PhilharmonieLunch wird von der KölnMusik gemeinsam mit dem WDR Sinfonieorchester, dem WDR Funkhausorchester und dem Gürzenich-Orchester Köln ermöglicht.

PhilharmonieLunch ist für den Besuch mit Babys und Kleinstkindern nicht geeignet. Wir behalten uns vor, bei diesen Veranstaltungen Kinder erst ab dem Kindergartenalter (3 Jahre) in den Saal einzulassen.

Bitte nutzen Sie stattdessen die zahlreichen Musikangebote für Familien mit Babys und kleinen Kindern unserer Reihe PhilharmonieVeedel.


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

その後、日本文化センターに行ってアニメを30分だけ見る。2007年の「秒速5センチメートル」。アニメなので台詞は別に取るので音響が良く聴きやすい。毒にも薬にもならない筋だが映像も美しい。しかし第一部だけで退散。

8時から演劇の建物でドキュメンタリー映画「エクソドゥス/出国」を見る。フリーのカメラマン監督らしくてWDRとRBBの放送局を味方に入れて解説。昨日がベルリン・プレミエで今日がケルン・プレミエだそうだ。難民のドキョメント映画で出演者を始め放送関係を引き込んでコネも十分に作っている。

まずアラビアの映像。サハラ砂漠の真ん中の人々の「自由」らしい絵文字をドローンで撮っている。シリアの女の射撃訓練とブラジルに逃げ込む難民。アフリカ黒人のナポリの風景。スーダン現地の難民の様子。すべて英語でインタビューがなされている。トーゴの難民。東ドイツの自由の無し難民施設。ミャンマー難民は現在話題のロンギアではなくてキリスト教徒も仏教徒が迫害受けてて中国国境の生活の映像。アルジェリアの国連の給水車トモロッコ難民。それで死んだ人たちの墓場の映像。サハラ砂漠のおばあさんの地雷の掘り出しと処理。ドレスデントケルンのライン川上の人種差別反対のデモ。アフリカ現地の祭りの風景。

またミャンマーで銃を構えて見張る兵士。キューバに行った難民の映像。ギーセンの難民収容所。またブラジルのその後を撮影。アルジェリア。コンゴ。

ロケ地の各国に協力者がたくさんいてこの映画は出来上がった。

最後に出演者によるディスカッション。監督や協力者だけじゃなて今出た本物の難民・主演も出てくるが電車のために帰る。かなり長いが今後TVで放送されることは確実。
Exodus
Regie Hank Levine
Laut UNHCR sind aktuell über 200 Millionen Menschen auf der Flucht. Flüchtlinge sind ein globales Phänomen, die geopolitischen Hintergründe komplex.??Exodus“ erzählt die Geschichten hinter den Statistiken und?begleitet über einen Zeitraum von rund zwei Jahren fünf Protagonisten aus vier Erdteilen auf ihrer Odyssee. Dabei sind die einen noch unterwegs und kommen nicht zur Ruhe, die anderen sind aufgenommen im Lager oder Heim als transitorischem Ort, oder schon angekommen in einem unbekannten Land. Die anderen kehren nach Jahrzehnten zurück in ihre ehemalige Heimat, die nicht mehr dieselbe ist. Mit ihnen erlebt der Zuschauer die ungeheure Anpassungsfähigkeit von Menschen in Ausnahmesituationen, aber auch ihre Kraft, mit der sie ihremSchicksal begegnen.

D / BRA 2017 | 105Min. | OmdtU | Regie Hank Levine

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330. ボンのエヒナートン、3月16日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 3月18日(日)05時03分56秒
  まずサンクト・アウグスティンに回ってあそこに新しくできたIT大学にコンサートのチラシを置きに行ってくる。帰りに市庁舎の広場にタンツグロッケンシュピールを発見する。昔これに作曲してCDにしたので非常に懐かしく思える。http://archive.is/14QQ5 あいにく子供が遊んでいたので自分は試さなかったがまた来るので何時か試そうと思う。

ボンの市内はアラブ系のデモがあった。プラカートが無いので誰が何を主張しようとして行進してるのがわからなかったが、今日のニュースを見て初めて分かった。エドアンのシリア侵略の爆撃の抗議らしい。クルド族もアルメニアのように滅ぼされようとしていて大変である!

夜のエヒナートン(アクナーテン)と言う3番目のミニマル・オペラは何回かシュトットガルトのグラスの初期の3部作と言うことで連続して見たが、ボンではすでにサティアグラハを見ている。最初の「浜辺のアインシュタイン」を上演できないのはその長さでカネが底を付くからであろう。この1番目のオペラは本体が3時間40分もかかる上に上演の前から演奏が90分も始まっていて聴衆を入れないで聴かせないことが指定されている。結局は5時間10分かかるのでオケのギャラが軽く倍超えてしまうのである。観客動員力はミュージカル並みで現代オペラではなくポップ・オペラの範疇である。

まず音楽の前の序劇、荒れた学校の授業の様子から始まる。生徒は皆体の小さいバレエ団である。いかにもアメリカ映画によくある舞台設定であるが説明やセリフはミュージカルのようにドイツ語で行われる。音楽が始まってそれに合わせてわさわさする。ファラオの子供が入ってきて授業を邪魔して騒いでいる。アメノフィスIII世。

地下の舞台が地上に舞台を押し上げて合唱団が歌っている。荒れた学校の表現はますます酷くなっていく。生徒の一人を全裸にして髪を切る。片方の教室では踊りがまだ続いている。動きがミュージカル並みに激しく視覚的に飽きない。これは意味の全くないミニマル音楽だから自由に解釈できる演出ができるということであり、音楽の中身は内容のない映画音楽と全く変わっていない。

次に机を並べ替えてみんなが犬食いを始めて中毒で全員倒れる。後ろでは生殖行為が行われている。また舞台が上下し後ろの舞台が沈む。とにかく音楽が悪いだけ演出も振り付けもとても上手く行く。第一幕70分。

後半は第二幕と第三幕が繋がっている。オペラのように音楽を聴く舞台設定ではなくて、舞台を見るための意味のない音楽設定は、丁度音楽の内容そのものを聴くための全く退屈な舞台演出のワーグナーの音楽と正反対である。繰り返しの音楽はやり易いが更に機械でやれば演奏もより完璧になる。幕が開くと講演と言うよりもエジプトの遺跡探訪の様である。

初めからどんどんバレエ団が出っ放しで駆け回るが、こんなところで気を抜いたのかチェロが合わなくなるほとんど歌が少ないバレエ音楽。モーツァルトのように遊んでいるが中身だけは全然ない音楽で演出が自由に独り歩きしている。

壁に天使や神の名前を書いて順次に否定していき最後にハトのような花を加えた鳥が描かれるが、その速さと上手さは専門の絵描きであると思われる。次に戦争の映像、過去のか今の中東付近なのかはわからなかった。

更にバレエのさっき一旦裸にされた一人が殴り殺され処刑される。爆弾で回りのすべての壁を吹き飛ばし最後に全員死ぬがすぐに生き返る。

また学校の中、生徒が先制と和解してやっとまじめに勉強する風景。徐々に教室が静かになっているが、後奏がR・シュトラウスのように非常に長い。60分で計2時間10分。
PHILIP GLASS
Oper in drei Akten
Libretto vom Komponisten in Zusammenarbeit mit Shalom Goldman, Robert Israel und Richard Riddell sowie mit Originaltexten von Shalom Goldman
? in deutscher, ägyptischer, akkadischer und aramäischer Sprache ?

Zu den größten Erfolgen der Oper Bonn zwischen 2003 und 2013 gehörte zweifelsohne die Produktion von Philip Glass’ Oper SATYAGRAHA, des zweiten Werks der sogenannten Trilogy, einer Reihe von drei Portraitopern des US - amerikanischen Komponisten über Albert Einstein, Mahatma Gandhi und den schillernden ägyptischen Pharao: Nach dem großen, weithin strahlenden Erfolg von Achim Freyers SATYAGRAHA-Inszenierung schrieb Glass AKHNATEN (oder eben, in deutscher Schreibung, ECHNATON) für die Oper Stuttgart unter ihrem Generalmusikdirektor Dennis Russel Davies (der anschließend nach Bonn wechselte). Das Werk erlebte am 24. März 1984 ebenfalls in Stuttgart, wiederum von Freyer produziert, seine Uraufführung. Wie schon in den beiden vorangegangenen Werken EINSTEIN ON THE BEACH und SATYAGRAHA stellt der Komponist auch mit ECHNATON eine für die Entwicklung ihrer jeweiligen Epochen maßgebliche Gestalt ins Zentrum: Der titelgebende Pharao schaffte im 14. vorchristlichen Jahrhundert die bis dahin geltende Vielgötterei ab und ersetzte sie durch einen monotheistischen Kult, der als einzige Gottheit die Sonnenscheibe Aton anerkannte. Seinen ursprünglichen Namen legte er ab und nannte sich ?der Aton dient“ ? Echnaton. Die Anhänger der neuen Religion wurden zu Bilderstürmern gegen das Alte, was zur Folge hatte, dass schon der zweite Nachfolger des Pharaos, Tutanchamun, nicht nur den Polytheismus wieder einführte, sondern das Andenken an Echnaton verdammte. Der Bringer von Licht und Vernunft stürzte ins Nichts.
Mit Laura Scozzi inszeniert eine Regisseurin das Werk, deren BENVENUTO CELLINI das Bonner Publikum im Sturm erobert hat.

HINWEIS |?Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere
ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich
auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Besetzung
Echnaton
Benno Schachtner
Nofretete
Susanne Blattert
Teje
Marie Heeschen
Haremhab
Giorgos Kanaris
Der Hohepriester Amuns
Johannes Mertes
Ajeh
Martin Tzonev [P] [11.3.|16.3.|23.3.|21.4.|29.4.|9.5.|31.5.|14.6.|20.6.|28.6.]
James Homann [12.4.|13.5.]
Zwei Töchter
Rose Weissgerber* / Sheva Tehoval*/**
Amenhotep
Thomas Dehler
Tänzerinnen und Tänzer
Phaedra Pisimisi, Francesca Perrucci, Shan-Li Peng, Juliane Bauer, Katharina Therese Glas, Javier Ojeda Hernandez, Katharina Platz, Michal Czyz, Diego de la Rosa, Yunjin Song, Tobias Weikamp, Muwala-Paulo Lando, Simon Wolant
Chor / Extrachor des THEATER BONN
?
Beethoven Orchester Bonn
?
Musikalische Leitung
Stephan Zilias
Regie
Laura Scozzi
Bühne
Natascha Le Guen de Kerneizon
Kostüme
Fanny Brouste
Licht
Friedel Grass
Video
Stephan Broc
Choreinstudierung
Marco Medved
Dramaturgie
Johanna Mangold
Regieassistenz und Abendspielleitung
Mark Daniel Hirsch
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Tilla Foljanty
Sprachcoach
Stefanie Wüst
Regiehospitanz
Dorothee Pahnke
* Student im Rahmen der Kooperation mit der HfMT Köln
** gefördert von den Opernfreunden Bonn

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ミルコ・ケレメン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 3月14日(水)18時39分50秒
  クロアチアの作曲家:ミルコ・ケレメンが死去。94歳。https://www.tportal.hr/showtime/clanak/umro-milko-kelemen-pokretac-muzickog-biennala-zagreb-20180308

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329. ケルンの「マノン」、3月9日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 3月11日(日)05時07分37秒
  まずこのオペラはプッチーニの「マノン・レスコー」よりはなかなか上演されないので40分前に解説があった。筆者も30年以上も前の年末に一回だけウィーン国立歌劇場で見ただけである。1884年にパリのオペラ・コミックで初演されたロマン小説に題材を求めた台本によるオペラ化で台本作者は「音楽劇の歴史」の本を書いた人でもある。

指揮のクロード・シュニッツラーは苗字がドイツ語なのでドイツ人かと思ったが、祖先をドイツに置くフランス人でアーノンクールらと反対の立場の指揮者である。ネーティヴ・フランス人なのでフランス語は信用できるらしい。演出はもうここのケルンですでにアイーダ、オルフェウスなどを演出したのでこれも信頼がおけるらしい。衣装を1950年代に置いて演技をやってもらう。

マスネの音楽はセンチメンタルで甘いという批判があるが、ここではそれは無いと否定して解説。

もちろんこのオペラはプッチーニの「マノン・レスコー」とよく比較される。筋がほぼ同じなのは第一幕と第二幕で第三幕以降がプッチーニのそれとは違っている。

上演の前にもう外とロビーで演技が始まっている。雨の降りそうな外ではアコーディオンが鳴りロ、中の暖かいビーでは女の人がテーブルに悩み多くうつぶせになって座っている。

実際の会場の音響は今回は凄く成功している。まずオケを客席に近くしたこと、人形劇のような細長い舞台を普段よりも高くし、天井を若干後ろに傾け歌が後方に行かないでオケから分離してはっきり聴こえることにしたこと。これで少なくとも本来のオペラハウス並みの音響になった。

上演の前に言い訳男が出て来て今回は歌手の一部が風邪を引いているがそれでもなんとかやるということで「ブー」などは避けてくれるようにお願いした。

オケは出だしはそんなにバランスがわかっているのでもないらしい。薄いカーテン付けたまま歌手は歌う。やっとカーテンが降り細長い舞台は壮麗でもある。40分34秒。

休みなしで第二幕。細長い分だけ奥にも2つ舞台が重なり合ってそれぞれ机に人が頭を抱えている。カルメンのようにたくさん台詞が入っているのでフランス語がわからないと指揮はできない。ここまでで68分07秒。

休みなしの第三幕。着せ替え人形のような遊び。マネキンなのか人なのか良くわからない。
股裂きをして前に倒す。韓国人のセリフにもフランス語でしゃべるが全く訛りの無いのには非常に驚いた。良くトレーニングしたらしい。黒人も合唱に入って歌うので現代のパリのフランスらしい。トロンボーンの脇の席はチューバではなくてアコーディオンだった。バレエのペアがパントマイムで踊る。主要主題を歌う合唱が出て来てここまでで1時間41分00秒で切り1回しかない休みに入る。

またロビーで男の人が机に座って思索にふけった演技をしている。トランペットは無くコルネット2本でやるのは、「カルメン」みたいなオーケストレーションであるが番号オペラではなく、プッチーニ同様ワーグナーの影響をかなり受けていると言われる。第三幕の後半はオルガンで女声合唱で始まる。22分40秒。

第四幕はワルプルギスの夜のような音楽。きらきらと光る中でのバレエは美しい。「スペードの女王」のような展開。ここまで45分30秒。

第五幕は楽譜通りではなくてシャンソンの録音された音楽から始まる。死の前の終幕と言う感じで、合唱もアコーディオンを持ってくる。「ボエーム」か「ホヴァンシチーナ」のような終幕の風景である。しかし最後の和音は「ゥェルテル」のような長三和音で終わるからやはり曲が甘いと言われても仕方があるまい。ここまで62分48秒。

Jules Massenet
Manon
Opéra-comique in fünf Akten (sechs Bildern)
von Henri Meilhac und Philippe Gille nach dem Roman ?Histoire du Chevalier Des Grieux et de Manon Lescaut? von Abbé Prévost
Musik von Jules Massenet (1842 - 1912)
Mär 18 Zu dieser Veranstaltung findet eine Begleitveranstaltung statt.
StaatenHaus Saal 1 / 19:30 ? 22:45 / Vorstellung / 12 ? - 81 ?
Begleitveranstaltung
Mit Kurzeinführung in Saal 3 ab 40 Minuten vor Vorstellungsbeginn.
Inhalt
Der Roman ?Histoire du Chevalier Des Grieux et de Manon Lescaut? des Abbé Prévost, erschienen 1731, schildert die Entwicklung einer schicksalhaften amourösen Verbindung im Geiste des Rokoko, die bis heute bewegt und interessiert, auch was die Ambivalenz der geschilderten Gefühle betrifft. Die Vertonung dieses … Stoffes durch Jules Massenet, mit der er sich zur lyrischen Tradition der Opéra?-comique des 19. Jahrhunderts bekannte und zu Lebzeiten eine große Reputation sicherte, wurde nach seinem Tod eine Zeit lang als sentimental abgetan und in der Beachtung deut?lich hinter der kurz darauf entstandenen ungestüm-?leidenschaftlicheren ?Manon Lescaut? des Italieners Giacomo Puccinis eingeordnet.
Erst zum Ende des 20. Jahrhunderts besann man sich wieder auf die besondere Qualität dieser im besten Sinne ?französischen? Partitur, die mit der ihr eigenen Subtilität und flexiblen Wort?-Klang?-Feinzeichnung atmosphärische und psycho?logische Stimmungsbilder auf das Genaueste vermittelt ? und dabei nicht zuletzt ein großes Fragezeichen hinter die im Fokus der Betrachtung stehende Liebes?geschichte setzt.
Manon liebt den ihr ergebenen Des Grieux, mit dem sie vor dem Kloster flieht und für kurze Zeit in wilder Ehe zusammenlebt, doch vor allem liebt sie es, beachtet zu werden und sich in den Blicken anderer zu sonnen. Sie besitzt die Gabe, mit ihrer Erscheinung zu glänzen und zahlungskräftige Männer dazu zu bringen, die Rech?nungen zu begleichen. Die Momente der Bewunderung, die man ihr zollt, sammelt sie wie Trophäen, doch die Zeit ihrer Triumphe auf diesem Feld ? etwa als gefeierte Schönheit auf der Promenade Cours de la Reine ? währt nicht lange. Am Ende, wenn sie auf dem Weg in die Deportation auf einer Landstraße im Sterben liegt, ist es wieder (der mittellose) Des Grieux, der sie in den Armen hält ? jener Mann, der für sie alles aufs Spiel gesetzt hat und am Ende mit ihr alles verliert.
Inszenierung
Der französische Maestro Claude Schnitzler, der in Köln zuletzt ?Tosca? und ?Turandot? leitete, steht am Pult. Es inszeniert Johannes Erath und legt damit ? diesmal im Bühnenbild von Herbert Murauer ? nach ?Orfeo ed Euridice? und ?Aida? seine dritte Kölner Regiearbeit vor. Dabei kommt es u. a. zu einer Wieder?begegnung … mit dem brasilianischen Tenor Atalla Ayan, der sich das Publikum der Oper Köln bereits mit seinen Auftritten in Donizettis ?L’elisir d’amore? und ?Lucia di Lammermoor? erobert hat.
?Meine Schönheit allein, sie regieret!? (Manon, III. AKT)
Besetzung
Musikalische Leitung Claude Schnitzler / Inszenierung Johannes Erath / Bühne Herbert Barz-Murauer / Kostüme Gesine Völlm / Video Bibi Abel / Licht Nicol Hungsberg / Chorleitung Sierd Quarré / Ballett-Choreografie Athol Farmer / Dramaturgie Georg Kehren /
Manon Lescaut
Zuzana Marková?/ Netta Or?/ Sydney Mancasola
Poussette
Menna Cazel
Javotte
Marta Wryk
Rosette
Dara Savinova
Chevalier des Grieux
Atalla Ayan?/ Jeongki Cho
Graf des Grieux, dessen Vater
Nikolay Didenko
Lescaut, Manons Cousin
Wolfgang Stefan Schwaiger
Guillot de Morfontaine
John Heuzenroeder
de Brétigny
Insik Choi
Wirt, Pförtner, Croupier
Julian Schulzki
zwei Gardisten
Zenon Iwan?/ ?/
Kevin Moreno?/ ?/
Tänzerin Double Manon
Franziska Gassmann?/ Tamara Gigauri
Tänzer Double Des Grieux
Dwayne Holliday?/ Ivica Novakovic
Akkordeonist
Marko Kassl?/ Filip Erakovic
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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ヘスス・ロペス・コボス

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 3月 2日(金)23時56分57秒
  スペインの指揮者、ヘスス・ロペス・コボスが死去。78歳。ベルリンドイツオペラのGMDでしたね。

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328. ケルンの「ドン・ジョヴァンニ」2月23日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 2月25日(日)05時45分45秒
  同時刻にフィルハーモニーでベートーヴェンの交響曲全集の録音とコンサート開いているが今、時第九は聴きたくないのでオペラの「ドン・ジョヴァンニ」の方に行く。放送響は初めてらしく、原因は隣のボンのベートーヴェンオケが何度も全集出しているから今まで無視されてきたらしい。さすがに2020年の生誕250年記念となるとバイエルンとライプチヒ・ウィーン交響楽団・バスチーユオペラ管弦楽団ははもう録音・録画済み。ウィーンフィルが今進行中で無視できなくなったようだ。コンサートは各1回で2回まで持たないほど曲が疲労している。
20.04  WDR 3 Konzert live

Beethoven-Zyklus III

Ludwig van Beethoven
Sinfonie Nr. 8 F-dur, op. 93 / Sinfonie Nr. 9 d-moll, op. 125 mit
Schlusschor über Schillers Ode "An die Freude"
Laura Aikin, Sopran; Ingeborg Danz, Alt; Maximilian Schmitt, Tenor;
Tareq Nazmi, Bass; NDR Chor; WDR Rundfunkchor; WDR Sinfonieorchester,
Leitung: Jukka-Pekka Saraste
Übertragung aus der Kölner Philharmonie
Parallele Ausstrahlung in Dolby Digital 5.1 Surround-Sound
Jukka-Pekka Saraste und das WDR Sinfonieorchester spielen in der Jubiläumssaison zum 70. Orchestergeburtstag sämtliche Sinfonien von Ludwig van Beethoven ? zum ersten Mal im Zyklus!
Alles hätte so heiter Enden können: Ludwig van Beethoven veröffentlicht 1814 seine achte Sinfonie, ein etwas skurriles, relativ kurzes Werk, in dessen Finale er, ganz in Haydnscher Tradition, mit den Hörerwartungen seines Publikums spielt. Leider bekommt die Achte bei der Uraufführung nicht die erhoffte Anerkennung, was Beethoven, laut seinem Schüler Carl Czerny, mit einem ärgerlichen “weil sie viel besser ist!“ kommentiert. Zehn Jahre später legt der Meister nochmal nach und bringt mit seiner gewaltigen neunten Sinfonie die Gattung an eine Grenze der Ausdrucksmöglichkeit. Die folgenden Musikergenerationen beeindruckt er damit nachhaltig, was sich in einem Zitat des jungen Franz Schubert niederschlägt: "Wer vermag nach Beethoven noch etwas zu machen?“
前もって解説はない。ケルンのモーツァルトはどういうわけか混むのでなかなかチケット取りにくい。

木管楽器が正面で振り易いし音色的にもバランスの取れた方向からくる良い配置。少し速めのテンポでピリオド奏法と言えども、最初をシュトットガルトのアラン・ハッカーのように2拍子で振ってオケをいたずらに混乱させるわけではない。序曲は昔レッスンで散々スコアを弾かされたりオケでやったりで良く知っている。舞台は開いていて机の上に雪が降っている。アンサンブルはここでもボンのように舐めてかかっているのでそんなに良くは合っていない。オケのダイナミックの凹凸が少ない平坦な音楽。序曲はコレペティの伴奏とは違う。

アリアもかかなり速め。通奏低音も常時鳴らしている。ボンと同じようにルネ・ヤコブスのCDのように凝った装飾が凄い!

音響的な理由のためオケにもfを全部mpに抑えさせる。声は聴こえるが伴奏がとにかく面白く無い。あまりに霞むので弦の刻みでさえわからずみんなmpに聴こえる。

雪合戦の場面。面白そうでそれだけ?ドン・ジョヴァンニの役はテノールの声質らしい。ちょっと普通と違うが聴けないことは無いがテノール歌手が歌ってるのかと勘違いしてしまう。舞台上の第二・第三オケはヴァイオリン1丁とコンバス1丁ずつでしか編成しない。節約ビューネンオケはなんか同格には聴こえない。86分53秒。

この前の定期を振ったイギリスの青少年オケの常任のコロンが振っているいるが、この出し物が終了するまでずっとケルンに滞在するらしい。86642の節約型の弦はなんかバランス悪い。オケが全部歌の為に抑えすぎている。ウイーン・フィルは絶対にこんなことはしないでfはfで弾いてもちゃんと歌が聴こえるように楽器ができていて良く聴いているしそういう奏法をする。心理的にもそう聴こえる。

騎士長の像は出ない?予算不足なのかと思ってしまう。声だけでは面白く無い。イタリアの客演演劇を昔シュトットガルトで見たことはあるが、イタリア語だがこれよりは面白い演出だと思った。さすがにここから出てくるトロンボーンの伴奏は荘重で美しい。

結局お迎えも騎士長は出て来なくてドン・ジョヴァンニが床に倒れて死ぬだけ。後ろの客がさっさと帰っていく失敗した演出の上演である。71分21秒。



Wolfgang Amadeus Mozart
Don Giovanni
Dramma giocoso per musica in zwei Akten
Text von Lorenzo da Ponte
Musik von Wolfgang Amadeus Mozart (1756 - 1791)
in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
StaatenHaus Saal 2 / 19:00 ? 22:10 / Vorstellung / 12 ? - 81 ?
Inhalt
?Die Angst, nicht da zu sein, bleibt keineswegs in sich. Denn wer tritt hier als Klang auf, jagt und glänzt? Ein Mann, rasch, treulos, schlägt eine Klinge wie keiner, genießt. Um den Genuss gleich wieder zu verlassen, denn am nächsten Mädchen lockt ein unerprobter. Don Giovanni wird dazu von einem Wunsch und Trieb … gejagt, der ganz als sein eigener wirkt. Er ist ganz in ihm auf die Spitze gelangt und durchbohrt, was in den Weg kommt. Jedes hübsche Weib ist recht, weil noch keines die Rechte ist, zu jeder wirft der Verführer die Angel aus, in jeder wird sie nach dem Fisch ausgeworfen, der nicht entflieht, aber auch nicht sättigt. Doch haben alle Mädchen und Frauen besonders wesentliches Vergnügen in diesem Umgang genossen. Das Geschlecht zeigt mit der höchsten erreichbaren Bildung, auf allen Umwegen, was es kann; nichts mehr besteht neben ihm. Auch die noch so seelenvollen Blicke gehören seiner Lust, müssen ihr, als einer durchaus wechselseitigen, zum Besten dienen. Immer wieder geht der Ritter eine andere an, verletzt, erheitert, vergisst.
Der Hörer wird selber jäh in das Spiel gerissen, mitten hinein. Da bereitet kein Held langsam Taten vor, verstrickt sich darin nur mehr und mehr. Sondern Mozart beginnt in der Blüte Don Giovannis, in der Blüte seiner Sünden. So der erste Auftritt: Hin und Her Leporellos, trübe Nacht, Lärm im Haus, Don Giovanni stürmt die Treppe herab, wird festgehalten, schleudert das Weib von sich, im schiefgegangenen Abenteuer. Donna Anna unterlag ihm nicht oder noch nicht, die Entführung missglückt, der Komtur wirft sich dazwischen, der graue Alte, noch verwegen. Schreie, Zweikampf, Mord, Flucht, Klage um den Vater, mit Tönen, fast aus Irrsinn geholt, Racheschwur ? welch ein Atem! Wie eine Blutwelle geht die Musik hoch, Schändung, Tod, Schuld bleiben am Weg.?
Ernst Bloch
Inszenierung
Maestro Nicholas Collon, seit Beginn der Spielzeit 2017.18 1. Gastdirigent des Gürzenich-Orchesters, übernimmt die musikalische Leitung der Wiederaufnahme von ?Don Giovanni?. Das profilierte Ensemble setzt sich u. a. aus Miljenko Turk als Don Giovanni und Federica Lombardi als Donna Anna zusammen.
?Viva la libertà!?
(Don Giovanni, II. Akt)
Besetzung
Musikalische Leitung Nicholas Collon / Inszenierung Emmanuelle Bastet / Bühne & Kostüme Tim Northam / Licht François Thouret / Chorleitung Andrew Ollivant /
Don Giovanni
Miljenko Turk
Donna Anna
Federica Lombardi?/ Mandy Fredrich
Don Ottavio
Sebastian Kohlhepp?/ Marco Ciaponi
Komtur
Bjarni Thor Kristinsson
Donna Elvira
Ivana Rusko
Leporello
Samuel Youn
Masetto
Matthias Hoffmann
Zerlina
Anna Lucia Richter
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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327. GO,コロン、メンケマイヤー、2月20日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 2月22日(木)05時42分56秒
  定例の1時間前の解説。演奏者は出て来ない。わかり切ったことでもまだどっかに知ってないことを発見する期待が残る。

マラメの詩。1898年9月10日の牧神の午後。冒頭の有名なフルートを聴かせるが昔指揮のレッスン受けたので良く知っている。ここからアナリーゼに入る。増4度の悪魔の音程。TVでプレートルがシュトットガルト放送響のベルギー人のフルート奏者だけ残してしつこくレッスンしてたのが記憶に残る。次にホルン、クラリネット、2つのハープによる和音が来る。ずっと最後まで変拍子はあるが感じない。ブーレーズの「現代音楽の始まり」は有名。

バルトークの最晩年の未完のヴィオラ協奏曲。およそ30年近く前にベルリン・フィルで生を聴いた切り記憶がない。ソロの箇所の音例は第二ヴァイオリン協奏曲の第二楽章と思われる。次のアダージョ・レリギオーソのトン・バイシュピール。アタッカで第三楽章。リトルネル形式のフィナーレは舞踊音楽。

ここでサロネンの2008年のヴィオラソロの音楽を挿入。ピアノの黒鍵と白鍵の音の交換。

「トリスタン前奏曲」は昔から自主的にピアノで最後に指揮にレッスンで暗譜させられて、「愛の死」はシュトットガルトのレッスンでそのままスコアを弾かされたので良く知っているが、この4時間超える全曲のピアノスコアはワーグナーの中で最大の難曲であたかもおなじ長さの無調の音楽を仕上げるぐらいのエネルギーがいる。この徘徊性調性は完全には分析できないで片付けられてしまう。

リゲティの「大気」は「ロンターノ」と同じくもう完全にどのオケの定期にもしょっちゅう出てくる。1961年ドナウエッシンゲン初演から見ると今のドナウエッシンゲンの選曲は完全に堕落しまくっている。何時ものネック・ストルクトアやミクロ・ポリフォニーなどの言葉が並ぶ。音響作品なので聴衆に何も考えないで、すなわちあるはずがないメロディーやリズム・和音を探さないで心配しないで聴くことを勧められる。冒頭のトン・バイシュピールを聴きながら初演の際のプログラムノートを読み上げる。

ラヴェルの2組はアタッカで続くらしい。日の出、徐々に弦のセンザ・ソルディーノ、男の羊飼いと女の羊飼いの愛の物語。外では調性は崩壊し始まった1909年の作。テーマは愛らしいが、ヴィオラ協奏曲とアトモスフェアには愛がない。

何時ものようにTVカメラが入っているがカメラの後ろの席になってしまった。牧神はプレートルのようにオケを絞りまくった音の形跡はない。ブーレーズのような強烈は個性は認められない。オーボエはどうした?アンティック・シンバルを2人でやるのがちょっと新発見。前からは余り気が付かない。10分48秒。

サロネンはバルトークの協奏曲の前奏曲として、またはカデンツァとして奇妙に東洋系民族同士に血が混ざりあっている。フルトヴェングラー同様指揮よりも作曲の方が大切を考えるのはどの作曲家も普通であろう。7分35秒。アタッカでバルトーク。ィサン・ユンのようなトロンボーン2とチーバを組み合わせて3管としている。やはり第二ヴァイオリンコンツェルトのように難解に聴こえる。23分35秒。

ツーガーベはケージのドリームである。ピアノ曲であって楽譜を所有していて弾いたことがあるが面白く無い曲。元々アルト記号だけで書いてあるのでヴィオラで弾くという発想で、残りの和音は他のヴィオラ奏者に手伝ってもらう演奏。ピアノと違ってなかなか面白い音楽。

トリスタン前奏曲と愛の死は普通の演奏であろう。これくらいはどこでもやる。

「アトモスフェア」が最初のクラスターは幼いころ松島に鶏のエサ工場を見学した機械室のような音。あまりに奇妙な音だったので耳をふさいでしまった記憶がある現代の音。次に絹の織物の美。低弦の爆発。特に地球の大気の描写音楽で無くとも十分に音響の変化を楽しんで聴ける音楽。最後の聴衆の咳はピアノの内部奏法の音を消してしまった。8分12秒。

アタッカでダフニスの2組。前日にラジオでバイエルン放送も聴いたばかりで全員の踊りのテインパニのミが合わなくても大ブラヴォーだったのを不満に思ったが、この日の演奏もトリトヌス。ここで満足できる音程の演奏はなかなかない。16分18秒。

20.02.2018 Dienstag 20:00 Uhr

N. Mönkemeyer, Gürzenich-Orchester Köln, N. Collon: Bartók, Debussy, Ligeti, Ravel, Salonen, Wagner
Kölner Philharmonie

Nils Mönkemeyer Viola

Gürzenich-Orchester Köln
Nicholas Collon Dirigent

Claude Debussy
Prélude à l'après-midi d'un faune L 86 (1891?94)
für Orchester. Nach einem Gedicht von Stéphane Mallarmé

Esa-Pekka Salonen
Pentatonic Étude (2008)
für Viola solo

Béla Bartók
Konzert für Viola und Orchester op. posth. Sz 120 (1945)

Pause

Richard Wagner
Vorspiel
aus: Tristan und Isolde WWV 90 (1857?59)

Richard Wagner
Isoldes Liebestod
aus: Tristan und Isolde WWV 90 (1857?59)

György Ligeti
Atmosphères (1961)
für großes Orchester

Maurice Ravel
Daphnis et Cloé. Ballet en un acte. Fragments symphoniques (1913)
für Orchester (und Chor). 2. Suite

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 21:50

GO PLUS ? dieses Konzert wird live im Internet übertragen
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

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226. GO定期, 2月6日、ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 2月 8日(木)05時44分46秒
  まずは風邪を押して何時ものように音楽図書館で払い下げのスコアを買い取りに行く。もう有名どころは全部あるので知らない作曲家中心に漁る。ハイモ・エルプセとウィリー・ブルクハルトの知らない作曲家が売れないとみて1冊30セントを付けているので5冊ごっそり取ってきた。両方とも20世紀の近代音楽で印象派ではなくて無調だ。なんかの参考になりそうだ!

1時間前の解説は何時ものあの話好きの指揮者が出て来てくだらない問答を始めるが、決まって何で今日の作曲家は何でこういう組み合わせになったのか聞かれる。古臭いドイツ3大Bならぬ、新しいヨーロッパ3大Bらしい。ベートーヴェンは残るとしてもバッハはもう古楽の領域だし、ブラームスは古臭いだけまだまだグローバル化してない。

ベト2の3楽章の破行リズムを真面目ではないと刺激的だと茶化して見せる。次にブーレーズの話になる。SWRの常任時代地元のバーデン・バーデンのブーレーズの家に良く行ったらしい。今回のは20歳ぐらいの作品。名前をベルリオーズと間違ったりする。彼の権力はポスト・カラヤンと言われ世界中にベルリン・フィルをはじめ息のかかった常任指揮者とメジャー作曲家を配置しているので、当時世界中からの参拝客が後が絶たないが、何回行っても彼自身の謎が晴れないらしい。彼の書斎には自作のすべての版の原稿があるらしく、音例として「弦楽のための本」から中間部。

次にバルトークの話は昨日したから話したくないらしく指揮者が帰ってしまい、司会のお姉ちゃんが当たり前の原稿を読み始める。音例は最初の4度だけの跳躍と2楽章の並行メロディー、4楽章の引用の引用、終楽章のクラシックなフガート。

演奏になると解説とは全く違って、東京の学生時代にレコードでしか聴いたことのない「本」はノーノのような線描的音楽。あたかもノーノの作品1の「変奏付きのテーマ」を思い出す。それを16型の弦楽でやる。ウェーベルンやベルクと言うよりもシェーンベルクの書法を受け継いでいるように見える。最期に12音全部とも思えるクラスターで終わる。約12分。

ベートーヴェンの2番。さっぱりしたピアノ。弦はしっかりと音を合わせているが何時もの硬さが抜けない。14分18秒。注意深く丁寧に演奏してるし良く合わせている第二楽章。8分28秒。飛ばすことはなく普通にコンパクトなフィナーレの第三楽章。5分40秒。

アンコールは多分グリーグのピアノ曲。あの和声の使い方は絶対に北欧的。

オケコンはここでは最後に3楽章抜きの昼間のプローベで見たきりかもしれない。プローべと言うと昔ウィーンフィルでメータの指揮でも見たことがあるし、レッスン受けたし、青少年オケちょっと振ったし、良く知っている。弦が無いように本当にPPから始める。その後のffへの伸びが凄いこと。金管の交互の繰り返しのバランスが凄く良い。特にトロンボーン、トランペットにミスが多いのはアカデミーのトラが入っているせいか?10分02秒。すぐ2楽章。やはりここでもトランぺットの複調メロディーに不完全さ。トロンボーンが最高級。再現部の前の間はかなり開ける。6分24秒。非常に濃い弦の第三楽章。6分53分。同じく豊かすぎる弦の4楽章。4分07秒。フィナーレも16型の弦は多すぎると思うくらい。14型で充分だった。トランペットのソロが聴こえないくらいに弦がいっぱい。終わり方が第一稿の従っていて珍しい。9分35秒。

その後でアナウンス、首席ヴィオラ奏者の引退と、今回は良くも悪くとアカデミーの学生が多く入っていること、様子は全部インターネットで公開していること、明日からはマドリードから始まって今週いっぱいスペイン演奏旅行に行くこと。

それでアンコール?第二稿で終わるのかと思ったらスラヴ舞曲。それも3管編成16型でやるので凄い音。マーラーのようなシンバル付き大太鼓だが、16型で第三クラは第一ト一緒に吹いているのだろう?

サイン会は無視して電車に乗ったらアラブ系か肌の浅黒いおっさんが前の席で携帯で正々堂々とポルノ動画を見ていた!

06.02.2018 Dienstag 20:00 Uhr
B. Grosvenor, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Bartók, Beethoven, Boulez
Kölner Philharmonie

Benjamin Grosvenor Klavier

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Pierre Boulez
Livre pour cordes (1968)
für Streichorchester

Ludwig van Beethoven
Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 B-Dur op. 19 (1786?1801)

Pause

Béla Bartók
Konzert für Orchester Sz 116 (1943)

Pause gegen 20:50 | Ende gegen 22:00

GO PLUS ? dieses Konzert wird live im Internet übertragen
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

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325. ボンの「フィガロの結婚」FIGAROS HOCHZEIT、1月31日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 2月 2日(金)06時02分3秒
  学校オペラを含めどこでもやる演目で、それでも簡単に把握できる内様ではなく、イタリア語も含めいろんな要素がいっぱい詰まっているので、歌科のみならず指揮科にもコンクールまで良く採用される基本の基本・基礎の基礎と言われるオペラ作品。

何時ものコンバス2でやる小編成の伴奏形態の好きなオペラハウス。しかし出はミスが無くとも余りにも貧弱な音。弦が左で管が右。チェロが3?ヴィオラが4?トランペットとティンパニが正面だが低い段差でほとんど隠れている。太鼓が勢い良く聴こえてトランペットが良く聴こえない。

ここで魔笛もコジ・ファン・トゥッテもやったスザンナの韓国人の調子が今回も最高に良い。フィガロは典型的なバリトンではなくてリリック・テノールの声が少し入っている。舞台が回り舞台で変化が多く面白い。通奏低音のたくさん修飾入った伴奏形も楽しい。

小道具に電話などの電子機器があるが古い背広のように違和感はない。弦の伴奏はヴィブラートがない古楽奏法。でも弱すぎて余り聴こえない。歌手も一瞬伴奏形を見失ってテンポを外すのでちょっと危険。アリアのカデンツァは長く遊びまくっている。ドイツ語のGefundenがアドリブで入る。アリアはそんな歌手を無視してどんどん速く行ってしまう。48分23秒。

伯爵夫人はそれほど音程が完璧ではないか次第に調子を上げていく。ファゴット・ソロにそんなにヴィブラートがかかるのか?意外とレチタティーヴォも道草を散々食っている。まだ音程が不安定なケルビーノは女に着せ替えするところを見せて「薔薇の騎士」を思い起こさせる。股を何回も開いて笑わせる。それにしても弦が静かすぎて良く聴こえない。歌手もテンポを取りにくいらしい。とにかくこの複雑で細かい筋が良くわかる演出法。「魔弾の射手」や「ヘンゼルとグレーテル」でもあるまいし、伯爵のウサギの獲物が出て来てまたここで笑う。ピストルでケルビーノを撃とうとする。どうもこの指揮者はルネ・ヤコブスのCDでやったことを真似て舞台化したようだ。それにしてはクラリネットのトレックが多すぎて不ぞろいすぎる。ウィーン国立歌劇場もそうだけどモーツァルトはやり慣れているので易しいと舐めると途端にミスが出まくる。コンバスはオクターヴ出す習慣の箇所はその通りにやる。49分35秒。

一番前に移ってヴァイオリンだけは8丁と6丁らしいがそれでも聴こえにくい。スチーム風呂に入りながらのレチタティーヴォ。伯爵夫人が徐々に完璧になって調子を上げてきたプレミエから2回目の公演。タイプライター。結婚式のメヌエットは歌いながら踊る。ファゴットの縦の線が合わない。43分47秒。

「ボナ・セーラ」は台本に無い。今までの回り舞台の家が空中に吊り上げられた舞台。パフォーマンスみたいにチョークで絵を描く。ホルンのffの動機の強奏も細かいミスが目立つ。ところどころに「クソー」とかのドイツ語をアドリブで入れて笑わしかつ複雑な話が分かりやすい演出が終幕はそれでも普通のカット上演。トランペットは最後まで聴こえない。32分03秒。計2時間53分57秒。

WOLFGANG AMADÉ MOZART
Premiere
28 Jan
18:00 H

31 Jan
19:30 H

03 Feb
19:30 H

14 Feb
19:30 H

23 Feb
19:30 H

02 Mrz
19:30 H

18 Mrz
18:00 H

01 Apr
18:00 H

14 Apr
19:30 H

05 Mai
19:30 H

12 Mai
19:30 H

17 Mai
19:30 H

01 Jun
19:30 H

10 Jun
19:30 H
Letzte Aufführung
30 Jun
18:00 H
Opernhaus
WOLFGANG AMADÉ MOZART
Opera buffa in vier Akten
Dichtung von Lorenzo da Ponte nach dem Lustspiel
LA FOLLE JOURNÉE OU LE MARIAGE DE FIGARO
von Pierre-Augustin Caron de Beaumarchais
in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Nach COSÌ FAN TUTTE und DON GIOVANNI steht mit LE NOZZE DI FIGARO das dritte Werk der Zusammenarbeit von Wolfgang Amadé Mozart mit seinem bedeutendsten Librettisten Lorenzo da Ponte in einer Neuinszenierung auf dem Spielplan der Oper Bonn.
Beaumarchais, Komödie DER TOLLE TAG, 1778 geschrieben, war in der deutschen Übersetzung durch Johann Rautenstrauch von 1785 noch für Aufführungen auf Wiener Bühnen verboten worden ? um so erstaunlicher ist es dann, dass Lorenzo da Ponte im direkten Kontakt mit Kaiser Joseph II. die Genehmigung erhielt, es für die Opernbühne des kaiserlichen Hoftheaters als Libretto einzurichten. Auch die Intrigen des Librettistenkollegen Giambattista Casti vermochten diese höchstinstanzliche Entscheidung nicht umzukehren: Am 1. Mai 1786 kam Mozarts FIGARO am Burgtheater heraus und legte den Grundstein für eine in der Geschichte der Oper fast unvergleichliche Zusammenarbeit zweier Künstler diesen Ranges.
Der Verzicht auf Bei- und Rankenwerk, das in der Komödie noch seine Bedeutung haben mag, die Konzentration auf die wesentlichen und allgemein nachvollziehbaren Handlungsstränge verhelfen dem Stück zu seinem einzigartigen Rang. Interessant aus heutiger Sicht ist allerdings nach wie vor, dass es seinerzeit den Autoren gelungen ist, die politisch explosive Kraft des Stoffes nahezu unangetastet zu lassen.
?
Einführungsmatinee
OPERNFOYER | SO, 14. JAN 2018, 11 UHR
Moderation: Tilmann Böttcher, Leitender Konzertdramaturg
mit Brunch
HINWEIS | Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere
ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich
auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
みんなレパートリーに入れてるのでローテーションで歌わせるらしい。
Besetzung
Graf Almaviva
Giorgos Kanaris
Gräfin Almaviva
Anna Princeva [P] [28.1.| 31.1.| 2.3.| 18.3.|14.4.|1.6.]
Johanni van Oostrum [3.2.|14.2.|23.2.|1.4.|30.6.]
Celine Byrne [5.5.|12.5.|17.5.|10.6.]
Susanna
Sumi Hwang [P] [28.1.|31.1.|14.2.|23.2.|2.3.|18.3.|14.4.|5.5.|12.5.|17.5.|1.6.|10.6.|30.6.]
Marie Heeschen [3.2.|1.4.]
Figaro
Wilfried Zelinka [P] [28.1.|31.1.|3.2.|14.2.|18.3.|1.4.|5.5.|12.5.|17.5.|1.6.|30.6.]
Leonard Bernad [23.2.|14.4.|10.6.]
Cherubino
Kathrin Leidig
Marcellina
Susanne Blattert [P][28.1.|31.1.|3.2.|14.2|18.3.|1.4.|14.4.|5.5.|12.5.|10.6.|30.6.]
Anjara I. Bartz [12.5.|17.5.]
Basilio
Christian Georg [P][28.1.|31.1.|23.2.|2.3.|14.4.|17.5.|10.6.|30.6]
David Fischer [3.2.|14.2|18.3.|1.4.|5.5.|12.5.|1.6.]
Antonio
Boris Beletskiy
Don Curzio
David Fischer
Bartolo
Martin Tzonev[P] [28.1.|31.1.|14.2.|23.2.|2.3.|18.3.|1.4.|14.4.|5.5.|1.6.|10.6.|30.6.]
Leonard Bernad [12.5.|17.5.]
Barbarina
Marie Heeschen [P] [28.1.|31.1.|3.2.|14.2.|23.2.|2.3.|18.3.]
Claudia Rodriguez [3.2.|1.4.]
Due Donne
Vardeni Davidian [P] [28.1.|31.1.|14.2.|2.3.|1.4.|5.5.|17.5.|10.6.] Jeanette Katzer [3.2.|23.2.|18.3.|14.4.|12.5.|1.6.|30.6.]
Due Donne
Tiina Sahrio [P] [28.1.|31.1.|14.2.|2.3.|1.4.|5.5.|17.5.|10.6.|
Sonja Bük [3.2.|23.2.|18.3.|14.4.|12.5.|1.6.|30.6.]
Chor des Theater Bonn
?
Beethoven Orchester Bonn
?
Musikalische Leitung
Dirk Kaftan[P] [28.1.|31.1.|3.2.|14.2.|23.2.|2.3.|14.4.|15.5.|1.6.|10.6.|30.6.]
Stephan Zilias[18.3.|1.4.|12.5.|17.5.]
Regie
Aron Stiehl
Ausstattung
Timo Dentler
Okarina Peter
Licht
Max Karbe
Dramaturgie
Tilmann Böttcher
Choreographie
bo komplex
Choreinstudierung
Marco Medved
Regieassistenz und Abendspielleitung
Barbara Schröder
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Karsten Sandleben
Soufflage
Stefanie Wüst
Sprachcoach
Maria Teresa Picasso-Menck
Regiehospitanz
Lea Peffekoven

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河野氏「関係改善進めたい」、中国も歓迎 

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 1月28日(日)20時08分2秒
  日中外相会談:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASL1X3PZTL1XUTFK001.html

またすぐ戦争を反省すると靖国に行ってA級拝んで関係綺麗にぶち壊すぞ!

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324. GEISTERRITTER 幽霊騎士・コルネリア・フンケ 1月25日、ボン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 1月27日(土)01時24分41秒
  子供用のオペラと思っていたが事実上のミュージカルであった。最近のミュージカルはジャズ・ロックだけではなく、クラシック音楽のテクニックも取り入れてるが現代音楽の手法を取り入れるのも日常茶万事である。

まず汽車で旅行風景のアニメーションを見せる。子供のために7時半ではなくて6時開演である。効果的電子音が立体スピーカーで空間音楽になってる。

ヘンツェのオペラみたいにシリアスな手法の始まりかた。アルバン・ベルクのように退廃音楽。字幕付きで幽霊騎士は裏声のカウンターテノールである。電と雷鳴。時々マイクが入ってないで声が聴こえないのはウィーンの安っぽいミュージカルを思い出す。事故らしい。しかし前半はエルンスト・ムジーク路線を踏襲する。セリフありオケにも少ししゃべらせる。子供のための舞台なのでいろんな音色の変化多し。ベルク和声法と音色法。ヒンデミットの伴奏系。ドラムセットが出て来てポップ調になる。このポップの聴きやすさで次の無調の現代手法を子供に教え込むオペラ教育。ミュージカルなのでマイクも歌とセリフの両方に付けて増幅してる。

メシアン風のフルートとコントラファゴットの3オクターブ奏法。自然に書かる黒板。ホルンの微分音。騎士の悪魔役のカウンターテノールは印象的だ。既成の名作よりもジャズ・ロックの中に現代手法を投入し子供にこの新しい音響を教え込む手法。机を開くと紙が出て来て散らばる。英語のセリフが多いので原作はもしくは舞台が英語圏の様だ!ミュージカルのようにドラムセットに乗って踊りまくる。

教会でディエス・イレエ。グレゴリア聖歌を歌う。4度のオルガヌムがそれに続く。棺の死者の歌。後に出てくる像と合わせてドン・ジョヴァンニの騎士長を思わせる。オルガンが出てくる。弾いているのは騎士の悪魔。ティンパニのグリッサンドとともにスクリーンのオルガンのパイプが動く。死者の悪魔退治。55分。休み一回。

2管編成の10型で多くの打楽器。サックス、エレキギター、キーボードで完全にミュージカルの編成。またアニメ映画。電子空間音楽。始終暗い雰囲気はマーシュナーの「吸血鬼」に似ている。墓場で悪魔に捕まってるサラ探し。踊りでアクロバットもできる歌手達を優先的に配置。プロコフィエフのロメ・ジュリ・リズム。悪魔が刺され地の底に落ち世界が沈む。オケの生の音と電子音の融合。シンセサイザー化したキーボードが活躍。垂らしたスクリーンにすぐ教会に帰る幻燈技法。またオルガヌム。舞台上のハープ独奏に歌。

生徒と幽霊たちのフィナーレ・パーティー、エレキギターとのアリア。最後にポップ調の学校の中でのダンスで締めくくる。40分。計1時間35分。
Uraufführung

PremiereUraufführung
03 Dez
18:00 H

07 Dez
18:00 H
Schulvorstellung
19 Dez
11:00 H
Familienvorstellung
30 Dez
16:00 H

06 Jan
18:00 H

12 Jan
18:00 H

25 Jan
18:00 H
Schulvorstellung
30 Jan
11:00 H
Schulvorstellung
05 Feb
16:00 H

25 Feb
18:00 H
Letzte AufführungFamilienvorstellung
04 Mrz
16:00 H
Opernhaus
Uraufführung
Oper nach dem gleichnamigen Roman von Cornelia Funke
Libretto von Christoph Klimke
Eine Kooperation des THEATER BONN mit der Deutschen Oper am Rhein Düsseldorf Duisburg und dem Theater Dortmund im Rahmen der Reihe Junge Opern Rhein-Ruhr
Jon Whitcroft kommt an eine neue Schule in Salisbury. Es ist ein altes, traditionsreiches Internat, wo er sehr rasch Begegnungen hat, durch die sein Aufenthalt sich immer mehr zu einem echten Abenteuer entwickelt. Bedrängt vom Geist des Lord Stourton, kann er Hilfe ? außer von seiner Freundin Ella und deren gespensterkundigen Großmutter Zelda ? nur von dem schon lange verstorbenen Ritter William Longspee erhalten, dem er seinerseits im Gegenzug dann auch zur langersehnten Ruhe verhilft: Durch Ellas Mut und einen unerwarteten Einsatz von Zeldas rappenden Fröschen finden die richtigen Herzen am Ende alle zusammen.
James Reynolds’ GEISTERRITTER ist die erste Oper nach einem der Erfolgsromane der deutschen Autorin Cornelia Funke; ein klassisches Familienstück, das sämtliche Voraussetzungen erfüllt, alle Generationen gleichermaßen anzusprechen. Der Komponist James Reynolds hat sich diese Geschichte um Liebe, Tod, Verantwortung und Erwachsenwerden gemeinsam mit dem Librettisten Christoph Klimke zur Grundlage genommen und eine moderne Musiktheaterfassung geschaffen. Funke selbst freut sich besonders darauf, Fans ihrer Romane nun in die Oper locken zu können: ?Ich freue mich mit James Reynolds, der konsequent seiner Vision einer großformatigen Opernfassung von Geisterritter nachgegangen ist, denn Kindern soll man nichts Halbherziges vorsetzen“, so Cornelia Funke bei der Pressekonferenz zur Stückpräsentation nach einer Lesung im Bonner Opernhaus.
GEISTERRITTER ist der dritte Beitrag der Reihe Junge Opern Rhein-Ruhr im Haus am Boeselagerhof, nach VOM MÄDCHEN, DAS NICHT SCHLAFEN WOLLTE und RONJA RÄUBERTOCHTER. In Zusammenarbeit mit der Deutschen Oper am Rhein Düsseldorf Duisburg und dem Theater Dortmund werden jedes Jahr neugeschriebene Familienopern präsentiert, die die Spielpläne insgesamt dauerhaft bereichern sollen.
Alle Infos zu den Sonderveranstaltungen für Familien rund um die Weltpremiere von GEISTERRITTER gibt es HIER.
Einführungsmatinee für Familien
OPERNFOYER | SO, 26. NOV 2017, 11 UHR
Moderation: Stefan Keim, WDR
mit Brunch
Besetzung


Jon Whitcroft
David Fischer
Ella Littlejohn
Marie Heeschen
Zelda Littlejohn / Ela Longspee
Susanne Blattert
William Longspee
Giorgos Kanaris
Angus
Fabio Lesuisse
STU / Aleister Jindrich
Julian Kokott
Lord Stourton
Bernhard Landauer
Alma Popplewell
Anjara I. Bartz
Edward Popplewell
Gintaras Tamutis [P] [3.12.|19.12.|6.1.|12.1.(szenisch)|30.1.]
Johannes Marx [7.12.|30.12.|25.1.]
Mark Morouse [12.1.(musikalisch)]
Jons Stiefvater
Christian Specht [P] [3.12.|19.12.]
Georg Zingerle [7.12.|30.12.]
Mr. Rifkin
Martin Tzonev
Jons Mutter
Barbara Schröder
3 Kröten
Cedric Sprick
Niklas Linder
Maxim Yurin
3 Dämonen
Algis Lunskis
Enrico Döring
Egbert Herold
Musikalische Leitung:
Daniel Johannes Mayr
Regie:
Erik Petersen
Bühne und Video:
fettFilm
Bühnenbild Mitarbeit:
Markus Boxler
Kostüme:
Kristopher Kempf
Choreographie:
Yara Hassan
Licht:
Thomas Roscher
Choreinstudierung:
Marco Medved
Einstudierung Jugendchor:
Ekaterina Klewitz
Regieassistenz und Abendspielleitung:
Barbara Schröder
Studienleitung:
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz:
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz:
Dieter Hauber
Inspizienz:
Tilla Foljanty
Soufflage und Sprachcoach:
Stefanie Wüst
Regiehospitanz
Kim Sterzel
Raika Nicolai

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323. ベートーヴェン生誕250周年記念のための250曲のピアノ曲集演奏会第4巻、1月14日、ボン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 1月17日(水)19時24分49秒
  ケルンで良くCDが出ている中国人のピ・ヒシエン・チェンに付いた現代音楽専門の女流ピアニスト:スザンナ・ケッセルが企画するこの長大なプロジェクトは世界中の250人の作曲家に短いベートーヴェンに関するピアノ曲を委嘱して2020年までに片っ端からすべて一人で初演するというもの。ピエール・ロラン・エマールなどにもちょっと習ったらしいが今回は第4巻を数え、1巻に付き25人の作曲家を初演するというものだが、今回もすべてではなく、どういうわけか他の機会にも演奏したらしくてすでに半分近くの110曲を初演してしまったらしい。楽譜は同時にイギリスのエディションズ・ムジカ・ファールムから出版されているが、CD化は後で予算が付き次第にリリースされるらしい。他の機会とは普通の現代音楽祭に加えてボンのベートーヴェン音楽祭などの普通の音楽祭の一環として、更に別に学生が卒業試験に現代音楽として弾く場合などがよくあるらしい。隣の街のジークブルクの作曲コンクールの入賞者かベルリン・フィルの委嘱を受けてるようにどんどん広がっていく。

さすがにピアノ曲となると聴衆が満杯でフルート4本の四重奏の時とは打って違う。やはりピアノという楽器の表現力が非常にものを言い、音楽家も一人で安上がりで経済的な企画ということができるが、その分無数の傑作が十分に存在するので以外に今の作曲家は逆に作曲をかなり躊躇してしまう。

ノルウェイのビョルン・クルーゼの音楽はあくまでも北欧的、透明な音が飛び飛びで、ベートーヴェンのイ短調の弦楽四重奏曲を根底にしたらしい。

次にベートーヴェンのバガテレ作品126の第三。

韓国人のドフン・リは自分のよりも年が丁度20歳下の次の世代の作曲家。ユンを思い起こす力強い和声も見られるが全面的にそうなっているわけではない。ウンスク・チンのように韓国現代音楽の世代交代が見られる。

ブラジルのルイス・サウターはベオトーヴェンの月光ソナタとワーグナーのトリスタン和声を組み合わせた盲目の作曲家だが、現地のブラジルに複数のコンセルヴァトーリオを創設させた逸材的存在。ショパンの練習曲の頭を思い起こさせ荒々しい部分も存在する。

ヤン・コップはミュンヘン訛りのドイツ人。高音をそんなに時間を取らないプリペアードをして打楽器の役割を果たしている。

同じドイツのマルティン・チバは悲壮ソナタを引用。以下国名を書かないのはすべてドイツ人。

アルゼンチンのエルマン・クインテラはラテンアメリカポップ調な作品。

アンドレアス・ワーグナーは詰まった不協和音。無調的な音色の連続。

バーバラ・ヘラーは印象主義的な壮大な和音の塊でフランス語までパラペラ喋る年配のおばちゃん。

ノルウェイのマーク・ラヤン・カンダサミーはスタッカートが多い点描主義的作品でクラスターも後半に頻繁に出てくる。

イギリスのニコラス・スィデリスは宗教的な葬送音楽でやはりクラスターも出てくる。

ルート・ヴィーゼンフェルドは音楽の前に振り付けの芸術大学に行ったらしくておそらくバレエ音楽的に作曲されている。

ギリシャのミヒャイル・トラヴロスは調性を感じるベートーヴェンへの追憶作品。

マルクス・カラスはベートーヴェンから来たと思われる伴奏の繰り返しとオクターヴが目立つ創作。

アルブレヒト・マウラーはヒンデミットのような音の降ろし方で始まりベートーヴェン風なモティーフ、アメリカやメシアンを想起させるユニゾン。

ペーター・ヴットリッヒは回るような音型とオスティナート。それに早い音型が延々と続く。

オーストラリア在住のインドネシア人のロバート・オエトモは繊細な密集和音とポップ調な音楽の処理が特徴的。

イギリスのハワード・ブレイクは第九の歓喜の歌を楽しく美しく引用。

最後にベートーヴェンのバガテレWoO59が「エリーゼのために」だったとは知らなかったが、速いテンポで弾かれた。

以上、全演奏会曲の前に作曲者の解説をドイツ語か英語で入れるが、休みなしの2時間15分。

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KONZERT für WVE-348

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 1月14日(日)06時13分33秒
  *******

KONZERT für WVE-348

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18.00 Konzert

Konzertort:

Klavierhaus Klavins

im Stadtteil "Bonn-Beuel"

Auguststr. 24-26 (auf dem Gelände der "Tapetenfabrik"

53229 Bonn

Ankunft Klavierhaus: am besten ca. 17.30 Uhr..

Konzertbeginn: 18.00 Uhr

Konzert Ende ca. 20.15 Uhr

Achtung: Es gibt dort im Klavierhaus keine Speisen! (Nur Getränke)

Ich nehme zwar ein natürlich Snacks für Euch mit,

aber wenn Ihr einen langen Reisetag hinter Euch habt, esst bitte vorher noch etwas! Dort ist kein Café oder Ähnliches!

(Hinterher gehen wir zusammen essen)

Eintritt:

Für alle weiteren Gäste:

Eintritt 20,- ? / Schüler/Studenten 5,- ?

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322. 子供のための「天国と地獄」とWDR定期、オット、1月12日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 1月13日(土)23時38分51秒
  昨日のこのコンサートがもうネットで聴けます。日本のNHKでは絶対に不可能だね。http://konzertplayer.wdr3.de/klassische-musik/konzert/wdr-3-konzert-12012018/

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322. 子供のための「天国と地獄」とWDR定期、オット、1月12日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 1月13日(土)21時07分26秒
  行く途中のメッセの建物の中通りに竹やぶにもうタケノコが生えていたが採るのを止めてシュターテン・ハウスに急行。この演目はウィーンに来たばかりのフォルクス・オーパーで2・3回見て懐かしい。ケルンは自分の街の出身作曲家を大切に子供にも「地獄のオルフェ」を伝える。11時半から開始のオペレッタはまた客席の配置が変わっている。サイドのオケは1管編成、弦楽5重奏に編曲でモニター・アインザッツのサロン・オーケストラ。序曲は頭だけですぐに本題。オルフェオのヴァイオリンはゴムでできていて踏みつけても大丈夫で同じゴムの弦で痛くする。セリフはマイクを通してハルを付けている。舞台は客席の真ん中。

天国では相変わらず「ラインの黄金」から来ただらしない神様たち。韓国人の歌唱が入ると歌のとたんに花が咲く。突如入れ歯が出て来てヘッドホンに変わる。ゼウスの長いひげとプルート悪魔のしっぽの格闘。グルックの「オルフェオ」のアリア。「こうもり」のようなポルカ音楽。銀映えにキンチョール。エウリディーチェの歌唱が伸びすぎ。

最後に悪魔が神々に指導するカンカン踊り。またグルック、スイス訛りのドイツ語、マイケル・ジャクソン、さらにスペイン語。アンコールではまたカンカン踊り!1時間。

Jacques Offenbach
Orpheus in der Unterwelt
Opéra bouffon in zwei Akten von Jacques Offenbach
Musikalische Bearbeitung von Uwe Sochaczewsky
Dialogfassung von Elena Tzavara
empfohlen für Kinder ab 7 Jahren
12 Zum Kalender hinzufügen
StaatenHaus Saal 3 / 11:30 ? 12:30 / Vorstellung / ? 12,5,-/7
Inhalt
Zu Hause bei Musiklehrer Orpheus ist der Teufel los! Als Orpheus seiner Frau Eurydike wieder einmal mit seinem Geigen? spiel auf die Nerven geht und die beiden in Streit geraten, taucht plötzlich Pluto, der Herrscher der Unterwelt, in ihrem Wohn?zimmer auf. Er nimmt Eurydike mit in die Hölle, wo es sich viel vergnügter … leben lässt als auf der Erde. Doch jemand will für An?stand sorgen: Ralph Caspers, Schirmherr der Kinderoper Köln, wird wieder als Öffentliche Meinung auf der Bühne stehen.?
Inszenierung
Die farbenfrohe und humorvolle Inszenierung von Jacques Offenbachs Operette ?Orpheus in der Unterwelt? wird in einer szenischen Neueinrichtung im StaatenHaus wieder aufgenommen. Zu hören und zu sehen sind unter der musikalischen Leitung von Rainer Mühlbach die jungen Sängerinnen und Sänger des Internationalen … Opernstudios der Oper Köln sowie das Gürzenich?-Orchester Köln.
?Diese Tätigkeit uns Göttern unbekannt, wird bei den Menschen küssen genannt.? (Juno)
Besetzung
Musikalische Leitung Rainer Mühlbach / Inszenierung nach Elena Tzavara / Bühne & Kostüme Elisabeth Vogetseder / Choreografie Athol Farmer / Dramaturgie Tanja Fasching /
Eurydike
María Isabel Segarra
Orpheus
Dino Lüthy
Öffentliche Meinung
Ralph Caspers
Aristeus/Pluto
Matthias Hoffmann
Jupiter
Yunus Schahinger
Merkur
Hoeup Choi
Onkel Mars/Styx
Alexander Fedin
Juno
Judith Thielsen / Constanze Meijer
Venus
Maria Kublashvili
Diana
Anna Herbst
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

夜の1時間前の解説はWDR専属のジャーナリストのおじさんが出て来た。まず指揮者が病気で変更。今晩やる3曲は皆極端に静かに始まる。すべてワイマールと関係のある選曲。サン・サーンスは交響曲ではなくてオペラ「サムソンとデリラ」をリストの指揮で初演している。今の音大の建物が当時の街の伯爵が住んでいた建物で当時に作曲家や作家が集まりめぼしい作曲家ではヨーゼフ・ヨアヒム・ラフやペーター・コルネリウスらも来てたらしい。表現の自由を第一に目指していてその派手な表現や巨大編成もその自由の中に入ってた芸術と学問の新ワイマール学派。音楽の革命の時代!

次はリストの単一楽章の2番の協奏曲のアナリーゼ。ワイマール初演で合計5つの改定を重ね無駄なヴィルトゥーゾ性を薄くする。

オルガン交響曲はフランス初演。テーマの音程がリストと同じグレゴリア聖歌の「怒りの日」から来ている。第二楽章はオルガン、第三楽章はコンツェルト・フリューゲルが出てくる。第四楽章はそれが4手になる。テーマ的に同じのがサン・サーンスの交響詩にある。
ロンドフィルハーモニー協会からの委嘱。音の録音はすべて当日の10時からのゲネプロのを使う。

ロビーは今回は作曲家と小説作家の展示物で溢れている。

本番にはTVカメラが入っている。今回の定期は1回しかなくて昨日はデュイスブルク、明日はビーレフェールドでやるので、チケットは全席売り切れで立ち見しかなくてそれもほとんど売り切れていた。

ローエングリーンはオルガンで弾いたことがあるが音の切り替えが曖昧であると聴くのが難しい。木管と弦とのバランス!8分38秒。

リストの2番はホルンが2だったのを意外と確認。打楽器2人。クラリネットのバランス、ファゴットの音の安定性。ピアノが安定していてもアルゲリッチのようにぶん殴るように出るわけではないのはDGのおかげ。グリモーのように日本人からくる細い体とドイツ人の長い手足、謙虚な挨拶は好かれるが、アラベラ・シュタイバッハのような力強さは1番のCD同様見られない。ただミュンヘンに生まれ育つと腐り切ったウィーンよりも遥かに才能の醸造と言う意味では有利らしい。ホルンのロングトーンは斑がないように。21分17秒。アンコールはシューマンのロマンツェを完璧なドイツ語で言って安心。

オルガン奏者はパイプの陰に隠れていないでオケの中に出て来た。弦のリズムが合いにくい。ファゴットの音がバスーンを想定しているので大きすぎる。10分05秒。アカデミックな第二楽章10分03秒。リズムの移動による第三楽章。フランスのパリでいっぱい。イデー・フィックスや循環形式を思い出す。7分47秒。終楽章はトロンボーンとホルンが安定。トランペットはピストンでないと渋すぎる。ヴァイオリンの濁りは完全には取れない。オルガンのfffはレギスターでも少し音色を変えないと退屈。8分47秒。ソリストのサイン会は無視してすぐ帰宅。

12.01.2018 Freitag 20:00 Uhr
Karten bestellen
Tastentänze
A. Ott, R. Shaw, WDR Sinfonieorchester Köln, A. Shokhakimov: Liszt, Saint-Saëns, Wagner
Kölner Philharmonie

Alice Sara Ott Klavier
Roderick Shaw Orgel

WDR Sinfonieorchester Köln
Aziz Shokhakimov Dirigent

Tastentänze

Richard Wagner
Vorspiel
aus: Lohengrin WWV 75 (1845?48)

Franz Liszt
Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 A-Dur S 125 (1839, rev. 1849?61)

Pause

Camille Saint-Saëns
Sinfonie Nr. 3 c-Moll op. 78 (1886)
mit Orgel und Klavier
"Orgel-Sinfonie"

Alain Altinoglu ist leider erkrankt.
Wir danken Aziz Shokhakimov für die kurzfristige Übernahme des Dirigats. Das Programm bleibt unverändert.

Pause gegen 20:40 | Ende gegen 21:40

SinfoniePlus 5,50 Euro (Einheitspreis bis 25 Jahre/keine Ermäßigung)

Das Konzert im Radio: Live, WDR 3
Live im Videostream auf wdr-sinfonieorchester.de
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung in das Konzert


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

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さっそく出たな!

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 1月11日(木)19時04分15秒
  さっそく出たな!
https://www.youtube.com/watch?v=K6QWUHbNHAw

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321.ケルンの「リゴレット」1月4日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 1月 6日(土)00時31分10秒
  12時半のプローベが15分前でも満杯で振られたので仕方なく図書館に行ってワーグナーの「リエンチ」のピアノ譜の買いなおしをする。

音大に行ってみたが4日で新年早々オーケストラの分奏・レギスター・プローベしている。ブラームスノ4番はシューベルトのように弦の出番が多く辛いので良くやるが、終楽章の最後の方だけを見てきた。さすがに音大のオケになるとすぐには合わない。

オペラはザール2の方で、ザール1で「こうもり」やっている最中に準備したらしい。普通のオペラハウスのように毎日替える舞台機能が無いので、2つのザールを使いオペラを代わるがわる上演している。ザール3は子供用オペラ専用で2階にある。

オケピットが本来の形なので歌が奥になり良く聴こえない音響上の欠点が目立ってくる。従って何時ものように声が良く届かないが、今日は全席15ユーロ均一なので客席は空席が全く出ない満杯。隣の若いお姉ちゃんたちはロシア語を大声でしゃべってドイツ語のプログラム読んでいる。オケは木管が正面で通常のコンサートに近い配置なので振り易いし音響上のバランスも良好である。

リゴレット」も普通は行かない、ケルンに行く口実を作るための消化公演。最後に見たのは思い出せない。多分ヴェローナか?ルール地方は1989年にゲルゼンキルヒェンでレベルの高い公演を見たことがある。前奏はウィーンよりもしっかり丁寧に正確にやるのでいい加減なイタリアオペラからかなり疎外される。そのリズムの几帳面さは凄い曲のように思わせるには十分の演奏だが、実際は決して難しくない簡単なスコアである。「前奏の間リゴレットが首を吊ったような格好で立ってる。

次のバンダは小さいミスが目立つので学生かもしれない。全体で6管編成しかないのでコンサートとオペラ同時にやって、残りに4週間の休暇を与えればもうバンダは残っていないからである。舞台はで大砲みたいに巨大な男性器!女の演出にしては大胆。今回もバレエ・ダンサーを数人借り出して躍らせている。かなり声に問題がある決して一流でない車椅子のおんぼろ客たちの娘を狙う。韓国人がいないと声的にこんなに寂しい公演になってしまうのがとても残念。オケは相変わらずこんな単純なスコアを真面目に伴奏するので曲自体が傑作に見えてしまう。終わった合唱団の連中が音を立てて脇の通路を退場で煩い。

ジルダの声はまず目立たないが、コロラトゥーラのアリアを歌いきる。まあーシュトットガルトの学生でも歌ったところを伴奏したことがある簡単な曲だが。56分26秒。

歌の舞台が遠いとリズムまでが曖昧に聴こえる。すべて音響の仕業である。リゴレットのバリトンの声も完全に安定しているわけではない。この日はダブルキャストの韓国人が非番の日。ジルダが調子を上げ声が出て来てリゴレットを抜く。29分33秒でまた休憩か?電車に乗り遅れてしまう!

有名なテノールのアリア。声は最高なのだが奥で歌ってオケには負けてしまって残念。とにかくバランスが悪くて歌自体に火が付かなくてしょうがない。良い声でも声のあんまり出ない人らしい。ちょっとでも舞台の奥に入るともう聴こえなくてダメで、まだジルダやリゴレットの方が聴こえる。しかし誰かが携帯の呼び出し音を切らない。ある朗唱部分でオーボエも弦と同じく長い音が吹けるのを再発見、もうこの時代から使われていた。ロッシーニのような嵐の演奏。ピッチカートも大きくて良く聴こえて頼もしい!リゴレットが歌う雨上がりの「アルプス交響曲」の「日の出」のモチーフ。ここに来るジルダの弱弱しい声は全部聴こえなくて最適。拍手しないですぐ来る汽車に滑り込みでセーフ!32分01秒。

Giuseppe Verdi
Rigoletto
Oper in drei Akten
Libretto von Francesco Maria Piave
nach einem Schauspiel "Le roi s'amuse" von Victor Hugo
in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Musik von Giuseppe Verdi (1813 - 1901)
04 Zum Kalender hinzufügen

StaatenHaus Saal 2 / 19:30 ? 22:30 / Vorstellung / Einheitspreis ? 15,-
Inhalt
Am Hofe des Herzogs von Mantua sind menschenverachtende Schikane und sexuelle Ausschweifung gang und gäbe. Der Hofnarr Rigoletto nimmt in diesem Spiel die Rolle eines zynischmachiavellistischen Kommentators ein. Niemand weiß jedoch von Rigolettos schwacher Seite: Fernab der Öffentlichkeit zieht er seine Tochter … Gilda auf, ängstlich bemüht, sie vor den gefährlichen Einwirkungen der Außenwelt zu bewahren. Sein persönlicher Niedergang nimmt seinen Anfang, als Gilda die Bekanntschaft des inkognito auftretenden Herzogs macht.
Inszenierung
Bei der Wiederaufnahme in der Inszenierung von Katharina?Thalbach steht Maestro Gabriel Feltz am Pult des Gürzenich-Orchesters, die Besetzung ist hochkarätig: Die Rolle des?Rigoletto übernimmt Nicholas Pallesen, dem Kölner Publikum?als Ford in der gefeierten Produktion ?Falstaff? bekannt. Liparit?Avetisyan singt … den Herzog von Mantua. Ihr Kölner Debüt gibt?Koloratur-Star Nina Minasyan in der Rolle der Gilda, in der sieu. a. regelmäßig im Moskauer Bolschoi-Theater zu erleben ist.
Besetzung
Musikalische Leitung Gabriel Feltz / Inszenierung Katharina Thalbach / Bühne & Kostüme Ezio Toffolutti / Licht Andreas Grüter / Choreografie Nadine Schori / Chorleitung Andrew Ollivant / Dramaturgie Birgit Meyer /
Herzog von Mantua
Liparit Avetisyan?/ Jeongki Cho
Rigoletto
Nicholas Pallesen
Gilda
Nina Minasyan
Graf von Monterone
Michael Mrosek
Graf Ceprano
Insik Choi
Die Gräfin Ceprano
María Isabel Segarra
Marullo
Hoeup Choi
Borsa
Alexander Fedin
Sparafucile
Lucas Singer
Maddalena
Marta Wryk
Giovanna
Judith Thielsen
Ein Page
Constanze Meijer
Ein Gerichtsdiener
Nam-Uk Baik
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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ウォルフガング・ルートヴィッヒ

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 1月 3日(水)21時07分45秒
  シュトットガルトの作曲家ウォルフガング・ルートヴィッヒが死去。90歳!!!

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ラッヘンマンの新作の「マーチ」

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 1月 3日(水)00時39分20秒
  ラッヘンマンの新作の「マーチ」が昨日シュトットガルトのニュー・イヤー・コンサートで初演される。全くの調性音楽、部分的に複調音楽!このオペラのオケ創立424年だって、来年が425年?WPやドレスデン、ライプチヒよりも古く、イタリアの1600年にオペラができるよりも恐ろしく古いオケ。

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ビットコイン長者、国税がリストアップ着手 

 投稿者:菅野茂  投稿日:2018年 1月 1日(月)08時25分55秒
  税逃れ対策:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASKDP7G3JKDPPTIL03N.html
国民が消費税払いたくなければ下記と同じく金を集めるの当たりまえ。住民税も1000万にしたら?痛いニュース(ノ∀`):3大メガバンク、預金者から口座維持手数料の徴収を検討 http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1952333.html

要するに欧米と同じになるということ。預金すると減るから泥棒に入られるか消費が増えるということだ!

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

320. ケルンの「こうもり」12月22日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年12月24日(日)05時24分7秒
  普通はこの演目は行かない。昔フォルクスオーパーを見てから行ったのでウィーンのシュターツオーパーでさえ白けたので、ドイツでは何やるかあらかじめミュンヘンなどのヴィデオでわかっているからである。しかしながらかろうじて見たのがバーデン・バーデンのリヒテンタールのブラームスの家に3週間住んでいるときにそこの劇場に出かけて行ったカールスルーエ音大の学生公演のみである。

パート譜を含む楽譜をさっさと買ってしまって余りに早くボンとケルンの用事が終わってしまったので音大に足を運んで行くとチェロのアンサンブルがリハーサルやってたので入って覗いてみた。ベルリンフィルの12人のチェロ奏者をモデルにしたアンサンブルでほとんどが学生だが最高13人で、これらがそっくりケルン放送響などに入ったら恐ろしい音になるの確実であろうと思うほどプロ化していた。実際は大半が落とされ他に行く運命にあるので補助金70%の甘ったれ公務員オケがそんなに急に上手くなるとは考えられないが、何も広告出してないので今夜何があるのかはわからないが。外の廊下でも練習していて、ヴィデオ録画の非公開らしくちょうど良い15分ぐらいで教授陣とともに外に出された。最近ラジオで言ってたがドイツで売れまくりのブライブルク・バロック・オケの補助金はたった18%らしい。いかに音楽家は危機に立たされると自分の能力以上の仕事ができるかがしみじみと伝わってくる。オーケストラ・ランクではすべての公務員オケに落ちた連中の集まりである、マーラー・チャンバー・オケのランキングがベルリン・フィルの次に位置されているらしいのは誰も異議を挟むことができない。これらはブレーメンやヨーロッパ室内も含めてすべて公務員オケのような正規の固定オケではないので2年おきに発表されるプロオケの給料ランキングには入ってこない。

夜の「こうもり」はケルンやボンに楽譜を探す口実としての旅費として来たもので飾りでしかない。なるほどそれなりに面白いが様子ドイツのそれで強引にわざときつく派手にお笑いにもっていくのはどこでも共通事項である。

オーケストラは舞台の右わきで意外と広く取ってある。左側の歌手は無数のモニターのアインザッツを見て合わせるという段取りになるらしい。プロンプターは正面で赤い光で楽譜を見ているが良く見えるらしい。歌手との音響的解決でコンバスが4なのだが10型らしく弦が良く聴こえない。オケが甘く柔らかすぎ良く聴こえない。音量の差に疑問がある。トランペットが飛び出てよい音を放っているが、ティンパニは客席の前列の前なので普段聴こえない長ーい減衰音まではっきり聴こえててしまう。この指揮者のダッシュが弱く切込みが甘い。最初の歌手は客席の後ろから出てくる。次にあんまり面白くなく詰めが甘いコロラトゥーラ。余りしゃべれないレチタティーヴォ。対話はマイクがかかっていて歌に入ると外れるがその差が少し大きすぎる。リゴレットやジプシー男爵のモティーフ。舞台は洗濯屋。チャルダッシュの加速が足りない。53分26秒で休みなしに第二幕。

合唱が動きすぎるのかリズムが合わない。ロシアのプリンス役は型に嵌っていて素晴らしい。カウンターテノールの実力はコバルスキーの復活を思わせる。セリフもドイツ語の訛りなく低い声に戻っていて全く問題ない。後で名前を見てみたら韓国人か韓国系らしい。ダンスも一流で一緒にやっているバレエ団と全く同じく引けを取らない暗い恐ろしいプロの踊り。ロシア人役は東洋人でも全く違和感なく、明日のもウィーンやミュンヘンなどで使えるレベル。しかしマイクを使い声を前に固定されたスピーカーから出すのでダイアローグの時に誰がどこでしゃべっているのかがわからない。パルシファルでパンを配ったように途中で各席にも本物のワインを入ったグラスを配る。ハンガリーのチャルダッシュにはここで失望。ロシアのプリンスとのホモのセックス風景はソドムとゴモラ。踊れる客が一人選ばれて舞台に上げられワルツ踊らされる。58分40秒。

何時ものようにCDで30分で終わるとこフロッシュの漫才は長い。もうウィーンの方言は諦めたらしい。まず舞台で看守に着替える。客席に向かって聴衆を歌わせる。刑務所所長が出てきてフロッシュの脱いだズボンを履く。フィデリオのモティーフ。54分19秒。拍手の中のアンコールはフォルクスオーパーのようにチャルダッシュをやっている。

汽車の時間が十分にあったが最終駅を出た時に車がなくて午前1時視界0の地獄の坂道を上がってきた。

Johann Strauß
Die Fledermaus
Operette in drei Akten
Libretto von Carl Haffner und Richard Genée nach dem Lustspiel "Le Réveillon"
von Henri Meilhac und Ludovic Halévy
Musik von Johann Strauß (1825 - 1899)
22
Fr /

StaatenHaus Saal 1 / 19:30 ? 22:45 / Vorstellung / 12 ? - 69 ?

Inhalt
Das digitale Programmheft, das Schülerinnen und Schüler gemeinsam mit der Abteilung Theater und Schule erstellt haben, können Sie hier ansehen.
Der Notar Dr. Falke hat mit seinem Freund Gabriel von Eisenstein eine private Rechnung offen und sinnt auf Rache. Eine exklusive Party im Hause des dubiosen russischen … Prinzen Orlofsky kommt ihm als Schauplatz für die von ihm geplante Demontage Eisensteins gerade recht. Auf dieser delikaten Feier mit Sekt und Kaviar gibt sich keiner als das zu erkennen, was er wirklich ist - der Rausch regiert. Ein irrwitziges Spiel der erfundenen Identitäten, der falschen Freundschaften und des erotischen "Bäumlein-wechsle-dich" nimmt seinen Lauf. Das Erwachen bringt Katerstimmung: Am Ende findet sich die ganze Feiergesellschaft im Gefängnis wieder; und damit alles so bleibt, wie es ist, einigt man sich darauf, dass niemand schuld war, nur der Champagner.Doppelmoral, saturierte Langeweile und fadenscheinige menschliche Beziehungen bestimmen die Gesellschaft, in die uns Johann Strauß mit seiner so bitterbösen wie unwiderstehlichen Operette ?Die Fledermaus? entführt.?
Am 1. Mai 1873 eröffnet Kaiser Franz Joseph im Wiener Prater die Weltausstellung, die zwölf Mal so groß wie die erste Weltausstellung 1851 in London ist. Am 9. Mai 1873 beendet der Wiener Börsenkrach den Wirtschaftsboom der Gründerzeit und reißt halb Wien in den Ruin. Nach Musik ist niemandem zumute, dennoch entsteht um die Jahreswende jenes Werk, das als größtes Meisterwerk der Operette in die Geschichte eingehen wird: ?Die Fledermaus? von Johann Strauß Sohn.
Der ?Walzerkönig? Johann Strauß war zu diesem Zeitpunkt bereits ein weltweit berühmter Dirigent und Komponist, hatte 1872 in Boston und New York gastiert und sich vom Publikum vergöttern lassen. Mit Ende 40 stürzte er sich begeistert und siegessicher auf das Libretto von Richard Genée und Carl Haffner ? in nur zweiund?vierzig Tagen und Nächten komponierte Strauß ?Die Fledermaus?. Die Urauffüh?rung am 5. April 1874 im Theater an der Wien verlief glänzend. Die ?Morgen?Post? schrieb: ?Das klingt ins Ohr und rieselt durch das Blut hinab bis in die Beine, und der faulste Mensch im Zuschauerraum fängt unwillkürlich zu nicken an mit dem Kopfe und wiegt den Leib und stampft mit den Füßen ...?. Melodien wie ?Komm mit mir zum Souper?, ?O je, o je, wie rührt mich dies?, ?Trinke, Liebchen, trinke schnell?, ?Ich lade gern mir Gäste ein? oder ?Klänge der Heimat? und ?Brüderlein und Schwesterlein? haben bald nach der Uraufführung die Bühnen der Welt erobert und auch nach mehr als 140 Jahren nichts von ihrer Anziehungskraft verloren.
Inszenierung
Mit Miljenko Turk als Eisenstein, Claudia Rohrbach als Adele und weiteren hochkarätigen Ensemblemitgliedern und Gästen steht eine sehr kompetente Equipe spielfreudiger Gesangssolisten auf der Bühne.
?Glücklich ist, wer vergisst, was doch nicht zu ändern ist.? (Rosalinde, I. Akt)
Besetzung
Musikalische Leitung Marcus Bosch / Inszenierung Petra Luisa Meyer / Bühne Stefan Brandtmayr / Kostüme Cornelia Kraske / Licht Andreas Grüter / Choreografie Athol Farmer / Chorleitung Sierd Quarré / Dramaturgie Georg Kehren /
Gabriel von Eisenstein
Jürgen Müller?/ Paul Armin Edelmann?/ Miljenko Turk
Rosalinde
Natalie Karl?/ Ivana Rusko
Frank, Gefängnisdirektor
Bjarni Thor Kristinsson?/ Oliver Zwarg
Prinz Orlofsky
Kangmin Justin Kim
Alfred
Marco Jentzsch?/ Mirko Roschkowski
Dr. Falke, Notar
Wolfgang Stefan Schwaiger
Dr. Blind
John Heuzenroeder?/ Martin Koch
Adele
Annika Gerhards?/ Claudia Rohrbach
Ida
Maike Raschke?/ Maria Kublashvili
Frosch
Jochen Busse
Ivan und Tänzer
Roberto Junior?/ Fausto Israel
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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319. ギュルツニッヒ・ベネディッティ、シュテフェンス 

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年12月14日(木)05時49分21秒
  12.12.2017 Dienstag 20:00 Uhr

7時の恒例の解説にミヒャエル・シュトルックが出て来た。WDRで何時も現代音楽解説してるし、ヘンネッフに住んでいるらしく一緒に電車で帰ってきた事もある。先週はSWRのFMのロシア音楽のアナウンス1週間してた。いろんな放送局を回っているらしい。それに今から10年前ベルリンフィルでクラリネット吹いてたのモーゼル出身でバイエルン放送響にもいた指揮者も一緒で、いろんな問題点は一昨日と昨日の解説で話したらしい。

まずはブラームスの3番の解説から映画音楽で有名な3楽章を聴く。演奏はアーベントロートとライプチヒ放送響だそうだ。何でアーベントロートかと言うとケルンでもその昔良く振りに来てたらしい。その次にジャズの編曲、これは指揮者が好きだからという理由。次に第二楽章の副次テーマ。4楽章で重要な活躍をするからで、指揮者は「心臓の鼓動」と感じるらしい。

それで「作曲する意味は構成すること」と定義する。当時のブルックナーとの対話でいろいろ作曲に注文つけられたブラームスが好きなように書きたいんだと突っぱねたセリフは、最近でもラッヘンマンに追及されたヘンツェの返答と全く同じだ。好きなように書いてなぜ悪い?と抗議!ブルックナーの最終楽章の壮大なコラールはブラームスでは微弱で弱いものとなってしまうカトリックとプロテスタントの違い。劇性が弱い強弱の変化の少ないブラームスが好きだと語る。

次は指揮者論。ハンス・リヒターやヘルマン・レヴィなどの初演者やブラームスの取り巻きが出てくる。ジュリーニは教会の礼拝の司祭みたいだと言う。

次のイタリアの12音主義者ダラピッコラ。なぜ選んだか?何時ものように問われる。ミヒャエル・ギーレンの言葉を引用。「耳直し」ではなく「耳の掃除」と言う。

ここで指揮者が退場して、シュトルックの補充解説になる。この変奏曲は普通で言う旋律のテーマがない。これは最初バッハの音楽帳のようにピアノ・チクルスで作曲され、後で管弦楽曲に編曲された。その元のピアノ曲と当時の標題をすべて消し去ったオーケストレーションされた版を特に対位法に注意して比較して聴く。

本番のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は12、10、8、6、4.ティンパニはほとんど木のような固いもので叩いている。ホルンとトランペットは自然、弦はヴィブラート無し。ソリストの楽器はこの前のイタリア人のようなストラジバリのような最高級の音ではないと思う。管楽器と弦楽器のバランスが良い。カデンツァはティンパニ付きの版。23分55秒。管と弦が押さえないがかなりの音量が出てもヴァイオリンは掻き消されない、ピチカートも大きく良いバランスを保っている。9分14秒。しかしソリストは不鳴り臭い音と高音弦と低音弦の交換の時の雑音の処理に甘い。8分43秒。アンコールにイギリス民謡の何かと言うが後ろの客席向けて話してたので聴き取れない。

変奏曲は打楽器5、2管だがチューバあり14、12,10、8、6。12音でもオスティナートも入っている。シェーンベルクやウェーベルンとは違った12音音楽はスイスのフランク・マルタンのように明るくて聴きやすいが、あくまでもモデルはシェーンベルクの作品31の方であろう。15分。

ブラームスの作品90は最初から全管弦楽に鳴らせっ放し。地味で劇的効果の薄いブラームスが好きだなんてどこ吹く風。普通のテンポで繰り返しあり。13分38秒。コンバスはピアノ曲のように記譜よりも良くオクターヴ下を弾くらしい。9分15秒。第三楽章はウィーンフィルのようにチェロが1本の音楽とは行かないようだ。結局はフィナーレも暴れまくってちっとも中庸な曲ではなかった。9分14秒。すぐに出て行って電車に飛び込む!

菅野茂

Kölner Philharmonie

Nicola Benedetti Violine

Gürzenich-Orchester Köln
Karl-Heinz Steffens Dirigent

Ludwig van Beethoven
Konzert für Violine und Orchester D-Dur op. 61 (1806)

Pause

Luigi Dallapiccola
Variazioni (1954)
für Orchester

Johannes Brahms
Sinfonie Nr. 3 F-Dur op. 90 (1883)

Pause gegen 20:50 | Ende gegen 22:15
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

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SWRも同じ時間帯で違う奏者で

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年12月12日(火)18時29分30秒
  SWRも同じ時間帯で違う奏者でB・A・ツイマーマンの同じ曲生中継してるラッシュ状態!

20.03


Dolby Digital 5.1

SWR2 Abendkonzert - LIVE

SWR Symphonieorchester

Dolby Digital 5.1...

Bugallo-Williams Piano Duo
Leitung: Omer Meir Wellber
Claude Debussy:
Prélude à l'après-midi d'un faune, Fantasie für Orchester L86
Bernd Alois Zimmermann:
Dialoge, Konzert für 2 Klaviere und Orchester
Claude Debussy:
Jeux, Poème dansé für Orchester
Franz Schubert:
Sinfonie Nr. 3 D-Dur D 200
(Liveübertragung aus der Stuttgarter Liederhalle).

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317. WDR現代音楽、モノローグ、フンクハウス、11月30日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年12月 1日(金)20時06分15秒
  まず初めに木曜日なので公開プローベに行く。パトリック・ハーンが紹介するには、ベルリンフィルの楽員だった30も行かない若い小さなお姉ちゃんが指揮者に転向。カネラキスはギリシャ系の名前。最近はBPから楽器を辞めて指揮者に転向する人が多い。有名なのはルートヴィックスハーフェンのシュテフェンやマインツのボイマー。楽器が上手いのですぐ指揮科に入れ直せるらしい。

昼のプローベはただなので夜の本番よりも客が入る。チャイコフスキーの1番のフィナーレ、練習番号10の8小節前から。低音金管ばかりが充実。意外と弦のプローベに甘い。外国人なのでそんなに練習が上手いほどではない。練習箇所EとD.の弦の馬鹿なりが止まらない。やたらと説明が長い。最後まで行ったので第一楽章に戻る。

その後音大に行ったらケルン国際音楽コンクールの声楽部門の練習やってたので後でまた来ることにする。図書館でヒンデミットの「キャデラック」のオペラのピアノ譜を買って来てそのあとでまた音大に戻る。審査員がすごい。マリアーナ・リポチェック、元ウィーン国立歌劇場の合唱指揮者のヘルムート・フロウシャウアー、ケルン・オペラのインテンダンティンなど。案の定2次予選は韓国人ばかり残っている。そのうちの最後の3人を聴く。

韓国の女性。この声の水準ではオペラで歌ってもおかしくはない。ぴっちーには曲一面を声ばかりで埋める間違った努力。オペレッタになるとかなり暗くて真面目過ぎる。単純さが不足。ヴェルディは徹底さに欠ける。細かいテキストに配慮が欠けるがそれでも使える。

2番目はドイツ人。日本人の伴奏者はオケで実際どう響くのかわかっていない。ヴィブラートで安定し無い言葉を味わわない歌唱。声の中に言葉の意味が溺れてしまう。しかしフランス語のあいまいなオペラにはこのやり方が意外と合う。最後はアメリカの安っぽいオペラ歌手。曲が多すぎるのかプッチーニは割愛。オペレッタも何とか雰囲気を保つ。

最後も韓国人で同じ韓国人の伴奏。ヘンデルの細いがはっきりとした声はキャラクター・ソプラノ。コロラトゥーラまでもう少し。オペレッタは表情が豊か、これは明日のフィナーレまで行きそう。最後の声の伸びもフレーニを思わせ演技も完全に体に入っている。ドニゼッティは今までのグルベローヴァなどのルチアとは違うが実際のオペラに投入するのは問題がない。巧みにいろんな役をこなせる。カデンツァもその声でやってしまう。スミ・ジョーのレベルまであと少し。

7時15分から作曲者の解説。英語だけじゃなくてイタリア語もフランス語も達者でニコニコしてるコルネリア・ビットマンが司会。今日は弦楽四重奏の話。ミュラーユの他に、バスケンラントのラスカーノとデンマークの若手グラーアップも招待されている。

このデンマーク人は演奏されない第一弦楽四重奏曲の発展の形で2番を時間の発展の興味がないサミュエル・バケットの文学作品の助けを借りて作曲。しかし弓の押しつけはあるそうだ。バスケン人は今までの後を振り返ったプロセスとして作曲したので他の芸術とは関係ないエネルギーの豊富な建築的絶対音楽。ミュラーユも第一SQ。ベルリオーズの固定想念を持ってくる。リゲティのテクニックも多量に挿入だが違って聴こえると言う。演劇のようにオルガニゼーションしてるとも言う。

本番にはビットマンが衣装を替えて出現して同時に生放送が始まる。デンマーク人は北欧的に透き通ったしゃれた曲。弱音気を付けたまま。一旦初めのユニゾンに戻る。そのあとにアレグロが来てプレスも始まる。また元の静寂が来るが小さな細かいフガートなどで十分に静かにならない。またプレス、良い曲なのに金属の弱音器を床に落としてしまう。

B・A・ツィマーマンのダイアローグに対するモノローグの版があるのを初めて知った。多分ソリの部分の楽譜だけで演奏時間が1分だけ協奏曲より短い。曲の良しあしがわからないがただ与えられた仕事だけを黙々とこなすというピアノ・デュオ。WDR来年の生誕100周年に向けてB・A・ツィンマーマンの録音を片っ端からしまくっている。バッハのカンタータ140番の引用。次は音の塊でかなり乱暴なクラスター。印象主義の復活などで構成。

ロルカーノはノーノのSQのように微分音。ディオティマ・カルテットにふさわしい音色の戯れ。プロセス作曲法。予定の13分よりかなり越しているが良い曲である。

ミュラーユはオクターヴも4分音もあるらしい。駒の上だけで弾いたような側面奏法。太鼓のようなピチカート。書き慣れているが無名新人のようなフレッシュ感はないいつも頭の部分が戻ってくる構成法。4分音は重ねるのではなく音階的にいつも下がってくるそれ以上の曲でないしそれ以下の曲でもない。メシアのトリルもあるが30分で終わらない曲だったのですぐに帰りの電車に飛び込む。

30.11.2017 Donnerstag 20:00 Uhr
Musik der Zeit - Monologe.
Quatuor Diotima, GrauSchumacher Piano Duo: Glerup, Lazkano, Murail, Zimmermann
Funkhaus Wallrafplatz

Quatuor Diotima
??? Yun-Peng Zhao Violine
??? Constance Ronzatti Violine
??? Franck Chevalier Viola
??? Pierre Morlet Violoncello


GrauSchumacher Piano Duo
??? Götz Schumacher Klavier
??? Andreas Grau Klavier

Musik der Zeit - Monologe

Tristan Murail
Songes, ombres et fumées (2017-2018)
Quatuor à cordes
Deutsche Erstaufführung

Bernd Alois Zimmermann
Monologe (1964)
für zwei Klaviere

Ramon Lazkano
Etze (2016)
für Streichquartett
Deutsche Erstaufführung

Rune Glerup
Neues Werk (2017)
für Streichquartett
Deutsche Erstaufführung

Bach und Messiaen, Beethoven, gregorianische Hymnen und Boogie-Woogie: Bernd Alois Zimmermanns Klavierduo ?Monologe? ist ein ?weit verzweigtes Gebilde von musikalischen Zeit und Erlebnisschichten?. Die beiden Pianisten ?monologisieren?, hängen ?ihren ?eigenen Gedanken?? nach, spielen gleichzeitig, doch stets auch ? in heikler Balance ? unabhängig voneinander. Während die ?Dialoge?, aus denen die ?Monologe? 1965 hervor ? gegangen sind, am Folgetag zu hören sein werden, trifft das Klavierduo hier auf neue Streichquartette von Tristan Murail, Ramon Lazkano und Rune Glerup.

Ort: Klaus-von-Bismarck-Saal

Die Preise zu dieser Veranstaltung finden Sie auf der Webseite des Veranstalters.

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316, 子供用音楽劇「ここにいなかった熊」Der Bär, der nicht da war11月21日ケルン音大

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年11月23日(木)05時18分10秒
  パフォーマンスだと思ったが小さな話の断片の集まりで始終クラリネットとファゴットがつく音楽劇。朝9時から始まるので非常に早く自宅を出た。5分遅れで開始、前列には幼稚園児とみられる小さい聴衆が数十人座っている。左奥にはミキシングとみられるアド・ホック・シュピーラー。いろんな打楽器的な効果を醸し出しそれを増幅変換してスピーカーで出す。語り手もやる。野菜を始終切り刻む。今年のベートーヴェン音楽祭との共同制作で音大における再演はこの後午前11時からもある。

かっこ悪い熊と称するおっさんが出てきて転んでもなかなか立ち上がれない。プロコフィエフのピーターと狼のような音楽をパーシケッティー風に近代和製感で包む。野菜を切る様子はスクリーンにも映す。それを見ながら更に演技。作曲者は書いてない。

ダイアローグ。風船を口に入れて膨らませる。空気を抜く時のゲオゲロ音も音楽にマッチさせる。突然チャイコフスキーの「白鳥の湖」。アド・ホックの一人が小さいおじさんを演技。アド・ホックのキーボード演奏。木管の無調的分散和音。タクシーのおばさんに変身と盛り沢山。熊もおばさんも一緒に歌う。キーボードに付いているリズムも加わる。手の影絵で狐か狼を演技する。熊は切られたミカンを食う。口によるパーカッション。スクリーンに自分を映す。生だと思ったらあらかじめ取られたヴィデオと会話する。それを真似してずっと切っていた野菜を食べる。45分。

ちょっとしたおかしな顔の表情一つで子供を笑わせる演技は見事。ヴィデオカメラも雑音の変換もみなちょっとした工夫で子供たちを始終笑わせ飽きさせない。テーマも断片的でつながっていないがその都度物事を解決させることができる。
21.11.17
Dienstag, 09:00 Uhr, Konzertsaal (Köln)
Musiktheater-Uraufführung nach dem gleichnamigen Bilderbuch von Oren Lavie
für Kinder von 4 bis 8 Jahren
Es war einmal ein Juckreiz. Der kratzt sich und ist plötzlich: Ein Bär, der vorher nicht da war. Er findet einen Zettel auf dem steht: “Bist du Ich?“ ?Gute Frage“, denkt sich der Bär und macht sich auf den Weg es herauszufinden.
Auf seiner Suche begegnet er dem bequemem Bergrind, dem saumseligen Salamander und dem vorletzten Vorzeige-Pinguin, lauscht seiner eigenen Stille und folgt ihrem Klang, erfreut sich an Blumen und schönen Gedanken, verirrt sich beim Geradeausfahren auf dem trägen Schildkröten-Taxi und findet schließlich und - zu seiner großen Freude ? sich selbst.

?Der Bär, der nicht da war“ erzählt lustvoll und philosophisch von der Suche nach der eigenen Identität und der Freude an der (Selbst-) Erkenntnis und ermutigt dazu, der Welt offen, neugierig und gelassen zu begegnen.
Eine Koproduktion von Theater Marabu, Beethovenfest Bonn und dem Jungen Nationaltheater Mannheim in Kooperation mit der Hochschule für Musik und Tanz in Köln und der Alanus Hochschule für Kunst und Gesellschaft.
Autor: Oren Lavie; Komposition: Markus Reyhani
Regie: Claus Overkamp; Ausstattung: Regina Rösing; Künstlerische Mitarbeit Video: Norman Grotegut
Performance & Musik: Tina Jücker, Bene Neustein, Faris Yüzbaşioğlu
Tobias Gubesch (Klarinette), Daniel Staravoitau (Fagott)
Theater- und Musikpädagogik: Melina Delpho, Marion Dietrich, Corinna Vogel
Regieassistenz: Anaïs Durand-Mauptit

Rechte: schaefersphilippen, Theater und Medien GbR, Köln
Illustration: Wolf Erlbruch mit freundlicher Genehmigung durch den Kunstmann Verlag

Informationen zu weiteren Spielterminen in 2017:
www.theater-marabu.de
Gefördert von: Ministerium für Kultur und Wissenschaft des Landes NRW, Stadt Bonn, Landesbüro freie darstellende Künste NRW, Kunststiftung NRW und dem Kultursekretariat NRW Gütersloh
Eintritt:
Erwachsene 8 Euro / erm. Kinder 6 Euro
Tickets:
Kindergruppen ab 15 Personen: 5 Euro pro Person Reservierungen über mail@theater-marabu.de oder 0228/ 433 97 59
Adresse:
Unter Krahnenbäumen 87, 50668 Köln
Termine:
Uraufführung: 23.09.2017, im Rahmen des Beethovenfestes Bonn;
Spielort: Theater Marabu, Kreuzstr. 16. 53225 Bonn
Aufführungen in Köln:
Di. 21.11. 9 Uhr & 11 Uhr


夜は6時から音大のフルート・クラスの発表会。こういうのはプロの世界では売れないからほとんどやらない。音大時代の無料発表会が最高の花である。有名なプーランクのソナタ。中国系の学生による演奏。黒人の学生譜めくり。カール・エラートのソナタ。特殊奏法がない無伴奏。ピアッツォラのギター伴奏はバランスがいつも理想的に出る。ムジンスキーのソナタはやたらと暴れまくる。マルタンもフランス系ソナタだが無調。ここで自分の第3フルート四重奏曲に「不確定性」という表題を与えることを思いついた。
有名なニールセンの協奏曲。ベリオのセクエンツァIは現代フルートテクニック入門の書。さっき譜めくりやってた黒人学生の音量の凄いこと。なかなか安定して音量があり上手い。今まで女性ばかりだったのでその差が歴然としている。ヒンデミットの8つの小品も白人の男でやはり音量がすごくある。フランスの作曲家ボッツァもフルート作品が多い。みんな音のミスはしないが男女で音量の差が極端にあるのには驚いた!最後のモーツァルトのフルート四重奏曲。弦が3人出てきてこういうことに東洋人の学生はしょっちゅう使われる。中国系2人が入りみんな上手いが日本人ほど良い楽器を持っている人はいないらしい。休みなしで2時間近く。
21.11.17
Querflötenabend
Dienstag, 18:00 Uhr, Kammermusiksaal (Köln)
mit Studierenden der Klasse Prof. Robert Winn
Achtung: Die Anfangszeit wurde von 19.30 Uhr auf 18.00 Uhr vorverlegt.
Eintritt:
frei
Adresse:
Unter Krahnenbäumen 87, 50668 Köln

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ドミトリー・ホロトフスキー

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年11月22日(水)20時09分1秒
  ロシアの歌手のドミトリー・ホロトフスキーがガンで死去。55歳!!

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315. 子供のための「ラインの黄金」11月8日、ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年11月 9日(木)19時11分28秒
  車が故障したので近くの駅まで歩いて行ったので電車が1時間遅いのに乗り10分余りの遅刻。第一場がちょうど終わったとこだった。しかしその後の音楽野カットを聴いてやはり序奏は低音部のEbで始まったと推測されかなりの無駄な繰り返しを省略し第一場を10分程度にまとめたことが伺える。何時ものようにラインの乙女たちがアルベリッヒを小さいと馬鹿にしたのでアルベリッヒが怒ってラインの黄金を盗んだらしい。

この子供用の1時間余りのオペラは調性の古典物でも現代の無調でも区別なしにドイツのどの劇場も毎日のように積極的にやっていて、予定表では既成の大人用オペラと比べても上演回数はほぼ同じであり、毎月のように新しい新演出かヴィーダーアオフナーメを出し、如何に手を抜かないで子供たちのためにオペラの聴衆の後継者作りをしているかが伺えるが、今回はそのクラシックオペラの短縮版である。案の定この日の晩の正規のオペラは休んでいる。さすがに本来に「ラインの黄金」は2時間40分と子供達にとっては長すぎるので1時間ちょっとにカットしたステファン・べーリッシュの一管編成の編曲版が使われるが、正式の筋を壊さない生演奏であることだけは手を抜かない。

正規のそれは今年はすでにデュッセルドルフで見たが、休みなしで長いので大人にとってもきついが、要は音楽の理解にかかっているので、これを子供のころから親しむのは、幼児ソリスト教育の楽器や幼児外国語教育と全く同じで、子供時代が一番抵抗が少なくすんなり出し物が入っていくので、最初難しく感じても楽に音楽的に教育できるのである。

これは無調の新作オペラでも全く同様である。それで子供用の大半のオペラは1時間程度のクラシックが圧倒的に少ないので新作・無調が断然多く、どこの歌劇場の躊躇なく子供のために上演し誰でもそれが当たり前のものとして大人になっていく。ここで確実に言えるのは子供たちにとっては無調の音楽を舞台美術とともにどんどん聴かせても全く問題は無いことである。

ところでその編曲された楽器編成であるが、予想通りあの「ジークフリート牧歌」の1管編成を基本にしている。弦楽五重奏を主体としてトロンボーン、チューバ、ハープ、2人の打楽器奏者が付くだけである。最近はBクラス以下の劇場でもショット社の3管編成の伴奏パート譜が良く使われるが、108名の4管編成を十数名の室内管弦楽に縮めてなぜそれでも十分な効果があるのかは「ジークフリート牧歌」を聴けばすぐわかるはずである。それでもドイツのオーケストラはヴァイオリンなどの低音を除いて十分な厚みを作ることができるが、声とのバランスも全く問題ない。

肝心な筋であるが、時々全音楽を止めてセリフだけにして話の進行をレチタティーヴォのように速めていることがわかる。肝心のヴォータンは韓国人が演じている。正規の上演は白人が演じるがいつもかっこ悪い役が多いので韓国人でも違和感はないしドイツ語の訛りもない。さらに巨人がしょっちゅう出てくるのでヴォータンはむしろ小さい方がコントラストが付いて良い。巨人族のコスチュームが子供たちにとってはそれとすぐわかるように良くできていて、小柄なフライアを担保に担いでいくところは子供たちにとっては見ものになる。更に今回はダイアローグ以外子供オペラに珍しい字幕が付いている。

しかしわき役のミーメやエルダ・ドンナーなどは人件費の節約のために出て来ない。管弦楽で象徴的に奏されるだけである。金床は部隊の登場人物も一緒に叩く。大蛇はやはり韓国人のアルベリッヒが背中から巨大な尻尾を出し、蚤は背負っている枕みたいなものを膨らませてぴょんぴょん跳ねる。面白いやり方である。ヴォータンはアルベリッヒからリングを毟り取る。ファーフナーは脇で呪いをかけたアルベリッヒが見ている中弟を金塊で撃ち殺す。雷の頂点は鍋の蓋か壊れた洗面器みたいのを叩いてハンマーの代わりで何ともかっこ悪い音になる。ラインの乙女も節約して2人だけ。しかしちゃんと最後の変二長調の和音まで入っている。何と子供達でも解りやすい演出であろうか?75分。

Richard Wagner
Das Rheingold für Kinder
in einer Fassung von Rainer Mühlbach und Brigitta Gillessen
Arrangement von Stefan Behrisch
Text und Musik von Richard Wagner (1813 - 1883)
für Kinder ab 8 Jahren
Dauer ca. 65 Minuten

StaatenHaus Saal 3 / 11:30 ? 12:35 / ? 12,5,-/7
Inhalt
Im ?Rheingold?, dem Vorabend zu ?Der Ring des Nibelungen?, lässt Richard Wagner das ganze Personal der nordischen Mythologie auftreten: Götter, Riesen, Zwerge sowie Drachen und die verspielten Rheintöchter. Alle befehden sich um den zaubermächtigen Ring, der von Nibelungenzwerg Alberich aus dem geraubten Rheingold … geschmiedet wurde. Nur durch den Verzicht auf die Liebe konnte er dieses Werk schaffen, so wie die Rheintöchter es verkündet hatten:
?Nur wer der Minne Macht entsagt,
nur wer der Liebe Lust verjagt,
nur der erzielt sich den Zauber,
zum Reife zu zwingen das Gold.?
Als Göttervater Wotan den Ring mit Hilfe des listigen Loge raubt, und die Riesen Fasolt und Fafner den Ring als Lohn für ihre Arbeit an der Götterburg Walhall einfordern, nimmt die verhängnisvolle, zeitlos gültige Geschichte um Gier, Selbst? sucht und Ausbeutung ihren Lauf.
Inszenierung
Die Oper Köln bringt Richard Wagners Gesamtzyklus ?Der Ring des Nibelungen? in einer neu eingerichteten Fassung für Kinder heraus. Dieses große Projekt erstreckt sich über vier Spielzeiten. Die Fassung von Regisseurin Brigitta Gillessen und dem Musikalischen Leiter Rainer Mühlbach in der Orchestrierung von Stefan … Behrisch stellt das Zeitlose und Märchenhafte der ?Ring??-Opern in den Mittelpunkt, so dass Kinder und erwachsene Einsteiger sich mit Richard Wagners dramatischem Kosmos vertraut machen können.
?Weia! Waga! Woge, du Welle!? (Rheintöchter)
Besetzung
Musikalische Leitung Rainer Mühlbach / Inszenierung Brigitta Gillessen / Bühne & Kostüme Christof Cremer / Licht Nicol Hungsberg / Dramaturgie Tanja Fasching /
Wotan
Insik Choi
Loge
Dino Lüthy
Alberich
Hoeup Choi
Fasolt
Miroslav Stricevic
Fafner
Lucas Singer?/ Yunus Schahinger
Fricka / Floßhilde
Judith Thielsen
Freia
María Isabel Segarra
Woglinde
Maria Kublashvili
Wellgunde
Sara Jo Benoot
Stimme der Erda
Jing Yang
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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314. 「あるセールスマンの死」10月27日、

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月29日(日)05時01分24秒
  Tod eines Handlungsreisenden
von Arthur Miller
Deutsch von Volker Schlöndorff

著者のアーサー・ミラーはアメリカ人。1915年にニュー・ヨークに生まれて2005年にコネチカット州で89歳で死んでいる今まで知らなかった劇作家。それをシュレンドルフがドイツ語に訳したもの。

ここも何時もの仮設劇場だが、オペラの様な変な作りはしない。ギリシャ風建築のように一番下にステージがありそれから階段状に客席があるから舞台の見えない部分はない。今同時にやっている「ペール・ギュント」や「ファウスト」ほどの人気はないが客席はほぼ埋まっている。

まず初めにフリューゲル・ホルンと思われるジャズ風の音楽だが実際はトランペットを弱音している。これが電子音と重なる。次にセールスマン業の夫婦が出てきて長い会話。真ん中に机を椅子が置いてあるが昔見たウイーンのブルク劇場の「シェークスピアの「嵐」のように舞台一面に水が張ってある。

次に友人が出てきて会話。ミュートされたトランペットの生の音。カリフォルニアとかアラスカとかフロリダとかニュー・ヨークとかが儲かるとかアメリカの地名が出てくる。トランペットは弱音気つけていても電気的に増幅され変化されライブ・エレクトロニックになっている。更に口笛が乗っかる。

ちょっとした喧嘩が始まり水面に寝転んで水浸しになる。周りの人は主に見ているが、トランペットのように動いて演技もしているベヴェーグンクスコアの役割も果たす。

突如トランペットがミニマル音楽風の断片を吹く。ママと息子たちの車が壊れたとかセールスが上手く行かないとかの会話。

トランペットは動きながら断片を奏す空間音楽。家族みんなでの会話。トランペットと一緒にボディー・パーカッションをやって増幅する。

みんなで踊りが始まりこれは更にびしょ濡れになる。今度は同僚の会話。トランペット奏者は口笛も吹く。息子たちの不良交友の女友達は父親の愛人だった。父親と愛人は脱いで水の中で事を始める。今度は舌打ちのリズムだけを増幅。2人の兄弟は水の中で争い戦う。

最後にセールスマンがあっけなく水の中に倒れて死ぬ。途中で客がかなり出ていくので不人気な作品と見えるが、やはりかなりの客も入ってきて、または戻ってきて、拍手は立つ人もいるほどの盛況。まあ―、一口に言ってオペラ化には難しい作品ではある。1時間55分。


Unterm Strich lief es doch eigentlich ganz gut. Fast vierzig Jahre lang war Willy Loman als Handlungsreisender unterwegs. Und auch wenn er es nie bis nach oben geschafft hat, hat es irgendwie doch immer gereicht: Um die Familie mit den beiden Söhnen zu ernähren und sogar, um die Hypotheken für das kleine Mittelschichtshaus abzubezahlen. Doch der Traum vom kleinen Lebensglück ist ein zerbrechlicher: Kurz vor dem Ruhestand geht Willy die Puste aus. Die Welt dreht sich zu schnell für den alten Handlungsreisenden. Die alten Kontakte greifen nicht mehr, er verliert seinen Job und bei genauerem Hinsehen geht es nicht nur bei ihm, sondern auch bei seinen Söhnen ans Eingemachte. Wie konnte ihm das passieren? Hätte er noch härter für die eigene Zukunft arbeiten können? Gibt es eigentlich Gerechtigkeit? Oder hat Willy sich einfach ein Leben lang geirrt?

Arthur Millers Stück stellt 60 Jahre nach seiner Uraufführung die Fragen nach dem gefühlten und tatsächlichen Abstieg einer ganzen Gesellschaftsschicht mit erschreckender Aktualität.

Besetzung
Willy Loman
Martin Reinke
Linda Loman
Birgit Walter
Happy Loman/ Howard Wagner, Willys Chef
Peter Miklusz
Biff Loman/ Bernard, Charlys Sohn
Seán McDonagh
Charley, Willys Freund und Nachbar
Winfried Küppers
Ben, Willys verstorbener Bruder
Benjamin Höppner
Die Frau in Boston, Willys Geliebte/ Miss Forsythe
Ines Marie Westernströer
Musiker
Pablo Giw
?
Regie
Rafael Sanchez
Bühne
Thomas Dreißigacker
Mitarbeit Bühne
Hedda Ladwig
Kostüme
Maria Roers
Musik
Pablo Giw
Licht
Jan Steinfatt
Dramaturgie
Thomas Laue

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313. オットマール・シェックの「ペンテジレア」

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月21日(土)18時31分7秒
  PENTHESILEA VON OTHMAR SCHOECK、10月20日、ボン
最近ケルンのオペラがよくやるようにオーケストラが舞台の奥に行って歌が前に出てきて歌うと言うセッティング、は音響に問題が無い限り演出がペーター・コンビチュニーにとっては絶対に躊躇しない。演歌のように声がよく聞こえるのが取り柄である。コンチェルタンテと間違いやすいが、舞台はあるしその大道具は2台のフルコンのピアノであリ、演技が入り、「下着」の衣装も作られている。
台本のハインリッヒ・フォン・クライストは自分にとっては非常に親しい。昔30年も前にウィーンのブルク劇場で彼の戯曲を散々立ち見で見たからである。オーストリアでは当時よく上演される劇作家であった。
舞台にも客席があり聴衆と合唱団が半々ずつごちゃごちゃ入り交ざって座っているらしい。もちろん合唱団が座る席のチケットは販売してない。それが一般客席の前の方の列にもあリ一般聴衆と混ざっている。コーラスの行動はワーグナーのそれとは違ってバラバラに演技し行動して何時もカオス状態になる。出演者と聴衆を全く分けない演出設定。
肝心の舞台にはピアノ2台があるが実際はオケの中のアップライトの2台のピアノとパート譜を分けて弾いているので演技演奏とも言うべきである。椅子はピアノに固定されいていくら動かしても音が出ない設定になっている。
スイス出身のオットマール・シェックはよく出版社の作曲家カタログに出てくるが実際にそんなに直接聴いたことはない、シェーンベルクと同じ世代の作曲家。プロンプターは客席の一番前に陣取っているが、座っている形跡がなく主に複数のモニターでアインザッツを確認しているらしい。
オケはコントラバス5であるから第一ヴァイオリンは12のはずで、これは思うに4管編成にしか使われない大きさなので、よく見ると実際は変則的な編成で実際にクラリネットは8本でこれは現在リヒャルト・シュトラウスの「エレクトラ」にしかない大きさである。しかし金管はホルンからトロンボーンまで4本ずつで打楽器奏者は5人の重量級の規模。
5分遅れで開始。最初は原始主義に近いアタックなのでストラヴィンスキーと想起させる。歌手がすぐに客席の入り口から出て来る。ヒンデミット的な音楽を予想してたが、印象主義的な和声、バルトーク的な暗さはシュレッカーの「刻印された者たち」に似ている。違うのはオケの和音を下敷きにして語るセリフが多い事。演奏時間は80分と言われるがナクソスのCD1枚に入りやすい長さである。マーラーのハンマーを想起させる幾分小型のハンマー。
後半にアルプホルンが出てきてへたくそな音が出るが、わき役の歌手がわざと吹いているらしい。多分スコアには書かれていないスイス音楽の象徴としての演出みたいだ!オケの中の4本の若い奏者のホルンは最高の品質で、ケルン放送響とても言えどもここまでは吹けない。
タイトルロールのペンテジレアはエレクトラのように高音部を容赦なく歌いまくり、彼氏を射殺し自分も自殺する。最後に残った配役によるマイクを通した長いダイアローグ。登場人物の一人は演技ピアノの楽譜を2台同時にめくりまくる。
ラジオのレポートでは80分かかかると言ってたが実際は90分かかった。

- in deutscher Sprache -

Nach dem Trauerspiel von Heinrich von Kleist in einem Aufzug
Dichtung vom Komponisten?
Koproduktion mit dem Landestheater Linz
Penthesilea ist die Königin der Amazonen, sie zieht mit Pfeil und Bogen bewaffnet in den Krieg gegen die Griechen. Dabei geht es nicht nur darum, ihr Land zu verteidigen, sondern auch, sich einen Liebespartner zu erobern, denn laut amazonischem Gesetz dürfen sich die Kriegerinnen nur mit von ihnen besiegten Feinden paaren. Bei Homer nur angedeutet, später im Umfeld der Ilias verschiedentlich ausgeschmückt, wurde uns die Legende überliefert, dass Achilles sich in Penthesilea verliebt hätte, nachdem er sie tödlich verwundet hatte. Achilles muss erleben, dass sein Sieg ihn teuer zu stehen kommt und ihm die Geliebte für immer entreißt. Diese Geschichte inspirierte Künstler aller Zeiten und lebt in verschiedenen Gemälden und Gedichten fort. Bei ihm ist es nicht Achilles, der die Geliebte tötet, sondern umgekehrt Penthesilea, deren fehlgeleitete Liebesenergie in Wahnsinn umschlägt und sie zur Mörderin macht. Schonungslos legt Kleist die Mechanismen bloß, wie aus liebesbedürftigen jungen Menschen durch politische Manipulation mordende Ungeheuer gemacht werden. Unermüdliche Kriegspropaganda, falsche Ehrbegriffe und der Zwang zum Siegen verhindern das Liebesglück und führen mit tödlicher Konsequenz zum tragischen Ende. Die entsprechend überhitzte, oftmals explosive Sprache scheint zwar auf den ersten Blick für eine Vertonung als Oper eher ungeeignet, doch dem Komponisten Othmar Schoeck ist das Kunststück gelungen, ein atemberaubendes Stück Musiktheater zu schreiben, indem er aus dem Drama die wirksamsten Szenen auswählte und mit seiner expressiven und gefühlsgeladenen Musik für die Bühne nachempfand. Seit der Uraufführung 1927 an der Dresdner Semperoper hat dieses Stück Dirigenten, Regisseure und Publikum immer wieder fasziniert, obwohl ? oder vielleicht gerade weil ? es sich nicht so einfach in eine musikhistorische Schublade stecken lässt. In der Inszenierung von Peter Konwitschny sitzt das Publikum wie bei einem Boxkampf in der Arena und kann unmittelbar Anteil nehmen an dem gnadenlos blutigen Lebenskampf der Heroen. Mit PENTHESILEA stellt sich der neue GMD Dirk Kaftan dem Bonner Opernpublikum vor.
Einführungsmatinee
OPERNFOYER | SO, 1. OKT 2017, 11 UHR
Moderation: Michael Struck-Schloen, Autor und Musikjournalist
mit Brunch
…und außerdem…
OTHMAR SCHOECK LIEDER
OPERNFOYER | MO, 13. NOV 2017, 19.30 UHR

HINWEIS | Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Besetzung



Penthesilea
Dshamilja ?Kaiser
Prothoe
Aile Asszonyi
Meroe
Kathrin Leidig
Die Oberpriesterin der Diana
Ceri Williams
Erste Priesterin
Marie? Heeschen
Achilles
Christian Miedl
Diomedes
Johannes Mertes
Ein Hauptmann
Christian Specht
Zweite Priesterin
Brigitte Jung
1. Amazone
Christina Kallergis / Martina Kellermann
2. Amazone
Katrin Stösel / Nina Simone Unden
Bühnen-Pianisten
Lucas Huber Sierra
?
Meri Tschabaschwili


Chor des Theater Bonn // Extrachor des Theater Bonn // Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung
Dirk Kaftan
Inszenierung
Peter Konwitschny
Ausstattung
Johannes Leiacker
Licht
Thomas Roscher
Konzeptionelle Mitarbeit & Dramaturgie
Bettina Bartz
Choreinstudierung
Marco Medved


Regieassistenz
Andreas Beuermann
Regieassistenz und Abendspielleitung
Barbara Schröder
Musikalische Assistenz
Carolin Barbara Nordmeyer
Studienleitung
Julia Strelchenko
Korrepetition
Christopher Arpin / Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Karsten Sandleben
Soufflage und Sprachcoach
Stefanie Wüst



op. 39 Penthesilea Nach dem Trauerspiel von Heinrich von Kleist, in einem Aufzug. Widmung: Werner Reinhart gewidmet Komponiert: 1923-1925 in Brunnen und St. Gallen. Revidiert 1927. Personen: Penthesilea, Königin der Amazonen - Mezzosopran - Prothoe, Meroe, Fürstinnen der Amazonen - Soprane - Die Oberpriesterin der Diana Alt - Achilles, König des Griechenvolkes - Bariton - Diomedes, König des Griechenvolkes - Tenor - Ein Herold - Bariton - Griechen und Amazonen. Ort der Handlung: Schlachtfeld bei Troja. Orchesterbesetzung: Fl (auch Pic), 2 Pic (auch Fl), Ob (auch EH), 6 Kl, 2 kl Kl in Es, 2 Baßkl, Cfg - 4 Hr, 4 Trp, 4 Pos, Tb - Stierhorn - Pk, Schlgz (kl Tr, gr Tr, Bck, Trgl, Rute, Tamt) - 2 Klav - 4 Solo-Vl, Str (nur Vla, Vc, CB). Hinter der Szene: 3 Trp in C Dauer: 1 Stunde 20 Minuten Autograph: Partitur in Privatbesitz. Einlagen von 1927 in CH-Zz, Nachlass Othmar Schoeck, op. 39. Entwürfe zum Textbuch in CH-Zz, Mus OSA Ms 11; Gedruckter Klavierauszug mit hs. Änderungen von Schoeck (d.h. die Umarbeitung von 1927): Mus OSA Ms 46 (Beil. OSA Ms 51). Handexemplar der Orchesterpartitur aus dem Besitz von Max Conrad (Dirigent der UA der revidierten Fassung): Mus OSA 88 Verlag: Musikhaus Hüni, Zürich 1927, später: Bärenreiter, Kassel. Part. (M.H.Z. 205), KlA von K. Krebs (BA 3652), Aufführungsmaterial leihweise. Uraufführung: 8. Januar 1927 an der Sächsischen Staatsoper in Dresden (Dirigent: Hermann Kutzschbach). Erstaufführung der revidierten Fassung: 15. Mai 1928 am Stadttheater Zürich (Dirigent: Max Conrad).

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(天声人語)ウィーンと千葉 

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月20日(金)05時54分13秒
  20世紀初め、ウィーンで「手児奈(てこな)マーチ」という行進曲が評判を呼んだ。手児奈は万葉集にも詠まれた伝説の美女。自分をめぐって争う男たちを悲しみ、いまの千葉県市川市にあった入り江に身を投げたとされる▼作曲者はのちにウィーン音楽界で重きをなすルドルフ・ディットリヒ。明治の中葉、東京音楽学校(現東ログイン前の続き京芸大)で6年、音楽を教えた▼「安産や子育ての神様として手児奈を知ったのでしょう。日本女性との間に男児をもうけ、離日の際は残していく母子の行く末を案じていました」。推理するのは地元の市川市でディットリヒの顕彰を始めた桑村益夫さん(82)。ウィーンに埋もれていた楽譜を取り寄せ、2年前には所属する楽団で披露した。いまは評伝刊行の資金集めに奔走する▼いわゆるお雇い外国人の中で知名度こそ高くはないが、貢献度は高い。本場の作曲、指揮、歌唱、演奏を体系的に教え、鹿鳴館で音楽会を開いた。明治憲法の公布を祝う歌を作り、帝国議会開設の記念曲も奏でている▼授業は厳しかったが、返却する答案には「日土理非(デートリヒ)」と当て字の印を押した。遊び心もあったらしい。帰国後は日本で集めた旋律をもとに曲作りに励んだ。「手児奈」も自ら指揮したという▼市川市での初演を録音で聴いてみた。リズムは全編ウィーン風ながら、民謡や小唄からとりいれた旋律が耳にすっとなじむ。万葉集から鹿鳴館へ、帝国議会からウィーンの音楽堂へ。目を閉じて時空を旅する感覚をしばし満喫した。

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WVE-355a

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月15日(日)04時41分54秒
  昨日のクララが撮ったコンサート!
https://www.youtube.com/watch?v=8iW7E2Yy3S8&t=98s

目が疲れたらこっち!
https://www.youtube.com/watch?v=6-szxgHjo4Y&t=199s

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312.  ケルンの「タンホイザー」10月6日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月 7日(土)19時31分21秒
  何か昔ケルンで一回「タンホイザー」見たと思ったら2008年5月10日にステンツの指揮で見てる。当時はドレスデンの通常版で何の変哲もない。2時間55分20秒かかってる。

今回は10年も経たないのにまた新演出。40分前に予告した解説によるとバレエが節約できる予算配慮に優しい同じドレスデン版であるが、計5稿あるうちの第一稿。要するに初稿の初稿。ドレスデンの最終稿が1845年、パリ版の最終稿が1861年。まあ―、ほかには番号オペラの廃止とかゥォルフラム・フォン・エッシェンバッハとかヴェーヌスベルク―ヴェーヌスとヴァルトブルク―エリザベートの対比とかチューリンゲンの聖エリザベートの伝説とか普通の当たり前のお勉強会になる。

演出のキンマンスはすでにケルンでバタフライやリングの衣装や照明を担当して今回演出に回ったとか?

開幕10分前にバイロイト風にシュトットガルトの外でもでもやったようにロビーで大行進曲のトランペットの生のファンファーレ。まあ―上手く行った。

オケは舞台の真ん中を大きくくりぬいて全部入れて歌手の演技はその周りでやる。多分歌唱は潰されないで聴こえるがオケそのものの音響はどうだろうか?ハープは2台に増幅、コンバスは6ぐらい入っていて豊からしい。それは良いとしても第一と第二ヴァイオリンが聴こえない。何時ものお得意の霞み奏法も災いして全面的に聴こえない。ティンパ二だけ飛び出して煩い。更に他の楽器とアインザッツが合わない。とにかく変なバランス。ピットの周りに布もあってかなり音が吸収されているらしい。プロンプターは客席に陣取っている。

序曲からパントマイムが動いている。バレエ団の連中なのでパリ版のバレエを節約したわけではないらしい。アレグロの移る前の楽想がこの版では少し違う。カナダのヘルデン・テノールはかなり苦しく120%の力で声になっているのは70%ぐらいか?若き日のスパース・ヴェンコフって感じの声質でそんなに音程が正確なわけでもなし。オテロよりはきついがトリスタンやジークフリートよりは楽なはず。それにしても劇的な高い弦の細かいパッセージが聴こえないのは音響のせい。布に吸収されているか前のピットの板に止められているのか祖の両方かわからない。ヴェーヌスはヴィブラートが多すぎ鬼婆の様な声。「マリア」後の舞台転換は証明が変わっただけでつまらない。ホルンのファンファーレが周りの空間からやって来る。ちょっと速く59分22秒。

歌手は客席まで遠く離れても子音まで聴こえる。男声陣の燕尾服演出はシュトットガルトと同じ。タンホイザーは依然として滑らかさが無く純度の低い声である。エリザベートの声はこじんまりとしている。行進曲のファンファーレは後ろから。12本のトランペットは7本の縮小されているがそれでも煩い。音の不純物が多いのでシュトットガルトのように学生使っているのかと振り向くとみんな若い顔だらけ。シュトットガルトも練習でミスだらけでも本番では完璧にやってたがここは逆か?タンホイザーが斧で女性を切ろうとする。エクストラ・コアが多量に入って総勢150人くらいで大音量だが、後ろ向きに歌わせるのでトランペットの7人のファンファーレに完全に負けている。テンポが意外とせっかちで68分22秒。

第三幕の前奏曲は東京の学生時代散々ピアノで弾いて室内管弦楽に編曲して自分で振ったことがあるので非常に良く知っているが、この初稿と言う奴は後で出て来る指導動機とか万遍なく出て来て全曲に散らばり非常に長く軽く11分超してしまう。とにかくこの2転3転してしていきなり決まった指揮者はアインザッツが合わない。ロートは「べヴェヌート・チェルリー二」も初稿持って来たので来年のB・Aツィンマーマンの「兵士たち」のプレミエも極度に難解な初稿でやる可能性あり楽しみだが。ただ誰かが風邪で欠けると代替えが効かない。弦と管楽器、ティンパ二何時もバラバラ。次のレチタティーヴォもオケがかなり動く。合唱は弦バスの支えが良く効いてる。ヴィルフラムの「夕星の歌」の声はリリックすぎて「ヘルデン」テノールのフォクトみたいだ!最後の残りのチェロは蚊のように聴こえないので全然物足りない。最後に真ん中から出て来るエリザベートの死体の火葬と生きた今までのエリザベート2体が出て来て合計3体になる。何の意味があるのか解らない。テンポが速めでも1時間近く58分13秒。このドレスデン版は長い方で全曲3時間5分57秒。


Richard Wagner
Tannhäuser und der Sängerkrieg auf Wartburg
Große romantische Oper in drei Aufzügen
Libretto und Musik
von Richard Wagner (1813 - 1883)

StaatenHaus Saal 1 / 18:30 ? 22:35 / Vorstellung / 15 ? - 93 ?
Begleitveranstaltung
Mit Kurzeinführung in Saal 3 ab 40 Minuten vor Vorstellungsbeginn.
Inhalt
In der Lebenskrise des Minnesängers Tannhäuser offenbart sich der Konflikt zweier Prinzipien, die ihre Verwirklichung in streng voneinander getrennten Welten erfahren und jeweils von einer Frau repräsentiert werden:
In der Welt der Wartburg mit Elisabeth als weiblicher Lichtgestalt gefällt man sich im Besingen … von Idealen und in einer auf sittliche Sublimierung angelegten Lebens?weise. Im Venusberg wird dem Hedonismus und der Ich-?Erfahrung gehuldigt, die Bewusstseinserweiterung im Rausch gesucht und der Sex vergöttlicht. Tannhäuser, gleichermaßen mit künstlerischem Genie wie mit der Fähigkeit zum Genuss begabt, hat es in jeder dieser beiden Welten weit gebracht ? und dabei zugleich die jeweiligen Unzulänglichkeiten dieser Lebenskonzepte an sich selbst erfahren. Sein Versuch, sich dem von ihm empfundenen Wahn des Venusbergs zu entziehen und in die Sphäre seiner Seelenfreundin Elisabeth zurückzukehren, scheitert skandalös, als er sich während des Sängerwettbewerbs auf der Wartburg zu einer Eloge auf Venus hinreißen lässt. Damit führt er nicht nur seinen Ausschluss aus der Gesellschaft herbei, sondern zerstört auch das Leben der geliebten Freundin. Von nun an ist für Tannhäuser keine Welt mehr greifbar, in der zu leben für ihn eine Perspektive darstellen könnte.
In seinem Künstlerdrama stellt Richard Wagner einen charismatischen Charakter in den Mittelpunkt, dessen Aufbegehren gegen überlebte Normen und verbrämte Konventionen auf der einen Seite ihre Berechtigung hat, auf der anderen Seite, qua Überstrapazierung, die Gefahr des Selbstverlustes in sich trägt.
Wagners Beschäftigung mit dem Stoff dokumentiert sich in den verschiedenen Ver?sionen, die er von dieser Oper vorlegte, und sie fand nie wirklich ein Ende. ?Ich bin der Welt noch einen Tannhäuser schuldig?, äußerte er noch kurz vor seinem Tod.
Inszenierung
Generalmusikdirektor François?-Xavier Roth wird Richard Wagners ?Schmerzens?kind? in der puristischen Dresdener Urfassung von 1845 dirigieren. Der britische Allround?-Künstler und Ästhet Patrick Kinmonth, an der Oper Köln zuletzt mit ?Die Gezeichneten? und ?Solaris? vertreten, begibt sich mit seinem Ausstatter … Darko Petrovic in die verunsichernden Grenzbereiche zwischen virtueller und realer Welt.
?Doch such ich wen, der mir den Weg wohl zeige ...? (Tannhäuser, 3. Aufzug)
Besetzung
Musikalische Leitung Arne Willimczik / Inszenierung Patrick Kinmonth / Bühne Darko Petrovic / Kostüme Annina von Pfuel / Licht Andreas Grüter / Chorleitung Andrew Ollivant / Dramaturgie Georg Kehren /
Hermann, Landgraf von Thüringen
Karl-Heinz Lehner
Tannhäuser
David Pomeroy
Wolfram von Eschenbach
Miljenko Turk
Walther von der Vogelweide
Dino Lüthy
Biterolf
Lucas Singer
Heinrich der Schreiber
John Heuzenroeder
Reinmar von Zweter
Yorck Felix Speer
Elisabeth
Brit-Tone Müllertz / Kristiane Kaiser
Venus
Dalia Schaechter
Ein junger Hirt
María Isabel Segarra
Vier Edelknaben
Eva Budde / Mariola Mainka / Susanna Martin / Barbara Ochs / Martina Sigl / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang
Susanna Martin / Mariola Mainka / Barbara Ochs / Martina Sigl / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang / Eva Budde
Barbara Ochs / Mariola Mainka / Susanna Martin / Martina Sigl / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang / Eva Budde
Martina Sigl / Mariola Mainka / Susanna Martin / Barbara Ochs / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang / Eva Budde
Chor
Chor der Oper Köln
Extrachor
Extra Chor
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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クラウス・フーバー

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月 4日(水)22時50分10秒
  10月2日に亡くなりました。今日のSWR2はクラウス・フーバー特集。自分のコントラバス・ソロの曲グロテスクだと評価してもらったことがある。

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クラウス・フーバー

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年10月 4日(水)15時29分56秒
  スイスの作曲家:クラウス・フーバーがイタリアの別荘で死去。92歳!

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311. ドイツ音楽局指揮者コンクール 

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 9月30日(土)20時48分9秒
  9月29日、ケルン・フィルハーモニー

指揮者コンクールと言うと人の曲と人の楽器で音出しするので作曲以上に誰が本当に実力者かちっともわからないのが特徴。棒が上手い人でも練習が上手い人でも暗譜が得意な人でもない。それはあったほうが良いという程度の話である。あんまり個性が強すぎるとアーノンクールやシュルティ、ブーレーズ、バーンスタインのようにカラヤンに左遷されるし良く解ったものではない。その最終日を観る。

10時からギュルツニッヒ・オケで魔笛の第一幕のフィナーレのレチタティーヴォで良く指揮のオペラ講習会などで出る。自分もガーディナーのとこで学んだ。意外と難しい箇所。少年コーラス無しで入る。弦は86443の編成でドイツ人最終選考者が35、50、58、59、68小節と止める。弦のトリルはウィーン・フィルのように完全に合うわけじゃないし、音をどうしても出したくなりヴィブラートすると弦が強くなって重たくなる95小節。弦の純度はかなり混ざっているザラストロの113小節。古楽の影響でテンポは速め。良く聴いているが棒が意外といい加減。テヌートが来ると曲が重くなる152小節。スビトPは残響が残るので間を開ける常識。通しでコンバスの第5弦が美しいがトロンボーンは煩い。最後のウィリアムテル序曲はやはり速めで案外合わない。チェロのソロは安物っぽい。嵐はテンポ。音階は見過ごしたが打楽器にアインザッツがあっても良い。トランペットのファンファーレはPでちっぽけなもの。マーチのテンポが遅く燃えない。瞬発力がない。審査委員長のツァグロセックもその傾向があるがピッチが甘い。ここで最初の休み。

次はロッシーニのリゴレット第三幕の4重唱No.18。イラン人の候補者。外国人は言葉が不自由なのでそこから素質を見出されるのが大変だ。マーラーの「復活」交響曲イランで聴いたらあ指揮者になりたくなったのだそうだ。コンバスが4になりチンバッソが本格的に入る。以外と乱暴でアレクサンダー・ラハバリを思い出す。男は皆韓国人。一人はこの前の子供オペラの出演者でネズミ役。パヴァロッティまがいのテノール。押して押してもどんどん声が出て来るが音階上同じ声質には留まらないしフレージングもまだ未熟なのが若いところ。19、24、49、68、70小節と止める。88小節はアクセントを言うがイタ・オペはどうしても感情的な歌手への指導が中心になり、監視すべきオケに何もしないと勝手にどんどん音が大きくなるのがドイツのオケ。Tb.が煩すぎる。暴力的なアラブのクレッシェンド。sfzは34と37小節。又ロッシーニの序曲。今度はソロのチェロの安っぽさが少なくなるがまだある。更にソリのアンサンブルになる。嵐の木管の雨粒の音程はましだがもう少し詰められる。大太鼓とティンパニのバランスは同じでなければならない。トロンボーンはドイツのそれだが悪魔的なのでこのままで良いだろう?ストリングスが弱い。ホルンはきれいに割れて問題なし。田園のテンポは先ほどより落ち着いて直っている。ファンファーレは少し大きくなったがPのとこだけ大きくffは何処に行った?。ティンパ二は固すぎて煩い。ホルンは弦をかぶせない。最後の和音は長すぎない。またパウゼ!

フィガロの結婚の第二幕のフィナーレ。昔メクレンブルクのオペラのオケを振ったことがあるから良く知っているし良く出る演目。まずオケだけ857小節、899小節と止める。ハンブルクで勉強してるロシアの女の子だが英語で練習する。チェロのスケールが聴こえないが、木管はただのアップゼッツェンなので弱くて聴きたくない。ヴァイオリンのレガートはあんまり一緒に出ない。やはり木管のピッチが合わない899小節。同じ個所に歌を入れるが余り振らない851小節。最後のトランペットのドミソの和音形ぐらい派手に欲しい。戻って671、589小節。ホルンが大きすぎて弦が聴こえない。26小節でも注意。3度目のロッシーニ。ソリが慣れすぎて注意力が薄れてちょっと崩れて来る。ちょっと速め。嵐はリズムは合うがピッチは完全に直ってない。大太鼓のバランスが良くなった。ホルンは素晴らしく割れる。田園のテンポも良くなっている。ファンファーレもfまでは良くなっているがffではない。弦も大きくなったがシンクロンが完全なわけではない。

午後もあったが音楽図書館に行ってB・A・ツィンマーマンのスコアを買いまくったので見てない。

本番の前の解説はない。余りにも誰でも知っている演目すぎるからだ。ケルン放送響でまずブラームスから暗譜で。重い指揮ではないが音は重い。木管の迫力はないがバランスよくまとまっていてもハウプト・シュテインメが小さすぎる。係留音も小さすぎるが和音そのものはよく合っている。弦は16型で十分に厚いしヴィオラの精度も良いがこんなにシンクロンが合わないか?管楽器は弦ほど霞み切れない。14分07秒。

イラン人のマンフレッド序曲。国家に核兵器開発を止めさすにはそこの音楽を振興するしかない。ファジル・サイの様な乱暴さがある。第3トランペットはppしか出てこない代物。
木管の一緒に出るアインザッツは上手く行かない。12分20秒。

ドイツ人の「ティル・オイレンシュピーゲル」。ドルチェで始めるのが難しい。スコアにあるトランペットとホルンの倍管の演奏って見たことないがここでもそうだ。誰かがクラリネットの蓋を落とす。最後の小太鼓はスネアがあったほうが死刑にできる。Esクラは絶叫で音がひっくり返って全部出て来なくなってミスだが反ってこの曲に合ってる。15分54秒。

休みの後ギュルツニッヒ・オケに代わって、魔笛。タミーノの良い声。やっぱりここのレチタティーヴォが一番難しい。次にリゴレット。ここでケルンとボンの市長が出て来て話す。所為賞金の1万ユーロは税金から、残りの1万ユーロは金持ちからの寄付らしい。指揮者はオペラとコンサート同等に振れて初めて一人前とか話す。最後のフィガロ。一時歌手のテンポが速くなるが持ち直す。それで休みで出て行くときにボンの市長と選挙で首刺されたケルンの市長の会話がイラン人は出て来るのが苦労してるから良いとか丸聞き。それからバレンボイムとそのイスラエル・アラブ・オケの会話が耳に入ってくる。最後のウイリアムテルはもう3回練習で聴かされたので汽車も無くなるからここで出てきた。多数決に決まってるが誰が一位がは知らない。

こういうのは必ず国籍や性別がバランスよく配慮されるのは何処でも決まっている。楽器のようにカーテンではなく作曲のように名無しの楽譜プログラムのスコア審査でもないのでとにかく見ないとわかんないからである。言葉で有利なドイツ人も入る。だから最終にドイツ人、イラン人、ロシア人が入り、女が一人残るのはどこでも同じである。後はヨルマ・パヌラが言うように完全に宝くじであるが最後は非常に政治的である。今SWRのラジオで言うにはイラン人が一位でギュルツニッヒ・オケのアシスタントが約束された。北朝鮮人だったらもっとよかっただろうが亡命されるので参加させられない、市長らが決めたわけでもないがこれで原爆開発の抑制と世界平和が少し促進される。音楽が豊かな甘ったれ国から来た指揮者の順位は言わなかったので知らん。

29.09.2017 Freitag 20:00 Uhr
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Deutscher Dirigentenpreis
Finalkonzert.
Ensemble und Internationales Opernstudio der Oper Köln, WDR Sinfonieorchester Köln, Gürzenich-Orchester Köln
Kölner Philharmonie

Ensemble und Internationales Opernstudio der Oper Köln

WDR Sinfonieorchester Köln

Gürzenich-Orchester Köln

Deutscher Dirigentenpreis
Finalkonzert

Namhafte Wettbewerbe für junge Musiker gibt es viele, aber nur wenige für Dirigenten. Der Deutsche Dirigentenpreis wird 2017 erstmals vergeben und soll als Sprungbrett für große Karrieren dienen. Denn den Preisträgern winken nicht nur hohe Preisgelder, sondern auch Konzert-Engagements und Assistenzen bei deutschen Orchestern und an Opernhäusern. Durch die Nachwuchsförderung wird ein wichtiger Beitrag für die von der UNESCO-Kommission als immaterielles Weltkulturerbe ausgezeichnete deutsche Orchester- und Theaterlandschaft geleistet.

2 Pausen | Ende gegen 22:45

Das Konzert im Radio: WDR 3 live

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陸上イージス、東西2基配備で検討 佐渡・対馬など候補

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 9月24日(日)05時47分40秒
  それよりも電磁パルス攻撃の対策早く取れよ!

 政府が、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威などに備えて新たに導入する陸上配備型の迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」について、主に日本海側の地域に、東西1基ずつ計2カ所に配備する方向で検討していることがわかった。2023年度をめどに運用を開始する方針。複数の政府関係者が明らかにした。

陸上イージス導入を正式表明 防衛相、米側に協力求める
陸上イージス・宇宙部隊…日米連携が理由、新装備次々

 既存の自衛隊施設内での配備を前提に候補地選びを進めており、東日本は加茂分屯基地(秋田県男鹿市)と佐渡分屯基地(新潟県佐渡市)、西日本は海栗島分屯基地(長崎県対馬市)、福江島分屯基地(同県五島市)などが挙がっている。

 イージス・アショアは2基あれば日本列島をカバーできるとされる。本体費用は1基約800億円と見込まれ、米国との協議で金額を確定させたうえで、18年度当初予算案に基本設計費を計上する方針だ。運用開始の時期について、小野寺五典防衛相は「最速のスケジュールで導入したい」と述べており、23年度より早まる可能性もある。

 イージス・アショアは弾道ミサイルを大気圏外(宇宙空間)で迎撃する。政府は8月、米国からの購入を決定。日米防衛相会談でこの方針を米側に伝えた。

 ログイン前の続き米軍は15年にルーマニアに配備し、18年にポーランドにも配備予定。日本は世界で3例目となる。政府は、新たに用地を取得するよりも、電波障害など地元の懸念を軽減できる利点から航空自衛隊のレーダーサイトなど既存施設での配備が現実的だと判断した。

 現在の日本の弾道ミサイル防衛態勢は、まず海上のイージス艦が迎撃ミサイル「SM3」を発射し、撃ち漏らした場合に地上配備型迎撃ミサイル「PAC3」が迎撃する2段構え。緊迫する北朝鮮情勢を受け、イージス艦を常時日本海に派遣しており、海上自衛隊の負担増が課題となっていた。防衛省は、イージス・アショアを組み合わせればミサイルへの対処能力が向上するほか、南西方面にイージス艦を展開しやすくなる、としている。

 11月初旬にトランプ大統領が来日した際の安倍晋三首相との会談でも、弾道ミサイル防衛(BMD)体制を含む防衛力向上が主要議題の一つになる見通しだ。

 課題は、BMD体制の維持・強化にかかる巨額の費用だ。さらに、北朝鮮のミサイル技術は移動式発射台や潜水艦発射型などの実験を重ねて向上しており、北朝鮮が一度に大量のミサイルを発射した場合、「イージス・アショアを使っても百発百中は技術的に極めて難しい」(防衛省幹部)のが実情。BMDには「際限がない」との見方もあり、政府関係者は「弾道ミサイルを高確率で迎撃できる抑止力を日本が持とうとしていることを、相手に認識させることが重要」と話す。

     ◇

 〈イージス・アショア〉米ロッキード・マーチン社が開発した陸上配備型の迎撃ミサイルシステム。発射された弾道ミサイルを大気圏外(宇宙空間)で迎撃する。米軍は2015年にルーマニアに配備したほか、18年にポーランドにも配備予定。日本は世界で3例目となる。防衛省の試算によると本体費用は1基あたり約800億円で、運用には約100人の要員が必要。

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310.Die Heinzelmännchen zu Köln ケルンへのヘッジホッグ(ハリネズミ)9月19日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 9月20日(水)18時59分9秒
  プログラムは売ってない。予習無しの子供でもすぐ解るように曲も話も演出されているから。子供と同じく車椅子の老人も第一列目に多い。子供用のオペラと言うことだが舞台と各席の配置が前回とはまた異なる。本来のオペラハウスではないメッセ用の広い空間なので毎回自由にアレンジできるのである。ジャズ・オペラと言うことで伴奏するのはジャズバンドが正面の舞台の天井に配置、歌手は客席のモニターでアインザッツを見る。天井のコンボはサックスがクラリネット持ち替えで、クラシックなバイオリンも1丁入っている。

始まる前から指揮者無しでジャズバンドによる序曲が始まる。所謂地域オペラでこれだけの為で残らない方が多い。器楽も作曲する名が通った作曲家だとノーノ、シュトックハウゼン、リゲテイ、ラッヘンマンのように外国に出るのが多いが、地域オペラはまず外には出て行かない。

歌手の伴奏のジャズ・コンボはほとんど即興はしないと思う。その都度変られたら歌手のアインザッツがわからなくなって混乱する可能性があるからである。実質は吹奏楽で伴奏したオペラと言う感じの出来上がり。

歌手がチンドン屋のように打楽器を体に背負って叩く。字幕は横にあるが薄くて全く見えないので意味なし。歌手が伴奏の前なので後が煩くとも良く聴こえるが、更にマイクも通しているので当たり前。台詞があるのでオペレッタでもあるが、歌いながらの踊りもあるから事実上のバーンスタインみたいなミュージカルである。しかしヴァイオリンのソロはクラシックの要素も思い起こさせる。何時も出て来る韓国人の台詞も訛りはないヘルメットをかぶったハリネズミ。

原色が多い子供用の舞台。突如キーボードの音色をチェンバロにして古典的なレチタティーヴォ。ジャズ、クラシック、オペレッタ、ミュージカルの総合舞台。間奏の間に舞台転換。携帯電話の電波が来ない演技。紙飛行機がブーメランでよく飛ばない。プッチーニの「ジャンニ・スッキッキ」の引用歌唱。合唱指揮の真似。

ケルンはジャズ・オペラが昔からある。B・A・ツィンマーマンの「兵士たち」にも入っていて異常な効果を出している。管弦楽曲にも素材としてよく入る。

ジャズ・バンドが背広を反対にして衣替えと同時に歌詞たちも服装チェンジ。会場の子供たちにも歌わせる。最後のほうに照明がディスコみたいになってくる。声が増幅されているのでどの方向から誰が歌っているのかがわからない。ジャズバンドが9人なのでクルト・ヴァイルの様な「3文オペラ」にも近い。

最後の打楽器、コンバス、ピアノ、ヴァイオリン以外のジャズ・バンドが行進して出て来る。最後には完全にディスコ。80分。

Ingfried Hoffmann
Die Heinzelmännchen zu Köln
fröhliche Jazzoper für Kinder
Text und Musik von Ingfried Hoffmann
empfohlen für Kinder ab 6 Jahren
Auftragswerk der Oper Köln
19 Zum Kalender hinzufügen
Di /
Sep 17
StaatenHaus Saal 3 / 11:30 ? 12:50 / Vorstellung / ? 12,5,-/7

Inhalt
Wer glaubt denn an Heinzelmännchen? Peter, der ein berühmter Musiker werden will, jedenfalls schon. Doch er muss die New Yorker Musikstudentin Eve erst von der Existenz der Heinzelmännchen überzeugen. Obwohl Heinz und die anderen Heinzelmännchen immer wieder heimlich in die Begegnungen von Peter und Eve eingreifen, … lacht Eve über die Leichtgläubigkeit Peters. Erst als Heinz die beiden jungen Musiker auf die Bühne einer einzigartigen Live-Show bringt, lässt sich Eve umstimmen. Denn es gibt nur ein Zaubermittel, mit dem Heinzelmännchen sichtbar werden können: die Macht der Musik.
Inszenierung
Vergnügte Melodien, hitverdächtige Songs und raffinierte Harmonien kennzeichnen die Kompositionen von Ingfried Hoffmann, der sich bereits mit der überaus erfolgreichen Jazzoper ?Vom Fischer und seiner Frau? in die Herzen ? nicht nur die der Kinder ? schrieb. Es inszeniert Kinderopernleiterin Brigitta Gillessen, … die im StaatenHaus zuletzt Carl Orffs ?Die Kluge? in Szene setzte.
Besetzung
Musikalische Leitung Rainer Mühlbach / Inszenierung Brigitta Gillessen / Bühne & Kostüme Christof Cremer / Licht Philipp Wiechert / Choreografie Athol Farmer / Dramaturgie Tanja Fasching /
Eve
María Isabel Segarra
Peter
Dino Lüthy
Heinz, Chef-Heinzelmann
Matthias Hoffmann
erstes Heinzelmännchen
Young Woo Kim
zweites Heinzelmännchen, umsatzverrückter Ladenbesitzer
Insik Choi
Heinzelkindchen, shoppingsüchtige Passantin, erste übermütige Kellnerin
Maria Kublashvili
erstes Heinzelfrauchen, zweite übermütige Kellnerin
Judith Thielsen
zweites Heinzelfrauchen, dritte übermütige Kellnerin
Sara Jo Benoot
Orchester
Jazz-Ensemble der Kinderoper Köln

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309. WDR今シーズンの第一回定期、9月15日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 9月16日(土)22時35分18秒
  まずは何時ものように1時間前の解説から。お姉ちゃんが出て来て自己紹介。ケルンの大学で音楽学やってその後音楽マネージメントも学んだとか?ここの職業教育だけはちゃんと正しい人が正しい仕事をしている。

まずはショスタコ―ヴィッチの1953年の10番から解説。これもマーラーの5番と同じ共良くやりすぎる演目。アマチュアも良くやる。前回は同じWDRでビチコフの指揮でハイドンの44番のホ短調の交響曲と共に聴いている。最後にティンパニのソロのパッセージで良く濁ってしまうもマーラーの5番と同じである。カラヤンが生前にレコードに入れたたった1曲のショスタコ―ヴィッチなので後続の弟子指揮者たちもやるわやる。楽器編成が手ごろで歌はないし演奏時間も50分超えるので時間つぶしも十分にできるプログラムである。

何時の通りスターリンの死の話が出て来る。音例として曲の冒頭から聴く。第二楽章のスターリンの暴力シーン、第三楽章のD.SCHモティーフ、対4楽章の喜び組シーンは何時もの通りで、それぞれ音例が付く。

次に今晩のカレヴィ・アホの打楽器協奏曲の解説が続く。今までなんかの現代音楽の教科書でスェ―デン人かと思ったが、もう一人のサーリアホと同じくフィンランドの作曲家だった。音例を聴くがやはりリズムがあるのでちょっと失望。

とにかく作曲者が来てたので舞台に上がってもらって解説。子供の頃はマンドリンで育つ、作曲界のヨルマ・パヌラと言われるこの前死んだラウタヴァ―ラの弟子。ドイツ語は喋れるがボソボソと早口で話すので聞き取りにくいがまあーわかる。英国の打楽器い奏者のために2010年に作曲。ドイツだけでも去年だけで12回の再演。タイトルは初めにあるのではなく後からでっち上げで付く。舞台のセッティングは20m必要。1日1ページ書き3か月もかかっているので速く作曲すると本人は言う。オーボエ協奏曲のようにアラビアのリズムも使って、会場の質問ではピアノ使うのかとか基本的な質問ばかり。普通はわかる。実際に音が出ると思ったよりも良いとわかるのは同僚と同じ。後で見直すのも非常に少ない、当たり前か?委嘱無しでも作曲はできる、これも当たり前。

実際のコンサートではこの前死んだペーター・サドロのようなスター打楽器奏者のグルービンクが鉄棒・重量挙げ選手のように滑り止めの粉を手に塗っているらしい。太鼓を背負って日本太鼓のような始まり方。彼が有名になったのはその実力よりも毎週放送される世界のソリスト紹介のTVで司会をやっているからである。これを世の人は世界最大の打楽器奏者と簡単に思い込んでしまうのはトランプのフェイク・ニュースと昔から同じ現象。

ソリストは体操選手みたいに動き回るので譜面台観てる暇なくて全部暗譜で演奏する。次第にポップ長にリズムで調子に乗る。フィンライド調に流れる音楽。3管編成14型、サックス、オケのティンパニ6個はソリスト的役割。両脇の2X 2 のステレオ大太鼓が印象的。TVカメラが入っている。ノルウエー人のお姉ちゃんが打楽器との長いデュエット。ペーター・サドロの様な見世物場面でスター的太鼓叩きは毎夏日本から来る日本太鼓グループにもある。ヴァイオリンとのソリ。日本の安物時代劇の様なパッセージまたは楽想。ショーマンシップ旺盛。FMラジオの予告で40分と言ったが実際にかかったのは37分。

それで調子に乗ってアンコール。撥の後ろで叩いたり見世物ばかりするから、ほどなくして撥を落とす。終わったら客が帰ったのか少し少なくなった。

ショスタッコの10番はヴィオラが一番冴えてる。ティンパニがダメ。木管も良い。次に低音弦。並なのが高音弦、ホルンは甘すぎて最悪。23分23秒、4分30秒、12分12秒、序奏のオーボエの極度のダイナミックのコントラストが素晴らしい!12分00秒。手を叩く暇もなしに電車に飛び乗る。

15.09.2017 Freitag 20:00 Uhr
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Martin Grubinger in Köln
M. Grubinger, WDR Sinfonieorchester Köln, J. Saraste: Aho, Schostakowitsch
Kölner Philharmonie

Martin Grubinger Percussion

WDR Sinfonieorchester Köln
Jukka-Pekka Saraste Dirigent

Martin Grubinger in Köln

Kalevi Aho
Sieidi (2010)
Konzert für Percussion und Orchester

Pause

Dmitrij Schostakowitsch
Sinfonie Nr. 10 e-Moll op. 93 (1953)

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 22:00

SinfoniePlus 5,50 Euro (Einheitspreis bis 25 Jahre/keine Ermäßigung)

Das Konzert im Radio: WDR 3 live
und im Livestream auf www1.wdr.de/orchester-und-chor/sinfonieorchester/
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung in das Konzert


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

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ジークフリート・クーラー

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 9月13日(水)22時40分50秒
  指揮者のジークフリート・クーラーが94歳で死去。ヴィースバーデンのGMD、ハノーファーの指揮科教授。

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ウィルヘルム・キルマイヤー

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 8月21日(月)16時04分51秒
  ミュンヘンの調性作曲家ウィルヘルム・キルマイヤーが死去。89歳!

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308.国際無声映画祭、ボン、8月18日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 8月20日(日)05時27分3秒
  その前に雨の中ボンからデュッセルドルフまで図書館に回る。ホリガーの木管五重奏曲「h」はスコアが無いがパート譜だけ売りに出ててた。特に構造や形式は見なくとも木管楽器の専門家が書く譜面は信用できるから個々の楽器の奏法の勉強でも信頼できるので買いである。ベートーヴェンのハ長調ミサのパート譜も手に入れたがこちらは全部揃っていなかった。一方ケルンの図書館はデンマークの作曲家ベアヴァルトの1番があった。これから新しく研究しようとする作曲家である。結局メンデルスゾーンの合唱曲やヘンデルの合唱曲含めて両方の図書館で17冊を10ユーロで済ませた。

途中地下鉄の映画音楽のポスターに目が留まった。どうも最近フィルハーモニーでライブのオケの映画音楽やらないと思ったら数万人入るアレーナの方でやっていた。どんなに高くとも売り切れるので最近出てこないなと思ってたら巨大なアレーナに引越ししていたのだ。今回は「スター・ウォーズ全曲」らしい。ここでは日本の自己満足的なCDやDVDは売れないで、その代わりどんなに高くともみんなライブ音楽の方にだけ集まる。とにかく雨が酷い1日だった。

2年ぶりにボン大学の構内に入るともう準備が始まっている。2人の音楽家は始まる前からウォーミング・アップ、と言っても書かれた音楽ではないから練習してもしかたが無いのであるが。今回はドラムセットが入っているのが珍しい。何時ものように即興演奏しか興味が無いから即興演奏家の後ろの席に座る。演奏家だけにテントがある野外映画館。生のフィルムに焼き付けない二度と聴けない即興音楽の無声映画は、集まりが違って雨天でも最前列以外はほぼ満員。

始まりが遅れている。フィルムの長さは決まっているので演奏は急げない。日本の戦前の東京の風景。文部省の制作。予想通りに五音音階で始まる。汽車の旅。日本語の字幕も載ってる。そこに西洋音階が混ざって来る。田舎の駅の切符売りの様子。

最近は即興演奏家の小さなミスまで細かく解るようになった。自分でも何度も経験あるからだ。高音を半音で隣の音も触ってしまった。このミスを隠そうと素材として思い直して使って堂々と展開・発展させてしまう。途中で何回もピアニストはヴィオリンに持ち替え。雨が降ってきて会場がザワザワとなる。脇の石の廊下に引っ越して立って見た。顎に抱えたままピアノも弾く。ドビッシーの「沈める寺院」の様な5度の音楽。音楽の多くは自由な調性。これが原爆や宇宙映画だと無調に変化するはずだ!

宿屋の風景。また五音階。外の空で誰かが光るドローンを飛ばしている。日本橋・上野公園・動物園。ライオンに移った時の音楽の変化は凄く遅かった。小さなミスの一つ。予め映像は見てるはずだが、音楽に集中し過ぎてスクリーンを見てなかったのか?帝国図書館、講演会。チャップリンの様なコメディーはみんなが笑う。最後は「さくらさくら」で汽船が出向して終わり。休憩。

WIE MAN SICH IN TOKIO BENIMMT
Freitag, 18.8.2017, 21.00 Uhr ? Arkadenhof der Universität Bonn
Von einem Provinzbahnhof aus treten ein Vater und seine erwachsene Tochter eine Reise in die Hauptstadt an ? drei Jahre, nachdem das Große Kantō-Erdbeben 1923 weite Teile Tokios zerstört hat. Durch die Augen der Reisenden nehmen die Kinozuschauer inszenierte Alltagsszenen entlang der Strecke und dokumentarische Bilder des Bergs Fuji wahr. Vom ältesten Sohn, der sie am Tokioter Bahnhof erwartet, werden die Gäste vom Lande im offenen Automobil zu öffentlichen Plätzen, Geschäftshäusern und Sakralbauten chauffiert. Nach einem Mahl im Verwandtenkreis geht es mit der Tram quer durch die Stadt, von alten Wohnquartieren zu den großzügigen Neuanlagen. Bei diesem Sightseeing lässt der volkspädagogische Film keine Gelegenheit aus, den Neuankömmlingen in der modernen, wachsenden Metropole in lustigen Episoden falsches und richtiges Verhalten zu demonstrieren ? in der Straßenbahn, in der Universitätsbibliothek, bei Vorlesungen und im Restaurant. Jörg Schöning
The Ministry of Education became aware of the importance of film as a medium for documentation and reportage just after the Great Kanto Earthquake, and continued to produce educational films after that. In 1925 they produced as many as 20 films. PUBLIC MANNERS: TOKYO SIGHTSEEING introduces the tourist spots of Tokyo just as the city is recovering from the earthquake damage. The film also shows what the Westernized and urban lifestyle was like at the time, and
humorously highlights the geographical and psychological distance between the city and the countryside. Kaname Mori (1878?-?) was a veteran director who had started making films at Yoshizawa Shoten, and continued to direct a large number of period films at the Shochiku Kamata studio. By the time Mori directed this film he had moved to Teikoku Kinema, after the earthquake, and switched to making educational films. Fumiko Tsuneishi, Le Giornate del Cinema Muto, Pordenone 2005
Zur Verabschiedung des Sohnes besuchen Vater und Tochter zum ersten Mal die Groß stadt Tokio. Der Film wurde vom japanischen Bildungsministerium produziert, um aufzuzeigen, wie man sich in der Stadt zu verhalten hat. Die vergnüg liche Rah men handlung führt uns in beeindruckenden Bildern das von westlicher  Kultur beeinflusste Großstadtleben vor, das die Protagonisten staunen lässt. Das  National Film Center in Tokio hat den Film wunderschön restauriert. / Father and daughter travel from the country to the capital to see their son and brother off and visit the attractions of Tokyo. This film was produced by the Japanese Ministry of Education to display the rebuilt capital, following the  devastating earthquake of 1923. The enjoyable background story guides us through impressive images of the Western-influenced metropolis. A beautiful restoration by the National Film Center of Tokyo.
KOSHU SAHO TOKYO KEMBUTSU Japan 1926 Regie / Directed by: Kaname Mori Kamera / Cinematography by: Shigeru Shirai Darsteller / Cast: Kaoru Hose Hanako Kitamikado Namiko Matsuyama Teiichi Yanagida Produktion / Produced by: Mombusho Format: 35mm Farbe / Color: schwarzweiß / black and white Länge / Running time: 57 min Zwischentitel / Intertitles: japanisch mit englischer und deutscher Übersetzung / Japanese with English and German translation Musik / Music by: Günter A. Buchwald (piano & violin)

雨が演奏者に当たるらしく背中もビニールで覆う。ピアノは交代して次のイギリス人の演奏者はアコーディオンに持ち替えるようだ!アメリカ映画の前に2分間に短いフィルム・ファンファーレ!ピアノとドラムセットの即興演奏は良く合う。更にこのピアニストはフルートにも持ち帰るようだ!左手で演奏して右手でピアノを弾く。

アリゾナ・バー。ライアーの音が聴こえる。あまり使わない高音域にプレペアードもしているのか?またフルート持ち替えてモノローグ。喧嘩の風景。又右手でピアノ。今度は内部双奏法か?しかしどっちかと言うとジャズの様なポップス音楽。とにかく電車が無いので15分前に出る。帰りは何時もの地獄の風景で家まで徒歩でたどり着いた。午前2時。

BRANDING BROADWAY
Arkadenhof der Universität Bonn ? Freitag, 18.8.2017, 22.30 Uhr
23
Hart spielt seine übliche Rolle des Wild-West-Schlägertypen, bis er vom Sheriff an Händen und Füßen gefesselt und auf einen Schnellzug Richtung Osten gesetzt wird. Da er auf Abenteuer aus ist, geht er nach New York. Was für ein Ver gnügen, Hart in einer ganz neuen Rolle zu sehen, wenn sie auch auf seiner bevorzugten Linie liegt. Und was für ein Vergnügen, eine köstliche Komödie zu sehen, mit brillanten Zwischentiteln von einem Mann, der weiß, wie man sie schreibt! Die Geschichte ist fast bis zur Farce überspannt, aber so logisch aufgebaut, dass sie durchweg möglich erscheint. Das gemeinsame Bestreben von Autor, Regisseur und Hauptdarsteller bringt eine feine Kunst hervor. Die
Komödie ist in ihrer Entwicklung weitgehend körperbetont, voll zeitgenössischem Sportsgeist, aber sie sprüht vor Humor. Louis Reeves Harrison, in: Moving Picture World, 7.12.1918
In this new Artcraft William S. Hart brings his breezy, highhanded western methods east and gets away with a lot of rough stuff right in New York. For the first time in his screen career the star is seen in a dress suit and he wears his clothes remarkably well. The only thing that does not suit him is a “topper” for which he seemed to have a particularly unfriendly feeling. Mr. Hart directed the picture himself, under the supervision of Thomas H. Ince. The story was written by C. Gardner Sullivan and it is one of the best he has done for the star. From Bob Sands, a hard riding, hard drinking cattle puncher, to a guardian and “nurse” to the obstreperous son of a New York millionaire, Mr. Hart gets a wide scope of acting and fills the bill to a nicety in both extremes. Wonderful locations west and east have been chosen and the photography is unusually good. BRANDING BROADWAY will undoubtedly be a popular feature. Variety, 29.11.1918
William S. Hart war der große Westernheld des frühen amerikanischen Stummfilms, der am Ende der Filme nach gelöstem Konflikt regelmäßig in die weite Landschaft davonritt. In dem Film BRANDING BROADWAY, den das Museum of Modern Art in New York restauriert hat, landet in New York und arbeitet als Bodyguard für den verzogenen Sohn eines reichen Eisenbahnmagnaten. Die sehr unterhaltsame Komödie, die Hart selbst inszeniert hat, zeigt ihn von seiner besten Seite. / William S. Hart was the great Western hero of early American silent film, who regularly rode off into the
sunset after resolving a conflict. In BRANDING BROADWAY,  restored by New York’s Museum of Modern Art, the westerner finds himself in New York to work as a bodyguard for the spoiled son of a rich railroad magnate. This very entertaining comedy, directed by Hart himself, shows him from his best side.
BRANDING BROADWAY USA 1918 Regie / Directed by: William S. Hart Drehbuch / Written by: C. Gardner Sullivan Kamera / Cinematography by: Joe August Darsteller / Cast: William S. Hart Seen Owen Arthur Shirley Lewis W. Short Andrew Robeson Produktion / Produced by: William S. Hart Productions Premiere: 15.12.1918 (New York) Format: 35mm Farbe / Color: viragiert / tinted Länge / Running time: 59 min Zwischentitel / Intertitles: englisch / English Musik / Music by: Stephen Horne (piano) Frank Bockius (drums)

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ヨアヒム・カイザー、音楽評論家

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 8月 9日(水)06時12分31秒
  ヨアヒム・カイザー、音楽評論家、批評界の法王とも言われる。88歳で5月11日に死去。フランクフルト大学のテオドール・アドルノの弟子のひとり。

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死去

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 7月27日(木)22時38分36秒
  オーストリアの作曲家:パウル・アンゲラーが90歳で死去!

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307. ボンの「ピーター・グライムス」7月15日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 7月17日(月)01時25分26秒
  これでこの演目も「ヘンゼルとグレーテル」、「トスカ」などとともにケルン、デユッセルドルフ、ボンと3つのハウスでそれぞれ違った音楽家と演出で全部見たことになる。しかもデユッセルドルフのように有名な歌手が演出したというのは同じで、更に美術も担当し自分も自らタイトルロールも歌うという公演にぶつけるためだが、5月は現代音楽があってダメで、6月は代役で7月まで待ってて結局は今シーズン最期の公演になってしまった。今回はこのオペラを見る前にピアノでヴォーカル・スコアを全部自分で弾いて確認した。

木管が何時ものように正面に座ってて耳のバランスに優しい。騒ぎの音。オーケストレーションが歌手を邪魔しない様にきちんと配色されている。これだけ上演されるとこの曲の価値は「リング」や「ヴォッツェック」様な革命的な音楽史に残らなくとも、常時演奏されるベートーヴェンの「フィデリオ」やウエーバーの「魔弾の射手」の価値に匹敵する。序幕は中幕を通した裁判対話形式。ケルンやデユッセルドルフでも時々出すスター歌手だが普通狙って行かないが、今回のホセ・クーラははっきり聴こえる張りのある声でもそれでも脇役も質が高いのでかなり埋まってしまう。オケがドイツ風にがさついている。最初から音そのものを磨いて無ければ!

第一の間奏曲、コントラ・ファゴットが良いスパイスを効かせる。ブリテンの分三和音による印象主義的和声効果。ウィーンやヴェローナのような伝統的な舞台は本職の演出家ではなくて素人の歌手が演出したせいで非常に解り易く暗い。韓国人のダメ牧師の声が良いし、黒人のエレンは舞台がイギリスなので違和感がない。プッチーニの「三部作」の最初の2作の様なので事は深刻な音楽に乗って運ぶ。第二の稲妻と雷を伴う嵐の間奏曲は回り舞台。イサン・ユンを思わす弦の語法。戸が風で回って音をわざと立てている。ワーグナーの「パルジファル」に見られる同度カノン風の語法。頻繁にオスティナートの伴奏の上に交響組曲「シエラザード」のような歌などが繰り返さない自由に動く。53分11秒。

二幕は第三間奏曲の後にその家に十字架の穴を開けただけで教会にする。面白い工夫だ!合唱が何時も前で歌ってくれるので良く聴こえて頼もしい。音楽を犠牲にするプロの演出家とは正反対である。間奏曲としてのパッサカリア。またイサン・ユン的なヴァイオリンの語法が聴こえる。バルトーク風の音響音楽。最初の指導動機が歌に現れる。46分56秒でリヒト・パウゼなので聴衆は出て行かれないで次の幕を5分間ぐらい我慢して待つ。

第三幕の間奏曲。舞台上のバンダは意外と長時間演奏する。「ヴォツェック」の安っぽいダンスみたいなのを踊りまくる。この合唱の場面はかなり集中し長く圧倒するので「ボリス・ゴドゥノフ」のような異常な凄さを少し感じる。ヴィラッソンのようにしょっちゅう幕を下ろし結局家の4面体をすべて見せ少しずつ舞台を徐々に変えていく。組曲には含まれない無名の間奏曲。骸骨の家。グライムスが死んだ3人の子供を船で引き連れている。最初の呑気な指導動機が歌に表れる。戦争レクイエムのような合唱の伸びた増4度。ショスタコ―ヴィッチとそんなに変わらない長いモノローグ。又無名の間奏曲。船を沈めて自殺するように歌わないでよくわかるように舞台照明で船長に喋らせる。死んだ子供はエレンを迎え誘導する。何時もと変わらぬ宴会は続いている。37分27秒。

カーテンコールではクーラが後の裏方まで舞台に出した。
PETER GRIMES
Premiere
07 Mai
18:00 H

10 Mai
19:30 H

13 Mai
19:30 H

26 Mai
19:30 H

11 Jun
18:00 H

22 Jun
19:30 H

30 Jun
19:30 H

08 Jul
19:30 H
Letzte Aufführung
15 Jul
19:30 H
Opernhaus
Benjamin Britten
Oper in drei Akten und einem Prolog
Libretto nach George Crabbe von Montagu Slater
in englischer Sprache mit deutschen Übertiteln
In Koproduktion mit der Opéra de Monte-Carlo
HINWEIS |?Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Erfolglos als Chirurg und unerfüllt als anglikanischer Pfarrer, von seinen Zeitgenossen wie Jane Austen oder Lord Byron jedoch als Dichter geschätzt, spielt George Crabbe heute als literarische Größe freilich kaum mehr eine Rolle ? wenn er nicht in seinem reale Personen widerspiegelnden Gedicht THE BOROUGH eine Figur beschrieben hätte, die auf überraschende Weise zur Unsterblichkeit fand: Letter XXII dieses Gedichts trägt den Titel PETER GRIMES, und es ist dieser Abschnitt aus der poetischen Chronik des Städtchens Aldeburgh, der Benjamin Britten und seinen Librettisten Montagu Slater zu einem der raren, aber tatsächlichen Welterfolge der Oper des 20. Jahrhunderts inspirierte. Mindestens 38 Neuinszenierungen allein in den zurückliegenden drei Jahren seit Brittens 100. Geburtstag verzeichnen die einschlägigen Seiten des Internets, hinzu kommen noch jene, die an den großen Repertoirehäusern eine noch längere Laufzeit haben. Zahlen sind zuweilen von beredter Ausdruckskraft!
Seit der Uraufführung am 7. Juni 1945 im Sadler’s Wells Theatre in London ist Brittens erfolgreichste Oper unumstrittener Bestandteil internationaler Spielpläne. Die Geschichte um einen Außenseiter, der ? durchaus durch eigenes Verschulden wie z. B. übertriebenen beruflichen Ehrgeiz als Fischer und Rücksichtslosigkeit ? von einer feindseligen Dorfgemeinschaft in den Tod getrieben wird, hat wegen ihrer unverminderten Gültigkeit bis heute nicht an Unmittelbarkeit verloren.
José Cura, der in den zurückliegenden Jahren bereits in einigen Vorstellungen der Oper Bonn (als Cavaradossi in TOSCA und als Calaf in TURANDOT) zu erleben war, gibt mit der Produktion nicht nur sein Debut in einer Traumpartie, sondern wird auch selbst im eigenen Bühnenbild inszenieren.
Weitere Informationen:
- "In allen Aspekten der Arbeit": Interview mit José Cura über die Arbeit am THEATER BONN

Weitere Veranstaltungen:
Einführungsgespräch
OPERNFOYER | So, 23. APR 2017, 11h
Besetzung
Peter Grimes - José Cura [P] / Johannes Mertes [11.6., 22.6., 30.6.]
Ellen Orford - Yannick-Muriel Noah?[P] / Johanni van Oostrum [13.5., 26.5.]
Balstrode - Mark Morouse
Auntie - Ceri Williams
1. Nichte - Marie Heeschen
2. Nichte -??Rosemarie Weissgerber* [P] /?Panagiota Sofroniadou?[10.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
Bob Boles - Christian Georg
Swallow -?Leonard Bernad
Mrs. Sedley - Anjara I. Bartz [P] / Susanne Blattert?[10.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
Pastor Adams -?David Fischer?[P] / Jonghoon You [10.5., 26.5., 8.7., 15.7.]
Ned Keene -?Fabio Lesuisse* [P] / Ivan Krutikov?[26.5., 11.6., 8.7.]
Dr. Crabbe - Goswin Spieß [P] / Jan Löcher [10.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
Hobson - Daniel Pannermayr
Fischersfrau -?Asta Zubaite?[P] / Marianne Freiburg?[10.5., 13.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
Fischersmann - Nicholas Probst
Ein Anwalt - ?Georg Zingerle [P] / Dong-Wook Lee?[10.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
John (Der Lehrling) - Jaydon Morouse [P] / Moritz Hamelmann / Clemens Risse
William - Clemens Risse / Mika Wagner
Chor / Extrachor des Theater Bonn
Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung: Jacques Lacombe
Inszenierung und Ausstattung: José Cura
Licht: Thomas Roscher
Choreinstudierung: Marco Medved
Regieassistenz und Co-Ausstattung: Silvia Collazuol
Regieassistenz und Abendspielleitung:?Christian Raschke
Bühnenbildsassistenz:?Ansgar Baradoy
Musikalische Assistenz:?Stephan Zilias
Inspizienz:?Karsten Sandleben
*gefördert von den Opernfreunden Bonn
Aufführungsdauer ca. 2 Stunden. 45 Minuten; eine Pause nach dem ersten Akt.

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306. 「烙印された者たち」Franz Schreker (2度目)7月12日、ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 7月14日(金)04時48分47秒
  今まで見たオペラ・ケルンのうちでもう一度見るとしたらこれに限るということで最後のチャンスで言ってみた。ミュンヘンオペラ祭でも今年はこの曲がプレミエである。

途中雨が降って来たので駅にゴミ箱の上にカバンを置いて雨傘を取り出した。時間があるのでデパートにCD見に行ったらさっきまであったオペラのチケットがない。まさかこんなのシュレッカーのオペラ見たくて盗む人もいないのにと最期に見たのは電車の中だが、今日は「オペラの日」なので全席15ユーロ均一で前売りで安いので買い直そうかと思ったが、売り切れたらアウトだし、冷静にどこでカバンを開けたか思い出してみて、図書館で現代音楽のコラール前奏曲の楽譜だけを買って、ケルン・ドイツまで戻ってみた。落ちたとしたらゴミ箱しかない。どこでカバンを上げたか覚えていた。分別してあるので他は汚いので紙くず箱の上。でも中深部まで恥かしくも浮浪者のごとく手で探ったがやはりない。ここでなければホームしかないがありえないので、最後に勇気を振り絞って底まで手で探ったらやっとあった!これで入場のみならずそれに付いている帰りの電車代まで助かった。ただしこの騒動で中国食料品店に豆腐とモヤシを買いに行く時間は無くなった。

今回は40分前に解説するとちゃんと予告してあったので早めに入って出てきたのだが、例の口が上手く原稿なしのシェフ・ドラマトゥローグではなくて原稿読みのおばさん。一通りの代表作:「遠い音」とか「宝探し」、「炎」。「狂える焔」はクレンペラーの指揮でケルンで初演されてナチに邪魔されて56歳で死んだユダヤ人作曲家の事。戦前は大成功した作曲家だが戦後は顧みられず発掘・復活上演されたのが70年代。ケルンもこの曲は1979年が最後だった。

このオペラの特徴は20人もの配役。歌わない役も含めてやはり20人を超すR・シュトラウスの「ばらの騎士」に匹敵する。台本は自分で書いたらしいが、それでもディヒテュンク「詩」らしい。場所と時代は16世紀のジェノヴァ、ルネッサンスだがここの演出はヒッチコックの映画のように現代に持ってくる。音楽だけ改定は絶対に許されない。

音楽は発音的でベルカントらしく、R・シュトラウス、プッチーニ、ドビッシーの影響があるらしいが後者の2人の作曲家は余り、または全然感じない。印象主義に特徴な平衡5度等の連続も無いのだ。すべてはポリフォニー的に繋がっているドイツ音楽。前奏曲以外有名なアリアもない。

No.161の2013年と比べて指揮者がステンツからショルテスに代わり会場も変り舞台装置と4管編成の管弦楽の位置も変った。演技が前でオケが後ろになった。歌が良く聴こえる反面オケのクライマックスが良く聴こえないという欠点がある。昨日に続いて今日もギュルツニッヒ・オケと付き合う。プラデリウムよりも装置が少なくなっているような気がするが余った廃車などの大道具は重ねて舞台の外に出して展示している。

この曲の作品の地位としては「リング」や「ヴォツェック」みたいな革命オペラではないが、少なくとも「フィデリオ」や「魔弾の射手」などの価値にはとどまるであろうと思っている。

対斜的な和音の伴奏形の繰り返しを印象主義と見るのであろうが、そこに他の声部が対位法的に割り込んでくる。様式としてはマーラーの第7交響曲や「大地の歌」などの透き通った暗い夜の寒い風景である。勿論この様式はツェムリンスキーにも近いスタイル。ハウシルトのように不器用だが同じハンガリー人のショルティ―のように派手に動いて飛び上がる。ここの「ベンヴェヌート・チェルリーニ」のようにしょっちゅうバレエが割り込んでくる。あくまでもドイツオペラなのでメノッティのようなベルカントは感じない蛾」音楽は物まねのそれよりも優れている。46分32秒で休みなしに次の幕。

ハンス・ザックスのような声。印象性は暗くプロコフィエフやスクリヤービンに近い。45分18秒で休憩。

出番の多いバレエ。配役が入り組んで多いのはR・ワーグナーの楽劇とは反対の方向だがただし17人の「マイスタージンガー」は除く。コーラスをもコレオグラフィーして全員セックスのシーン。3幕は合唱が大量に出る。黒人のドイツ警察は頼もしい。最期は殺して終わり。第三幕は67分05秒で前回は通算2時間50分かかったような気がする。解説では3時間。テンポが速かったのか?

Die Gezeichneten
Oper in drei Akten
Libretto nach ?Hidalla? von Frank Wedekind
mit Kurzeinführung
Mi / Jul 12  Zu dieser Veranstaltung findet eine Begleitveranstaltung statt.
StaatenHaus Saal 2 / 19:00 ? 22:15 / Begleitveranstaltung
Die Kurzeinführung zu Franz Schrekers ?Die Gezeichneten? beginnt um 18:20 Uhr.
Inhalt
Der genuesische Edelmann Alviano macht sich aufgrund seiner Hässlichkeit keine Hoffnung auf Liebe. Carlotta, die künstlerisch ambitionierte Tochter des Bürgermeisters von Genua, fühlt sich von ihm angezogen und möchte seine ?schöne Seele? malen. Alviano versteht dieses Interesse an seiner Person falsch und wähnt … sich ernsthaft geliebt. Als Carlotta dem moralisch haltlosen Verführer Tamare verfällt und an dieser Beziehung zugrunde geht, tötet Alviano den Rivalen und wird wahnsinnig.Franz Schrekers in der Zeit der Renaissance spielende, 1918 in Frankfurt uraufgeführte Oper ?Die Gezeichneten? ist musikalisch dem Expressionismus verpflichtet. Im Zentrum des Geschehens, in dem auf fesselnd bildhafte Weise der Themenkomplex ?Liebe und Kunst? reflektiert wird, steht mit dem missgestalteten Außenseiter Alviano ein sogenannter ?Gezeichneter?.
Inszenierung
Das digitale Programmheft zu ?Die Gezeichneten? finden Sie hier.
Die Kölner Erstaufführung der ?Gezeichneten? fand im Jahr 1920 statt, gefolgt von Aufführungen weiterer Opern des Komponisten Franz Schreker, der mit seinen tiefenpsychologisch angelegten und emotional aufwühlenden Musikdramen in dieser Zeit zu den … meistbeachteten Komponisten auf deutschen Opernbühnen zählte. Von den Nationalsozialisten mit Aufführungsverbot belegt, geriet sein Werk über mehrere Jahrzehnte in Vergessenheit, bevor in den vergangenen Jahren eine Wiederentdeckung seiner opulenten musiktheatralischen Schätze einsetzte.
Patrick Kinmonth, der an der Oper Köln gemeinsam mit Robert Carsen Richard Wagners ?Der Ring des Nibelungen? realisierte und hier in der Folge mit ?Madama Butterfly? und ?Solaris? eigene Arbeiten ablegte, zeichnet für die Inszenierung verantwortlich, die im April 2013 Premiere an der Oper Köln feierte. Freuen Sie sich auf eine erlesene Besetzung, u. a. mit Gast-Stars wie Anna Gabler, Marco Jentzsch, Bo Skovhus und Oliver Zwarg. Am Pult des Gürzenich-Orchesters steht Maestro Stefan Soltesz.
Besetzung
Musikalische Leitung Stefan Soltesz / Inszenierung, Bühne & Kostüme Patrick Kinmonth / Co-Kostüme & Co-Bühne Darko Petrovic / Licht Andreas Grüter / Dramaturgie Georg Kehren / Chorleitung Andrew Ollivant / Choreografische Mitarbeit Athol Farmer /
Herzog Antoniotto Adorno
Oliver Zwarg
Graf Vitelozzo Tamare
Bo Skovhus
Lodovico Nardi, Podestà
Bjarni Thor Kristinsson
Carlotta Nardi, seine Tochter
Anna Gabler
Alviano Salvago, genuesischer Edelmann
Marco Jentzsch
Guidobaldo Usodimare, Edler
Martin Koch
Menaldo Negroni, Edler
John Heuzenroeder
Michelotto Cibo, Edler
Insik Choi
Gonsalvo Fieschi, Edler
Miljenko Turk
Julian Pinelli, Edler
Lucas Singer
Paolo Calvi, Edler
Matthias Hoffmann
Der Capitaneo di giustizia
Oliver Zwarg
Ginevra Scotti
María Isabel Segarra
Martuccia, Haushälterin
Adriana Bastidas Gamboa
Pietro, ein Bravo
Michael Pflumm / Ralf Rachbauer
Ein Jüngling
Young Woo Kim
Ein Mädchen
Maria Kublashvili
1. Senator / 1. Bürger
Alexander Fedin
2. Senator / 2. Bürger / riesiger Bürger
Martin Kronthaler
3. Senator / 3. Bürger
Julian Schulzki
Vater
Miljenko Turk
Mutter
Astrid Schubert
Kind (Junge)
Solist des Kölner Domchores
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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305. GO ブルックナー、ラッヘンマン、7月11日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 7月12日(水)17時50分8秒
  なんでスイス人の司会のパトリック・ハーンは数年前にまだ大人にもなってない美少年だったのに最近いきなり太ってあんなに髪が無くなった嫌らしいおっさんにしまったのか?年間のギュツニッヒ・オケのプログラムは彼と常任のロートで組んでいるらしい。今日のコンサートもネットでただで見て聴けるらしい。

まずラッヘンマンとブルックナーの音楽を組み合わせた理由をロートに聞く。この作品にはほぼ100年の開きがあるらしい。ロートの父はオルガニスとで長いブルックナーは嫌いらしい。これは「津波」だとか変な形容が入る。音楽家はいい加減な矛盾の答弁をしても証人喚問にかけられることはまず無い治外法権職。ただその作品に付いて嘘でもいいから何かいっぱい言うだけでみんな聴く気になるものだ。まあ―、8番はブルックナー様式の完成した作品だろう。

指揮者はブーレーズの様にフランス人らしくハーモニーばっかりに注目しているらしい。勿論それはあるがブルックナーで大切なのはゼクエンツなどの「連結」である。第一楽章の提示部の終わりを聴く、何と遅い!スーパー・オーケストラだとか言ってそこのホルンとワーグナーチューバとコントラバスチューバの音色の違いを聴き分けさせる。やはりギュンター・ヴァントの意識はあるが、彼のようにはどうしてもできないで、自分はどう料理するかだけだと白状する。

彼の過去のプログラムのブルックナーの4番もシェーンベルクやブーレーズと組み合わせた。来シーズンもリゲティと組み合わせるらしい。それを「電気ショック」と言わせる。今回のラッヘンマンも自分でもシュトットガルトを除いてもケルン放送響の1回限りの現代音楽に続いて2回目で完全にクラシック音楽のレパ-トリーに定着してしまった。今回は定期なので日・月・火と3回同じのやる。今後はベートーヴェンの生誕250周年に向けて同じことやるという。とにかくこの「タブロー」を聴いたことある人に手を上げさせる。やはり聴衆が違うので2・3人しかいない。とにかく前回のWDRの音源を流してみる。後は何時もの作曲者の言葉、「新しい美学」、「伝統への躊躇」、フランス語の「ムジーク・コンクレート・アンストルメンタル」。

1890年作曲改定のブルックナーは1楽章の最後の「死の時」を録音で聴く。音楽が徐々に静かに死んでいく。フィナーレのエンディングはヴァントの録音。第一楽章のテーマを強調する。

最期にこの演奏もタダで映像付きで実況生中継するのでみんなで携帯電話で家族や友達に知らせて見るように言う。有料のBPやメトにかなわないので全部無料にしたらしい。最近はウィーン国立歌劇場もそうなったらしい。何でも秘密が好きな日本の演奏部門はどんどん置いて行かれる。そんなの隠すの誰も聞かない!!!!

ラッヘンマンはあの「マッチ売りの少女」の初演の際に作られたもので、オペラの前奏曲みたいな機能を持っていて、4管編成でコンバスやホルンが8でも第一ヴァイオリンはピットに合わせて12だけ。打楽器も多いが5人だけ。後の席から聴くと特殊奏法だらけでも意外と大きな音がする。

開始3分半で突然指揮をやめる。音が間違ったのかなと思いきや、さっき1時間前に解説に来なかった聴衆のためにオケを使ったゲシュプレッヒ・コンツェルトが始まる。弦を解剖して第一ヴァイオリンの長三和音や第二ヴァイオリンの短三和音を見せてくれる。この時代はもう自由に書かれていてクラスターでさえもオクターヴを含むようになったと自分で言っている。やはりフランス人だとドビッシーのような連結しないまたは弱いハーモニーにこだわっている。多くのドイツ音楽は実際には連結している。更にその両者のヴァイオリンが同時でトリルでスル・ポンテチェロで単純な正体を完全に隠されるテクニックを披露する。その他には駒の上の奏法も説明。ノーノから来た空間シンバル。自分で勝ってに感動してフランス語でAlor!!!!!その後各楽器奏者を回って不快かどうだかインタビュー。現代音楽の都市のオケらしく違和感なく文句なくやり慣れていてそういうものだと肯定的な意見が続出。ブルックナー80分の中全部の内容がラッヘンマンに詰め込まれていて最後に全曲。10分25秒。通算30分で休憩で打楽器やピアノを片付け弦を16型に増強する。

ブルックナーはラッヘンマンのハープ1に対して3台入れるというサービスぶり。りまあ―、出番が少ないので退屈そうではあった。普通の16型でシンバルとトライアングルは暗譜。これだと自分も暗部で7番と同じくシンバルやトライアングルができる。

テンポはかなり遅く出るが徐々に速くなる。80分かからないかもしれない。ギュンター・ヴァントをみんなで思い出してるような演奏。15分30秒。

チェロのマーチのようなアーティキュレーション。やはりハープが3台でも響かない。しかし今日のチェロは勢いが良い。15分00秒かかって、ここでもう一度音全部合わせ。

アダージョの木管の経過句をクライマックスのように演奏してる。遅いようで意外と速い24分37秒。

何処でも12型でリングやるオケなので16型あるとさすがにトランペットの低音のファンファーレは聴こえなくなるすごい勢い。意外と楽想の転換にツェーズアやヴオータを入れている。やはり速く22分56秒。



11.07.2017 Dienstag 20:00 Uhr
Gürzenich-Orchester Köln, F.-X. Roth: Bruckner, Lachenmann
Kölner Philharmonie

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Helmut Lachenmann
Tableau (1988/89)
für Orchester

Pause

Anton Bruckner
Sinfonie Nr. 8 c-Moll WAB 108 (1890)

Pause gegen 20:20 | Ende gegen 22:00

Das heutige Konzert wird im Rahmen von GO PLUS aufgezeichnet. Der Video- und Audiomitschnitt ist in einigen Wochen auf der Homepage des Gürzenich-Orchesters unter www.guerzenich-orchester.de/go-plus verfügbar.
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte

Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

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204. ボンの「トスカ」、7月6日 TOSCA

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 7月 7日(金)18時34分0秒
  これで「トスカ」はケルン周辺の3つの街のオペラハウス全部見たことになる。特にケルンは会場を替えて2回。今回は最後のオペラ・ボンの公演。ケルンはシュレッカーの決して忘れられない「烙印された者たち」を来週もう一回見る予定。

今回は若い中学生か高校生が多い。多分学校ぐるみで貸切って来ているのであろう。余った席だけを一般に販売しているのでそんなに良い席は残っていない。

今回も木管楽器群が指揮者の前で頼もしい。変な音色的な偏りの不満がなくなる。5分遅れで開始。幕が開くと自転車で電話をかけてる味気のない背広を着たモダン演出?壁はそれでもあのローマのボロボロなので舞台上の雰囲気は出ている。指揮者は余りこの曲を知らないようだ。楽器とテンポのバランスがおかしい。変なところで立ち止まったりする。音自体には余りローマの匂いはしない。パリの匂いとは全然違うのである。特にミスするわけではないが板に付かない演奏。黒人のトスカはタバコ吸ってカヴァラドッシに水をかける悪女。かなり弦が薄く多分12、10、8、6、4.イタリアの愛の情熱が入らない。20分経過した時点でオペラが止まる、いや止める。コンピューターの故障で次の幕が開かないトラブルらしい。昔ウィーンの「ジークフリート」第三幕にもあったが、こういう問題は現代的らしい。5分待って再開。合唱が良く揃っている。演出家が余り動かさないで何時も舞台の前で歌わせせいであろう。やっと少しずつ音楽が燃えて来た。スカルピアは韓国人の代役か?歌良し、演技良し、しかし黒人のように有色人種。テ・デウムは交通事故で死亡者が運搬される状況を報道陣と警察が囲んでいる。結局第一幕は3ビルダーであった。43分53秒で休み。

第2幕で第4ビルトは拷問をバケツの水に頭を突っ込む。この韓国人バリトンは小さくないので遠くから見ると意外と様になる。ナポレオン戦争で買ったの負けたのを電話連絡で決める。トスカはスカルピアの首絞めて殺す。休みなしに第三幕。40分10秒。

第5ビルトで4本のホルンのユニゾンは乱暴に不純物を含んでいる。ここの専属合唱団の息子であろう子供の声のヴィブラートも付けるレベルの高さは昔何度も見たウィ―ン少年合唱をしのぐ。カバラドッシを処刑の前に散々殴り蹴飛ばす。しかしこのテノールは無名でも世界最高水準。今日の歌手の順位としてはカヴァラドッシ、スカルピア、トスカの順であろう。やっと音楽が板に乗って来るが完璧とは言えない。和音の美しいバランスがあくまでもドイツのオケが勘違いしてポリフォニー的に処理してしまう。カヴァラドッシは死ぬ前にタバコを吸わせる。銃撃隊が来なくて漫才トリオがもたれ合いでふざけてる間に冗談でテノールを撃ってしまう。トスカも飛び降りないで銃を奪って自殺してしまう。25分53秒。
Wiederaufnahme
25 Mai
18:00 H

04 Jun
18:00 H

15 Jun
18:00 H
Letzte Aufführung
06 Jul
19:30 H
Opernhaus
Melodramma in drei Akten
von Giacomo Puccini
Libretto von Giuseppe Giacosa und Luigi Illica
nach dem Drama von Victorien Sardou
In italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln?
In seinem 2010 erschienenen Buch Zwei ungleiche Rivalen ruft der Schriftsteller Helmut Krausser anschaulich in Erinnerung, wie durch List und Winkelzüge des Verlegers Giulio Ricordi ein bis heute ununterbrochen anhaltender Welterfolg der Opernliteratur entstehen konnte. Das bereits vollendete Libretto war für einen anderen [und eigentlich zu der Zeit noch erfolgreicheren] Komponisten der Casa Ricordi geschrieben worden: Alberto Franchetti, der mit ASRAEL und CRISTOFORO COLOMBO in Folge zwei Opern herausbrachte, die ihn sogleich mit an die Spitze der jüngeren Komponistengeneration nach Verdi katapultiert hatten.
Und doch spürte der Verleger instinktiv in Giacomo Puccini den längerfristig mehr Versprechenden. Und tatsächlich fügt sich der nur auf den ersten Blick reißerische Stoff nahtlos in die Folge seiner Opern ein, die fast ausnahmslos dem Erfolgsrezept des französischen Dramatikers Victorien Sardou [und angeblich auch Gustave Flauberts] zu folgen scheinen: ≫Quäle deine Heldinnen!≪ Darüber gerät aber gern aus dem Blick, dass TOSCA sozusagen den Inbegriff eines Politthrillers darstellt, der nicht nur auf dem Hintergrund des Konflikts zwischen römischen Republikanern und neapolitanischen Royalisten gesehen werden muss.
Rom, 1800. Bis auf ihre gelegentlichen Eifersuchtsanfälle führt die berühmte Sängerin Floria Tosca eine glückliche Beziehung mit dem Maler Mario Cavaradossi. An dem Tag, als Mario einem Staatsfeind zur Flucht verhilft, ändert sich jedoch das Leben des Liebespaars von Grund auf. Tosca gerät ins Visier des mächtigen Polizeichefs Scarpia. Dieser lässt Cavaradossi gefangen nehmen, und Tosca wird unversehens zum Spielball. Für eine Liebesnacht mit ihm, Scarpia, verspricht er ihr, den Geliebten laufen zu lassen. Mit Recht misstraut Tosca diesem Erpressungsversuch und sieht keinen anderen Ausweg, als ein Verbrechen zu begehen.
Besetzung
Floria Tosca, Opernsängerin -?Yannick-Muriel Noah?[WA] / Izabella Matual [4.6.]
Mario Cavaradossi, Maler -?George Oniani?[WA]
Baron Scarpia, Polizeichef -?Mark Morouse
Cesare Angelotti, politischer Gefangener -?Leonard Bernad
Der Mesner - Martin Tzonev
Spoletta, Agent der Polizei - Martin Koch [WA] / Cornel Frey [6.7.]
Sciarrone, Gendarm - Fabio Lesuisse?
Ein Schließer -??Egbert Herold [WA] /?Hartmut Nasdala?[4.6., 15.6.]
Ein Hirt -?Scarlett Pulwey [WA] / Emily Mrosek [4.6.] / Merle Claus [15.6.]?
Chor des Theater Bonn
Kinder- und Jugendchor des Theater Bonn
Statisterie des Theater Bonn
Beethoven Orchester Bonn
[WA] = Bitte beachten Sie, dass die mit [WA] gekennzeichneten Künstler grundsätzlich an allen Aufführungen beteiligt sind. Alternativbesetzungen werden explizit mit Datum genannt.
Musikalische Leitung: Jacques Lacombe
Inszenierung:?Philipp Kochheim
Szenische Leitung der Wiederaufnahme: Barbara Schröder
Licht: Thomas Roscher
Kostüme: Gabriele Jaenecke
Bühnenbild: Thomas Gruber
Choreinstudierung: Marco Medved
Einstudierung Kinderchor:?Ekaterina Klewitz
Abendspielleitung:?Christian Raschke
Bühnenbildsassistenz:?Ansgar Baradoy
Kostümassistenz:?Dieter Hauber
Inspizienz:?Karsten Sandleben
Sprachcoach:?Maria Teresa Picasso-Menck
Länge: 2:30 Stunden, plus Pause

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ピエール・アンリ

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 7月 7日(金)15時36分51秒
  フランスの電子音楽作曲家ピエール・アンリが死去。89歳!!

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ロルフ・ヘンペル

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 7月 1日(土)17時32分27秒
  シュトットガルト音大の元学長のロルフ・ヘンペルが死んでいた。84歳。

http://dtkv.net/BW/nachrichten/uebersicht/222-prof-rolf-hempel-1932-2016.html


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303.デュッセルドルフの「ラインの黄金」

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 6月30日(金)20時19分48秒
  Richard Wagner Das Rheingold 29. Juni 2017

まずフィルハーモニー・ランチから。BPのキリルではなくて、英国で人気を博しているヴァジリーの方。何で人気を博するのがわかった、棒はサラステの様な変な持方でそんなに上手くないが、オケの立ても横の線もきちんと合う。ラフマニノフの交響的舞曲は全部やった。35分。しかし弦がドイツ風に厚め。3管のサックスとハープ、打楽器7名のフル編成。この曲は誰でも最近よくやる。昔ウィーンで聴いたフェドセーエフのレニングラードは「怒りの日」の後に最後に「カルミナ・ブラーナ」のようにデジャ・ヴが付いていて45分かけて今でも重くて忘れられない。
29.06.2017 Donnerstag 12:30 Uhr
Vergangene Veranstaltung
WDR Sinfonieorchester Köln, V. Petrenko:
Kölner Philharmonie

WDR Sinfonieorchester Köln
Vasily Petrenko Dirigent

30 Minuten einer Probe erleben: Eine halbe Stunde vom Alltag abschalten, die Mittagspause oder den Stadtbummel unterbrechen und das tägliche Einerlei vergessen.

PhilharmonieLunch wird von der KölnMusik gemeinsam mit dem WDR Sinfonieorchester Köln und dem Gürzenich-Orchester Köln ermöglicht.

PhilharmonieLunch ist für den Besuch mit Babys und Kleinstkindern nicht geeignet. Wir behalten uns vor, bei diesen Veranstaltungen Kinder erst ab dem Kindergartenalter (3 Jahre) in den Saal einzulassen.

Bitte nutzen Sie stattdessen die zahlreichen Musikangebote für Familien mit Babys und kleinen Kindern unserer Reihe PhilharmonieVeedel.

今回の30分前のドラマトゥロギ―のおばちゃんの解説には間に合った。1848年に最初の草稿や粗筋等一般的なことしか言わない。面白いのは2013年のワーグナー生誕2013年には全ドイツで合計12本の「リング」のプロダクションがかかったらしい。今や何処でもオペラハウスの目玉商品である。イギリスやアメリカ人のワグネリアン入って調満杯の売り切れ。

最近シュトックハウゼンの他にカール・オルフがオペラのチクルスで作曲しているのを再発見した。おなじみの「カルミナ」から始まって「時の終わりの劇」までである。最初は3部作2回、後期は4部作2回、合計14曲となっている。残らないのはその幼稚の繰り返しの多用。文字のよって演出は見ればすぐわかるのであんまり言わない。シュリンゲンジーフを思い出すが、ルール・トリエンナーレ、資本主義、終末思想、バライティー舞台、城、コラージェ、隣の向かい側の美術館のマックス・エルンストの霊感などそんなに新しくない言葉が出て来る。

本番の音楽が鳴る前にローゲが出て来て訳の分からないことを言う。FMラジオでも先週言ったが12型らしい。ハープは2、木管はそれでも4管編成でやるらしい。4分半かかるEbの和音の連続はラモンテ・ヤングの硬直した動かない音楽を思い出させる。

今日の上演は最初から声が出ていて音程も合っている。ライン側は近くにあるのに出てこない室内だけの装置。アルベリッヒがHでラインの乙女たちを誘惑。乙女たちも娼婦の様に誘惑。チューバは両サイドにしょっちゅう移動。ボンのように奥行に金管があるピットにすれば移動しなくて良くなると思うが、今日の金管もよく合っている。これだけの水準は何時でも欲しい。ヴォータンが最初良く聴こえないと思ったら車椅子で痛々しく布をかぶって出て来る。巨人じゃなくてアラビア風ヤクザの借金の取り立てに見える。舞台の床が山形に板を張った形になっている。今日の金管は暴れても声がきちんと大聴こえるのが楽しい。

地下はテーブルの下に潜り込む。多分普段プロンプターに使っているのだろう?すさまじい地獄の光景。金床は録音みたいだ。大蛇じゃなくて石が天井から降って来るだけのつまんない舞台。ドンナーが頼りない声、経験がないのか?ハンマーで椅子を壊す。リーゼは金塊をなかなか持って行かないで弁当を食べている。弟の殺し方も何も出てこないでつまんないし良く見えない。この速い短いテンポ設定がバイロイトのK・ペトレンコやヤノフスキ―に影響を受けたのであろう。最後のメロディーはトロンボーンにも吹かせれてよく聴こえさせるJ・レヴァイン方式。2時間24分53秒。午後10時にハウスを出たらいまだにライン川沿いに夕方が続いて明るかった。

Aus den Tiefen des Es-Dur-Dreiklanges entsteht zu Beginn des ?Rheingolds“ die Welt der gesamten ?Ring“-Tetralogie. Doch die hier evozierte heile Ur-Natur hat bereits Brüche, bevor die Rheintöchter Alberich verhöhnen, dieser die Liebe verflucht und alle Konflikte um den Ring ins Rollen kommen. Göttervater Wotan, der einst sein Auge für die Weisheit opferte und seine Weltordnung in den aus der Weltesche geschnitzten Speer geritzt hatte, muss gegen die eigenen Gesetzmäßigkeiten verstoßen, um den mit den Riesen geschlossenen Vertrag einhalten zu können. Richard Wagner (1813?1883) erkannte ganz klar: ?Alberich und sein Ring konnten den Göttern nichts schaden, wenn diese nicht bereits empfänglich für das Unheil waren.“ Niemand interessiert sich für die Rheintöchter, die das Gold bewachen, und während Alberich das Rheingold raubt und die Welt damit auch materiell ins Wanken gerät, geben sich diejenigen, die die Verantwortung tragen, ihrem Wohlstand hin. Wotan ist der Gedanke an die Rheintöchter und diesen ?Störfall“ lästig, er lässt sie von Loge verhöhnen und zieht mit seinem Tross in das scheinbar ewige Walhall ein. ?Ihrem Ende nun eilen sie zu / die so stark im Bestehen sich wähnen“, resümiert Loge, wohlwissend, dass in der Welt, deren natürliche Ordnung nicht zuletzt durch Wotans eigenen Umgang mit Verträgen zu zerfallen droht, bereits das Ende aufdämmert, vor dem Urmutter Erda bereits warnte.

Die Neuinszenierung des ?Ring des Nibelungen“ ist die vierte Produktion von Wagners Opus magnum an der Deutschen Oper am Rhein, die auf eine große Wagnertradition zurückblicken kann und nach wie vor über ein ausgezeichnetes Ensemble für die Interpretation von Wagners Gesamtkunstwerk verfügt. Seit 2009 steht mit Axel Kober ein Generalmusikdirektor an der musikalischen Spitze des Hauses, der eine Vorliebe für das Werk Richard Wagners hat. Große Erwartungen richten sich auch auf die szenische Umsetzung, für die der seit über 30 Jahren im Schauspiel und in der Oper außerordentlich erfolgreiche Regisseur Dietrich W. Hilsdorf gewonnen werden konnte, der sich mit seinem Bühnenbildner Dieter Richter und Kostümbildnerin Renate Schmitzer nun erstmals der Herausforderung stellt, den gesamten ?Ring“ zu inszenieren.
Vorabend des Bühnenfestspiels ?Der Ring des Nibelungen“
Text vom Komponisten
In deutscher Sprache mit Übertiteln
Dauer: ca. 2 ? Stunden, keine Pause
Empfohlen ab 12 Jahren
Mehr Weniger
Vorabend des Bühnenfestspiels ?Der Ring des Nibelungen“
Text vom Komponisten
In deutscher Sprache mit Übertiteln
Dauer: ca. 2 ? Stunden, keine Pause
Empfohlen ab 12 Jahren
Besetzung Weniger
Musikalische Leitung
Axel Kober
Inszenierung
Dietrich W. Hilsdorf
Bühne
Dieter Richter
Kostüme
Renate Schmitzer
Licht
Volker Weinhart
Dramaturgie
Bernhard F. Loges
Wotan
Simon Neal
Donner
Torben Jürgens
Froh
Ovidiu Purcel
Loge
Norbert Ernst
Fricka
Renée Morloc
Freia
Sylvia Hamvasi
Erda
Susan Maclean
Alberich
Michael Kraus
Mime
Cornel Frey
Fasolt
Bogdan Talos
Fafner
Thorsten Grümbel
Woglinde
Anke Krabbe
Wellgunde
Maria Kataeva
Floßhilde
Ramona Zaharia
Orchester
Düsseldorfer Symphoniker

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302. GO チャイコの4番、6月20日、ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 6月21日(水)20時39分16秒
  まずは1時間前の解説から。音例から始める。プロコフィエフのヘブライの主題による序曲。これはその室内楽版が良くラジオで流されるがオケ版があったのが今回のちょっとした発見。シカゴの委嘱オペラの「3つのオレンジへの恋」が指揮者の死で中止になり代わりにユダヤ協会から委嘱があった曲でヘブライのメロディーを使うように強要されるが本人は嫌がって自作にユダヤ風メロディーにすり替え。

次はエルネスト・ブロッホでありふれた「シェロモ」のユダヤ音楽が続く。ダヴィデの子の「ソロモン」であるが正妻が700人、複妻が300人いて合計1000人の妻たちに囲まれていたと会場を沸かせる。その当時の楽器の原始的なシューファーの音を聴かせる。

最期にチャイコの4番は今更言うまでもない。1877年はチャイコ?の自殺未遂の年。生まれながらのホモである運命の人生。ファンファーレを聴く。続いて第一主題はシベリウスの先駆者の「悲しきワルツ」。何時も下降形のゼクエンツが特徴的で鬱病に悩まされた結果できた音楽。これだけで30分の説明が過ぎてパトリック・ハーンが時間だからやめろと言っている。しかしたくさん用意してきたらしく、次に第二主題と小結尾。展開部は劇的な戦い。結局第一楽章までで終わって40分かかった。

実際のプロコフィエフの演奏はどこでもあるユダヤ音楽のマンネリ化。やっぱりオーケストラ版はあるらしい。フルートとコントラバスを数オクターブで重ねるなどやっぱりプロコフィエフそのもの。普通の古典的2管編成にピアノと太鼓が付く。ティンパニなし。指揮はチェリビダッケから影響を受けたバレンボイムのコピー。約6分。

次のブロッホもマンネリ化してる。第三トランペットの引退した爺さんが出て来る。エキストラを使わない工夫である。3管14型、ハープ2、チェレスタのスイス音楽のユダヤ音楽はロシア人がロシア音楽、フランス人がフランス音楽するように当たり前臭くてちっとも新鮮味がない。それでもフルートとトランペットの低音ユニゾンは管弦楽法上少し面白い。E・インバルのような死に物狂いの指揮。約21分。アンコールはサン・サーンスの「白鳥」。

隣のお姉ちゃんがロシア語で煩い。前回の男の英語のイギリス人の2人組は今回も常連らしい。こんなに頻繁に来られるのは平均20ユーロと言うチケットの安さであろう。これで3晩やるので2000X3で毎回6000人の聴衆の需要があることになる。事実ほぼ埋まっている。

ホルンは指揮が力み過ぎて精度が落ちる。トランペットは成功だが弱い。余り弦の固さは抜けない。TVカメラは今回も入っているがWDRではなくてメトやBPのようにネット配信の為らしい。18分14秒。

多分ドイツオーボエ、柔軟性がない。煩く固く出る。チェロは何と印象がない事か?ヴィオラのほうが今回は優秀。9分38秒。

トリオもやはり遅め。木管楽器のロマンさはユダヤ的に流れが悪くなってゴロゴロしてる。トランペットが幾分消極的。スコア見てるとあまり気が付かないが、日本人のピッコロはこの楽章から入るのが確認。指揮を止めるとリズムとテンポの精度が落ちる。5分55秒。

やかましいのは良いが、その後のロシア民謡は消極的であまり聴こえない。コーダのトロンボーン+チューバとたった2本のトランペットの対等の強弱バランスはどうしても必要。弦はもっと合わないと!8分44秒。



20.06.2017 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
N. Altstaedt, Gürzenich-Orchester Köln, L. Shani: Bloch, Prokofjew, Tschaikowsky
Kölner Philharmonie

Nicolas Altstaedt Violoncello

Gürzenich-Orchester Köln
Lahav Shani Dirigent

Sergej Prokofjew
Ouvertüre über hebräische Themen c-Moll op. 34b (1919)
für Klarinette, zwei Violinen, Viola, Violoncello und Klavier. Fassung für kleines Orchester (1934)

Ernest Bloch
Schelomo (1916)
Hebräische Rhapsodie für Violoncello und Orchester

Pause

Peter Iljitsch Tschaikowsky
Sinfonie Nr. 4 f-Moll op. 36 ČS 24 (1876/77)

Pause gegen 20:40 | Ende gegen 21:50

Das heutige Konzert wird im Rahmen von GO PLUS aufgezeichnet. Der Video- und Audiomitschnitt ist in einigen Wochen auf der Homepage des Gürzenich-Orchesters unter www.guerzenich-orchester.de/go-plus verfügbar.
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

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内部告発!

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 6月16日(金)05時52分11秒
   「メッセンジャーを殺すな」という格言が欧米にある。悪い知らせを携えてきた人がいる。どんなに耳の痛い内容であっても、それを伝えてくれた人を非難したり、邪険にしたりしてはいけないとの戒めである▼古代ローマ時代、ある王が敵の接近を知らせてくれた男の首をはねてしまったという故事もある(『プルターク英雄伝』ログイン前の続き)。悪い話をメッセンジャーごと消してしまおうとする姿勢は、いまの安倍晋三政権にもうかがえないか▼加計学園問題を告発した官僚OBには、人格攻撃を見舞った。「行政がゆがめられた」という彼の指摘を受け止めて、すぐに調査し説明すべきだったのに。「共謀罪」法案に懸念を表明した国連の専門家には、抗議をもって応じた。疑問に丁寧に答えればよかったのに▼そして、与党による力ずくの国会運営である。共謀罪の捜査が心の中にまで踏み込んでくる危険はないか。権力に都合の悪い活動も捜査の対象になるのでは。そんな不安を代弁して、問いただすはずの国会議員も、ないがしろにされた▼国会閉幕を急いでまで首相が聞きたくなかったのは、加計学園をめぐり「政府を私物化したのではないか」との指摘か。よほどの緊急事態だったのだろう▼故事によれば、メッセンジャーを殺害した王にはその後、誰も何も報告しなくなる。王のご機嫌を取り、敵の将軍を笑いものにするような人たちばかりが周りに残った。その間に戦況は悪化の一途をたどったというのが、歴史の教えである。

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死んだ!

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 6月16日(金)04時45分52秒
  今ラジオで面白い事言ってる。

ニーチェ:神は死んだ!

ブーレーズ:シェーンベルクは死んだ!

ラッヘンマン:音楽は死んだ!


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イルジ・ビエロフラーヴェック

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 6月 4日(日)03時32分59秒
  指揮者のイルジ・ビエロフラーヴェックが死んでいた。東京で第九歌ったことがある。ご褒美に日本フィルの定期のただ券貰ってドヴォルザークの6番の交響曲聴いたことがある。棒がはっきりしてていい指揮者だった!                         https://en.wikipedia.org/wiki/Ji%C5%99%C3%AD_B%C4%9Blohl%C3%A1vek

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ジェフリー・テイト

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 6月 3日(土)03時16分34秒
  バーンスタインが彼の「ばらの騎士」を見てひれ伏したというイギリスの指揮者のジェフリー・テイトがイタリアのベルガモで死去。74歳。ホモでケルンのワーグナーのリングは最強の演奏だったね。

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301. ヤナーチェク、ベートーヴェンGO、5月30日 ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月31日(水)19時44分12秒
  何時ものように7時からレクチャー。年寄がボケ防止に毎回立ち見まで出るほど集まって来る。司会は大学出たてのような若い音楽評論家で担当に見た目に頼りないが、いやいや閊えもしないで喋るわ喋る。フィルハーモニー専属の評論家の訳が分かった。普段は新聞などに書いているので今回のコンサートに付いて批評するのは禁じられていると前置きして、まず代役のベルリン・フィルのオーボエのアルブレヒト・マイヤーを登場させる。始めアルソン・バルソムのトランペット協奏曲なのだが病気でキャンセルとか?実態は妊娠中で出産とのことだから病気ではない。

とにかく自分が最近発掘した誰も知らないハンガリーの作曲家のヒダシュ・フリジェシュのオーボエ協奏曲に付いて説明する。最初中国で演奏したらしい。どうして中国かは当時社会主義国で西側に出ずにハンガリー、ソヴィエト、中国と東回りで出回ったらしい。それを発掘してベリルンまで持って来た。そのコンサートの後でこの作曲家知っていると言うハンガリーのクラリネットの女性に会って話が繋がったらしい。ブダペストの音楽監督なので国内人には有名だったのだ。

第一楽章はマジャール語のように最初の細かいアクセントが付いて後に長い音が付くハンガリー的だと言う。それをBPに客演したハンガリー語訛りのイヴァン・フィッシャーに聞いたらしいが東フィル団員じゃなくとも木管奏者は世界中金管の次にアホを言うのでとにかく面白く聞ける。第二楽章は後期ロマン派、ショスタコーヴィッチやワーグナーを模索していると言う。第三楽章はタランテラとBPに客演したムーティが言ったそうだ!それで循環呼吸が必要だとかで簡単だと言って口から息を吐いて同時に鼻で息を吸う練習を会場の聴衆全員にやらせる。誰もできもしないでとにかく楽しめれば良いと言って去る。

ヤナーチェク、コサック隊である自分の2人の息子と自分のポーランドでの壮絶な死の物語。調性があるが印象主義のような近代音楽。各楽章のカギになる楽器。第一楽章:イングリュッシュホルンから始まるがオーボエ、第二楽章:クラリネットとポザウネ、第三楽章:ポザウネ。

ベト7、パトリオート、ナポレオンによる勝利。第一楽章の序奏はその評論家にとって序曲だとする。クライバーのバイエルン国立管弦楽団の音例。第二楽章長い2分音符と短い4分音符に繰り返しはミニマル音楽に繋がる。葬送曲はマーラーの先祖?

本番:オーボエ協奏曲は2022-2200、Hf ,Cel, ,Pk, Sch 3 ,14型。コダーイの様式である。最作曲。聴きやすい。オーボエはホリガーほど極端には吹かないが安定した音。第一楽章6分。第二楽章6分、第三楽章はタランテラよりもスペイン舞踊に様に聴こえる。8分。コダーイが作曲したら当然こうなると言う音楽。アンコールの前に何が美しいかわからないと客を笑わせる。バッハのカンタータからのシンフォニアらしい。弦は4型。

「タラス・ブールバ」16型。ロシアの指揮者なのでアインザッツが冷たくはっきりする。GOの悪い癖が直っている。ピッコロトランペットに持ち替えている。8分20秒。ロシア系はダイナミックのコントラスト度が違う。5分17秒。第一ヴァイオリンの高音も緊張・硬直しない。信用された音。クレッシェンドがロシア風に膨らむ。8分25秒。

ベト7.隣の客は英語を話す2人の男の旅行者。ケルンの観光産業が上手く行っている。ティンパニとトランペットは古い楽器を使う。ヴィブラート無し。10,10、6、6、4、でも弦のほうが音が大きい。完全にヴィブラートが無いのでトランペットと音色がマッチする。トランペットはサロネン風に劇的に良く割る。第一楽章は繰り返しなし。11分46秒。ppの降下が効果的にはっきり付く。8分35秒。第三楽章の前にオーボエがチューニング始める。何時も硬いティンパニの撥を変えないのは飽きが来る。スケルツォは第二トリオまで全部繰り返す。8分50秒。シングル手締めティンパニなので終楽章の前にFからEに締めなおすので時間がかかる。昔アバドWPの練習聴いたような耳に優しく健康的な音が欲しくなる。終楽章も全部繰り返す。やはりppに落ちるときに精密にはっきり音量を落とす。トランペットの長い音は常にクレッシェンドしてこの曲の物凄さを始終アピールする。8分50秒。予定通り10時に終わる。

菅野茂

30.05.2017 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
A. Mayer, Gürzenich-Orchester Köln, I. Volkov: Beethoven, Hidas, Janáček
Kölner Philharmonie

Albrecht Mayer Oboe

Gürzenich-Orchester Köln
Ilan Volkov Dirigent

Frigyes Hidas
Konzert für Oboe und Orchester (1958)

Leoš Janáček
Taras Bulba JW VI/15 (1915?18)
Rhapsodie für Orchester nach einer Erzählung von Nikolaj Gogol'

Pause

Ludwig van Beethoven
Sinfonie Nr. 7 A-Dur op. 92 (1811?12)

Pause gegen 20:50 | Ende gegen 22:00

Die Trompeterin Alison Balsom muss aus gesundheitlichen Gründen ihre Auftritte mit dem Gürzenich-Orchester Köln absagen.
Wir danken Albrecht Mayer für die kurzfristige Übernahme der Konzerte und bitten für die Programmänderung um Verständnis.
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

300. 「ドン・パスクアーレ」Gaetano Donizetti

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月27日(土)19時51分5秒
  300. 「ドン・パスクアーレ」Gaetano Donizetti Don Pasquale, 26. Mai 2017, Opernhaus Düsseldorf

このオペラは元々知名度がかなりあり途上国の市町村の田舎オペラでさえすぐ良くかかり学校オペラでさえたまにやられているらしいが、生に接したのか今回が初めてだった。かの有名で声が出なくて歌えなくなったローランド・ヴィアッソンが演出するからである。ケルンの図書館にもゲストで来たとき時間が無く行かなかったが、更に首相候補のSPD(社民党)の党首まで呼んでTVで放送するケルンの市立図書館の格は凄い。

弦が徹底的に節約されて86543.煩いと言う意味もあるけど、ソリストに近いので音色的にとげとげしく生々しい音になリ反って歌を疎外しやすい。ホルンや木管が積極的に出て来ている。これはポプリの序曲ではいいが歌が加わった場合どうなるかはある程度解る。丁寧に仕上げてはいるが、このオペラのオケの不完全さは変わらない。単純に音のミスをするわけではないが、余り揃わなかったり、音程が余り合わなかったり、バランスがぎこちなかったりするのは何時ものことである。

舞台には普通の装置にモナリザは例外として女性の裸体の有名な絵画だらけ。みんな知っているので、見るだけでも綺麗だ。最初から声は出ているが音程は不完全のまま進行する。音全体はオケが中心に流れるが、かなりオケばっかり振りすぎている。変なコロラトゥーラ。弦は常に振られているのでしょっちゅう表面に出て来て鋭くよく合いきっていない。若干乱れるので何時もの悪い癖もまだ入っている。

登場人物はネクタイ・背広だが、時代様式との違和感は建物のせいで出て来ない。ボンなどと比べてそんなに良いエルネストだとは思わない。ヴィアッソンが直接出てきた方が良かったかも知れないし、それともこの時点で立ち上がりだけが悪いのか?今回はチェロだけが優秀。ソロもトゥッティも最高水準。今回は伝統的に中央にプロンプターを付けているが舞台の床の色と同じ色で低いので決して邪魔にならないし余り気が付かない。それでしてもかなり音程を外す歌手たちだが、ボンではほとんどお目にかからない。

舞台転換をしょっちゅうするのでオケは鳴り止むが客が話し始めるといけないので常に人物を登場させてほとんど声を出さないパンとマイムをさせ飽きない。ノリーナは「コジ」のデスピーナのような潰れた声を発さないのでちょっと残念。オペラ・ブッファなのでムンターとレジェーロのキャラクターがもっと欲しい。オケはいくら丁寧に弾いても声を考えて聴いていないのでffと書かれていたらクソ真面目にそのままやってしまうので相変わらず煩い。これに指揮者として注意すると譜面にそう書いてあるとすぐ言い訳するのがドイツの二流オケ。

インドの修行僧と思われるのが出て来て笑いを誘うが実は結婚証書を作るノタール。背が低いので東洋系と思われるが韓国人ではないようだ。45分02秒。

すぐに第二幕で舞台転換の間パントマイムをやっている。音楽無しの演劇。トランペットのソロも上手いがオケに隠れないでもっと表面に出て来ても良い。ノリーナはもっと下品に歌わないと後で立派なあばずれ女にはなれない。エルネストの高音がどうしても高い方に当たってしまう。舞台美術は治外法権。安っぽいコカ・コーラの看板が堂々と出て来てしまう。しょっちゅう中幕も入れて奥の舞台を転換してその前で演技だけをする。天井からは関係のなさそうな悪魔装束がしょっちゅう降りて来て劇の進行の邪魔をする。ノリ―ナがよく脱ぐがその都度ドン・パスクアーレの血圧がすぐ上がリ倒れそうになる。インドのみっともない修行僧が出て来て弁護士としてタイプライターで結婚証書を作成する。カラヤンのような素人演出ではあるが、初めてオペラを見る聴衆には優しくとても解り易い筋進行。正面の2人のコンマスが別々の譜面で弾いているのは、スコアには特に書いてないが、ソロが多すぎるためか?34分38秒。

第三幕までティンパニの消音する時の手で止める雑音が煩い。完全に止めない方が自然で良いのではないか?ノリーナがどんどん声の調子を上げて来た。スピントではあるがブッファではない。エルネストも同じ。しかし指揮者は歌よりもオケのほうを気にしすぎるのでもっと声に気を気を配ってもらいたい。給仕のローラースケートはバレエのセクシーなダンサーとも交差して喜歌劇の雰囲気をさらに盛り上げる。マラテスタも調子を上げたがどちらかと言うとテノールの声質である。終わりの早口の場面はロッシーニのように恐ろしく驚くほど速くしないと聴衆が音楽的な醍醐味を感じない。最後の黒人の悪魔が正体を現し美しい金髪の美女だったことをばらす。舞台転換でインドの僧が声の入った下手なガムランみたいな音楽をやる。44分43秒。

菅野茂

Fr 26.05.
19.30 - 22.15 Uhr
17,10 / 23,40 / 35,70 / 52,10 / 57,40 / 69,70 / 75,10 / 81,50 ?

Tagesbesetzung
Musikalische Leitung Nicholas Carter
Inszenierung Rolando Villazón
Bühne Johannes Leiacker
Kostüme Thibault Vancraenenbroeck
Licht Davy Cunningham
Chorleitung Gerhard Michalski
Dramaturgie Hella Bartnig
Don Pasquale Thorsten Grümbel
Doktor Malatesta Dmitri Vargin
Ernesto Ioan Hotea
Norina Elena Sancho Pereg
Notar Daniel Djambazian
Kunsträuber Susanne Preissler
Chor Chor der Deutschen Oper am Rhein
Orchester Düsseldorfer Symphoniker
Dauer: ca. 2 ? Stunden, eine Pause
Alter schützt vor Torheit nicht. In dieser Quintessenz ist die Geschichte von Don Pasquale keineswegs ein Einzelfall. Schon die Commedia dell’arte, die alte italienische Stegreifkomödie, nahm den Typ des eitlen, verblendeten oder sich selbst überschätzenden Alten gern aufs Korn. Zur Spottfigur eignete er sich besonders dann, wenn er wie Don Pasquale auf Freiersfüßen geht und nach einer Frischzellenkur verlangt. Dann kann ihm sogar der eigene Hausarzt zum Feind werden. Dottore Malatesta jedenfalls ist ein Verbündeter der Jugend. Um dem unglücklichen Neffen Ernesto zu helfen, fädelt er eine Scheinehe zwischen Pasquale und Ernestos Auserwählten, der schönen, aber mittellosen Norina, ein. Doch kaum ist die Hochzeit gefeiert und das Vermögen geteilt, da verwandelt sich die liebreizende und sanftmütige Braut in eine boshafte Furie. Sie stellt verschwenderische Ansprüche, lässt sich teuren Putz und Kleider liefern, macht sich über den alten Pasquale lustig und demütigt ihn, wo immer sie kann. Um die häusliche Plage wieder los zu werden, ist Pasquale bereit, seinen Neffen und dessen Verlobte in seinem Haus aufzunehmen, und muss erkennen, dass er Opfer einer gemeinschaftlichen Intrige geworden ist.

Gaetano Donizettis (1797?1848) Oper ?Don Pasquale“ ist ein Nachtrag zur Opera buffa. Als sie 1843 in Paris uraufgeführt wurde, war die Blütezeit dieser Gattung bereits vorüber. Eine neue Empfindsamkeit und Dramatik beherrschte die Opernbühne und räumte der quirligen Komödien rossinischer Prägung mehr Sentiment ein. Malatesta darf seine Heiratskandidatin in schwärmerischem Ton anpreisen, Ernesto sich kurzzeitig in Weltschmerz ergehen und der Ohrfeige, die Don Pasquale von der wildgewordenen Norina empfängt, haftet etwas leicht Tragisches an. Dennoch, auch Donizettis Figuren können musikalisch richtig in Fahrt kommen und den Lebensnerv der alten Musikkomödie treffen.

Rolando Villazón ist als Startenor besonders im italienischen und französischen Opernfach zu Hause. Seit 2011 hat der mexikanische Sänger auch sein Faible für Musiktheaterregie entdeckt und verschiedene Opern für Lyon, Baden-Baden, Wien und Berlin in Szene gesetzt. Jetzt ist er erstmals an der Deutschen Oper am Rhein als Regisseur zu Gast.
Mit freundlicher Unterstützung des Freundeskreises der Deutschen Oper am Rhein e.V.
Dramma buffo in drei Akten
Libretto von Giovanni Domenico Ruffini und Gaetano Donizetti

Eine Koproduktion mit der Volksoper Wien
In italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Dauer: ca. 2 ? Stunden, eine Pause
Empfohlen ab 12 Jahren
Mehr Weniger
Dramma buffo in drei Akten
Libretto von Giovanni Domenico Ruffini und Gaetano Donizetti

Eine Koproduktion mit der Volksoper Wien
In italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Dauer: ca. 2 ? Stunden, eine Pause
Empfohlen ab 12 Jahren
Besetzung Weniger

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299. 「アッティラ」、ボン、5月12日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月13日(土)18時03分58秒
  開演前にプログラム見ると「休みなし」と書いてある。全体が2時間かから無いし途中で帰るお客防止のために今回も終りまで閉じ込めるらしい。それでもヴェルディなので意外と客が入っていて満杯に近い。

この初期のオペラはヴェルディでもめったにやらない。自分もウィーンの国立歌劇場以外でやったのを見たことはない。当時はドレーゼ時代最初のシーズンでオペラのレパートリーを増やしまくってマゼール自体の年間30演目の反動で年間70曲超えてて大赤字を出した時代で、世界で一番多くのヴェルディをシーズン内で上演できる劇場で有名だった。今でもそうだが緊縮財政で年間40曲超えてるかどうか疑わしい。とにかくシーズン中は音楽祭が年中途切れないような状態だった。その中で「アッティラ」はその次の「マクベス」よりも劣る初期の駄作群の一つという意味で上演されたので舞台は古いしオケも歌手も舞台もやる気のない状態な記憶だけが残っている。

ボンの場合はオケのピットがコンサ―トの並びの様に管が正面に座っているので凄く音色的に偏らないので好感が持てる。イタリア式の指揮者の様に左から弦ばかり、右から管ばかりの音色は耳が片輪になりそうだ。昨日と同じく10型の弦だと思われ十分に霞むところは霞んでくれる。

4分遅れで始まる。ヴェルディの初期の駄作と言えどもその語法さえきちんと知っていれば、ベルリーニやドニゼッテイよりは聴きやすいし楽しめる。何時も恋愛事件は出て来るしそれに関連した殺人もあるし、何時ものヴェルディが作曲したがる典型的な台本である。

しかしコーラスの立上りは超えはすでに十分声だけは出ているがまだちょっと速度がボケていて指揮者の速いテンポについて行けない。ただでさえ大振りのフンブルクが更に大振りで指揮をする。しばらくして合唱にエンジンがかかり速いテンポについて行けるようになった。

東洋人のアッティラ役はドイツ人みたいな白人なのでかなり違和感がある。ウィーンは当時きちんとした中国風の辮髪で出たのでちゃんとした悪党役が様になったが。声もなんかドラトゥローグが声域だけでむちゃくちゃ振り分けたような意外と滑るような声で、ハンス・ザックスかダ―ラントの結婚話の世話役って感じである。

オスティナートの行進曲もヴェルディ独特の語法であり、「ナブッコ」や「マクベス」にもあるので出て来るとホッとする。ベートーヴェン・オケもWPみたいに手を抜くことなくしっかりとコンパクトに丁寧にまとめてある。十分に劇的だしバランスも良い。

黒人の女声のオダッペラはなんか「イル・トロヴァトーレ」のアズチェ―ナの様に勇ましいジプシーみたいな演技。33分。

次の幕も屋敷の中。衣装も同じ。しかし昨日の舞台とは180度転換してるのが日替わりオペラの楽しいところだ!テノールのカデンツァの後の終止和音のピッチが高すぎて安定性に欠けるが全体の緊張感はダレない。すぐ「トロヴァトーレ」と同じようなアリアが頻繁に続く。遠くから見ると中世の古風な装置だが、近くで見るとナチの軍隊の服装で、鉄砲、更にFoodの屋台、台車で聖職者を運ぶトごちゃまぜ。33分。

次の幕でもファスト・フード用のプラスチックのテーブルを残す。しかしアリアのメロディーの力強い動かし方はまさにヴェルディそのもの。クライマックスで声を張り上げ過ぎるとピッチが上がるがオケの伴奏はそれでも丁寧にする。舞台上の2人のトランペットは少し吹くだけでそんなに活躍しない。たき火を上から砂を大量に落として消す。無伴奏の歌唱は後期のオペラに顕著になる特徴。テノール・パートの声はさすがにイタリア風にマッチしてる。良い歌手を揃えた。しかしバリトンはずっと世話役でポルタメントで甘い。黒人ソプラノがスピントまで劇的に行く。結婚の話は殴り合いをしている。23分。

終幕は最初アリアが重なって長く感じる。アッティラは首を斬られあっけなく死ぬ。16分。合計1時間45分で「サロメ」と同じ長さ。

韓国人のバイロイトで歌ってる韓国人の歌手にアッティラ・ユンと言う歌手がいるが本名ではなくて、ドイツ人にあだ名として付けられたのがそのまま芸名になったらしい。ここではアッティラと言う名は東洋人独特の名前として馬鹿の一つ覚えとして定着している。

菅野茂
ATTILA

29 Jan
18:00 H

05 Feb
18:00 H

11 Feb
19:30 H

19 Feb
18:00 H

19 Mrz
18:00 H

30 Mrz
19:30 H

12 Mai
19:30 H

03 Jun
19:30 H

17 Jun
19:30 H

28 Jun
19:30 H
Opernhaus
Giuseppe Verdi
Dramma lirico in einem Prolog und drei Akten
Libretto von Temistocle Solera und Francesco Maria Piave
nach Attila, König der Hunnen
von Friedrich Ludwig Zacharias Werner
in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
HINWEIS |?Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Selbst Alt- und Großmeister Ulrich Schreiber fand in seinem fünfbändigen Opernführer für Fortgeschrittene auf den 120 Giuseppe Verdi gewidmeten Seiten für ATTILA nur einen Halbsatz. Einer der kundigsten unter den Opernfachleuten der Gegenwart, ohnedies dem frühen Verdi gegenüber eher kritisch positioniert, stand dem Phänomen eher ratlos gegenüber.
Der von Will Humburg initiierte Bonner Zyklus mit Frühwerken ? bislang waren GIOVANNA D’ARCO und JÉRUSALEM zu erleben ? geht mit ATTILA in die dritte Runde. Der vergleichsweise populäre Titel erweist sich dabei als trügerisch, denn das am 17. März 1846 am Teatro La Fenice in Venedig uraufgeführte Stück wird im deutschsprachigen Raum (nach der deutschsprachigen Erstaufführung 1854 in Stuttgart) doch durchaus seltener gespielt als die Opernführersituation glauben zu machen versucht. Literarische Grundlage ist das Drama Attila, König der Hunnen des deutschen Romantikers Zacharias Werner (des einzigen Autors dieser literarischen Epoche, der auf der Schauspielbühne nachhaltigere Erfolge zu erzielen vermochte). Der historische Hintergrund des Schauspiels ist der letzte, unverrichteter Dinge abgebrochene Kriegszug des großen Feldherren zur Einnahme des nördlichen Italien, der hier stofflich mit zwei Legenden verknüpft wird: einerseits der Flucht der Bewohner des udinesischen Aquileia auf die nordadriatischen Laguneninseln und der damit einhergehenden (mythischen) Gründung Venedigs, andererseits der für den Rückzug der Hunnen ausschlaggebenden Begegnung Attilas mit Papst Leo I., die hier als Bestätigung eines Traums in der direkt anschließenden Wirklichkeit geschildert wird.
Wie schon bei AIDA 2013/2014 werden in ATTILA wiederum Dietrich W. Hilsdorf und Will Humburg ihre schon andernorts erfolgreich erprobte gemeinsame Arbeit am Schaffen Giuseppe Verdis fortsetzen. Insbesondere angesichts eines vergleichsweise weniger vertrauten Werkes darf dieser neuerlichen Begegnung mit Spannung entgegengesehen werden.

Bei Kaffee und Kuchen weiß der Regisseur Interessantes, Anekdotisches und Hintergründiges über seine Theaterarbeit zu berichten.?
OPERNFOYER | Mi, 25. JAN 2017, 16 Uhr
Besetzung
Attila, König der Hunnen - Franz Hawlata
Ezio, Römischer Feldherr - Ivan Krutikov
Odabella, Tochter des Fürsten von Aquileia - Yannick-Muriel Noah
Foresto, Edelmann aus Aquileia - George Oniani
Uldino, junger Bretone, Sklave Attilas?-?Jonghoon You
Leo I., Bischof von Rom?-?Leonard Bernad
Chor / Extrachor
Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung: Will Humburg
Choreinstudierung:?Marco Medved
Inszenierung: Dietrich W. Hilsdorf
Bühne: Dieter Richter
Kostüme: Renate Schmitzer
Licht: Thomas Roscher
Regieassistenz und Abendspielleitung:?Christian Raschke
Musikalische Assistenz:?Mike Millard
Hauptkorrepetitor: Miho Mach
Bühnenbildassistenz:?Ansgar Baradoy
Kostümassistenz:?Dieter Hauber, Anne Kathrin Holzky
Inspizienz: Karsten Sandleben
Regiehospitanz: Jonas Fitting
Sprachcoaching: Teresa Picasso-Menck
Aufführungsdauer: ca. 1 Std., 45 Min. Keine Pause.

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298. ジョン・アダムスの「メアリーによるゴスペル」

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月12日(金)17時32分50秒
  THE GOSPEL ACCORDING TO THE OTHER MARY、5月11日、オペラ・ボン

最初の予想ではミニマリストだからバーンスタインと同じミュージカルだと思った。休みが一回だし、演奏時間も2時間ちょっと。ダンサーが出て来るので歌って踊ってばかりいるのであろうと思われた。

ピーター・セラーズはその昔モーツァルトのダ・ポンテ・オペラのWSのヴィデオでスケベ黒人と白人女性をキスさせたとかで当時物議を醸しだした変わった演出家だが、今回はその台本も担当している。前回のベンジャミンの「スキン」と同じくまたイギリス・ナショナルオペラとの共同制作。

実際の音楽は繰り返しはあるが意外と真面目でかなりブリテン風。黒人も東洋人もまんべんなく出て来るのでそれでもアメリカ風なミュージカルの特徴も同時に備えている。ここの劇場で以前に見たのはグラスの「サテイアグラハ」のみだが、その以前にシュトットガルトでグラスの初期の3部作見ているのでグラスの陳腐は音楽語法は知っているが、今回の場合は同じ後発のミニマルでもそうでもなく、経過部などは普通のオペラの様に繰り返しをかなり避けてプッチーニの「トゥ―ランドット」の様に闇の中の余韻の様に流れが一方通用になっている。

それにしても黒人の女声の声がレオンティン・プライスの様に良いこと、さすがにミュージカルとは違ってオペラハウスは本当に良い歌手だけを集められる。ガムラン風なゴングは調子が完全ではないので微分音風に聴こえるし、更に脇のチェンバロンがその傾向を促進させる。

3人のカウンター・テノールはみんな粒揃いでバランスが良い。音大でもその専攻が確立されていて3人も同質の歌手を集められる時代になったのだ!それにしても繰り返しはそんなに頻繁ではないのがちょっと予想に反した。グラスの「浜辺のアインシュタイン」のような抽象物語ではなくちゃんと台本が50セントで売っているので買ってみたが、どちらかと言うとオペラではなくオラトリオのテキストである。従ってこの曲もストラヴィンスキーの「ェディプス王」と同じくオペラ・オラトリオと命名してるわけだがどちらかと言うとミュージカル・オラトリオかゴスペル・オラトリオに近い。とにかく調性はグラスのような「転調」はあってもほとんどあり、リズムもジャズのそれであるが、クラスターなどでグラスとは違う現代性も出ているし、全オーボエの微分音のポルタメントの絡みはグラスには単純に無かったキャラクターである。

題名がゴスペルになっているがゴスペル音楽そのものではなくゴスペル的な音楽物語を使ったオラトリオと言ったほうが似合う。ペデレツキの様な不確定要素も組み込みジャズ風のトランペット・ソロでラザロの復活を物語る。黒人歌手の優れたテノールに対するグラス風の分散和音の伴奏もまだ残っているが、とにかく儀式ばっかりしてて罪がどうのこうのと煩い宗教音楽。ミニマル主義と言えどもかなりの部分をクラシック音楽処理したムジーク・テアター。マーラーの1番を思わせる全弦のオクターブは引用臭い。

最近2週間にいないに2つの現代オラトリオを聴いたことになるが、エトヴェシュとこのオペラは対極にある。とにかくあの「ウィキペディア」の台本はカーゲル風で面白かったが、このアメリカ人による台本はキリスト教原理主義で既成の範疇を超えているとも思えない。

弦のフラジェオレットの多様で無調も演出。アイヴスの「答えのない質問」を思わせる全弦の和音の下敷きの上に乗っかるトランペット。クラスターの複調的な木管と弦の交差。80分。

3管編成だが、金管はトランペットとトロンボーン2管ずつ、コントラファゴットの代わりに異様な形のサリュッソホーンはどす黒い異常な音を立てる。弦は徹底的に削られて10,10,6,6,4。ティンパニのない打楽器4、ピアノ、ハープ、ミュージカル用のエレキギター。

第二幕では合唱団がみんな絶対音感ないので皆始まる前に予めはもっている。激しい合唱音楽はストラヴィンスキーの詩編交響曲を思わす。ミュージカルでもエルンステ・オーパーでもないが完全なアメリカ宗教の物語り。弦楽器のトレモロ・クレッシェンドとホルンの高音の吠えはストラヴィンスキーの春祭の「大地礼賛」の部分から来ている。

東洋人の男1人と、黒人と白人女性のダンサーの3人組は奇妙に背丈が全く同じでバランスよく取れている。又ジャズのシンコペーション。iPhoneの喋ってる真似。安っぽいスチールドラムの音はゴスペル感を助長させる。意外とガ―シュインの「ボギーとベス」にも近い。3本のフルートのミニマル点描音楽。シンバルとタムタムのアルコがこんなに減のフラジェオレットに近いのは意外な発見。又ジャズに戻りソロ・クラリネットの朗誦。ユダヤ人と思しき両脇の外の合唱がバラバラにしゃべり始め十字架の処刑で奇妙なサリュッソホーンが活躍。その後のピエタは受難曲そのものでこのオペラが今年の受難節にプレミエされた訳が解った。後奏の本管と弦楽器のユニゾンがそれぞれ続く。

カエルか鳥の鳴き声が録音で流される。舞台の後ろにコーラスが入って歌うか聴こえないらしく薄くスピーカーで増幅されている。ティンパニのない打楽器軍の原始の踊りはミュージカルの様に全員が踊る。静かなエピローグが既成の受難曲よりも長く70分かかった。計2時間半。このオペラもそろそろ降ろされる。

菅野茂


26 Mrz
18:00 H

01 Apr
19:30 H

21 Apr
19:30 H

23 Apr
18:00 H

11 Mai
19:30 H

14 Mai
16:00 H
Opernhaus
John Adams
Opern-Oratorium in zwei Akten für Orchester, Chor und Solisten
Libretto zusammengestellt von Peter Sellars mit Texten aus dem Alten und dem Neuen Testament sowie Texten von Dorothy Day, Louise Erdrich, Primo Levi, Rosario Castellanos, June Jordan, Hildegard von Bingen und Rubén Dario
in englischer Sprache mit deutschen Übertiteln
In Koproduktion mit der ENO ? English National Opera, London
Deutsche szenische Erstaufführung
HINWEIS |?Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Im Schweizerischen Rundfunk beschrieb Thomas Meyer anlässlich der Aufführung von John Adams’ Opern-Oratorium im Rahmen des Lucerne Festivals das Stück wie folgt: ?Es sind die Frauen, die Jesus nach Golgatha begleiten und am Morgen an seinem Grab erscheinen. Die Kreuzigung wird in diesem Oratorium eher knapp, aber äußerst pointiert dargestellt. Wichtiger ist das Thema der Auferstehung. Erzählt wird nämlich zunächst, wie Jesus den bereits seit vier Tagen toten Lazarus wieder zum Leben erweckt. Das Werk endet schließlich nicht mit der Klage, sondern mit der Auferstehung Christi, also mit einem Zeichen der Hoffnung.
Weit gespannt zwischen Leben und Tod sind deshalb die Ereignisse und die Emotionen, weit dimensioniert auch die Musik von Adams. Der in Kalifornien lebende Komponist hat seinen Stil stark weiter entwickelt. Natürlich gibt es auch die für ihn typischen ekstatischen und rhythmisch so bewegten Momente. Gleichzeitig aber verdichtet er seine Tonsprache, schärft sie dissonant, bringt fremdartige Elemente ein ? wie zum Beispiel ein Zimbalon, ein ungarisches Hackbrett ? oder lässt die Vokalstimmen in bittersüßen Harmonien singen. Damit erreicht er eine außerordentliche Intensität. Und so entsteht eine neue Passion für unsere Zeit.“
Nach der konzertanten Uraufführung in der Walt-Disney-Hall in Los Angeles im Mai 2012 folgte zehn Monate später an gleicher Stelle eine halbszenische Version, in der das Stück auf Tournee um die halbe Welt ging. Diese Fassung inszenierte ? wie auch die dann 2015 an der Londoner English National Opera in Koproduktion mit dem Theater Bonn herausgekommene erste vollgültige szenische Aufführung ? der Librettist des Werkes, Meisterregisseur Peter Sellars.
Einführungsgespräch
OPERNFOYER | So, 12. MRZ 2017, 11h?
...und außerdem...
Christopher Arpin spielt amerikanische Komponisten des 20. Jahrhunderts -
mit Werken von u. a. John Adams, John Cage, Lou Harrison, Charles Ives und Henry Cowell
OPERNFOYER | Mo, 8. MAI 2017, 19.30h
Weitere Informationen:
- "L.A., London, Bonn" - Tanz-Casting mit Star-Regisseur Peter Sellars
- "Es gibt immer noch Raum für Veränderungen" - Interview mit Dirigentin Natalie Murray Beale am Welt-Frauentag
Besetzung
Mary Magdalene - Christin-Marie Hill
Martha - Ceri Williams
Lazarus - Ronald Samm
Countertenöre - Benjamin Williamson,?Russell Harcourt, William Towers
Tänzerinnen: Iamnia Montalvo Hernandez, Kanako Minami,?Carmen Mar Cañas Salvador
Tänzer: Keisuke Mihara, Erik Constantin
Chor des Theater Bonn
Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung: Natalie Murray Beale
Inszenierung: Peter Sellars
Bühne: George Tsypin
Szenische Einstudierung:?Elaine Tyler-Hall
Kostüme: Gabriel Berry
Licht: James F. Ingalls
Soundddesign: Mark Grey
Choreinstudierung: Marco Medved
Regieassistenz und Abendspielleitung:?Mark Daniel Hirsch
Musikalische Assistenz:?Mike Millard
Hauptkorrepetitor: Miho Mach
Bühnenbildassistenz:?Ansgar Baradoy
Kostümassistenz: Dieter Hauber
Inspizienz:?Tilla Foljanty / Karsten Sandleben
Sprachcoaching: Cynthia Grose

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297. ギュルツニッヒ、チン、ブリテン、ラヴェル、ドビッシー、5月9日

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月11日(木)05時12分42秒
  解説は何時ものように1時間前から始まるが、今日は何時もの話したがる指揮者が出て来ない。10分待ったが来ないのでドラマトウロギーであろう、バーバラ・エックレと言う凄く綺麗なお姉ちゃんが一人で解説し始めた。

「海」がテーマらしい。ブリテンはドラマのコメントとして、チンはシレーヌが海の怪物として、ラヴェルは海原の小舟、ドビッシーは海そのもの。

ブリテンの「日曜日の朝」で音を聴いてみる。田園的か?そいうでもありそうでもない!寒いと言う。そうでもありそうでもない!3曲目は何が起こったが?何も起こっていない?僕はうねりを感じる。次にドビッシーの第一楽章の終わりの「日の出」と東洋の琴の音楽を聴いてみる。日本の音楽かと思ったが中国の琴の音楽らしい。凄く似すぎている。グリッサンドやポルタメントは東洋の手法。ここにペンタトニックがあるらしい。分析したことないからちょっと意外。更にシンバル、ゴング、タムタムは中国の楽器。これらの楽器はドビッシーがパリの万国博覧会で仕入れて来たものらしいが、最も強く影響を受けたのがガムランらしい。

チンの曲にもガメラン風な箇所があるらしい。しかし分析的ではないのでどうでも解釈できる曖昧な解説に終始してしまう。ジャズのコンバスのピチカートがあり、ピアノの内部奏法あり、ドビッシーの夜想曲みたいに祝典的でもあるそうだ。かなり刺激的なアタックの連続。

本番はTVカメラが入ってみんな燕尾服なのに弦の一人だけただの黒のスーツなのは面白かった。カメラマンの脇に座ったのでヘッドホンから指示がひっきりなしに聴こえる。

最後にコンサート形式で聴いたのは音大オケ。最近「ピーター・グライムス」のピアノスコア全部弾いているので常に新しい発見がある。2管編成なのに何時もよりも固めの16型の弦が出過ぎる。威力あり過ぎて木管とのバランスが良くない。3分30秒。2曲目はホルンが重い。弦は強力なまま。フル―トのオブリガートだけ小さい。鐘が煩すぎないか?その文弦が聴こえない。3分30秒。第3曲は静かな波のうねり。トランペットは3番のソロの時だけピストン使っている。4分16秒。第4曲はトランペットが太くなる。海のハープのグリッサンドは一番後ろなのに大きく派手に鳴る。4分30秒。

チンの歌は楽屋の入り口から歌を暗譜で歌い始める。弦が2人ずつ減って14型。すぐにジャズのピッチカート。速いパッセージと和声感は絶対にリゲティから来てる。2から3管編成で打楽器6.ピアノの内部奏法は欽を落としプレックトルム様ななもので擦りトレモロ。歌とここの楽器とのアタックは「アヴァンチュール」から来てるリゲティ構成法。木管楽器の扱いはリゲティのヴァイオリン協奏曲から来てる。ピアノの増4度のオスティナートはちょっとB・A・ツインマーマンを思い出し、弦のフラジェオレットはベリオか?前回のチェロ協奏曲よりも傑作だとは思えない。17分08秒。

ラベルの「オーシャン」はスコアをいまだに見たことがない意外と地味な編成だが色彩的には凄く豊か。ピアノ曲のほうが好きだ。6分49秒。休みなしにすぐドビッシー。

何時ものように16人のチェロの箇所はカネがもったいないので今回は11人だが頑張って16人前の音を出す。ホルンがぼやけて聴こえる。8分20秒。2楽章は意外と起伏にとんだ解釈。6分45秒。3楽章はコルネットが入って来て4人のバス―ンと共に5人のトランペット族で事実上ベルリオーズのような編成の大きい作品である。最後の弦のトレモロってそんなに潰れるか?トランペットを取ってあるので最終稿だと思われる。7分42秒。

と言うことで最後の曲が終わって今まで沈黙してたやっと指揮者がどういうわけか英語で喋り始める。アンコ―ルでもやるのかと言うとそのようで今日は3つの意味で特別な日だと言う。まずFCケルン(サッカー)勝ったで笑わせ、次にフランスの大統領選挙でマクロンが勝ったで喜び、最後に自分はこのオケで何時も好きな現代音楽を自由にやらせてもらえるで凄く満足してる、と言って今日はアメリカと日本とEUの為にピアノの近くに来てマイクを持って「海」のシャンソンを歌い始める。ヴィブラートは付けないが下手ではない。すぐにオケが入って来るが指揮者がいないのでヴァイオリンの人がやる。自分で編曲したんだかドビッシーの「海」の動機の断片がところどころに入る。それで最後にクライマックスで「海」と全く同じく終わる、何じゃこりゃの作品。電車が出た後だった!1時間待ち!!

菅野茂

09.05.2017 Dienstag 20:00 Uhr
D. Michel-Dansac, Gürzenich-Orchester Köln, F.-X. Roth: Britten, Chin, Debussy, Ravel
Kölner Philharmonie

Donatienne Michel-Dansac Sopran
Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Benjamin Britten
Four Sea Interludes op. 33a (1945)
für Orchester. Aus der Oper "Peter Grimes"

Unsuk Chin
Le Silence des Sirènes (2014)
für Sopran und Orchester. Text von James Joyce

Pause

Maurice Ravel
Une barque sur l'océan (1906)
aus den "Miroirs" für Klavier. Fassung für Orchester

Claude Debussy
La Mer L 109 (1903?05)
Drei sinfonische Skizzen für Orchester

Pause gegen 20:40 | Ende gegen 21:45

Das heutige Konzert wird im Rahmen von GO PLUS aufgezeichnet. Der Video- und Audiomitschnitt ist in einigen Wochen auf der Homepage des Gürzenich-Orchesters unter www.guerzenich-orchester.de/go-plus verfügbar.
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

 

296. 07.05.17, Musikhochschuleオケ、ケルン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月 8日(月)04時54分16秒
  ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln | Lunch Sonntag, 12:30 Uhr, Konzertsaal (Köln)

昼の練習風景から入るが練習ではなくて本当に断片的な解説。最初から3管の総編成でオケが入っている。3人のトランペットと4人のホルン全員が女。5人の打楽器男全員が東洋人、たぶん韓国人だと思う。フルートには珍しく黒人のお兄ちゃんが真金髪に染めている。まず最初の指揮者のゴールドシュミットの曲の説明が長い。これではお客が帰ってしまうかも知れない。8分の9拍子のタムタムと大太鼓が常時特徴的に鳴る。
次のボガツはルバートが大きな役割を果たすとか?とにかくセッティングに時間がかかりすぎるので興味も徐々に薄れて来る。A音の調律に時間がかかる。ブーレーズのような打楽器による音楽運び。
チンも解説するがまた打楽器にセッティングに時間かかり過ぎ。2人のハープで始まる。イサン・ユン伝来のグリッサンドを含むメロディー。第二楽章はチェロの速攻足す打楽器。それが全弦に伝播。ジャクリーヌ・デ・プレを見に来てるようなチェロ。第三楽章、微分音のフラジェオレットのコンバスのメロディー、もしくは学生なので未熟でそう聴こえたのかもしれない。楽譜がないわけだからそう書かざるを得ない。第四楽章、小太鼓の1打ちと弦の短いパッセージ。それにチェロのソロが乗って来る。
総じてこの段階で昨日ラジオで聴いたWDRヴィッテンの音楽祭:
Clara Iannotta
Paw-marks in wet cement für Klavier und Ensemble, Uraufführung der
Neufassung

Ondrej Adámek
Conséquences particulièrement blanches ou noires - concerto für
Airmachine und Ensemble, Uraufführung der Neufassung
Wilhem Latchoumia, Klavier; Roméo Monteiro, Airmachine; Ensemble
Orchestral Contemporain, Leitung: Daniel Kawka
Übertragung aus dem Festsaal

Lisa Streich
"Augenlider" für präparierte Gitarre und Orchester
Laura Snowden, Gitarre
Deutsches Symphonie-Orchester Berlin
Leitung: Manuel Nawri

Milica Djordjevič
"The Death of the Star-Knower" für Streichquartett
Armida Quartett
Produktion: Deutschlandradio Kultur 2016/17
よりは面白いとは思わなかった。前者は素材の徹底さと充実性による前衛性、後者は保守的な素材でも巧みな構成で光っていた。本番まで2時間あるのでメッセの方向に散歩に行く。
ORCHESTER DER HOCHSCHULE FÜR MUSIK UND TANZ KÖLN?
PROF. ALEXANDER RUMPF | Dirigent
Auszüge aus dem Programm um 15:00 Uhr
Im Rahmen von Acht Brücken. Musik für Köln ACHT BRÜCKEN gemeinsam mit der Hochschule für Musik und Tanz Köln.
Eintritt:
frei
Adresse:
Unter Krahnenbäumen 87, 50668 Köln
ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln
Sonntag, 15:00 Uhr, Konzertsaal (Köln)
本番になるとこれらの曲の全体がわかって来た。最初の2曲が学内か国内かのコンクール入賞曲。ゴールドシュミットは2管編成でトランペット、トロンボーン、チューバ無し。微分音のクラリネット、プレスされた弓のヴァイオリン。大太鼓は祭囃子の様に始終叩き方を替え消音撥も使いながら鳴る。10、10、8、6、6の弦の微分音はクラスター専用。木管楽器はポルタメントの微分音専用。こう言う曲でも2回目だと親しみも沸く。11分。
ボガツは3管編成。オーボエと弦で微分音とチェロのフラジェオレット。演奏しながら微分音を合わせる。その部分は指揮しないで十分に不確定の時間でスペースを取っている。ヴィオラに移り指揮もやはり無い。10、10、8、6、4.こういう曲は完全に不純物を取り除かないととても聴く気になれない。ゲオルク・フリードリッヒ・ハースの微分音オーケストラを思い起こされる。ホルンもポルタメントで微分音。大太鼓を指で擦ってワルトトイフェルのような音を出す方法は当たり前のようで新鮮だ。弦が今度はクセナキスのようなトレモロに変身。オーボエの重音奏法は全員ちゃんと同じの出るかどうかはわからない。25分。
客が帰ってしまうといけないので休みなしで打楽器のセッティングだけ替える。3管編成だがトランペットとトロンボーンが4人。チンのチェロ協奏曲はやはり2人のハープで始まる。すぐ来る韓国風の旋律は2時間前に聴いた。ヴィオラのマルテラートのトレモロ。イサン・ユンの様に盛り上がり独奏者の名前見たらヴァイオリンのクリスティアンの妹のタンヤ・テツラフではなので通りで上手いはず。何か今度はロストロポーヴィッチ風の凄みも見える。朝鮮風の乾いた打楽器群。ピアノはチェレスタと合理的な持ち替え。ソロ・チェロの直線上にトゥッティ・チェロとヴィオラが和音を始終替えていく。
第二楽章は練習と同じ始まり。ソロのチェロはストラジバリの様にとても良い楽器に聴こえる。全曲聴くとさっきに断片よりもいい曲に思える。またソロ・チェロの棒上に弦のハーモニックスが色彩を与える。そしてメシアン風のアコードの上にメロディーが始まる。更に現に微分音和声が加わる。何時も間にか最三楽章に入っていた!
4楽章も練習と同じように始まる。グリッサンドを伴ういろんな形の和声形弦で何時も静かに伴奏するのが好きなようだ。何時も静かな伴奏が繰り返しに当たり気まずくなる。更にサンダーシートのピアニッシモとトレモロとの組み合わせ。走って電車に乗る。30分。
ORCHESTER DER HOCHSCHULE FÜR MUSIK UND TANZ KÖLN?
TANJA TETZLAFF | Violoncello
PROF. ALEXANDER RUMPF | Dirigent

Werke von Goldschmidt, Bogacz und Chin
Als Video auf Youtube -?Unsuk Chin und Alban Gerhardt sprechen über ihr Cellokonzert: http://www.achtbruecken.de/de/programm/orchester-der-hochschule-fur-musik-und-tanz-koln/118252
Auch in diesem Jahr ist das Orchester der Hochschule fu?r Musik und Tanz Köln wieder im AchtBru?cken Festival vertreten. Auf dem Programm steht neben zwei Urauffu?hrungen das Cellokonzert von Unsuk Chin, das Extreme von Ruhe und explosiven Ausbru?chen auslotet. ?Der erste Satz ein abstraktes Rezitativ des Cellos, kommentiert von geisterhaften Orchester-Echos. Der zweite ein Ausbruch nervöser Energie, im dritten Ruhe und schier u?berirdische Schönheit. Das spannungsvolle Finale erzählt von Angriff, Standhalten, sich ausweitenden Konflikten.? (Barry Millington) Chins Konzert fordert vom Hörer höchste Aufmerksamkeit und eine einfu?hlsame, virtuose Solistin.

FRANCISCO C. GOLDSCHMIDT
Recuerdos sin nombre (2007/2017)
für Orchester
Uraufführung
VLADIMIR GUICHEFF BOGACZ
La Maleza (2016)
für Orchester
Uraufführung
UNSUK CHIN
Concerto for Cello and Orchestra (2006?08)
Das Konzert im Radio: Mittwoch 07.06.2017, WDR 3 Konzert, 20:04 Uhr
Der erste Satz ein abstraktes Rezitativ des Cellos, kommentiert von geisterhaften Orchester-Echos. Der zweite ein Ausbruch nervöser Energie, im dritten Ruhe und schier überirdische Schönheit. Das spannungsvolle Finale erzählt von Angriff, Standhalten, sich ausweitenden Konflikten. Unsuk Chin hat für das alte Problem der Klangbalance zwischen Cello und Orchester gleich mehrere beeindruckende Lösungen gefunden und das überschaubare Repertoire des Instruments um ein wahrhaft großes Konzert erweitert.

Im Rahmen von Acht Brücken. Musik für Köln
ACHT BRÜCKEN gemeinsam mit der Hochschule für Musik und Tanz Köln.
Eintritt:
6 Euro / erm. 4 Euro
Adresse:
Unter Krahnenbäumen 87, 50668 Köln

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仏大統領選、マクロン氏が当選確実 仏メディア報道:朝日新聞デジタル

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月 8日(月)03時30分36秒
  http://www.asahi.com/articles/ASK576DL8K57UHBI00Z.html やはり正義は最後に勝利する!マクロン65%、ネットを操り嘘を付き汚い事をするルペン35%!!!!

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フランシス・トラヴィス

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月 7日(日)17時03分56秒
  指揮のフランシス・トラヴィス死去。95歳!https://deadobituary.com/francis-travis-american-born-swiss-orchestral-conductor-died-at-95/

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マクロン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月 6日(土)19時06分11秒
  極右がネットでマクロンのドキュメント1万件をせっせと改竄してるらしい!

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マクロン

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月 6日(土)16時22分13秒
  マクロンが明日の大統領選挙が不利になるように10000万件を超える極右ハッカーの攻撃を受けているらしい!

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偽情報

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月 5日(金)18時01分2秒
  ルペン氏、偽情報でマクロン氏批判? 「質問しただけ」:朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/ASK5552CYK55UHBI01J.html

また、ヒラリーの時の様に極右が仕掛けたフェイク・ニュースがフランスの大統領選挙に出回っているらしい。極右のデマは世界中ろくでもないから全員逮捕したい!

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295.ACHT BRÜCKEN IV Freihafen

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月 3日(水)04時03分16秒
  18:00
Funkhaus Wallrafplatz
前回のコンサートが終わっても客がどんどん入ってきてなかなか始まらない。もう満席で一つも空席が無いように詰め込まれた。さっきの2000人の聴衆がそのまま放送局にやってきたようだ。今回だけはその大部分を追い返さない様にとありとあらゆるスペースに押し込んだようだ。やはり目当ては評価が確定してるノーノだろうか?

10分遅れでツライから始まる。各スピーカーが音の開始をすべて遅らせる。単純だが意外と思いつかなかった方法。もちろん既成のライブ・エレクトロニックのテクニックを用いる場面も出て来る。6分15秒。

TVカメラの不調で次のノーノがなかなか始まらない。初めて聴いたのが第一回ウィーンモデルン。晩年の凄さがしみじみと出ているが今回も辛くて眠ってしまった。16分58秒。

次にウンスク・チンになる。パフォーマンスで弦を紙やすりでこすってマイクで拾う。楽器を振ったり動かしても特殊な音が出る。1つの素材でいろんな効果を出す。このアメリカ人のジェンナ・シェリーの演技が素晴らしいし、かわいい子は皆どこでも得をする。14分42秒。

ワン、しゃべる声が聴こえないくらい音量が煩い。ライブ・エレクトロニックの効果は何処に行ったのかほとんど聴き取れない。歌手がしょっちゅう右手を裏返す動作がわからない。とにかく大きすぎる音は聴衆の耳を悪くさせディスコに行ったのと変わらない。
Noa Frenkel | Alt Jenna Sherry | Violine Ensemble Experimental  Noa Frenkel | Alt Maruta Staravoitava | Flöte Andrea Nagy | Klarinette Jozsef Bazsinka | Tuba Jenna Sherry | Violine, Viola Daniela Shemer | Violoncello Nico Couck | E-Gitarre Olaf Tzschoppe | Schlagzeug Rei Nakamura | Klavier Experimentalstudio des SWR  Michael Acker | Klangregie  Thomas Hummel | Klangregie  Sven Kestel | Klangregie  Maurice Oeser | Klangregie Detlef Heusinger | Dirigent
PROGRAMM
Vito Žuraj *1979 Zgübleni (2012) für Mezzosopran, Ensemble und Live-Elektronik
Luigi Nono 1924 ? 1990 Omaggio a György Kurtág (1983 ? 86) für Alt, Flöte, Klarinette, Tuba und Live-Elektronik
Unsuk Chin *1961 Double bind? (2007) für Violine und Elektronik
Ying Wang *1976 ROBOTICtack (2016/17) für Alt, Ensemble und Live-Elektronik Uraufführung
Keine Pause | Ende gegen 19:15
Das Konzert im Radio:  Mi 31. Mai 2017,  WDR 3 Konzert, 20:04
Im Anfang war Musik.
次のコンサートの30分前にまたインテンダントが解説。トロヤンが出てきた。音楽劇と管弦楽曲の違いを聞かれる。今夜のテキストはブーレーズが良く使うルネ・シャーらしい。ラウム・コンポジションであることも付け加えた。大した驚かない。

20:00 のコンサートはラッヘンマンを最大の頂点として半分ぐらいに減ってしまった。結局は放送局が全員は入れるように2,000席のホールで全部やるべきだった。
アンヌルフ・ヘルマンは余り特殊性がない殴り書きのような何時もの音楽。取り上げる原因はドナウエッシンゲンで起きた矛盾したポピュリズムであろう。この前にも何処でも多くは無数のアメリカの作曲家がこういうのを出してくる。しかし1種のプロセス・コンポジションにはなっている。16分30秒。
トロヤンは1区に4人:SATBのヴォカール・グループをアンサンブルの両側2つと客席の後に4つ配置する。2つのピッコロ・トランペットで始まる。なかなか2人のソプラノはフランス人でフランス語でドリーブの「ラクメ」の二重唱の様に良い声だ!語りもあるのでフランス人でなければな訛りが出る。コントラ・ファゴットとコントラバス・クラリネットが目立つ。クリストフ・マイヤーもそうだけどこの人の作品はこのおとなしいまま生涯が終わりそうな作品群。これ以上どうしても行きそうもないクライマックス。ヴォーカル・グループは微分音をうまく歌ってはいるが?27分44秒。
ACHT BRÜCKEN Freihafen
Kölner Philharmonie
Sarah Aristidou | Sopran Elsa Benoit | Sopran Kölner Vokalsolisten Michael Ostrzyga | Einstudierung Ensemble Modern Duncan Ward | Dirigent
Arnulf Herrmann *1968 rondeau sauvage (2013) für sieben Musiker
Manfred Trojahn *1949 Les dentelles de Montmirail (2017) für zwei Soprane, Vokalensemble und Ensemble nach einem Text von René Char aus ?Quitter? Kompositionsauftrag von ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln,  gefördert durch die Ernst von Siemens Musikstiftung Uraufführung
Keine Pause | Ende gegen 21:00
19:30 Einführung in das Konzert mit Louwrens Langevoort
Das Konzert im Radio:  Mi 10. Mai 2017,  WDR 3 Konzert, 20:04
Medienpartner FONO FORUM
?Obsession, ständiger Lesekampf, ein seelisches Baden…?
21:00
帰りに外のジャズを1分だけ聴いて電車に乗る。
ACHT BRÜCKEN Lounge
ACHT BRÜCKEN Festivalzelt
Klassische Besetzung, zeitloser Stil. Das Quartett der Kontrabassistin Hendrika Entzian glänzt mit ausgefeilten Arrangements und hoher Spielkultur

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294.ACHT BRÜCKEN III  Freihafen

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月 2日(火)19時48分0秒
  Kölner Philharmonie 16:00

これは演奏30分前にこの音楽祭のインテンダントによる解説があったが、出てきたのはイザベルだけでラッヘンマンは省略。典型的なドイツ的な暗い論理の考え方しかできない女だ。譜面は何時も素晴らしいのだが何時も今度も音響がその分面白く無いことを期待させる。

人が混んでいて聞いているのが大変なのでやむなく展示の方を見る。あの面白いウィーン出身のゲルハルト・リュームがケルンに住んでいたのは知らなかった。この作曲家も30年前シュトットガルトのグラング・ラウムの地下室で発見した作曲家・何でも屋だった。あのシェーンベルクよりも10年早くトローペと言われる12音音楽を始めたヨゼフ・マティアス・ハウアーの弟子だったことはこの日まで知らなかった。

今度の音楽祭のテーマはヴィズエレ・ムジークで目で見える音楽の本や楽譜の展示会。みんな詩のように音楽を「本」で出版している。今のリューム、一番有名なシュネーベルの「モノ」、さっきのカーゲルの映画たち、その他クルト・シュヴィッタ―ス、フェルデイナント・クリヴェット、ステファン・フロライクス探せは10人ぐらいは直ぐ出て来る。ついでに一昨日演奏されたエトヴェシュのオラトリオ「ハレルヤ」もラッヘンマンの「2つの感覚・感じ」も展示されていた。
Allison Cook | Mezzosopran Helmut Lachenmann | Sprecher Ensemble Modern Duncan Ward | Dirigent
Helmut Lachenmann *1935 ?… zwei Gefühle …?, Musik mit Leonardo (1992) für Sprecher und Ensemble. Text von Leonardo da Vinci, deutsche Übertragung von Kurt Gerstenberg
Isabel Mundry *1963 Im Fall (2017) für Mezzosopran und Ensemble. Texte von Thomas Kling u. a. I. II. III. Kompositionsauftrag von ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln, gefördert durch die Ernst von Siemens Musikstiftung Uraufführung

4時からのコンサートは2000人入る会場がほぼ埋まった。アンサンブルモデルンは前世紀を過ぎたと言われるがかなり世代交代が進みメンバーが変わって、未だに知っているのはみんな白髪の奏者だけだ。

作曲者が声で出ないと旅費が出ないのか、今回はCD通りの演奏。指揮者だけが若い世代になっている。この曲のCDだけで3種類展示されている。バイエルン放送のTVでも撮られてよく放送されている。

ピアノの屋根を楽譜の指定通りに上げ下げする係りがいるが以前の演奏には見られなかったので今回は新版だと思う。更にその一番前の演奏はチューバがピアノの内部でジョージ・クラムのように吹くことはなかった。結局これで第一稿、第二稿、第三稿の新版まで生で聴かされたことになる。これだけ長年そこら中でそうするので完全にやり慣れて板に付いたパフォーマンス。このコンサートもタダなので後の席の方で赤ちゃんの泣き声がする。たぶん放送用のFMの録音も取っているだろうに、それでも抵抗のない赤ちゃんでさえもラッヘンマン聴かせる愛嬌か、聖なる現代音楽の日本では全く考えられないことである。何時ものようにラッヘンマン的な解体形式。テインパニの撥を別の撥に充てて皮の上でこする。21分02秒。この音楽の拍手が終わった時点で聴衆が大量に出ていく。やっぱいシュトックハウゼンのスーパー・スターの地位を奪ってしまったのだ!
Den Text singen lassen
ZU DEN WERKEN
Helmut Lachenmann ?… zwei Gefühle …?, Musik mit Leonardo (1992) für Sprecher und Ensemble. Text von Leonardo da Vinci, Codex Arundel, AR. 155r., R 1339, deutsche Übertragung von Kurt Gerstenberg
So donnernd brüllt nicht das stürmische Meer, wenn der scharfe Nordwind es mit seinen brausenden Wogen zwischen Scylla und Charybdis hin und her wirft, noch der Stromboli oder Aetna, wenn die Schwefelfeuer im gewaltsamen Durchbruch den großen Berg öffnen, um Steine und Erde samt den austretenden und herausgespieenen Flammen durch die Luft zu schleudern, noch auch die glühenden Höhlen von Mongibello, wenn sie beim Herausstoßen des schlecht verwahrten Elements rasend jedes Hindernis verjagen, das sich ihrem ungestümen Wüten entgegenstellt … Doch ich irre umher, getrieben von meiner brennenden Begierde, das große Durcheinander der verschiedenen und seltsamen Formen wahrzunehmen, die die sinnreiche Natur hervorgebracht hat. Ich wand mich eine Weile zwischen den schattigen Klippen hindurch, bis ich zum Eingang einer großen Höhle gelangte, vor der ich betroffen im Gefühl der Unwissenheit eine Zeit lang verweilte. Ich hockte mit gekrümmtem Rücken. Die müde Hand aufs Knie gestützt beschattete ich mit der Rechten die gesenkten und geschlossenen Wimpern. Und nun, da ich mich oftmals hin und her beugte, um in die Höhle hineinzublicken und dort etwas zu unterscheiden, verbot mir das die große Dunkelheit, die darin herrschte. Als ich aber geraume Zeit verharrt hatte, erwachten plötzlich in mir zwei Gefühle: Furcht und Verlangen. Furcht vor der drohenden Dunkelheit der Höhle, Verlangen aber mit eigenen Augen zu sehen, was darin an Wunderbarem sein möchte.
次のイザベルは少ない聴衆の中でやられる。アンサンブルを喋らせる特に面白くもないアイディア。歌手の息を吸う音が聞こえない。歌手が後ろを向いてする指揮も意味がなさそうなパフォーマンス。ピアノの内部奏法のトレモロ。後ろの打楽器の何時もジャラジャラ煩い機械は日本から持って来たパチンコ台らしい。こんな重いもの運ぶだけで大変だ!
次のコンサートはやったんだかやらないんだか?とにかく150人しか入らないのでさっき2000人近くいた聴衆はほとんどが入れないオルガニゼーションミス!どうせなら全部シュターテンハウスで全部一括してやって欲しかった。
17:30
ACHT BRÜCKEN Freihafen
Funkhaus Wallrafplatz Kölner Willkommenschor  Joachim Geibel | Leitung  Nicole Lena de Terry | Leitung Maximiliano Estudies | Klangregie
Jakob Lorenz *1993 did I ask too much? more than a lot? (2017) für Chor und Zuspiel Uraufführung
Der junge Kölner Komponist Jakob Lorenz gibt Geflüchteten eine Stimme

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293.ACHT BRÜCKEN II Lunch 12:30

 投稿者:菅野茂  投稿日:2017年 5月 2日(火)18時31分51秒
  Mo 1. Mai 2017 12:30 Kölner Philharmonie, Foyer
ACHT BRÜCKEN Lunch Alice Rossi | Sopran Peter Schöne | Bariton Laetitia Mazzotti | Rezitation Das Neue Ensemble  Daniel Agi | Flöte Udo Grimm | Klarinette Stephan Meier | Schlagzeug Adam Weisman | Schlagzeug Josje ter Haar | Violine Martha Bijlsma | Violoncello John Eckardt | Kontrabass Stephan Meier | Leitung

今回は練習風景ではなくてすぐにコンサートが始まるのでセッティングの時間が無くてロビーに予め打楽器などが設置されている。大ホールの聴衆がそのまま出て来たので椅子は無く全員立ち見で溢れかえっている。12分遅れで始まってバートウィッスルの作品から始まり、コンバスとスネア・ドラム、歌手は指揮棒をもってグエロをこする。テノールの声はどっかブリテンのピーター・ピアーズのよう。コンバスの調弦を低くして曲は終わる。

次のセクエンツァIIIも良く現代音楽の教科書に載る。この曲をシュトットガルトの地下室で初めて生で見た時にハンナ・アウアーバッヒャーのおばちゃんが素晴らしい演技で暗譜でやったものだった。この曲はカウンター・テナーでもできるのでやってみる価値はある。普通は3分ぐらいで終わるが、意外と長くかかって8分15秒。

パターの曲は歌、ヴァイオリン、フルート、チェロ、打楽器の編成。サンダーシートの指のトレモロは全然きつくない音響。フランス語は十分に美しいがそれにしてもかなり平坦な曲だと思う。楽器奏者にも喋らせるのは決して珍しくはない。

第二楽章は速攻。ホルツ・トロンメルの繰り返しはドラムセットみたいなポップスの繰り返し。マルテラートとコル・レーニョ・バトウートの組み合わせ。ヴァイオルンは軽い金属棒を当ててプレックトルムでグリッサンドを演出。チェロの調律を緩めて曲は終わる。19分00秒。

最後に去年と同じく地元の信用金庫による水のサーヴィス。
PROGRAMM
Harrison Birtwistle *1934 Song of Myself (2006) für Bariton, Kontrabass und Schlagzeug. Text von Tom Phillips Peter Schöne | Bariton
Luciano Berio 1925 ? 2003 Sequenza III (1965/66) für Frauenstimme. Text von Markus Kutter Alice Rossi | Sopran
Frédéric Pattar *1969 Cendres (2005) für Sprecherin und fünf Instrumente. Texte von Lise Bellynck I. prologue II. andante affanoso III. presto crudele Laetitia Mazzotti | Rezitation ACHT BRÜCKEN Freihafen
Kölner Philharmonie

Die Stimme als Instrument, das Instrument als Stimme.
次は併設されている何時も良く即興で映画音楽を上映する映画館でカーゲルの「映画音楽」ではなくて「音楽映画」の2本立て。当時のTV用に制作したものでキネマスコープではない。制作した放送局はシュトットガルトの当時のSDRとスイスのSF。

1本目の「真夜中の作品」は昔90年代にシュトットガルトのコンサートでルぺルト・フーバーの指揮で実演を聴いたことがあるが、その前の80年代に作曲者の指揮で初演してその映画まで作っていたのは知らなかった。とにかく地味な映画は昔デッテンハウゼンで見たジョン・ケージのナンバーピースの104を思い出す。フランクフルト放送響の演奏だったがわざと白黒で光に照らされた壁ばかり90分間映すのでダルムシュタットの彼のフリーマン・エチュードの様に聴衆はみんな出て行った。

2本目の寄り色彩的な「フォノフォニ―」も同じ。黒人の役者・歌手が全部一人絵演技・演奏するが結局何をやっているんだ?という定型的カーゲル・パフォーマンス。タバコを吸いながら歌ったり、音は音楽にならない効果音程度で構成法や美とかは全く考えていないらしい。音楽の構造が全く崩壊した作品。構成美が全くない芸術音楽映画。

14:00
ACHT BRÜCKEN Freihafen
Filmforum
Mauricio Kagel 1931 ? 2008 Mitternachtsstük (1987) über vier Fragmente aus dem Tagebuch von Robert Schumann (1828) / 33 Min. / Buch und Regie: Mauricio Kagel
Mauricio Kagel Phonophonie (1979) vier Melodramen von Mauricio Kagel / 39 Min. / Regie: Mauricio Kagel / mit Mauricio Kagel und William Pearson
Eine Filmpräsentation verschafft einen exemplarischen Einblick in das epochale Werk des Komponisten Mauricio Kagel

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レンタル掲示板
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